五十九話 人の霊体
アンデッドの大群は見渡す限りの地を覆い尽くし、その唸り声は今まで聞いてきた以上のものだった。
私はその光景に少し驚きはしたが、以前に同じような状況で戦っていたからなのか、冷静になるのに苦労はしなかった。
しかし、アンデッドを魔眼で見た際に気になることもあった。それは昼間に倒した怪物にもあった人間と同様の霊体と、光の線があのアンデッドたちにもあったことだ。
「ユウカさん見える? あのアンデッドが……」
「はい……」
「倒せる?」
「……頑張ります」
何故人間の霊体を持っているのか? という疑念もあったが、あの数のアンデッドを前に余計な事は考えないようにした。
あの数だ。それ相応のスケルトンを召喚しなければならないだろう。
私は当然そう考え、大量の人間のスケルトンを召喚し続けた。魔力の操作はある程度慣れてきていたので、召喚速度も段違いに早くなっている。
そうやって現れたスケルトンたちは、皆アンデッドの方へ走っていった。けれど距離があるせいで、辿り着くにはそれなりに時間が掛かりそうだった。
それならばと、私は次にウルフのスケルトンを召喚した。
足の素早いウルフは、先に走り出していたスケルトンを次々に追い越していった。
「凄い量ね………」
ソフィアは関心しているのか、口元に手を当てて私の召喚するスケルトンに見入っていた。
ウルフは人間のスケルトンよりも早くアンデッドの元へ辿り着き、その鋭い牙と、強靭な顎を使って奴らに噛みついた。
そしてウルフは噛み付いたアンデッドの身体から頭を離し、勢いよく肉を引きちぎろうとした。
が、その瞬間噛み付かれたアンデッドは、予想外に素早い拳でウルフを殴り壊した。その破壊力は森のアンデッドとは段違いに強力で、私はそれに思わず驚きの声をあげてしまった。
「アレ、アンデッドなんですよね??」
「ええ、そうよ。でも他のとは少し違う……奴らはネスロの加護を受けたアンデッドなの」
「ネスロ…………?」
私はその名前を何処かで耳にしたことがあった。記憶が確かであるならば、その名前はエレノアの記憶で見た、女王だったような気がする。
(はい、王の力を持ったネスロ。カーラの妹です。けど何故アンデッドに加護を……)
エレノアが悩んでいると、急に全てのアンデッドが唸り声をあげはじめた。
なにかと思い、ふと門の近くを見てみると、集まっていた兵が隊列を成して外に出て行こうとしていた。
明らかにそれを見て騒がしくなるアンデッドに危機を察した私は、更に早く、大量のスケルトンを召喚し続けた。
そうしてアンデッドの大群程ではないにしても、今戦いに赴こうとしている兵よりは圧倒的に多いスケルトンたちが次々に走り出していった。召喚されるスケルトンは人間とウルフのだけではあったが、ミノタウロスであれば鈍足すぎるし、ゴブリンであっても人間以下の速度だ。それだと走るスケルトンの邪魔になってしまうと思い、召喚はしないようにした。
神都の兵は、目の前の光景を見て戸惑っていたが、戦う気はある様だった。
しかし、私の召喚するスケルトンが行手を阻み、前に出る機会をただ待つしかない様だった。ただ私自身はそれでいいと思っていた。あの人たちが戦いに行かなければ、死人も出ないだろうと考えたのだ。
(ユウカ、あれ………)
エレノアはその戦いに驚きを隠せなかった。
アンデッドに飛びついたウルフは一撃で粉砕され、人間のスケルトンであっても攻撃を与えることは出来ず一、二発で戦闘不能になってしまうからだ。
アンデッドの攻撃速度はこちらの人間のスケルトンよりも素早く、それに加え攻撃力も高い。これでは全てにおいてあちらが優勢だ。
私は少し考え、奴らの近くで攻撃力と耐久力に優れているミノタウロスを召喚することにした。
(ノア、思考を加速させて奴らの近くに行こう)
(はい)
私は自分の思考を加速させ、周りよりも速く動いてアンデッドの元へ向かった。
この時に、怪物と戦っていたときよりも動きが速く感じた。といっても、魂を覆う霊体のみの状態よりは遅かった。
そう考えながら、数分で………実際は数十秒ほどだったが、アンデッドの真上まで浮遊して近づいた。
そして思考を元に戻すと、一体のミノタウロスに魔力を集中させて召喚した。
少し高い位置から召喚されたミノタウロスは、大きな音を立てて大地にその巨体を押しつけると、すぐ真下にいたアンデッドの数体を踏み潰した。
アンデッドはそれと同時にミノタウロスへ襲い掛かった。
けれどミノタウロスに叩き込まれる攻撃のどれもが、少しだけ体を破損させる程度だった。これはミノタウロスが巨体故だろう。
そしてミノタウロスがアンデッドに数発叩き込むには充分で、その巨体から繰り出されるアンデッド以上の攻撃は、一気に数体を押し潰していった。
(よし…………!)
上手くいき多少喜んだ私は、ミノタウロスが互いに悪影響しない距離を保って召喚し続けた。
それによりアンデッド一体を倒す速度は上がったが、その倒す量はあまりにも多過ぎる。これならアンデッドを倒しきるより先に神都に攻め込まれそうだ。
そう思った矢先、近くにいた一体のミノタウロスがアンデッドの攻撃によって倒されてしまった。
けれど私はそれ程慌てたりはしなかった。
あれだけの数のアンデッドがいるのだ、倒される事はある。でもこのペースならば召喚する方が早い。
私は未だこの数の対処に悩んではいたものの、ミノタウロスがこのアンデッドたちに有効であるという結果から、召喚し続ければいつか終わると信じていた。
だが今まで召喚していたミノタウロスの周辺を見て驚いた。召喚したミノタウロスが踏み潰した筈のアンデッドがいなくなっていたのだ。
不審に思いながら最初に召喚したミノタウロスの元まで戻った。
流石にもう倒されていたが、その場所には倒されたアンデッドが見当たらず、踏み潰した痕跡の元には肉片一つ落ちていなかった。
「これって!」
そしてそれは私に昼間の戦いを思い出させた。
あの時襲ってきた怪物が行っていた再生。もしかするとアレをやったのではないだろうか。
それがどんなに恐ろしいことかは想像に難くなかった。今ここにいる全てのアンデッドがそうだとしたら、いくら倒そうとも再生し襲ってくる。
これでは昼間以上の被害が出ると思った私は、即座に魔眼を使ってアンデッドの霊体を確認すると、怪物にやったようにミノタウロスの霊体を召喚して攻撃させようとした。
しかしそれをしようとした直前、全てのアンデッドに繋がっていた光の線が一瞬明るくなった。
するとそれに呼応する様にアンデッドたちが一斉に神都へ向かって走り出した。
今まで戦っていたスケルトンたちを無視し、行手を阻まれると一心不乱に飛び越えようしたりした。
突然の行動に驚き焦る私は、アンデッドたちの進行を止める方法が思いつかずにいた。
しかしその瞬間、私の視界は地面から生えた巨大な壁で埋め尽くされた。それは昼間見たエルドレッドの魔術よりも凄まじく、一瞬にして神都は高くずっしりとした壁に守られた。
何が起きたか分からない私は暫く戸惑ってはいたけれど、壁のお陰で神都へ攻め入れないアンデッドを見て落ち着いた。
そびえ立つ壁でアンデッドはどんどん大きな塊になっていき、攻撃もしやすくなった。
私は壁に近づいてミノタウロスの霊体を想像した。
すると思ったとおり青白い身体の霊体が段々と造られていき、昼間見たのと同じ霊体が完成した。
私はそれに近くのアンデッドを攻撃するよう命令し、少し離れて様子を伺った。
造り出した霊体はアンデッドの目の前まで来ると、その大きな腕を振り上げて、拳を思いっきり叩き込んだ。
それに当たったアンデッドの数体は、身体が損傷することなく動きを止めて地面に倒れ込んだ。
それからは立ち上がることなく伸びたままで、やはりこれなら倒せると確信した私はスケルトンの召喚を止め、ミノタウロスの霊体を召喚し続けた。
それからのアンデッド掃討は思っていた以上に早かった。それはきっと霊体の攻撃がアンデッドの霊体のみに当たるからだろう。肉体や地面によって攻撃が吸収されない分、霊体を壊せばすり抜けて次の霊体に攻撃がいく。しかもアンデッドの霊体は心なしか昼間の怪物よりも弱く、霊体になったミノタウロスの攻撃速度も上がっている。
そうやってひたすら霊体を召喚していると、ふとあることに気がついた。
ミノタウロスの霊体はあの遺跡で見たそのままの姿だった。それなら他のスケルトンの霊体も生前と同じ姿ではないのだろうか。
私には密かに気になっていることがあった。それは最初から召喚する事のできた人間の霊体が誰かということ。
私が初めて人を殺す前から召喚する事のできたスケルトン。その本当の姿を見ることが出来るかもしれないと思い、人間のスケルトンの霊体を想像した。
そして魔力を送ると、霊体の身体が段々出来上がってきた。
「………………だれ? この人…………」
そうして現れた霊体の姿は、鎧を纏い、片手に剣、もう片手に盾を携えた大柄の男だった。その姿は記憶を辿っても思い当たるものはなく、私の疑問は更に深まった。
けれど一応その霊体にもアンデッドを倒すよう命令してみた。
するとその霊体は持っていた剣をアンデッドの霊体に斬りつけ、盾を武器のように使って思いっきり叩きつけた。攻撃範囲はミノタウロス以下ではあるが、素早い斬り付けと、その剣の斬撃力でミノタウロス以上に次々とアンデッドを倒していった。
私はこちらの霊体の方が良いのではと考え、人間の霊体の召喚に集中した。
長い戦いが続き、地平線から日の光が見え始めた頃。ただ壁を攻撃するアンデッドを一方的に倒し続け、ようやく残り二体まで減らしすことができた。
「これで、最後…………!」
私は近くにいた人間の霊体にアンデッドを攻撃させる。
すると近くにいた数体の霊体が一斉にアンデッドを突き刺した。
それにより最後のアンデッドは倒れ、そこら中に転がったアンデッドに埋もれていった。
この頃には霊体の数も数百近くに上っており、見渡す限りを霊体が埋め尽くしていた。
(終わりましたね。なんだか疲れました)
(……うん、そうだね)
私は昇っていく朝日を見つめながら達成感に浸った。あの怪物の時とは違って誰も死んでいない。私は神都を守りきることが出来たのだ……と。
--森の中--
アンデッドの侵攻が起こる少し前。森で複数の男達が何やら話をしていた。
その者たちはユウカたちの前に現れたウルフと名乗る男の仲間であり、彼に従う者であった。
「いたか?」
「いいや、何処を探しても見つからねえ」
ガタイのいい男が一人の男にそう尋ねていた。彼等はここ暫く見えないウルフの行方を探していた。
「おおい! こっち来てくれ!」
一人の男が切羽詰まった表情で遠くから手を振って男を呼んだ。
その場にいた二人の男は小走りで呼ばれた方へ向かった。
「どうした…………? これは………」
そこには白目を剥いて倒れるウルフの姿があった。
それを見た男たちは戸惑いを隠せずにいた。
ガタイのいい男は一瞬驚いた顔をしたが、直ぐに表情を取り戻した。
「死んでるのか?」
「あ、ああ…………なあ、俺らこれからどうすれば」
男たちは不安そうに質問した。
けれどガタイのいい男はそれに答えず暫く沈黙していた。
それに腹を立てたのか、近くにいた男が肩を掴んで「おい!」と返答を急かした。
「なあに、やる事は変わんねえ。俺たちは盗賊だ。盗賊のやることは何だ?」
「け、けどよ………」
「頭が死んじまったのは確かにまずい。けど俺たちにはこいつがいるだろ?」
男はそう言って後ろを振り向く。
そこには深々とフードを被った子供程の背丈をした獣人がいた。
「大金はたいて買ったんだ。期待通りの働きはしろよ?」
「…………」
静かにコクリと頷くその獣人は、非常に珍しい黒毛であった。
着ぐるみ編では「十九話 様々な者達」で出てきたソフィアとネスロが登場しました。
あとは謎の女性と王国の人たちですね。
そして着ぐるみ編は次の話で終わりたいと思います。




