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死霊術士は生き還る  作者: ク抹茶
着ぐるみ編
59/143

五十八話 ユウカとカーラ<ニ>

 魂のないカーラの身体を前に、ネスロはとても不機嫌そうだった。

 だがカーラは自身でさえ体験したことのない霊体化に気が動転し、ネスロと未だに続いている仲違いをすっかり忘れていた。

 カーラは目の前にいたネスロに現状を理解して貰おうと、咄嗟に助けを求めようとした。

 けれどその時、カーラは一瞬なぜネスロがこの部屋にいるのか疑問に思った。普段のネスロならば召使達の自室に堂々と入る事はあれど、カーラの部屋に入る事は今まで無かったのだ。

 しかしカーラのその一瞬の迷いが悲劇を招いてしまった。


 いつもの仏頂面ではなく、今にも不満が爆発しそうな険しい表情でカーラの身体を見つめるネスロは、その一歩一歩を床に叩きつけながらベッドに近づいてきた。

 カーラもこれは流石にまずいと気づき、勢いよくネスロに体当たりしようとするが、当然の如く霊体はすり抜ける。

 ネスロに触れる事は叶わず、そうしてカーラの身体を目の前にした彼女は、右腕を大きく振り上げた。ネスロは昔から力だけが強く、素手で大岩を殴って壊したこともあった。

 それを思い出したカーラは右手をネスロに伸ばして止めようとする。

 けれどカーラの行動は無駄に終わった。


 振り上げられた右手が素早くカーラの身体に振り下ろされた。

 ネスロの右手は脇腹に命中し、まるで果物を叩き潰した時の様に血を部屋全体に撒き散らした。

 その光景を見たカーラは一瞬思考が停止してしまうが、ふと我に返り再びネスロを止めようとした。


 が、その時ネスロは驚いた様な、疑問に思う様な声を出した。

 ネスロの肩まで手を伸ばしていたカーラもそれを見て驚く。それはネスロが叩き潰したカーラの身体が再生していく光景だった。

 そして明らかに致命傷で、高位の魔術、若しくは魔法でしか癒せないと思われた脇腹がありえない速度で元に戻った。

 ネスロには何が怒っているのか全く見当がつかなかった。いかに六大神であるティアナの力が強くとも、これ程早い治癒を行うのは困難だろう。それをカーラの身体は容易くやってのけた。カーラ自身でさえ驚いていたが、彼女には少し心当たりがあった。


 それは、今まで生きてきて何をやっても疲れたことがなかったからだ。

 外で一日中身体を動かした次の日も。

 まだカーラが弱く、災難に遭い必死に逃げ続けていた最中も。

 夜の激しい運動をしていた時もカーラは疲れを感じたことが無かった。それが圧倒的な治癒、若しくは再生力のお陰だったとすると納得出来るかもしれないとカーラは思った。


 だがふとネスロの方を見てみると、先ほど以上に憤慨しているのが見てとれた。身体が元に戻ったのがどうしようもない程に気に入らなかったのだろう。


 ネスロはまたもや右手を振り上げる。

 そして振り下ろす。

 カーラの身体はもう一度血飛沫を部屋中に撒き散らした。側にいたネスロは全身が真っ赤に染まっている。

 すると今度は左腕を振り上げ、叩きつけた。

 次は右腕。

 そしてまた左腕……と、交互に身体へ殴りつける。身体が乗っていたベッドも壊れ、塵が舞い上がり目の前の状況がよく見えなくなった。けれどカーラは少しだけ安堵していた。何故なら、霊体のままでいればいずれ死んでしまうものの、身体が無事なのならばいつでも元に戻れるからだ、

 けれど今戻るのは流石に嫌なので、不服ではあるがネスロの気が収まるまで待つ事にした。


 しばらくカーラの身体を無言で殴り続けたネスロの腕は、当然傷を負っていく。

 叩きつける部分の肉は無くなり、骨が露出してきているのが見える。相当な痛みで止めるだろうとカーラは考えた。だが自分だけが傷つくという現状に腹を立て、興奮したネスロには痛みなど関係がなかった。

 更に激しく身体を破壊するネスロの手は、肉が殆ど残っていなかった。けれど骨は丈夫だからか、欠けたり折れたりなどはしていない様子だ。


「あああああああ!!!」


 カーラはそこで初めてネスロの叫び声を聞いた。普段ネスロの口から出るのは、小馬鹿にする口調でいう嫌味くらいなものだったからだ。

 カーラは少し離れた位置でネスロを見下ろしていたが、これ程誰かを哀れに思ったこともそうはなかった。だが同時に今まで溜まっていた鬱憤が少し晴れてスッとしていた。


 鎮まらない怒りをひたすらぶつけるネスロ。

 カーラは自分の身体が見るも無惨な姿になっているのを見ていて気分は良く無かった。


 霊体になってしまってはいるが、何かできる事はないのだろうか?


 カーラがそう思った時だった。

 身体を叩きつけるネスロの動きがピタリと静止した。

 ようやく落ち着いたかと少し疲れ気味なカーラは、自分の身体へ戻ろうと霊体を近づけた。

 けれど彼女はそれを見て驚愕した。なんと肉が取れて骨が見えていたネスロの手が治っていた。

 そう思ったがよく見てみるとおかしい。治っているというより、変わっている。全身余す事なく不細工と言える程の身体を持ったネスロの手が、前よりも綺麗になっている。


 そしてカーラはふと自分の身体を見た。

 今までは一瞬で全身が元通りに治っていた。けれど今見てみると、両手の部分だけ骨のままだ。

 カーラはすぐにネスロの手が自分のものだと気づき、急いで彼女を止めようとした。

 ネスロの目は充血し、まじまじとカーラの身体を見つめた。今まで何をしても理解が遅かった彼女が、この時は一瞬でこれがどういう事か気が付いた。


「……フヒ」


 肉が無くなった骨の部分は、カーラの肉が付くということを。


 ネスロは迷わなかった。

 両手を振り下ろし、カーラの身体を大きく損傷させると、自分の身体の肉を素早く引き剥がした。

 カーラはこれを予想していたが、目を覆わずにはいられなかった。

 脳や引き剥がせなかった複数の内臓を残し、ネスロは再生途中の身体へ倒れ込むように身を委ねた。

 そしてカーラの身体の肉は、一瞬でネスロに纏わり付いた。


「う、嘘でしょ…………」


 ゆっくりと起き上がったネスロは、自分の身体を舐め回すようにじっくり見た。

 ネスロは抑えられない感情が顔に出てニヤついた。

 そして部屋にあった鏡を見て更に笑みをこぼす。

 そこには頭のテッペンから爪先に至るまで、何処からどう見てもカーラにしか見えないネスロの姿があった。

 カーラは思わず叫んだ。

 そしてネスロに罵声を浴びせた。

 けれど彼女は気がつかなかった。いくら大声を出してもネスロの耳には届かなかったのだ。




 それから数日。身体を乗っ取ったネスロは、神殿の暮らしを今まで以上に満足していた。

 ネスロはカーラに成り代わって神殿を我が物顔で占領した。当のネスロ自身は何処かへ消えてしまったという事にした様だった。疑問に思う者も少なからずいたが、普段から嫌われていたネスロが居なくなった事に皆歓喜し、すぐに気にしなくなった。

 だが今までとどこか性格の違うカーラを不審がる者もいた。本物のカーラはそんな召使いに対して必死に助けを求めた。けれどそんな努力も虚しく、誰一人としてカーラの声は届かなかった。

 それが何日か続き、遂に限界を迎えたカーラは神殿を飛び出した。




 神殿を飛び出してから数ヶ月経つが、誰もカーラの声が聞けないどころか姿さえ見ることができない。

 やがて全てに絶望したカーラは、もうこのまま霊体が終わるのを待とうと考えた。

 だがその時、暗い夜空を見上げていたカーラがいきなり光だした。

 驚いて自分の胸の辺りを見ると、眩い光りが溢れ出てくる様子が目に映った。

 その光は段々カーラの霊体を壊していき、遠く離れた場所からでも見える光度になった。

 その瞬間カーラは朦朧とし始め、眠るように意識を失った。


 ぼやける視界の中、カーラの目にはひとりの女性の姿があった。

 彼女の雰囲気は何処か覚えのあるもので、カーラにとってとても落ち着くものだった。

 ふと重い瞼を上げると、そこは今まで見たことのない場所だった。

 どこまでも殺風景で、建物どころか人の気配が全くない。

 そうして周りをキョロキョロと見回していると、後ろから女性の声が聞こえた。

 カーラは急いで振り返ると、その女性の姿を見て驚愕した。

 女性はカーラと同じ霊体だった。

 そしてよく見るとその顔には見覚えがあった。それは世界を旅した帰りに遭った女性だった。

 カーラは彼女に説明を求めた。

 女性は簡単にだが、あの後何が起きたのか教えてくれた。


 曰く、カーラから溢れ出た光りは移動しながらあらゆる物を蒸発させていったと。建物や地形どころか、生き物までも。

 それを見た女性は、その中心部にいたのがカーラだと気づき、出来るだけ離れた場所まで誘導したと。

 そして今カーラがいるのは、地上から離れた地であるデ(・)ィ(・)ア(・)だという事。

 そしてあの日から既に数百年は経っていると。


 カーラはそれを聞いて驚きながらも、真上を見上げてその光景に圧倒された。

 そこには遠く離れた地上があった。




 それからその女性の名はディアだということが分かった。彼女は自分の名を冠するこの地でカーラと数百年を共にしていた。

 そしてディアはカーラの母であるティアナの子だった。

 最初のうちは喧嘩をする事があったカーラとディアも、段々関係も良くなっていった。

 そしてカーラは今もディアに住んでいる。





(ディア……)

(はい。今も見えていますね)


 私は上空を見上げた。

 そして遥か彼方にあるディアと呼ばれる月を目で捉える。


(あそこに今も二人でいるんだね)

(……いえ、残念ですが。ディアは霊体であった為死んでしまいました)


 私は少し悲しくなった。それなら今カーラは一人であんな寂しい場所にいるのだろうか。それは辛いのではないだろうか。

 見知らぬ他人ではあるけれど、その歩んできた過去は壮絶で、同情せずにはいられなかった。けれど、どうしてもネスロを恨めない自分もいた。


(女神カーラは大勢の方々を救いました。けれど誰一人として彼女を救う事は出来ませんでした。そんなの悲しすぎます。だからユウカには誰かの為ではなく、自分の為に生きてほしいと思っています。女王ネスロにしても、気に入らないからと追い出していれば、あんな事には………)


 エレノアの言いたいことも分かるけれど、あまり納得は出来なかった。

 けれど一つ気になることもあった。神殿を出た後のカーラの光り、そんなのまるで………。


 そんな事を話していると、近くが騒々しくなっているのに気がついた。

 その方に目を向けてみると、数百人はいるだろうかという程の兵士が門の前に集まっていた。


「二人とも、大丈夫?」


 するとそこに霊体のままでいるソフィアが話しかけてきた。まだ肉体に戻っていないのは、修復が終わっていないのと、このままの方が動きやすいかららしい。


「あ、はい……」

「御免なさいね、こんな事を頼んじゃって」

「いえ………それで、あの人たちは?」

「流石にユウカさんに任せっきりって訳にもいかないでしょ?」


 ソフィアはいつもと変わらず作った笑顔でそう言った。さっき負傷していた理由を聞いてみたけれど、はぐらかされて教えてはくれなかった。

 私はソフィアを見つめながら思った。彼女も彼女で大変なのだと。


 あの傷も神都を守るために戦った結果かもしれない。それ程までの覚悟で力を振るっているにも関わらず、私ときたら成り行き任せだ。あの怪物もエレノアがいなかったら逃げていたかもしれない。もっとちゃんとしなければ………。


「ん、来たわよ………」


 ソフィアの掛け声を聞いて門から離れた場所に目を凝らす。

 辺りが暗いせいか見え難いが、複数の影が蠢いているのが見える。

 私は魔眼を使ってみる事にした。

 そうして見えてきたアンデッドは、数百や数千なんかがちっぽけに思える程の大群だった。

書き始めるまでが長いです。

始めたら早いのですが………。


今回もギュウギュウでしたね。

最後の方は力が尽きてきていました。

カーラとディアとの関係はまた何処かで書こうと思います。


次回で着ぐるみ編は終わりでしょうかね?

そして投稿頻度上げられるように頑張りたいと思います。

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