五十七話 ユウカとカーラ<一>
ソフィアの霊体を修復して数時間後、私は神都を囲う壁の上でちょこんと一人黄昏ていた。
壁の上からだと神都の中も外も暗くなっていくのがよく分かる。もう夕暮れだ。
身体を離れたソフィアは今、神殿にいる人たちと話し合いをしている。ソフィアはあの後自分の身体と繋がって容態を安定させた。それがどういう事かは聞きそびれてしまった。
それにしてもエルドレッドの時と同様に霊体が天に昇っていくと焦ったけれど、なんとかなって良かったとホッとしている。でもエルドレッドの時は魂を覆う霊体だけだった。
私は怪物との戦いを振り返って考える。あの時、エルドレッドの魂が身体から離れていく時に私が霊体を修復していれば助かったのではないかと。
(過ぎた事をあれこれ考えてもどうしようもないですよ………)
(うん…………)
私がこの場所にいる理由はソフィアにそうしてほしいと頼まれたからだ。なんでもアンデッドの大群がこの神都へ攻め込んでいるらしい。ソフィアは私にそれを止めて欲しいと言っていた。
今までアンデッドは結構な数倒してきたから出来ないことはないと思う。けれど神都を守りながらと考えたら、少しだけ不安かもしれない。
(断っても良かったのではないですか?)
(でも、ここで暮らす人たちが………)
(ユウカの気にする事ではないと思いますが………でも、ユウカが言うなら)
確かにここで暮らす人たちを守る理由は無いかもしれない。断ったってソフィアがなんとかしてくれるかもしれない。今は少しでも休んでおきたいと言っていたけれど、本心は別にある様に思う。
私は思い出す。ソフィアに立場の話をされた時のことを。私の行動をソフィアは見ているのではないだろうか。私が味方になるのかどうかを。
けれど私は敵とか味方とか関係なしに、純粋な善意としてここの人たちを守りたいと思う。それはおかしな事ではないし、人として正しい事だと思う。あの怪物を倒そうとした時もそう思った。
(今度は守らないと)
私は決意する。この力は弱い人を助ける為に使おうと。それが結果としてソフィアや、この神都の人々を守るのに繋がると。
(………ユウカ、私の話を……いえ、ソフィアさんから聞いた話をしていいですか)
(急にどうしたの………? 別に良いけど)
(これはユウカがあの光になっている時に、ソフィアさんから聞いた話です)
エレノアはそういうと、ある女神の話を始めた。その神の名はカーラ。かつては王であり、今は愛の女神となった者の物語だった。
今よりも昔。まだ種族がそれほど存在しなかった時代。六大神の一柱であり、神器オルティアの使い手でもある女神ティアナ。そして一番初めに誕生した王である影の女王の元にカーラは生まれた。
彼女は生まれた時から美しく、それ故皆に愛されてすくすくと育った。
苦労をした事は一度もない。何故なら嫌な事は誰かがやってくれるから。朝起きてから寝るまでの間、基本的に彼女の近くには召使いがいた。多くは女性であり、年齢も様々だ。その理由は大いに、彼女の容姿に関係があった。
召使いは彼女が頼まなくても自分から志願する者が後を絶たないばかりか、皆幸せそうだった。
カーラの歳も十を超えた頃、彼女はふと疑問に思った。何故この召使い達はこんなにも幸せな表情をしているのだろうか……と。
そこで彼女は近くにいた召使いに、
「何故貴方達はそれ程まで私に尽くしてくれるの?」
と尋ねてみた。
それを聞いた召使いは、身の上話を始めた。
召使いは生まれつき目も当てられないほどの顔立ちをしていたそうだ。ただそれだけならまだ良かったと。召使いはそれだけでなく様々な病を患い、その所為で身体は見窄らしい程に痩せ細っていたらしい。
名も知らぬ者から石を投げられ、父からは腫物の様に扱われる毎日。唯一母だけが心の支えであった。
そんな彼女はある時住んでいた集落を何も持たずに飛び出したそうだ。それは彼女にとって一大決心であり、長い間の我慢から解放される日でもあった。
けれど急に飛び出して上手くいく訳もない。ただでさえ病弱な彼女は、早いうちに力尽きてしまった。
地面に転がりながら己の人生を嘆く召使いは、そこを通りがかった集団と出会ったという。
一人の白装束を纏った女が彼女に近づき、大丈夫かと聞いてくる。けれど彼女はそれを自身の容姿を嘲っていると勘違いし、酷い言葉を投げかけてしまったそうだ。
だがそんな彼女を見た白装束の女は、哀れに思ったのか抱き抱えて衣食住を与えたらしい。
そして彼女をカーラのいる神殿に連れてくると、ここで召使いをする様に言われたと。最初は何を言っているのか分からなかったらしいが、そこで数人の召使いに歓迎されて今に至ると。
それを聞いたカーラはおかしいと召使いに質問を投げ掛けた。
「そんなに醜い容姿には見えないけれど……」
カーラの住まう神殿に支える召使いは皆美しい。カーラ程ではないが、他の人々と見比べると一目瞭然だ。
召使いはクスクスと微笑みながら突然カーラに跪いた。
そして、
「それは貴方様のお力によるもので御座います」
と意味の分からない事を言い出した。
なんでもカーラは王であり、その領域内であれば彼女の力が働くと。
そしてその力は誰であろうと美しい容姿になる、というものだった。どんなに醜かろうとも関係ない。例えその者が生まれつき醜かったとしても、戦いで傷がついていたとしても元に戻るどころかより一層美しくなるという。
カーラは、自分にそんな事が出来たのかという驚きもあったが、それよりも召使いの話が頭から離れなかった。
たかが容姿程度でそんなにも残虐な事ができるのかと。自分には分からない感覚だと疑問に思ったりもした。
そしてある時ふと思い立った。この力を使えば召使いの様な扱いをされる者も減るのではないかと。
召使いの話を聞いて半ば苛立っていたのもあり、やる気になったカーラはすぐ様行動に移した。
数人の召使いを従え、世界のあちこちを旅した。
村を見つけてはそこにいる者たちの傷を癒やし、美しい容姿を与えたりと忙しい日々を過ごした。けれどカーラはそれにやり甲斐を感じていた。
数十年経ったある日のことだった。世界を旅し終えたカーラは神殿への帰路についていた。一緒に旅をした召使いの容姿は相変わらず美しく、実年齢を感じさせない。
長い旅の間にカーラは自身に関して多くの事を知った。一つは肉体を自由自在に変えられる事。もう一つは信者が死を迎えた時、カーラがその者とそっくりな姿形の生き物を召喚できる事だ。その生き物は基本的に意思疎通は出来ず、命令するまでは自分で何かをする事がない。
そんなこんなで色々あった旅だったけれど、カーラの心は満たされていた。長い年月をかけてやり遂げた事にもそうだが、自分が誰かの役に立っている事に。
カーラは次どうしようかと考えていた。すると一人の女性が前から歩いてくるのが見えた。
その何処か儚げな雰囲気にカーラは一瞬目を奪われた。
そして女性に近づき、軽く挨拶をした。
するとその女性も軽く会釈をする。カーラはこの後どうしようか考えた。彼女の事を知りたいと思ったからだ。
けれど彼女はそのまま通り過ぎようとした。
思わず声を掛けて呼び止めようとするカーラに、女性は急に振り返って語り掛けた。
「貴方は愛されているの?」
カーラはその言葉を理解すまでには多少の時間を費やした。なにせそれがどういう意図だったのか分からなかったからだ。
カーラには愛というのがどういう事をいうのかは既に知っていた。多くから求められる容姿を持った者が美しいとは限らない。中にはそれを醜いと一蹴する者もいる。
けれどカーラは違った。彼女は特定の誰かが望む姿になれる。求められればどんな姿にでも。
カーラはその力で誰からでも求められる。その為自分は誰よりも美しく、求められるが故に愛されているのだと。
だが肉体を変えられる弊害かは分からないが、カーラには子供が出来なかった。けれどそれは些細な問題だった。なにせカーラは子供があまり好きではなかったからだ。
女性と別れ、神殿に戻ってきたカーラは驚いた。なんと自分に妹が出来ていたのだ。
父は違うが、影の女王が生んだ妹であった。
けれどその容姿を一目見た瞬間カーラは固まってしまった。あまりに醜かったのだ。それは旅をしてきたどの村の人間よりも、もしかするとこの世界のあらゆる生き物よりも醜いのではとカーラは思った。
一人の召使いが妹に駆け寄って挨拶をした。
すると妹は無愛想なまま鼻でフッと笑うと、大きな音を立てて部屋に入っていった。
カーラは神殿にいた召使いから話を聞いて、妹の名前がネスロだと知った。そして母であるティアナが浮気して、それに怒った影の女王が誰かは知らない男と作った子供だとも。
ネスロを産んだ影の女王は、あまりにその容姿が醜かった為に神殿の召使いに全てを押し付けていったのだそう。それを聞いたカーラはネスロの事を気の毒に思った。
カーラが神殿に帰ってきてからのネスロの世話は召使いがしていた。けれどネスロの性格の悪さとその容姿も相まって次々に召使いは辞めていった。
カーラ自身彼女に良い印象を抱けずにいた。ただ一つ気掛かりだったのが、ネスロはいつまで経っても醜いままだった事だ。
ある日の事だった。カーラは最近の楽しみである新たな生き物の創造に勤しんでいた所、ネスロが悪ふざけで造った生き物を叩き潰してしまったのだ。
これには流石のカーラも頭に血が上り、無愛想だったネスロの顔が怯える程怒りを露わにした。
けれど少し言い過ぎたと思い、カーラは落ち着こうとした。
そこを見計らってネスロは自分の部屋に逃げ込んだ。
カーラはこれで更に怒ってしまった。
数日間口を聞かずに怒りっぱなしのカーラを、召使いは宥めながらも少し嬉しそうだった。
けれどそれに疲れたカーラは、明日からはもう気にしないでおこうと思い、ベッドに横になって目を閉じた。
その瞬間だった。身体がストンと落ちていく様な感覚でカーラは目を開けた。
周りを見ても真っ暗で、今どういう状況なのか分からない。
すると今度は天井が急に現れた。それに驚きながらもカーラは気づいた。自分の身体が透明になっている事に。
カーラは既に手に入れていた魔力視の魔眼を使い自分を見た。そうして見えてきたのは、自分の霊体であった。
急いで自分の身体の元へ戻ろうと上へ戻った。
するとそこにはネスロがいた。
なんかギュウギュウに詰まってしまいました。
地の文はもう少し少なめが良いのでしょうか………。




