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死霊術士は生き還る  作者: ク抹茶
着ぐるみ編
55/143

五十四話 幽霊ユウカ<二>

 怪物は戻ってきた私に再び触手で攻撃をする。しかもその数は十数本はある様に見える。


「あぐッ!」


 触手の攻撃が私の右脚を貫いた。

 貫かれた右脚の膝からが紫の光を散らばらせながら消えていった。外側の霊体を造り出して子供たちを救出したのだから、触手が私に当たるのは当然のことだ。けれど油断していたからか、それともエルドレッドが死んだという現実に思考が追いつかなかったからなのか、自分の霊体を透過させるのを忘れていた。


(ユウカ!)


 痛みを感じるのと同時にエレノアの叫び声が聞こえてきた。

 すると周りの動きが減速し始め、私の身体は重たくなった。これは私の思考が加速している時に起こる現象だ。けれど私はそんな事をしていない。そうすると…………。


(大丈夫ですか? ユウカ………?)

(う、うん………これはノアが?)

(はい、おそらく……そんな事より霊体の力を弱めて)


 エレノアにそう言われて思い出す。今日の朝までそうだった様に、また霊体が物をすり抜けるくらいに戻ればあの触手をくらわないで済むと。

 そして私は身体中の霊体を駆け巡っている魔力の流れを操って霊体を弱めた。

 すると魔力視で見える霊体の色が薄くなっているのに気がつき、これでもう奴の攻撃は当たらないと安心した。

 失った右足はすぐさま元に戻した。


(ふう…………そうだノア。あの人は? エルドレッドさんは無事なの?)

(それは……おそらく、もう………)


 エレノアが言いにくそうに言葉を詰まらせる。きっと、もう既に亡くなっていると言いたいのだろう。さっきの大きな音に、被害が悪化している周りの建物。それらを見ればあの怪物がなんらかの攻撃をしたというのは分かる。そしてエルドレッドがいた場所に残っているこの血の量を見れば、そういう結論に達するのも理解は出来る。けれど………。


 未だ現実味が湧かない状況に頭の整理が追いつかない。今まで話していた人が、あっという間にただの血溜まりになってしまった。私はそれが事実だと分かってはいながらも、それで良しという風に納得できないでいた。

 けれどふと、あるものが目に入った。それは血溜まりから上へ上へと上がる紫色の光る球体。私はそれを何度か目にしていた。


「あ、あれって………魂」


 それはウルフやゴブリンを倒した時に出てくる魂。大きさや濃さに違いはあれど、特徴はみんな似ている。

 そしてその魂がそこから出てきたことは、それがエルドレッドのものだということを、彼が死んだということの可能性を高める……いや、決定付けるには充分すぎる証拠だ。


(ユウカ……)


 エルドレッドは間違いなく死んだ。怪物によって殺された。私はそれに対してどんな感情を抱いたらいいのか分からなかった。戸惑えばいいのか、悲しめばいいのか………それとも、責任を感じるべきなのだろうか。


(あの人が殺されたのはユウカの所為ではありません)

(分かってる。分かってるんだけど………でも)


 私の行動がこの結果を招いてしまったのではないか。あの時私が彼も一緒に連れていっていれば生きていたのではないか。そう思わずにはいられなかった。


「私が………」

(…………ユウカ、逃げましょう)

(な、なに言って………あの怪物はどうするの?)

(どうしようもないないじゃないですか。いくら攻撃しても、与えた傷はすぐ治る。急所はどこにもないのですから、そもそも攻撃することが無駄。それに、何よりユウカが辛いでしょう? それならもう逃げて仕舞えば良いじゃないですか)


 エレノアの気持ちはなんとなく分かる気がする。記憶の中でエレノアは私に言った。私の目を覆うと。それはきっと私の嫌いなものを見せない様にするため。私のためにやっている事だろう。

 でもそれでいいのだろうか。見たくないものは見ないで、そんな風に生きていくのはいい事なのだろうか。ずっとそれが引っ掛かっていた。目の前で人が殺されて、もしかしたらもっと大勢の死人がこれから出るかもしれない。それなのに私は目を背けていいのだろうか。


(ノア、私は戦った方がいいと思う)


 私はそう言って右手を怪物に向ける。

 そしてスケルトンを召喚しようとした。けれどその瞬間、動かしていた右手が固定された様な感覚になった。

 驚いて右手を見てみると、中途半端に止まっている。意識しても思い通りに動かせない。


(ノアこれって!?)

(私は、反対です。あんなに気分の悪くなるものを見て、嫌ではないのですか?)

(でも……ほ、他の人達は? 戦えない人達だっているんだよ?)


 さっき逃げた子供やここの兵士の強さじゃ、あの怪物には勝てそうにない。かといって私が倒せる保証も無いけれど、他の人より明らかに強い力を持っているのは明白だ。

 そこまで考えたところである事を思い出した。それはソフィアに遺跡の破壊を頼まれた時に言われたこと。力を持っているのならその力を誰の為に使うのか。私は善になるのか悪になるのか。これはオルドムに言われた事だけれど、確かにその通りだと思う。


(嫌なんです、ユウカが辛い思いをするのは。確かにここで逃げればソフィアさんに何か言われるかもしれません。それなら……それならいっそ、この神都を出ましょう。そすれば、誰かに何かを言われることもありません)

(………でも)


 エレノアの言葉はまるで誘惑だと思った。きっとそれが一番傷つかない方法なのだろう。楽な方に。ずっと嫌な事と関わらない様に生きていくのがきっと一番…………けれどきっと後からこの日のことを思い出して後悔するに違いない。


(ユウカ…………わ、分かりました)

(ノア!)

(ただし! ユウカが無理そうなら私はこの身体を操って遠くに行きます。それでいいのなら)


 私はそれに頷いて戦闘態勢をとった。

 怪物はゆっくりと触手を動かしている。思考の加速はまだ続いている様だ。そうなるとやるべき事はあいつの弱点を探す事だ。あいつに脳はないから破壊しても意味はない。そしてエルドレッドの巨大な壁を造って身体を木っ端微塵にするあの魔術。あれもすぐに再生されてしまう。


(それと触手による広範囲の攻撃は注意しなければ)

(そうだね。近くに誰もいないか常に確認しないと)


 そしてその間に肉体を破壊する以外の方法を考えないと…………いやでも取り敢えず人間以外のスケルトンも使って攻撃してみよう。


 私は思考の加速を元に戻し、人間以外のスケルトンを一体ずつ召喚した。ミノタウロスは既に攻撃していたが、巨体で破壊力もある為に召喚すると安心感がある。もう二体はロペルで倒したウルフ、そして神都に来てソフィアと行った洞窟で倒したゴブリンだ。


 私は一斉に怪物への攻撃を命令した。怪物は相変わらずスケルトンを無視している。

 一番最初に怪物を攻撃したのはウルフだった。やはり脚力が他のスケルトンと圧倒的な差がある。

 ウルフは全速力で怪物の真正面に飛びついた。その顎は怪物の肉に食らいついて離さず、頭をグイッと後ろに引いて肉を引きちぎろうとした。

 けれど次々に再生していく肉がそれを阻んだ。

 だがウルフもただ噛み付いているだけでなく、前足の爪でひたすら引っ掻いた。

 ただこれはあまり威力がなかった。


 そして次にゴブリンがその素早い脚でミノタウロスより速く怪物の元へ辿り着いた。

 どんな攻撃をするのだろうと思っていると、ゴブリンもウルフ同様怪物に噛み付いた。ただウルフと比べて噛み付く力も弱く、ウルフと違って何度も何度も噛み付いていた。


(これは………)


 どうやらゴブリンはそれ程役に立たなそうだ。

 そして期待していたミノタウロスはというと、怪物に到着する前に私への攻撃として振り回していた触手に当たり、呆気なく破壊されて消えてしまった。


(あの二体の攻撃を見ていると、人間のスケルトンの様な使い心地はありませんね)

(うん、あのスケルトンは脚もそれなりに速くて、攻撃力も結構あったからね)


 ウルフは脚が速くて顎の力も強そうだ。それに対してゴブリンはウルフの下位互換の様にも思える。けれど二足歩行で両手を器用に扱えるかもしれない。

 けれど結局怪物には何の損傷もなし。やはりスケルトンでは倒せないのだろうか。


(どうしますかユウカ?)

(ウゥン……)


 どうやってもあいつは倒せない。このまま戦いが長引けばいずれ誰かが駆けつけてあいつを倒そうとする。そうなればまた死人が出てしまう。それは避けなければならない。


(それにしても、ソフィアさんはどこへ行ったのでしょうか?)


 エレノアにそう言われて少し考えた。確かにソフィアは何故この状況で駆けつけないのだろうか。もしかして何かあったのだろうか………いいや、今は目の前の事を考えるべきだ。

 何か方法は…………そういえば。


(何か思いついたのですか?)

(さっき、子供たちを避難させようとした時、あいつの身体に光の線が繋がっているのが見えたよね)

(そういえば………もしかしてあいつは操られていると?)

(うん。それなら死なない理由にもなるんじゃない?)

(そうかもしれません。まずは魔眼で見てみましょう)


 私は魔眼を使って怪物を見た。

 すると先程見たのと同じ光景が見えた。どこからか来ている光の線に、人間の霊体。もしかするとアレを辿っていけば黒幕に繋がるかもしれない。けれど謎なのはあの霊体だ。何故人と同じ形をしているのだろうか。


 不思議に思いながらも怪物に近づき、光の線をよく見てみる。

 近くで見ると神秘的に見えるのは、この怪物の所為だろうか。気味の悪いものを見てからだとより一層綺麗に思える。

 光の線はこの魔眼で見ることが出来る。その時点で魔力なのは確実だ。これが仮に操る為のものだとしても、どうすれば効果を絶てるのだろうか。そして仮にそれが出来たとして、この怪物はその時どうなるのだろうか。

 不安は募るが、兎にも角にも何かをしなくては。


 私はそっと線に触れた。

 すると少し、ほんの少しだけ違和感がある。手をかざしてもすり抜けているけれど、何か不思議な感覚が手の平に当たっている。


(………もしかするとコレに触れることが出来るのではないですか?)

(……そうしたら、ちょっと強引ではあるけれど、この線を絶てるかも)


 私は自分のひじから先だけの身体の魔力を操った。全身が物に触れられる様になってしまっては、もう一度触手の攻撃を受けるかもしれない。それよりも、当たる範囲を狭くした方が上手くいくと思ったのだ。


 右手の魔力を調整していると、突然線が消えた。これは上手くいったのだろうか。

 私はそっと右手を退けた。

 けれど光の線が復活する事はない。怪物も静止している。呆気ない終わり方だけれど、これで収まったのなら一安心だ。


「ふう」


 だが一息ついた瞬間。止まっていた怪物がまた動き始めた。止まっている時間はものの二秒足らずで、一息つく暇しかなかった。

 そして気を抜いた一瞬で右腕が持っていかれた。


「ウッ………なんで!?」


 私は少し動揺したものの、慣れてきたのか痛みはそれ程感じなかった。

 そして取り敢えず右手を治し、怪物を魔眼で見た。

 線での繋がりは絶たれている。という事は誰かに操られているという訳ではなかったのだろうか。


(ど、どうしますかユウカ)

(でも、あの線は魔力だったんだよね? だとすると今私は魔力を触ったことになるんじゃない? それなら今見えている霊体も触れる………それなら壊すことが出来るのでは?)

(確かに………ですがユウカ。それはこの方を殺すと言うことに……)

(そ、それは………)


 怪物の霊体は明らかに人型。けれどだからといって人という可能性はあるのだろうか。なにしろ肉体がこんな怪物なのだ。もしかしたら違うという可能性も……。


(……そうですね。そもそもこいつは人ではないですしね)

(う、うん………)


 私はこの霊体を攻撃していいか悩んだ。


「こっちだ!」


 けれどその時、後ろから男の叫び声が聞こえてきた。

 振り返ってみると大勢の人たちがゾロゾロとこちらに向かってきている。おそらく先程避難した人たちだろう。助けを呼んできたのだろうか。けれどこれはまずい。あの人たちがこちらへ来れば怪物に殺されてしまう。


(その前に!)


 私は勢いよく怪物の霊体に飛びかかった。

 誰かと殴り合いなんてしたことのない私は見るからに頼りない格好で、弱々しい一撃を霊体に与えた。

 当然そんな攻撃が霊体に効くはずもなく、怪物は微動だにしない。


「も、もっと力が有れば」


 ミノタウロスなら軽々と打ち砕いただろうに。


 心の中でそう思った。

 けれど悩んでいる暇はない。今にも後ろの人たちが怪物の攻撃範囲に入りそうだ。


 私はもう一度力を振り絞って右手を振りかぶった。


「うう!」


 呼吸を止めた私は霊体のお腹めがけて拳を突き出した。

 そしてもう当たるというところまで来て、思いがけないものが目に入ってきた。それは私の頭上に大きく見える霊体の腕。張り詰めた筋肉が今にも弾けそうな鍛え上げられた腕。けれどその腕は人間のものではない。それは前にも見たことのあるミノタウロスの腕だった。


 ミノタウロスの腕は素早く怪物の霊体めがけて突き出される。

 そうして放たれた拳は他の影響を受けることなく一直線に霊体へ命中した。


「あがあッッ!」


 奇妙なうめき声を出して倒れる怪物。

 霊体を見てみると全てとはいかないまでも、その大部分が消えて無くなっていた。


(ユウカ、これは??)

(わ、私も何が何だか………)


 すると倒れた怪物から一つの魂がスッと出てきた。

 そして案の定私の方へ近寄ってくる。

 その魂も他の魂と同様にスッと消えて無くなった。というより取り込んだと言う方が適切だろうか。


「一体、なにが…………」


 一人の身なりのいい男が動かなくなった怪物の横でそう呟いた。

 すると他の人たちも段々集まり始め、私はその場をそっと離れた。





 怪物を倒してから数十分は経過しただろうか。混乱していた人々の一部も自分の生活に戻り始めた。怪物に壊された建物は作り直しだけれど……。


 私は戦っていた場所の少し離れた空から神都を見て考え込んでいた。

 それにしてもあの怪物は一体なんだったのだろうか。急に現れ人々を襲っているのかと思えば、私やエルドレッドさんにだけ狙いを定めそこから動こうともしなかった。殺しが目的じゃない、という事なのだろうか。


(ユウカ、怪物のことも大事なのですが………その)

(うん、分かってる)


 私はそっと首を背後の右上に傾ける。

 そこにはスケルトンではないミノタウロスがいた。以前とは少し違うが体の向こう側は見えている。そして眼球も有れば毛も生えている。ただしそのミノタウロスは霊体だ。

 今は私の横で宙に浮いている。


「…………なんか怖い」


 スケルトンと違って表情があるからか、少しだけ不気味に感じた。と言っても笑ったり泣いたりはしない。


(これ、どうするのですか?)

「……どうしよう………」

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