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死霊術士は生き還る  作者: ク抹茶
着ぐるみ編
54/143

五十三話 ソフィアと王<一>

十九話でネスロの事を女神と書いていたので修正しました。

 その女の容姿は誰もが美しいと思うだろう。目鼻口。顔の出来もさることながら、一度目に入ると殆どの男が惚れ、女は羨み、妬むその容姿も。

 けれど私が驚いているのは単に美女がとんでもない威力の攻撃を繰り出している事でも、真昼間にも関わらず全裸で外にいる事でもない。あの顔と容姿はユウカさんが初めて身に纏った霊体であり、我が主であるティアナ様がよく知っている姿だ。


「その、姿は…………」


 女は大量のアンデッド達を背に悠々とこちらへ歩みを進めた。

 気づくとアンデッドの進行は停止している。これは間違いなくあの女が原因だろう。アンデッドの大群を神都に攻め込ませようとしているのも。

 だが今はそれが問題ではない。今考えるべきはあの女の姿のこと。


「そこで止まれ!」


 女に殴られて折れていた背骨も治り、痛みも失せてきた私は、大きな声でこちらに来る女を静止させた。

 そしてゆっくりと立ち上がると、女の顔をじっと見つめて質問した。


「お前はなんだ。何故アンデッドを操れる」

「………フヒヒ。ねえ、あんたは使徒なのか?」

「先にこっちの質問に答えてくれない?」

「………私は、そうだな。人は私をネスロと呼ぶ」


 驚きはしたが動揺はしなかった。何故ならそうかもしれないと予想していたからだ。

 ネスロは女王だ。地下領域を支配する女王。醜い王。嫉妬する王。色々呼ばれてはいるけれど、容姿を罵れば必ずと言っていいほど恨みを買う。そうなった場合耐え難い苦しみを長い間与えられ、飽きたら殺されるという。

 そんなネスロの姉は愛の女神カーラだ。父が違う故なのか、姉とは元々の容姿に雲泥の差がある。

 普段この女王は、誰も到達することの出来ない地下深くの吐き気を催すような場所で悠々自適に暮らしていると聞く。そんなネスロが地上に出てくるなんていつ以来だろうか。少なくとも数十年、数百年。いやもしかすると数千年は無かったのではないだろうか。


「そう。それで? 女王様がこんな所に何の様?」

「また質問? 私の問いには答えてくれないのか?」

「ああ、そうだったわね。ええそうよ。私はティアナ様の使徒、ソフィア」

「へえ、そうなのか。それは幸運だ」


 ネスロはそういうと私の方を見て笑みを浮かべた。口角の上がり方が不自然な笑顔だ。

 そして次の瞬間。ネスロは地を蹴って私の元まで物凄い速度で詰めてきた。ネスロが蹴った地面はくぼんでいた。


 ネスロは私の目の前までくると、拳で私の顔面を殴った。

 だがそれを予期していた私は事前に魔力で防御をしていたので少し痛みを感じる程度で済んだ。ネスロの攻撃速度は速い。対応できないほどではないけれど、気を抜けば一瞬でやられかねない。


「かったいな。でもこれ全力じゃないから」


 ネスロはそういうと右腕を大きく振りかぶった。

 私は危ないと思い右手をネスロにかざし魔力を集める。

 そして目の前に巨大な火の塊を造り出した。


 燃え盛る火がネスロを包み込む。

 周りの温度が急激に上がり、炎の当たる地面が真っ赤になった。


 …………そういえば双剣さんがいたんだった。


 周囲を見回し二人を探す。

 すると少し離れた場所で伸びている二人が見えた。おそらく先程のネスロの攻撃で吹き飛んだのだろう。まあこれに巻き込まなくて良かった。


「これで私が死ぬと思ったのか?」


 ネスロはその声と同時に私の魔術を何の外傷もなく消し去った。まるで服についた埃を払うかの如く片手で楽々と。


「いいや。お前は殺せない。そうでしょ?」

「ああそうだ。私の肉体は不滅だからな」


 ネスロの肉体は滅ぶことがない。たとえ四肢をもいでも、頭を潰しても、どうにかして肉体を跡形もなく粉々にしても再生する。この世界を消し去ることができたとしても滅ぶことのない肉体。それをネスロは持っている。


「でも私は殺す殺さないの前に聞きたいことが………」


 そう言いかけたところで再度ネスロの攻撃が始まった。

 おそらくまだ全力ではないであろう攻撃は目で追うのもやっとで、魔力の防御がどこまで通用するのかも分からない。

 そして何よりもどかしいのが攻撃できないこと。ただでさえ苦手な防御魔術を使っているのに、今攻撃しようとすれば防御が弱まりネスロの拳が私に当たる。そうなれば一瞬で私はただの肉塊になる。


「なにもしないの? ねえ?」


 うるさいな。出来ないんだよ。


 私は苛立つ心を落ち着かせながら打開策を考えた。一度距離を取るべきだろうか。そうすれば一回攻撃するだけの時間は稼げるかもしれない。いや、でもどうやって。自慢ではないけれど私はそんなに足が速いわけではない。ただでさえ人間離れした身体能力を持つネスロと追いかけっこして勝てる自信なんてない。


「面倒くさいな。人間のくせに魔力が多い」


 ネスロはため息を吐いて頭をかくと、身体から触手を生やし始めた。


「うわ……」


 ネスロはウネウネと動く触手を三本生やすと、そのうちの一本を地面に突き刺した。

 すると足元の地面が割れ触手が飛び出してきた。

 私は咄嗟に防御し、寸前のところで防いだ。だがその反動で天高く打ち上がってしまった。


「また!」


 空中戦なんてしたことないけれど、どうにかするしかない。それにネスロから距離を取ることは出来たのだから、火炎魔術で攻撃できるかもしれない。


 私は右手に魔力を集中させて、巨大な火炎を出現させた。真下にはネスロがこちらを見上げている。

 ネスロをよく見て狙いを定めると、火炎を放つ準備をする。

 だがネスロも地面から飛び上がると私まで一直線に近づいてきた。


 まだだ。ネスロがもう少し近づいてきてから火炎を撃たなければ。


 とんでもない速度で近寄ってくるネスロに取り乱さず精神を落ち着ける。

 そして火炎をネスロめがけて放った。

 一筋の赤黒い光がネスロに向かって進んでゆく。

 それを見たネスロは避けようとする動作は見せずに未だ私を睨みつけている。


 火炎はネスロに直撃した。

 だがそれだけではなく、地面に当たり大きな爆発音と燃え盛る炎を辺り一帯に撒き散らした。


「死なないっていうのは分かっていても、期待せずにはいられないわね」


 私は真っ逆さまに地面へ向かって落下していった。

 その間にネスロの様子を確かめようと姿を探す。あの攻撃で死なないのは分かっている。けれど一週間くらい再生に時間を掛けてはもらえないだろうか。そうすれば対策の立てようもあるというものだ。それにもしかすると、ユウカさんならネスロを殺せるかもしれない。


「ああ!」


 だが落下中の私の真横でネスロの身体は元に戻った。空中に見えなかった肉片が突如現れて一瞬で身体を元通りにする様子を見れば、多少なりとも絶望する。

 そして混乱している私にネスロは拳を叩き込んだ。

 防御をしていなかった私のお腹にはポッカリと穴が開き、その衝撃でまたもや横に吹き飛ばされた。


「グハッ………!!」


 私は地面に叩きつけられる前に魔力で防御した。流石に今の一撃を受ければ焦る。速くこの負傷を治さなければと。

 お腹の状態を確認すると、尋常じゃないほどの血液が流れてるのが見える。これを魔術でどうにかするというのは骨が折れる。私は治癒魔術も不得意なのだ。


 自分のお腹に手を当てて魔力を集中させる。お腹の傷はみるみる塞がっていくが、激痛のせいで集中力が途切れそうになる。

 私は苦しんでいる間も考えた。今最も危惧すべき問題は私の魔力だ。使徒といえども私の魔力量には限りがある。魔力が底を尽きれば魔術も魔法も使えなくなってしまう。そうなると私は間違いなく殺される。なにせ私に腕力や体術に任せた戦闘力はないのだから。


「う……ゲホッゲホッ」


 血反吐を吐きながらも身体は治ってきた。だが魔術で治癒するのはやはり魔力消費が多い。不慣れな防御魔術をあれ程使ったせいで大分魔力も減った。今は出来るだけ魔力消費を抑えるために、ラーミナとアディアに………いいや駄目だ。そんな事をしたら私のために一部の加護を切ってくださっているティアナ様に顔向けできない。


「これは、私の問題だ………」


 身体が治癒された事を確認すると、私は立ち上がってネスロを探した。未だズキズキと痛むお腹は、内面から治していないため我慢するしかない。


「もうそろそろ終わりそうだなァ。思っていたより弱くて拍子抜けだが、まあそれならそれで楽でいい」

「ふう……」


 私は深呼吸して息を整える。

 そしてネスロを倒すにはどうすればいいか考える。奴の身体能力は脅威だが、魔力量は少ないと聞く。普通の魔術師と大差はないと。肉体の修復には必ず魔力がいるだろう。それなら魔力が尽きるのを早めるために肉体の破壊を頑張るか。けれどその前に私の魔力が尽きるということもありうる。


「なにを考えたって無駄。あんたじゃ私に勝てないんだよ…………。そうだ。最後に私が神都を攻める理由を教えてあげる」

「ああ。是非聞かせてほしいね」

「フ………単に面白そうだから。私の夫、知ってるか? あいつが好みそうな事だろうと思ってね」


 狂王サニエア。ネスロの夫であり狂気を追い求める王。

 そして我が主、ティアナ様が打倒しようとしている敵でもある。


 なるほどね。単なる思いつきで神都に攻め込んできたのか。まったく王というやつは……。いいや、ネスロだからか。


「それにしても、使徒ってこんなに弱いんだなァ。お母様の力も大した事ないのかもしれないなァ」

「フ、フフフフ」

「……私が何かおかしな事を言った?」

「ああ、言ったとも。ティアナ様の力が大した事ない? そんな訳がないでしょ」


 ネスロ関係の個人的な問題にティアナ様を巻き込むわけにはいかない。教団を潰していった時もそうだった。あの時はネスロの信者に苛立ちを覚えていたけれど、ネスロ自身も嫌いな性格だ。


「私は魔法を一回も使ってないわ。ずっと魔術を使っていたの。あなたは神とではなく、人と戦って優越感を得ていたのよ? 醜いネスロ」

「あ、ああ………………フヒヒ。覚悟は出来ているんだよね?」


 何を迷うことがあったのか。私はただ、目の前にいる憎たらしい女王をぶちのめす事だけを考えれば良かったのだ。


 そしてネスロの肉体に二つの火炎をぶつけた。

 ネスロは頭の一部と横腹に大きな穴を開けたが、一瞬で再生してしまう。


「だから無駄だって……」

「今考えてるの。目の前の変態をどう殺そうかってね」


 私は右手と左手に魔力を集め、ネスロめがけて巨大な爆発を放った。

 爆発は辺りを眩い光で包み、衝撃音は耳を防いでも無意味に思えるほどだった。突風が私の銀髪を巻き上げさせている。けれどこれは最大火力ではない。


 黒い煙が晴れて周りがよく見えるようになってくると、ネスロが無傷のままそこにいるのも分かった。


「抵抗するといい。どのみちあんたは死ぬんだから」


 鬼の形相で私を睨みつけるネスロの容姿は、醜く見るに堪えるものではなかった。

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