五十二話 幽霊ユウカ<一>
エルドレッドと呼ばれる男は、怪物が勢いよく伸ばしてきた触手を地面から造り出した岩で防いだ。
尖った岩の先が触手を切り裂く。
血が噴き出ている触手は空中をうねりながら暴れまわった。
「エルドレッド様」
「皆、後は私に任せて避難していてくれ」
「で、ですが……」
「奴の力は強大だ。あのスケルトンがあれ程の損傷を与えたにも関わらず、倒れるどころか苦しむ気配すらない」
エルドレッドの言葉に私は驚いた。
見てみると、怪物の頭は大部分が無くなっているというのに触手は元気よく動き回っている。普通の生き物が脳を失って生きていけるだろうか。
「わ、分かりました。退却だ! 皆神殿まで急げ!」
一人の衛兵の掛け声と共に、辺りにいた人々は一斉に神殿の方へ走り出した。
自分は残ると言って動かない者もいたが、エルドレッドの説得でどうにか避難してくれた。
「さて………」
エルドレッドがそう呟いた瞬間。怪物はもう一度触手で攻撃してきた。
だが今度は二本の触手を私とエルドレッドの方へ同時にだ。私には攻撃できないない為避けなくてもいいが、エルドレッドはそうもいかないだろう。
私は咄嗟にスケルトンを召喚しようとした。
けれどその心配は無駄だったようだ。
エルドレッドに攻撃してきた触手は先程と同様に地面から生え出た岩に防がれた。だが今度の岩は尖っているのではなく、分厚い壁が出来ていた。
見た感じエルドレッドは強いらしい。衛兵や民衆達が信頼を置くのも分かる。
「ハッ!」
エルドレッドは怪物に手をかざした。
すると今度は壁になっていた岩が急に動き出し、押し出すように怪物の方へ突進していった。
怪物はその衝撃で後方に吹き飛ばされた。そしてついでに私のスケルトンも粉々になった。
吹き飛ばされて倒れる怪物。よほどの衝撃だったのか、突進された方の身体は少し平坦になっていた。
これなら怪物も流石に終わっただろう。
そう思ったのも束の間。怪物の攻撃は鎮まるどころか、より一層激しく触手を振り回し始めた。
「う、これは………!」
エルドレッドは咄嗟にもう一度壁を造り出し、自分の身を守った。
私の方にも攻撃は来るが、相変わらずかすりもしていない。考えてみればこの行動は少しおかしいのではないだろうか。普通に考えて一度攻撃を仕掛けた相手にかすりもしなければ、また別の手段を考えそうなものだ。けれどコイツは同じ攻撃をひたすら繰り返している。
(そう考えるとコイツの知能は低いのでしょうか?)
(うん、多分そうだと思う)
この怪物の攻撃は器用に扱う触手だけ。攻撃力は高いけれど、私には当たらないしエルドレッドさんも防げている。これは勝てるのではないだろうか。
ただ一つ気掛かりなのは、頭を攻撃しても生きているということ。弱点が別にあるのだろうか。
「君は、ユウカと言ったか?」
「え!? は、はい!」
エルドレッドは急に私の名前を呼んだ。
少し動揺した私は咄嗟にそう返事した。
「君には奴の攻撃が効かないのか?」
「そうみたいです」
「そうか………。この怪物の弱点を探してはくれないか? 私一人では力が足りないかもしれない」
「力………」
「ああ。私に力を貸してくれ」
「………はい!」
私は勢いよく返事をした。
すると怪物は更にもう一本の触手を生やし、二本でエルドレッドに襲い掛かった。
だが一本生やしたところでエルドレッドを倒せる筈もなく、彼は先ほどよりも大きい壁を造り出して防ぐと、今度はそれを使って怪物を押しつぶした。
揺らぐ地面。舞い上がる土煙。辺り一帯に響き渡る衝撃音。怪物は巨大な壁の下敷きになった。
「………これ、私いらなかったんじゃ」
だが怪物は一瞬で下敷きになった岩を破壊し、そこから這い出てきた。
しかも触手の数がまた増えている。
いや、それだけならまだ良かったかもしれない。怪物を見てみると、先程までは身体のあちこちが損傷していたにも関わらず、その部位が綺麗に治癒していた。スケルトンで破壊した頭も、エルドレッドが岩をぶつけて与えた傷も。その何もかもが跡形もなく元通りだ。
「回復呪文……………だがこの怪物にそれだけの頭があるとも思えない」
与えた傷が即座に治るなんて……これでは何をしようにも無意味だ。
(弱点を探しましょう……ユウカ)
(……うん)
怪物の弱点。頭を潰しても駄目。それなら次に可能性があるとしたら心臓だろうか。
私は更に激しく暴れ回る怪物の近くに行き、人間のスケルトンを一体召喚した。この時に魔力を多く流した為、体が造られる速度を上げることが出来た。まだ分かり始めたばかりだけれど、魔力の扱い方は確実に上達していると思う。
そして召喚されたスケルトンは腕を大きく振りかざし、怪物に強烈な一撃を浴びせる。怪物は何故か攻撃してきたスケルトンに反撃せず、私とエルドレッドを狙ってばかりだ。
「うッ!」
スケルトンの拳が怪物の胸部付近を貫く。
勢いよく噴射する血が降りかかるが、それらは全て私を通り抜けて地面を赤く染める。
怪物の様子を伺い、生死を確認しようとする。
けれど未だに触手の動きは止まらない。確認するまでもなくコイツはまだ死んでいない。そうなると次の弱点を探さなければいけないのだが、私にはもう何処がそうなのか分からない。
(もう一度徹底的に攻撃してみてはどうですか? 先程のエルドレッドさんの魔術ではコイツを潰しきれなかったということもありますから)
(徹底的に……ミノタウロスでいけるかな?)
(やってみましょう)
私は次にミノタウロスのスケルトンを召喚した。これにも魔力を使って早く完成させることが出来た。あんなに時間がかかっていたミノタウロスの召喚が嘘みたいだ。
形成される巨体が背後に立ち、怪物を影で覆う。だがやはり怪物はミノタウロスを破壊しようとしない。私はミノタウロスに怪物を攻撃するよう命令した。
ミノタウロスは何度も何度も怪物に拳を叩きつける。この時先に召喚していた人間のスケルトンは一旦距離を取らせておいた。あの攻撃の巻き添いになるかもしれないからだ。
ミノタウロスの攻撃はやはり凄まじく、拳が地面に当たる時は大きな音が出る。
地面に大きなひびがはいり、その範囲は広がり続けた。
怪物はその攻撃に抵抗をしない為、ただただ一方的にミノタウロスは殴り続けた。
身体が潰れ、血飛沫が辺り一帯に飛び散り、細かくなった肉片が更に小さくなった。
私はこれで良いだろうかと思いミノタウロスの攻撃を中断させた。怪物の姿は見る影も無い。
(………動いてる?)
(流石にここまで損傷すればもう………)
エレノアがそう言いかけた時、怪物の身体がピクリと動く。跡形も無い怪物に動くところなんてある訳ない。だから肉片が動くのはおかしな事なのだ。それなのにこれはどういう事だろうか。飛び散った血肉が一点に集まり出している。
(これは………!)
この怪物は死ぬことがない。いくら細切れにしようとも。圧倒的な治癒力。いや、これを治癒と言って良いのだろうか。
殆ど液体になっていた怪物の身体が、見る見るうちに元通りになっていく。コイツを倒す手立てはもう無いのでは。
そう思った瞬間だった。怪物は目にも止まらぬ速さで大量の触手を一斉に暴れさせた。怪物の身体はまだ元通りになっていないというのに、触手だけが先に出来上がっている。
荒ぶる触手は一瞬のうちに周りの建物を圧倒的な破壊力でなぎ倒した。
広範囲を破壊させた触手は人間とミノタウロスのスケルトンを粉々にした。
エルドレッドは咄嗟に壁を造って防ごうとしたが、右腕を失ってしまった。
「グッ……」
負傷した右の肩を左で押さえて苦しむエルドレッド。
するとエルドレッドはぶつぶつと何かを呟き出した。
「女神ラーミナよ。御身が持つ光の力を用いて、我が負傷を癒やしたまえ。治癒」
エルドレッドがそういうと手のひらから淡く微弱な光が放たれた。
すると辛そうな表情が大分和らいだのが見てとれた。
エルドレッドの腕は少し光りながら着実に治っていく。
けれどそれは途中までで、肘にも届かない辺りで傷は塞がった。
それを見た私は動揺していた。あの怪物が現れてからの私はよく耐えていると思う。普通なら誰かが食べられたり、人の腕が無くなったりするのを見ればトラウマものだ。実際ショックではあるけれど、まだ我慢できるのはあの時人が死ぬのを見て、少しだけ慣れていたからだろうか。
(………ユウカ)
「お父さん!」
突然甲高い声が聞こえてきた。声からしてまだ子供だ。私は驚いて声の主を探した。
すると怪物が破壊した建物の瓦礫の側に、二人の子供を見つけた。そこには五、六歳くらいの小さな子供が二人、瓦礫の隙間からエルドレッドを眺めているのに気がついた。男の子と女の子だ。
「な、何故ここに………。早く逃げなさい!!」
エルドレッドは大声で子供に叫んだ。私はその二人に見覚えがあった。つい先程すれ違ったばかりのあの二人だ。私の身体をすり抜けていったあの男の子だ。
女の子は腰が抜けているのか、地面に座り込んでこの光景に圧倒されていた。
「お父さん………!」
男の子はエルドレッドの言葉を無視して泣きながら彼の方へ近寄ってきた。
私はまずいと思い、どうにかしようと考えた。まずは時間を遅くしよう。
そう思い集中した。
そして減速していく周りを見て、男の子に近寄った。この子とそこにいる子を持って離れなければ。
そうして掴もうと手を伸ばす。けれどそんな感覚が有るはずもない。私の身体は怪物に破壊されているのだから。
私は悩んだ。身体をどうにかして造らなければと。霊体が物に触れられるようになった時と同じような感覚だろうか。
そう思い胸のうちから魔力を溢れ出させた。
私はその魔力を魔眼で見た。微弱な魔力が身体の形を作っているのが分かる。そして段々濃くなっているのも。
これなら間に合うかもしれない。
ふと怪物が今どうなっているかを確認した。
そして目に入ったのが怪物と繋がる謎の紫に光る線だった。
途中曲線を描きながら何処かへ続いていっている。魔眼で見えているという事は魔力であるのだろうが、あの線は一体なんなのだろうか。
そしてまた怪物を見る。そこで私は驚愕した。何故なら怪物に人間と同じ形の霊体があったからだ。
よく見ると謎の線は霊体の胸の辺りから出ている。何かと繋がっているのだろうか。そして何故この怪物は人間の霊体を持っているのだろうか。
(ユウカ、アレ)
エレノアはそう言って上を見上げさせた。
私の顔が謎の線へと向き、それに気がついた。
それは線の奥から光が強くなっていく様。段々こちらへきている。
そして謎の線は怪物に一瞬だけ強い光を届けた。
(急に、一体……)
(ユウカ、身体が)
エレノアにそう言われ霊体が完成していることに気づいた。先程の光は気掛かりだが、先ずは子供達の避難と考えた。
私は目の前にいる男の子に手を伸ばす。するとその手が遅いことに驚いた。思い通りに動けない。
(ユウカ。私達はどうやら勘違いをしていた様ですね)
(それって………あ、もしかして!)
(はい。周りが遅くなっていたのではなく、私達の思考が速くなっていた様です)
そう考えると私の身体が遅いのは物に触れられるからだろうか。けれど周りより速く動けるのには変わらない。
私はゆっくりと動く手を男の子のお腹に回すと、持ち上げて女の子の方へ向かった。この時に出来るだけ慎重に、ゆっくりと動かすことを心がけた。
二人を持ち上げてゆっくりと移動する。二人にとってはどれくらいの体感なのだろうか。速すぎて苦しいかもしれないし、思考を元に戻そうか。
そう考えて通常通りの速度に周りを戻すと、泣き喚く二人を遠くに連れていった。
(これで安心ですね)
(うん)
だがその瞬間。怪物のいる方で大きい音が聞こえた。
私は驚きながらも急いでエルドレッドの元へ戻った。
けれどそこに彼の姿はなく、彼の元いた場所には血溜まりが出来ていた。
「そ、そんな………」
怪物はもう一度あの攻撃をしていた。
しかも今度のは範囲も威力も格段に上がっていた。
前回から始まった戦闘ですが、次の回はソフィアで、その次はユウカという風に交互でいきます。
因みにタイトルのかこってあるのは1です。
前編後編と書くよりこちらの方が良いかなと思いますので、次からはこれでいきたいと思います。




