五十一話 二つの戦闘
怪物は静かに転がった人間を食らっている。それが作業と言わんばかりに。
私はただ呆然と見つめていた。その状況が理解できていなかったのだ。
「ウォォォ!」
衛兵の一人が雄叫びを上げながら片手に持った槍を怪物に突き刺した。
けれど怪物は動じる事なくその場に突っ立ったままだ。衛兵はその間も手に持った槍でひたすら怪物の身体に穴を空けていく。
ふと、怪物が私の方を見た気がして我に返った。
アレを倒さなければ。
そう思った瞬間だった。怪物は自分の身体から触手の様なものを生やし、私の方に飛ばしてきた。
驚いて避けようとしたが間に合わず、その触手は私の胸を貫いた。そしてそのまま触手を器用に使い私の身体を地面に勢いよく叩きつけた。
「アガッ…………!!」
地面に打ち付けられた右半身が痛む。けれどそれ以上に貫かれた胸がどうしようもない程の激痛を訴えている。
私は再び動揺した。何故霊体の私が怪物の攻撃に、そして地面に衝突するのか。けれどその疑問は一瞬で解けた。私はついさっき、自分の霊体を物質に触れられる様にしたばかりだ。あんな事をしなければこの攻撃も当たらなかった。
そう後悔するのも束の間。怪物は私の胸を貫いたままの触手を動かし、私を空中に持ち上げた。一瞬で理解する。怪物はもう一度私を地面に叩きつける気だと。
(ユウカ!)
私は手足を使って触手を抜こうと、必死で抵抗する。けれどそこでおかしな事に気づく。触手を引き剥がそうとする手が左しかない。右腕は一体何処にいったのか。
私は自分の右半身を確かめた。けれどそこには何も無かった。右腕どころか、肩から全てが無くなっている。よく見ると右足も半分、腹辺りの身体も一部消えていた。肉体が傷つくのとはまた違う。血が出ている訳でも、内臓が見える訳でもない。
(の、ノア。
これって………)
その状態を見た瞬間、私の頭は考える事をやめた。というより、これからくるであろう激痛が怖くなり、その先の事を考えたくは無かったのだ。
そして怪物は私を地面にもう一度叩きつけた。
(ユウカ! ユウカ!
しっかりしてください!!)
近くで聞こえるエレノアの声で私は意識を取り戻した。どうやら叩きつけられた衝撃で気絶していた様だ。
けれどふと思い出してしまった。自分の身体の状態を。今からどんな痛みが来るのだろうか。私は目を閉じて身構える。が、一向に痛みは感じない。だから身体を見回して確認した。
「う、うそ…………」
私の身体は一片たりとも残っていなかった。手も足も胴体も、頭でさえも。
気づけば私は地面から少し離れた位置で浮遊していた。見下げた地面の形状は月に出来たクレーターの様に荒れていた。そこで私が気絶している間に何度も地面に打ち付けられたのだと考えた。だから身体が無くなっていると。
けれど不思議なのは痛みを全く感じない事。
身体が無くなったからだろうか?
いや、だとしたらまずいのでは! 身体が無くなったという事はノアの言っていたアレが。
(ユウカ、安心してください。
身体はまだあります)
「それってどういう?」
私は声に出して喋った。身体が無くなっているから声と言っていいのか分からないが。
けれどそう質問した瞬間、視界に入ったものに驚いた。
それはゆっくりと、まるで動画をスロー再生するかの如く動いている触手だった。
「これは………!」
(私はアイツの攻撃から逃れるのに必死でした。
これはその時に……)
攻撃を逃れるのにというのに引っ掛かった。私は今まで気絶していたのだから、アイツの攻撃は避けられないはずだ。エレノアの言葉をそのまま受け取るなら、エレノアが私を動かしていた事になる。
(ノア、動けたの!?)
(どうやらその様ですね。
私自身驚いています)
私は驚きと同時に、少し嬉しかった。
けれどその前に、この動きが遅くなる現象について考えた。私はこれを前に体験している。まだエレノアと会う前に、森の中で散々練習していた時のアレだ。
そうだ。私は時間を遅くする事ができたのだ。これならばアイツの攻撃をかわすのは簡単だ。
すると次に疑問に思うのは身体の事だ。霊体は無くなってしまったのに、何故まだ意識があるのだろうか。
(私がソフィアさんに聞いた話なのですが、霊体というのは誰しも二つは持っているのだそうです)
(二つ?)
(はい。
まず肉体と似たような姿形の霊体。
そして魂を守るように覆っている球体の形をした霊体です)
という事は今無くなっている霊体は最初言った方で、今は魂を守る霊体しか無くなっていると言う事だろうか。だとすればその霊体が壊されれば、今度こそあの事態が起きてしまう。
それにもし。もしその霊体まで無くなったらエレノアはどうなるのだろうか。憶測だけれど、その時エレノアは消えてしまうのではないだろうか。
私は何故かその考えが当たっているように思えた。どこかでそれを知っているような。その光景を見たような気がしたからだ。
(ユウカ、きます!)
エレノアがそう言った瞬間。遅かった触手が急に元の速さに戻った。
私の真横スレスレを触手が突いてくる。それだけではなく振り回してきたり、二本目を生やしてきたりと避けるのがやっとだ。
触手は迷わず私をめがけて攻撃してくる。私の位置が明確に分かっているのだろうか。まさか私と同じように魔力を見る事が出来たり、ソフィアの様に神眼を持っていたりするのだろうか。
(避けるのは私に任せてもらえませんか?
ユウカはその間にアイツを倒す手立てを)
(そう、だね……。
分かった)
私は身体の主導権をエレノアに譲った。動かなくていい分考えるのに集中できた。
触手は思っていたより速い。気を抜けばすぐ当たったかもしれない速度だ。それならもう一度時間を遅くしてエレノアに余裕を持たせなければ。
そう考え私は時間を遅くした。この時に時間を減速させるには魔力をほんの少し使っている感覚があった。私はもっと多くの魔力を使えばもっと時間を遅くできるのではと思った。
やってみると、先程とは格段に遅くなった。止まっているのではと見間違えるほどだったが、よく見ると少しずつ動いているのが分かった。
私はさらに魔力を多くしたが、これ以上遅くならず、ただただ魔力が漏れているのが魔眼で見えた。
(ふう………。
ひとまずこれで安心だね)
(はい。
これならどんな攻撃も易々とかわせます)
時間を減速させても、私は速く動ける。これは結構強いのではないだろうか。
落ち着いたところで、私は取り敢えずスケルトンを出して攻撃させることした。
真下の地面に人間のスケルトンを召喚する。もしかしてと思っていたが、この時にも魔力を使っていた。
時間をかけてゆっくりと体が形成されていくスケルトン。私はふと、時間を遅くした時みたいに魔力を多く使えば早く完成するのではと思い、試しにやってみた。
すると予想は的中し、スケルトンの体の形成速度は段違いに上がった。
スケルトンが出来上がり、私は怪物を攻撃させるよう命令した。
けれど減速した時間の所為で、そのスケルトンの動きも遅くなっていた。
なので私は一旦空高くまで上昇し、遅くなっている時間を元に戻した。
「何だアレは!?」
近くにた衛兵がそう呟いた。
気絶する前と違って彼らは距離をとっている。おそらく怪物が急に激しく暴れ回ったので警戒していたのだろう。
「スケルトンか!」
一人の衛兵が私の召喚したスケルトンに武器を構えた。私はまずいと思い、スケルトンを避けさせようとしたが、近くにいた民衆達も合わさって前に出た為ぶつかりそうになった。
(ユウカ、上に!)
エレノアにそう言われ、私はスケルトンに彼らを飛び越えるよう命令した。
スケルトンは私が想定していたものより遥かに高い跳躍を見せた。そしてそのまま怪物に上空から殴りかかった。
スケルトンの拳は綺麗に怪物の頭に当たった。
「仲間、なのか…………?」
「馬鹿いえ。
スケルトンだぞ。
そんな訳があるか」
飛び散った肉片はあちこちに散らばり、スケルトンは全身に返り血を浴びた。白かった骨も真っ赤に変わり、頭から足にかけて血が滴り落ちている。
「……ふう」
私は飛び散る血飛沫に動揺する心を落ち着かせ、怪物から目を逸らしながら息を吐く。そして思い出す。私が殺したあの鎧の男を。エレノアを襲っていたとはいえ、一人の人間の命を奪った事には変わりない。
人殺しは悪い事だ。それなら私は裁かれなければいけないのではないか。
(ユウカ!
避けて!)
突然エレノアがそう叫んだ。
私はその声に反応して怪物の方を向いた。けれど私の目に映るのは怪物の姿でなく、目の前まできた触手だった。
「ウッ………!」
私をめがけて攻撃してくる触手。もう駄目だと思った。
けれど意外な事に触手は私の身体をすり抜けて当たることはなかった。
(何で……)
(魂に一番近い霊体に触れるのは難しいとソフィアさんは言っていました。
確証が持てなかった為攻撃を避けていましたが、必要なかったようですね)
エレノアの言った通り触手は何度も私に攻撃しているが、擦りもしていない。それならもう避ける必要はない。あとはスケルトンを召喚し続けるだけだ。
「皆退がれ!」
そう考えスケルトンを召喚しようとした瞬間。一人の男の声が辺り一帯に響き渡った。
その男は明らかに他の衛兵とは違う鎧を纏い、岩でできた馬にまたがりやってきた。
「おお!
エルドレッド様」
一人の衛兵が歓喜の声を上げてその名前を言うと、それを聞いた他の民衆も喜び勇んだ。
男は乗ってきた岩の馬から降りると、私を見上げたような気がした。
すると突然今まで私にしか攻撃してこなかった触手の一つが、勢いよくエルドレッドめがけて襲いかかった。その触手の進路には多くの人々がいる。私は時間を減速させようとしたが、突然の事で集中できずにいた。
「危なッ」
私がそう言いかけた瞬間、人々めがけて襲いかかった触手の真下から、尖った岩が突然生え出てきた。
--ユウカが起きる前-ソフィア視点--
昨日は突然の事で驚いた。
まさかこの神都に獣人が。
しかも黒の毛色。
獣人は基本人間の様に群れで暮らす生き物だ。ただ人間と違い知能が劣るので、大した建物は到底建てられない。
彼らは普段、持ち運べる簡易的な家を建ててそこに住まう。基本的に彼らは旅をしながら生きている。
だがある時期が来たら二つの集団に分かれる。ある時期とは、一つの集団に知能の高い個体が生まれた時だ。そうして成長した知能の高い個体が、新しい集団をまとめ別々に分かれてまた旅をする。
獣人は基本的に狩をして暮らしている。だから弓や短剣といった狩の道具に精通している。
たまに獣人の集団を見つければ、そこには商売をする数人の獣人がいる。売っているものは狩で取った獲物や、採取した果物など。運が良ければ珍しい品にありつけることもある。
私は朝の身支度を終えると、神殿の外に出て黒毛の獣人を探した。
獣人の知能はその個体を除いてあまり高くない為、奴隷としての価値はそれ程高くない。
只、中には獣人の高い狩の才能を目当てに暗殺を頼んだり、彼らを誘拐したりする輩も存在する。けれどそこは持ち前の身体能力と、高い察知能力で誘拐するのは難しい。
ただ一つだけ。安全、かつ彼らの怒りに触れる事なく獣人を取引できる事がある。それは全身の毛が黒い獣人が生まれた時。彼らは黒毛の獣人を忌み嫌い、凄惨な儀式の供物にするのだとか。
そこに目をつけられ、黒毛の獣人は高値で取引される事がある。
そしてその獣人がこの神都に来たと言うことは、誰かを暗殺しに来た可能性が高いということだ。
「おうい!」
「ん?」
突然誰かを呼ぶ声が聞こえ、その方向に顔を向けた。
すると二頭の馬が全速力でこちらに駆けてくるのが見えた。アレは………冒険者だろうか? そこそこ良い装備を着けている。けれど顔に覚えがない。ここの冒険者という訳ではなさそうだけれど。
「あんた、神殿の関係者か?」
二人の男は私に近づいてきてそう言った。どうやら目的は私……いや神殿にある様だ。
二人の男が乗っていた馬は疲労が出ている。夜通し走って神都に来たのだろうか?
「ソフィア様!」
すると今度は門の番をしていた衛兵の一人が走ってきて私の名前を呼んだ。
「その者共は侵入者です。
突然馬で門を突破してきて……」
「そうですか。
では捕らえて」
「ま、待ってくれ!」
一人の金髪の男は私の話に割って入ってそう叫んだ。何やら必死な様子だ。面倒くさいが私の方で対処しようか。
私はそう思い衛兵を門に返すと、二人から事情を聞いた。
「俺たち、ここに来る途中に大量のアンデッドを見たんだ!」
「………はあ、そうですか」
私は金髪の男からでた言葉に呆れていた。そんな事を言ってまで何をしようというのだろうか。仮に大量のアンデッドがいたとて、この神都に攻め込んでも無駄に思えるが。今は大司教が集まっているし。そうでなくても神殿の者たちの力は強い。
「本当なんだ。
俺らはミノを心配してここに向かってたんだが、アレは千や万どころじゃないぞ」
「ッ……………!
そう。
それじゃあ私をその場所まで連れて行ってください」
この男は今ミノと言った。それはユウカさんが冒険者として名乗っている名。それを知っているということはロペルの冒険者だ。
相変わらず目的は分からないけれど、もしかしたらユウカさんに害を及ぼそうとしている可能性も。
「私はこれでも教皇なので」
だとしたら探らなければならない。この者たちが何を企んでいるのかを。
私はニコラッドにダニエルと名乗る二人の冒険者の馬に乗り、大量のアンデッドがいるという場所へ向かっていた。
神都を出てから数時間。この二人が私に何かしようとする様子は未だ見られない。かと言ってまだ信用できる訳ではない。まあ自分に二つ名をつけている時点で頭大丈夫かなとも思うけれど。双剣のニコラッドなんて聞いたことないし。
「ああ!
見えた。
アレです……」
前を走っていたダニエルは指を指してそう言った。
そこには二人の言う通り大量のアンデッドが日の当たる道を歩く様が見えた。どうやら彼らの言うことは事実だったらしい。
それにしても数が多い。まあアレが神都に来たとしても、やはり勝ち目はないけれど。
「分かりました。
あのアンデッドは私に任せください」
「は!? 一人でやるのか」
「ええ」
私は絶句する二人を尻目に魔力で火の球を作り出した。ただこれでは威力が強すぎるだろうと思い、魔力を段々弱めていった。
けれど気になるのはアンデッド達が何故燃えないのかという事。どこかの魔術師の仕業だろうか。アレはアンデッドではないという可能性もある。
そんな事を考えていると、火の球は丁度よく赤黒くなっていた。私はこの程度で良いだろうと、アンデッドの大群に狙いを定めた。
あんなに広がってちゃ、狙うまでもないか。
そう思いながら火の球を放つ。
高熱の火球は、周りを砂漠の蜃気楼の様にぼやけさせながら進んでいく。流石に一発で全滅は難しいだろうが、小さいのをあと数発撃てば大体は削れるだろう。
「ヴヴア゙ア゙ア゙ア゙!」
すると一匹のアンデッドが叫びながら火の球の方へかけていった。
なんだろう?
そう思った瞬間。アンデッドは火の球に勢いよく飛んでいった。そして大きく口を開けると、火の球を飲み込んだ。
「あいつ何を?」
ニコラッドはそれを見てそう呟いた。
そしてアンデッドが私の魔術を飲み込んだ瞬間。てっきり爆破すると思っていた火の球は、アンデッドの腹の中で小さな爆発音と共に消えてなくなった。
「な!!」
一体あのアンデッドは今何をしたのだ。威力を抑えたとはいえ、アレを防げるアンデッドなどそうそういない筈だ。
「駄目だろ。
そんな事しちゃ」
私の耳元で突然女がそう囁いた。
私は驚いたが、慌てる事なく戦闘態勢を取ろうとした。
「あぐッ!」
気がつくといつの間にか遥か上空にいた。口から込み上げてくる感覚がある。
「かはッ……」
私は勢いよく吐血した。
自分の身体を確認すると背中に激痛が走る。どうやら背中を殴られたらしい。おそらくその衝撃で今こうなっているのだろう。何という力だ。
私は急いで応急手当てをした。魔術を使い、肉体の治癒力を上げる。痛いのは承知の上で即時回復もする。
「まだだ」
その女は圧倒的な速度で私に近づき、振り上げた拳を腹に叩き込んだ。
私は咄嗟に魔力でその攻撃を防いだ。ギリギリ耐えることは出来たけれど、衝撃で地面まで一直線に叩き落とされた。
「おい、大丈夫か!」
「アイツは………!」
女の顔が見える。
あの顔はユウカさんが纏っていた前の霊体と同じ顔。
けれどアイツの身体は肉体だ。




