五十五話 ソフィアと王<ニ>
私の攻撃はネスロに当たっている。だが彼女の身体は大きな傷も即座に治している。
「うッ………」
ネスロは私の爆発をくらいながらも、ゆっくりとこちらに歩みを進めてきている。彼女の性格上、じわじわと追い詰めて私が苦しむ様を眺めたいのだろう。
私は更に威力を上げた魔術を放つ。
目の前を眩い光が包み込み、爆発音が辺り一帯に響き渡った。
熱風が吹き荒れ、それによって舞い上がった火の粉が森の木々に火をつけた。
その火は瞬く間に広がり、森を火の海に変えていく。
「随分と派手な魔術だ。母さんと似ている………だから気に入られたのか?」
黒い煙が晴れてネスロの姿が見える。当たり前だが傷一つない。
「あなたの母は影の女王でしょう」
「ああ、そうだったな」
ネスロはまたもや笑みを浮かべる。なんとも醜い姿だ。アレが無ければ皮だけは美しい女性であっただろうに。アレは呪いの影響なのだろうか。どちらにせよあの身体はネスロのものではないのだけど。
「ふ……」
大きな穴が空いた場所から生やした触手をこちらに伸ばしてくるネスロ。
私はそれに爆発で対抗する。ネスロが使う魔術は肉体を操るものだ。あのアンデッドだってその力の一旦だろう。
触手は私に届く前に爆発によって弾け飛んだ。あの爆発で防げるのなら強度はそれ程でもない様だ。
だがその触手もすぐに再生する。ネスロの不滅は肉体だけと聞いていたけれど、触手も肉体の一部なのだろうか。カーラはそういう感じじゃないと思っていたけれど。
「ふひ」
すると突然地面が割れ触手が飛び出してきた。
私は急いで魔力を使い防御した。
「またッ!」
そしてもう一度空中に飛ばされてしまった。何故わざわざ空中で戦おうというのか。お互い苦手だろうに。だが身動きは取りにくくなっても、遠距離に対処できる私の方が有利だ。
私は空中で身体をよじりネスロの方を見て攻撃しようとした。
けれど地を蹴り勢いよく迫ってくると予想していたネスロは、触手の一つを地面に刺しながらこちらへ向かってきていた。
私は咄嗟に火球を数発飛ばした。
だがネスロはそれらを難なく交わした。空中でもそれなりに動き回るネスロに私は動揺し、同時にまずいと思った。
このままでは無防備な状態で攻撃されてしまう。そうなれば致命傷は避けられない。
私は両手をネスロの方に向け、魔力を貯めると火球を一つ作り出した。
そしてその火球から複数の熱線を放った。
空中で落下している私から放たれる熱線は、予想も付かない動きを見せた。
高温の光線が私の手から放射され続け、地面に見える森や山、そしてネスロめがけて飛んでいく。
赤黒い光の線が地面に触れると、その場所はドロドロと煮えたぎる液体になった。
ネスロはその光を避けつつ私に迫ってくる。
だが私の熱線はネスロではなく、彼女を支える触手に触れた。
たった一本の触手は熱線によって一瞬で焼き切れた。
「ちッ……」
支えている触手が無くなったネスロは真っ逆さまに落下していった。
それを見て少しだけ落ち着いたが、落ちているのはネスロだけでなく私もだ。
地面に叩きつけられる前にどうにかしなければ。負傷してしまっては治癒魔術か回復をしなければならなくなる。そうなれば魔力を多く消耗してしまう。
そう考えていた時だった。
落下していたネスロが、なんと切れた触手を繋ぎ直してもう一度私に迫ってきたのだ。
「はあ!」
ネスロは落下する私に一瞬で近寄り、右の拳で殴りかかってきた。
私は両手を顔の前で構え、受け身を取ろうとしたが間に合わなかった。
防ごうとしている右腕をネスロの拳が貫き、私の顔に当たりそうになる。
けれど間一髪のところで頭を逸らして助かった。
ネスロの拳は私の真横をかすめ、右頬に傷をつけた。
私の右腕は肘から先が無くなり、吹っ飛ばされた右手は下に落下していった。
ネスロは私の頭を掴み、空中で静止した。
無くなった右腕の痛みが段々増してくる。今のうちに治せば元通りな状態に戻るかもしれない。けれど今それをすると私の魔力が危ない。
「これで終わりだな。私を煽っておいて、その程度だったのか? まあ人間にしては良くやった方だな。それじゃあ死ね……とその前にやる事があったな。先ずはどこからが良いか?」
「クッ………」
「右足か? 左足か? なんなら指先からでもいいぞ。ああ、それとも腕からが良いか? ってもう片方無いじゃないか、フヒヒヒ。それじゃあ左からだな」
ネスロは不気味な笑みを浮かべながら私の左腕を掴んだ。
「やる前に何か言うことはないか? ないなら別に……」
「うるさいな」
「……はあ? 今なんて言った?」
「良い加減そのうるさい口を閉じろって言ったんだよ。呪われたネスロ」
私の言葉を聞いて益々機嫌が悪くなるのが見てとれた。ここでネスロを馬鹿にしても怒らせるだけだろう。けれどこんな奴に私が苦しみ悶える姿を見せて、それで御機嫌になりながら神都を滅ぼすのを想像したら吐き気が止まらない。
「そんなに敵対心を剥き出しにして。最初の時とは大違いだな」
「………私は元々お前のことなんてどうでも良かったんだ。恨みがあったのは信者だけだし。信者が気に入らないからって、あいつらが崇める奴が気に入らないとは限らないから」
ネスロ教の信者。それは邪教として知られる集団で、その数は意外に多い。私はそいつらと昔争いあった事がある。あの一件以来、私はネスロ教団と仲が悪い。まああんな奴らと仲良くしようなんて思わないけど。
「私の事は気に入らなかったのか?」
「当たり前でしょ。信者もイカれてるれど、お前はそれ以上だ」
「フヒヒ」
ネスロは笑いながら私の左腕をゆっくりと引っ張り始めた。
私は念じる。この状況を打開するために。ネスロを討ち滅ぼすために。
「貫きなさい………」
私がそう唱えて少しすると、一筋の光がネスロの頭上から落ちてきた。
「なんだ!?」
ネスロはその光をギリギリのところで交わす。
だが動揺するネスロは咄嗟に私の頭を掴んでいた手を離した。
そのまま下に落ちていくかと思いきや、それに気づいたネスロの蹴りが私のお腹に命中した。
「グハッ!」
勢いで後方に吹き飛ばされる私の身体は、血を撒き散らしている。
見るとお腹に穴が空いている。
口から血を吐き、激痛も遅れてやってきた。
「全く………何だそれ?」
私は降ってきた光に念じる。
すると光はとんでもない速度で私の方まで来た。
私はその光に左手で捕まると、空中に浮いたまま止まった。
「どうでも良いでしょ? そんな事………」
私の左手が持つのは白銀の色をした槍。刃の部分には金色に輝く魔石がはめこんである。この槍には魔術的な符呪が施してあり、魔石の中には魔法陣もある。この槍、ルウティアは私が持つ二つの武器のうちの一つ。普段は部屋に飾ってあるところを、さっきは呪文を使って呼び寄せたのだ。
私は槍に念じて地上まで降りた。
左腕もそうだが、特にお腹が痛い。激痛で思考が纏まらない。それもそうだ。穴が空いているのだから。
地べたに膝をつき、お腹の穴を治そうか考える。けれどやめにした。それをしてしまうと本当に魔力が尽きてしまう。
私はネスロの方を見て考えた。身体を治癒しても、ネスロに攻撃を仕掛けても結果は同じ、死だろう。けれど逃げるという選択はしたくない。可能性に賭けて無様に逃げ回るのは、死後に会うお母様に、何よりティアナ様に見せられない。それなら最後まで戦おう。
私はネスロを睨んだ。
ネスロはそれを見ると勢いよく私の方に向かってきた。
「ルウティア、ネスロをくいとめなさい」
私がそういうとルウティアは一直線にネスロへ飛んでいった。
それを交わすネスロだったが、ルウティアは軌道を変えてまた追跡してくる。
「ああ! 鬱陶しい!」
これには流石のネスロも数回の攻撃をくらう。
すぐに再生してこちらへ向かおうとするが、ルウティアに邪魔されてそれも困難になっている。
けれどいずれは私まで辿り着く。それまでに私の全力をネスロにぶつける。
私は左手に魔力を溜めた。
そしてネスロに手をかざすと、巨大な火球をその場に出して留めた。
赤黒く光る火球に魔力を送り続ける。
火球は更に肥大化し続け、私の身長など優に超えている。
これでは駄目だ。魔力が流れ出すぎている。もっと集めなければ。
私は火球から溢れ出てしまっている魔力を凝縮する。
すると火球は少しずつ縮んでいき、私の身長程になった。
それと同時に火球の色が変化した。赤黒かったのが聖なる光に似た白に近い色に。
「これが私の限界かな………ルウティア! ネスロに留まれ!」
私がそう叫ぶとルウティアはネスロのお腹に刺さり、そこで動かなくなった。
「あ!? なんだこれ」
ネスロは思いっきりルウティアを引き抜こうするが、槍は微動だにしないどころかネスロが動くのと同じ方向に移動する。
「ルウティア………爆発しなさい」
そう言ったと同時にネスロのいる位置から爆音と光が放たれる。これでネスロの身体は散り散りになっただろう。そうなると奴はその場で身体が再生するのを待つしかない。そこにこの火球を当てる。
私はネスロがいた場所に火球を放った。
それは目にも止まらぬ速度で、火球が通った後は光の線が出来ていた。
「こんな攻撃……!」
即座に再生したネスロはそれを見て一瞬驚いたが、避けるこなく私の火球を受けた。
もう一度散り散りになっていくネスロの身体。
私はそれを見ながら地面に倒れた。
「ここまで、か………」
だが今度のネスロの様子は先程とは比べ物にならなかった。
「アアアァァ!!」
突然苦しみ悶えだし、聞いたこともない絶叫がつんざくように私の耳まで届く。あのネスロが苦しんでいるのだ。
「何が……」
光は次第に落ち着いていき、状況がよく見渡せるようになった。
すると目の前に何かが転がっているのに気づく。
「あ、あ……ああ……」
それはネスロの頭だった。
再生することなくそこに転がったままで、虚な表情をしながら「あ」としか呟かないでいる。
その不気味な状態を眺めていると、我に帰ったのか、ネスロが私の方を見た。
「ひいッ」
ネスロは突然怯えた声を出すと、急速に身体を再生した。
殺られると覚悟したが、なぜか一目散に地下を掘り進んで逃げていった。
「………なんだった、うう……ゴホッゴホッ」
私は大量の血を吐いた。どうやらもう限界らしい。心残りはあるけれど、ティアナ様の元へ逝けるのなら………。
「おい! 大丈夫か!」
近くで男の声がした。この声には聞き覚えがある。そうだ、確かニコラッドだったか。
「酷い傷じゃないか。ニコラッド、今すぐ馬を」
「いや、さっきの戦いで死んじまった」
そういえば二人と一緒に来ていたんだった。気にせずあんな戦い方をしていたけれど、結構運がいい奴らだ。けれど私はもうここまで。二人に私を殺害した容疑が掛からなければいいけど……。
そして私は気を失った。
なんだろう、身体が軽い。肩こりもない。一体今はどういう状況なのだろうか。
私は目を開けようとした。
けれど眠たいせいか瞼が重い。
ううむ…………取り敢えず状況を整理しよう。確か私はさっきまでネスロと戦っていて、それで………よく思いだせない。
それにしても眠たいな。考えるのも面倒臭くなってきた。
「ソフィアさん」
誰だろうこの声? どこかで聞いた事があるような気がする。でも今は寝かせて欲しい。疲れてる……から………。
「ソフィアさん」
「う……何!」
「ええ! ああ、御免なさい!」
「………あれ?」
そこにいたのはユウカだった。
--地下深く-ネスロの領域--
「クソクソクソ!!」
この私があんな小娘に……。
「クソォ!!!」
ネスロは思いっきり地面を蹴った。
するとそこには大きな穴が出来た。彼女はかつての様に怒りを露わにしている。人間に負けただけでなく、あれ程怯えたのは生まれて初めてだったからだ。
あの時ソフィアの攻撃をくらったネスロは、今まで味わったことのない程の痛みを覚えた。それは肉体に与えられるものを遥かに上回っていた。今尚残るその痛みをネスロは怒りに変える。
「まだ、まだだ。まだアレがある。アレをもっと暴れさせて……」
ネスロは神都に放った怪物に命令を送る。
「これで、これで……ふひ、ふひひひひ」
暫くの間彼女は笑い続けた。だが……。
「繋がりが………切れた」
怪物との繋がりが断たれてしまったのだ。何者かは分からないが加護を勝手に消せるものがいた。ネスロはまたもや上手くいかずに怒り、喚き散らした。
「ま、まだアイツらが…………アイツらがいる」
そう言ってネスロは地上にいるアンデッド達に命令を出した。




