四十八話 ユウカの着ぐるみ<後編>
「エレノア?」
突然現れた少女は私に近づいてそう言った。外国人だろうか。相手は私のことを知っている風だけれど………。
エレノアと名乗る少女はじっと私を見つめた。私はそっと目を逸らすと、自分の記憶を思い返した。エレノアという名前……………やはり外国人。もしかしたら何かの漫画で読んだキャラクターの名前か? いや、だとしても何故私にそう名乗るのだろうか?
「…………そうですか。
覚えていないのですね………」
少女は少し俯いた。私はどうすればいいのだろうか。そもそも名前も顔も知らない子供に知っているかと言われても…………もしかしたら私を揶揄ってるのかもしれない。友達との内輪ノリで私に悪戯をしているのかも。
「そ、それじゃあ」
私は関わらないようにしようと無視して少女の横を通り過ぎた。まったく。最近の子供はおふざけが過ぎると思うんだよね。
そんな事を思いながら五、六歩歩くと、急に足元が無くなって上半身が一気に地面へ叩きつけられそうになった。
私は驚いてギュッと目を瞑った。
「ユウカ!」
「うわわわ!!
……な、何これ!?」
私は驚いて瞑っていた瞼を恐る恐る開けて周りを見てみた。そこには今の今まであった筈の地面が無くなっており、どこまで続くか分からない真っ暗闇が広がっていた。
ふと後ろを振り返って少女を見てみると、今にも落っこちそうな私の腕を掴んで食い止めていた。そして驚いた事に、私を支える少女の身体は宙に浮いていた。まるで幽霊の様に。
「うう!
ユウカ………!」
少女は私の腕を後ろに引きながらゆっくりとまだ地面がある場所に引き戻した。
私は驚きのあまり、その場で腰が抜けてしまった。そしてあまりに唐突で訳の分からない状況に呆気に取られていた。
「これって………!」
私は落ちそうになった穴を改めて見て驚いた。それは掘っただとか、削り取っただとかそういうものじゃない。そこには元々何も無かったと思うくらいの不自然な空間。あったのは表面だけで、中身はスカスカ。それで今その表面が無くなったような。ゲームでよく地面の中が見えたりなんて事もあるが、この地面はそれにそっくりだ。
ふと地面だけじゃなく周りを見てみた。驚いた事に他の地面も。いや、それだけでなく建物や空の青い色、
「ユウカちゃん。
大丈夫?」
私を心配する友人の身体までもが一部ポッカリと消えて無くなっていた。
「あ、ああ………」
私はその光景に絶句しながら友人に指を挿した。
友人は不思議そうな顔をしながら「ほら」と言って手を差し出した。が、その瞬間目の前で跡形も残らず消えてしまった。まるでゲームの一場面の様に。
これは夢なのだろうかと考えた。こんな事が現実に起きる訳がない。でも現実的に考えるならどこかの国か何らかの組織の攻撃か? もしかしたら宇宙人の仕業という事もある。
我ながらおかしな事を言っているのは分かっていたが、あまりの出来事に思考がまとまらなかった。
「ユウカ」
「あ……」
すると動けないままでいる私に少女が話しかけてきた。
見ると彼女の身体はどこも欠けておらず、もしかしたら彼女がこの状況の元凶なのではと考えた。
だが私の身体を見回しても彼女と同様に無事だ。これは一体どういう事なのだろうか。やはり夢? いや、寧ろそうであって欲しいと願った。
「一体、どうなってるの?」
私はすがりつくように助けを求めた。彼女なら何かを知っているかもしれない。ふとそう思った。
「…………私にもよく分かりません。
ですが、おそらくここはユウカの記憶の中なのでしょう」
「記憶?」
少女の言っている事は一瞬理解出来なかった。だが少し考え、記憶という事は夢という事では? と考えた。
そしてもう一度周りを見てみる。何かが消える時は一瞬で、私と彼女のいる近くから段々と無くなっている。だが私の家とその周りは未だ消えていない。やはり原因は彼女か私。でもコレが私の記憶、つまり夢だとすると、私が意図して消しているのだろうか?
「………という事は、現実じゃないってこと?」
「そう……いう事になりますね」
私は無くなった地面の近くまで来て、落ちそうになった暗闇を覗き込んでみた。まだ少し恐怖感はあるが、現実ではないと聞いて安心した。
それにしても、夢の中というにはよく出来ている。意識もはっきりしているし。コレが明晰夢というやつなのだろうか? それならもう少し広ければ良かった。いつの間にか殆どの建物や床は消えていて、これじゃあ出来ることがあまりない。
私はこの無くなっている所に地面が有ればとふと思った。
すると、どこからともなく周りの地面と同じアスファルトでできた足場が形成された。
「ワッ!」
「これは…………!
ユウカ。貴方がやったのですか?」
「え…………?
そうなのかな?」
私は少し驚いたが、夢ならばそれもあり得るかと半ば強引に納得した。だがまさか自分の思い通りに地面を作ることが出来るとは。夢とは便利なものだと私は思った。
そして試しにもっと広い範囲に地面を作ることにした。今度はアスファルトではなく、緑が青々と茂った草原を想像した。
すると私の足元から広がる様に草原が現れた。私は少し楽しくなり、出来たばかりの草原を駆け出した。少女は走る私の後ろを飛びながら着いてきた。
「おお!
本当に地面がある!
私、凄!」
私は楽しさのあまり興奮してそう言ってしまった。そして直後に少女が見ている事に気づき、恥ずかしくなった。
少女は表情を一切変えずこちらを見ていた。それがより一層私の羞恥心を大きくした。それにしても、よく考えてみればあの娘は一体なんなのだろう? 私が作った夢の中の人間だろうか? いやでも浮いているから幽霊? ひょっとしたら私の夢の中に入ってきた何処かの誰かなのかも。
私は取り敢えず少女と会話してみる事にした。今更だがこの人は外国人なのに日本語が堪能だと思った。
「あの、えっと。
エレノアさん……でしたよね?」
「はい」
随分と淡白な返事だ。さっきは切羽詰まった感じがしたのだが。
そういえばエレノアさんは最初から私の名前を知っていた。そこら辺も含めて尋ねてみようか。
「貴方は私の夢の中の人なんですか?」
我ながら言っていて恥ずかしくなった。
「………いいえ。
私はユウカの…………」
そこまで言いかけるとエレノアさんは俯いて黙り込んでしまった。私のなんと言おうとしたのだろうか?
だけれどこの人は私が作った人間じゃ無さそうだ。ならばやはり私達は同じ夢を見ているのだろうか。
「じゃあ、現実ではどこで暮らしていたんですか?」
私は予測を立てた。風貌はどう見ても日本人じゃないだろうし、名前もそのまま外国風だ。アメリカ? ヨーロッパ? ロシアなら髪は銀髪だろうか? それは流石に偏見か。でも綺麗な艶の黒髪だなァ。
「……ァ……………」
少女は何かを言おうとしたが、また俯いてしまった。そういう反応をされると少し話しづらい。こっちが悪い事をしている気分になってくる…………。いや、私も同じ様な感じか。知らず知らずのうちに他人に迷惑を掛けていたのかもしれない。私は少し反省した。だがやはり人の目を見て話すのは難しい。
エレノアは未だ俯いたままだ。私はどうすれば良いか考えていた。すると遠くに見慣れ建物が見えた。いつも見慣れたそれは一瞬で何かが分かった。
「学校だ」
周りの建物は無くなっているというのに、校舎は何ともない。
それによく見ると、校舎だけではなく他の見慣れた公園や、商店街、そしてお気に入りの水路まであった。どういう事だろうか? 思い出深い場所ばかり残っている。公園は子供の頃よく遊んだ場所。あの商店街はよくお母さんと一緒に来ていた。水路に至ってはただ私の好きな場所。やはり他の場所を消したのは私自身なのだろうか?
「学校………ユウカが嫌いな場所ですか?」
「え?」
「いつも行きたくないと嘆いてたので」
私は驚きと共に考えた。何故そんな事を知っているのだろうか。私の名前を知っていたのと何か関係が? というかプライバシーの侵害だ!
「ユウカ。
行きたくない場所に何故行くのですか?」
「え…………そりゃあ行かなきゃいけないから」
「別に行かなくても良いのではないですか?」
この娘は少し変わった娘なのだろうか? 私はそう思った。確かに高校生は義務教育じゃないから行かなくても良いだろうけど………そういう事じゃないだろうし。外国では高校に行かなくても将来何とかなったり?
「………いえ、すみません。
何でもないです」
「う、うん」
エレノアは何かを察したのか、そう謝罪した。そしてさっきよりも雰囲気が気まずくなった。
私は場を盛り上げようとして、周りを見回した。すると遠くにポツポツと光る星を見つけた。
「あ! あれ星かな?」
だが星にしては数が少ない。九……いや、十個くらいだろうか? 光度は違えど綺麗な星が鮮明に見える。夢だからと言ってしまえばそれまでだが、あれだけの数しかないのもおかしい。
星はどこまで遠くにあるのか分からなかったが、もしかすると今なら行けるかもと思った。
「………そういえば骸骨さんがユウカの中にいたと言っていましたが、こんな光景だったのでしょうか?」
エレノアは星を眺めながらそう言った。中、とはどういう事だろうか? 抽象的な意味じゃない………よね? 私の中。骸骨さん………。
私は少し怖気が走った。
「べ、別の場所に行きませんか?
あ、あの学校とか」
「ん、はい。
分かりました」
私は何も考えない様にとそう提案した。
学校までは途中水路がある。私はそこの水の流れがどうなっているのか少し楽しみだった。
暫く草原を作りその道を歩くを繰り返していると、途中の水路に着いた。予想していた通りここだけ不自然に切り抜かれていたが、安心する閉塞感は残っており、水の音も心地良かった。
ふと水の流れの端を見てみると、ゲームの様にとも言えないが、綺麗に切れて無くっていた。そのお陰で水流の断面が見える。小さい頃に水泳の授業や海水浴で、水中眼鏡をつけて水面を横から眺めた事があったが、アレとは少し違う不思議な光景だった。
「良い所ですね、ここは」
「ん………でしょ?」
私は水路を暫く見て、もう一度学校を目指した。その頃には見渡す限りの建物や地面が殆ど無くなっていた。
私達はようやく学校に辿り着いた。水路よりも距離があった為、少し大変だった。遠くからだと対比物が少ないからか、もう少し早く着けると思っていたけれど。
到着した学校には一切人は居らず、閑散とした物悲しさがそこはかとなく漂っていた。どうやら先に消えるのは物ではなく人の様だ。
私達は校門をくぐり学校の敷地に入った。この時間だと生徒や教員がいて当たり前なのだが、自分の教室にも、職員室にも誰一人として居らず、少し不気味だった。
先程の水路と同じで静かなのだが、あちらとは雰囲気も全然違う。何故だろう。学校は人がいて当たり前だと思うから逆に違和感なのだろうか?
「ユウカはよくここで友人と話しをしていますが、私にはあまり楽しそうには見えません」
エレノアは私の机の近くを見つめながらそう言うと、私の方を見た。
どこまで私の情報を知っているのかと思った。もはやこれはストーカーなのでは?
「……友達付き合いは大事だし」
「………そうですか」
エレノアは悲しそうな表情をしながら教室を出て、私もそれに着いて行った。そしてもう彼女が飛んでいるのには慣れていた。密かながらに私も飛びたいなと思っていた。夢の中なら出来るかな、とも思い隠れてやってみたが、恥ずかしい思いをするだけだった。
エレノアは暫く学校を探索した。
「ゥ………」
ふと私の顔が反射した窓に映った。いつもと変わらない顔。地味で、普通の、お母さんとは違う顔。今この顔を見たくは無かった。
「どうかしましたか?」
「ああ、いや何でも」
私は少し悲しくなった。いつものこととは言え、今まで夢見心地だったからか、一気に現実へ引き戻された気分だ。
「…………ユウカ。
そんなに自分の容姿が嫌いですか?」
「え……?
自分の容姿に自信を持ってる人なんて多くないでしょ」
私は少しそっけない態度を取った。初対面で歳下の少女には大人気ないが、私は私の容姿について聞かれるのが憂鬱だった。
「ユウカ………私は、好きですよ。
お母様と違って」
「やめてよ…………!
そんな風に言われても、嬉しくない」
私は言われた事に怒って突発的にそう言ってしまった。
エレノアは、「すみません」と小さな声で言った。私はそれを聞いて罪悪感を感じた。お母さんと喧嘩した時とは違う。まるで私が悪者になった様な感覚。
私は「いいよ」と投げやりに言って学校を出た。エレノアも少し離れた所から私に着いてきていた。
私はある時から自分の容姿に自信がない。罵倒された事や揶揄われた事は無いが、これは他人の問題ではなく自分の問題だ。私自身ブスだの何だの言われたショックだし立ち直れないと思う。でも褒められるのも好きでは無いのだ。好きという言葉は相手を肯定ではなく固定する言葉だと思う。貴方はそのままで良いと言われてる様でならない。自分の嫌いな所をそのままにしろというのは、私はあまり嬉しく思わない。面倒くさいと思われるかもしれないが、そう思ってしまうのだからどうしようもない。
私は憂鬱な感情を抱えて俯きながら家の方へ歩き出した。
家に着くと、玄関を開けて中に入った。
予想していたが、やはりお父さんもお母さんもいなくなっていた。
それから私は急に無気力になり、その日はベッドで眠りについた。
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夢の中の世界で過ごし始めて三日。
私は一向に目覚めることなく、自堕落な生活を送っていた。エレノアとは自然と仲直りし、今は普通に話している。と言っても彼女自身口数が少なく、会話を始めるのはいつも私からだが……。
夢の中では空腹感も、トイレも必要なく、特にやることもないので、暇で暇で仕方がなかった。夢だから不思議なことでは無いが、目が覚めた時に大変なことになってはいないかと心配している。
だが最近は、もう目覚めないのではとすら思っている。
「ユウカ。
今日は何をしますか?」
私はエレノアと想像で作り出したトランプやボーゲームで遊んだり、オススメの漫画なんかを教えたりしていた。家が残っていてくれたお陰でそういう私物が無くならなくて良かったと思った。
「ウゥン、そうだな………」
エレノアと話していて段々分かってきた事がある。少女だからか外国人だからか色々と疎かったり、丁寧な言葉遣いの割にはゲームや漫画を楽しく読んでいたりと、精神年齢は意外と見た目通りなのかもしれない。
あ、ダメだダメだ。エレノアに見た目の事で怒ったのに、私が彼女の容姿にどうこう言ってどうする。私はそう考えるとあの日の学校でのことが急に申し訳なくなってきた。
「ねえ、エレノア。
あの時はごめんね」
私は顔を背けて恥ずかしがりながらそう言った。
「あの時?」
「うん。
学校で、私が怒った時」
あの時の私は流石にどうかしていたと思う。初対面のエレノアにあんな事………。
「私も悪かったです。
ユウカが容姿の事で悩んでいると知りながら、無神経でした」
「ううん。
私こそ」
私はきちんと仲直りできてホッと胸を撫で下ろした。この三日間少し気まずい雰囲気があったからか、少し気が抜けた。
「ユウカは、自分の容姿に嫌悪感を抱いているから他人に見られるのを嫌がるのですね」
「ん…………うん。
コンプレックスだからね」
するとエレノアは突然俯いて、でも横目で私を捉えながら、
「それなら、私だけがユウカを見るというのではいけませんか?」
と言った。
私は少し驚いて「え?」と声を出した。
「私はこの三日間、あの時の事を考えていました。
私はあの時ユウカの中身ではなく外見を見ていました。
ですから、これからはユウカの中を見ていたいのです!」
「な、中………」
「ユウカ。
誰かの視線が怖いのなら私を見てください。
そんな余裕がないのなら私がユウカの目を覆います。
それならもう怖くないでしょう?
ですが、私はユウカを見続けます。
ユウカの中を……。
だからユウカは私を見続けてください。
ユウカ……私に依存しませんか?
私は絶対にユウカから目を背けません。
ユウカの中を、見続けます」
先程までとは違い真っ直ぐ私を見て話すエレノアの目は今まで会ってきた他人とは違う、私の外見を見る不快な目ではなかった。
そしてエレノアはそっと右手を私に伸ばした。私の手はゆっくりとエレノアの元へ行く。だが少し不安な気がした。今この手を握っても良いのかと。
ふとエレノアの目を見ていると、気が付かぬ間に指先がエレノアの手の平に触れていた。エレノアはその手を握り、私も強く握って自分の身体の方に引き寄せた。
視界は一気に暗くなる。感覚も鈍くなり、音も一切聞こえなくなった。
神都を覆っていた黒い壁が崩れ落ちてゆく。
強大な輝きを放つ光も線香花火の最後の様にゆっくり消えて無くなった。
辺りはいつの間にか夜になっている。その中で多くの人々は淡く光る青白い女性に目を奪われていた。
とても美しい。だが可憐な様にも見える。そして何よりとても儚そうなその女性を、彼ら彼女らは崇めた。
だが暫くすると消えてしまった。
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私は神殿の一室で骸骨さんと共に夜空を見上げていた。ノアはあの日から一切姿を見せていない。
夢の中から出てから二日。私は寂しい思いをただひたすらに募らせていた。
「私を見ろって、言ったくせに………」
今回は結構長めになってしまい、作者はそこそこ疲れました。
ですがようやくユウカの過去回は終わりました!




