四十七話 ユウカの着ぐるみ<前編>
私は自分が嫌いだ。容姿も、性格も、何もかもが。
殆どの人は自分の容姿に自信が無いだろう。私もそうだ。自分の顔や身体が気に入らない。
「ハア……………」
私は洗面所で鏡を見ながらそう思った。朝、歯磨きをするときは嫌でも目に入ってしまうこの顔。別に不細工なわけじゃない。普通といえば普通だ。
それだというのに嫌悪感を抱いてしまうのはお母さんが原因だ。
私のお母さんは美人で、格好良くて、胸も大きくて。私に無いものを殆ど持っている。中学生くらいの頃は自分がお母さんの子供ではないと思っていた。いや、今も少しそう思っている。
お母さんは、良く言えばクールで。悪く言えば自己中心的だ。きっと誰かの気持ちなんて考えた事も無いのだろう。昔私の容姿のことでお母さんに怒りをぶつけた事がある。その時もお母さんは私の言葉を無視し続けた。だから私はお母さんが嫌いだ。
容姿なんてものは生まれつき決まっているから、受け入れて生活するか、整形でもして変える必要があるだろう。確かに悩むくらいならサッサと整形すればいいというのは分かる。でも私だけだろうか? 少し嫌悪感があるのは。それにお父さんやお母さんに反対されるかもしれないし…………。
私はそんな事ばかりを考え現状に不満しか漏らさない。だから私は自分の性格も嫌いなのだ。
「行ってきます」
いつもの様にそう言って家を出る。私が行く先は勿論学校だ。
さっきはあんなに不満を垂れていたが、別に家族仲が悪い訳じゃない。寧ろ一般的に言えば良好な関係だろう。私はいつ何時も自分やお母さんを嫌ってる様な人間じゃない。というかそんな性格だったら気持ちが持たないだろう。
そういう事を考えるのは嫌な事があった時か、さっきみたいにふと自分の容姿が目に入ったときくらいだ。
学校までの通学路。いつもと変わらない道に変わらない人。通いなれてる筈なのに、未だに不安は尽きない。
子供の目、大人の目、女性の目、男性の目。私はいつもそういう誰かから見られる事に慣れない。きっと皆んな道端で見た他人の事なんてすぐ忘れてしまうだろう。それなら怯える必要はない様に思うけれど、やはり慣れない。きっとそれもこれも自分の容姿が気に入らないから。それで遂、下向きに歩いてしまう。
そういうのが気にならない人っていうのは、きっと容姿に自信があるのだろう。小さい頃から皆んなに可愛いと言われて育つと、通りがかる人全員が自分を可愛いと思っているという風に考えるのは当たり前だ。
よく、人は外見じゃなく中身だという人がいる。私はそれを聞くたびにそいつはきっと美人でものを知らない無知な人間だと思う。だって皆んなから罵倒されて育った人間が優しさを知っている訳ないのだから。
別に私は虐められてる訳じゃないし友人と呼べる人もいる。だから尚更自分がそういう立場だったらそうなってしまうだろうと考える。もし私の親が虐待する様な毒親だったら。もし自分の家が貧しくて、その所為で学校中の人達に虐められていたら。そんな中で誰かに優しくしようとか、誰かに同情したりだとか、そんな感情は一切起きないだろう。容姿っていうのはそうなる大きな要因だと思う。
「ねえねえユウカちゃん」
「ん、何?」
休み時間に友人と話すのはいつもの事だ。いつも話す人数はせいぜい一人二人くらい。話題は他愛のない世間話。あの人はあの人が好きだとか、好きな俳優の話とか、そういうなんて事ない会話だ。
でも私はこの時間があまり好きではない。興味がないというより、人と目を合わせて話すのが辛いからだ。お陰で大人しいというのが皆んなの思う私の印象だ。まあ猫背でいつも誰かの顔色を伺っていればそうなるだろう。
何故そんな事を考えるのか。それは自分の容姿の事だけではない。他の人が自分の事をどう思っているのか。私はそればかり気にしてしまう。今は皆んな私が大人しいと思っているが、昔の私は活発で無邪気な性格だった。
と言っても、小学校の低学年辺りまでの話だが。
小学生の頃。私は何も知らない小さな女の子だった。
無邪気に友達と接して、女の子同士で人形遊びをしたり、おままごとをしたり。時には男の子に混じって追いかけっこや川遊びをしたりしていた。全身汚れて帰ってきた時はお母さんに怒られたりした。
でもある日。二年生だったか三年生だったか。いつだったかは良く覚えていないけれど、その日言われた事は鮮明に覚えている。
「ユウカちゃんのママって綺麗だよね」
家に遊びに来ていた友達が唐突にそう言った。その時の私は誰かをそんな風に見た事がなかったのでその言葉の意味を一瞬考えた。確かに友達の授業参観できた親と比べるとお母さんは美人だ。
そんな事をお母さんの顔を見ながら考えていた私は、少し嫉妬してしまった。これが所謂人生の分岐点ってやつだろう。
その後私は自分の部屋の鏡で色んなポーズや服を着て、誰に見せる訳でもないのに可愛さをアピールしていた。この時の私は遊び半分で、途中からはおかしな格好をしたり部屋を服で散らかしたりしてお母さんに怒られた。この時すでに私の中ではお母さんに対して敵対心を抱いていたのだろう。
そして四年生になったある日。私の価値観が変わる大きな出来事があった。
「ユウカちゃんって、お母さんと違って美人じゃないよね」
それは友達が言った一言。「美人じゃない」、私はその言葉で自分という存在、その全てを否定された様な気になった。
私は反応に困りながらもなんとか「うん」という言葉を絞り出した。その後友達は不思議そうな表情をしながら次の話題に切り替えて、その話しはそれっきりだ。
友達にとってはふと思った事を口に出しただけのなんて事ない会話。子供だから他人が嫌だと思うことの区別をつけるのは難しいし、今そう言われたら冗談で流すくらいのことは出来る。でもその時の私は自分が親と比べられた事の衝撃と、言い表しようのない不快な感覚に暫くの間悩まされた。
家に帰って鏡を見る。映っているのはいつもの私の姿だ。どこも変わっていない。確かに私はとても美人と呼べる様な顔立ちはしていない。けれどその時の私はどうしようもないくらいその姿が醜く見えた。
「ユウカ。
ご飯できてるわよ」
「……………」
その日は食欲が湧かず、晩御飯は食べずに部屋にこもった。お母さんは心配して様子を見にきたが、あまり深くは聞かずにソッとしておいてくれた。正直言ってあの時は助かった。あのまま深く追求されていたら、思わずお母さんに当たってしまうところだった。
あの日から私は自分の容姿が嫌いになり、それと同時に私を見る他人の目が怖くなった。そのうち段々自分に自信が無くなっていき、自分が思った事を意見するのに少し恐怖感を抱く様になった。
傍から見ればどうでもいいあの会話が私を変えた。いや、もしかするとあの時ああ言われなくてもこんな風にいずれなっていたかもしれない。
学校からの帰り道。家へと帰る道の途中に水路がある。私のちょっとしたお気に入りだ。
窮屈な場所だが、それは広さの話で、学校や社会と比べたらここの方が開放感がある。路地裏だからだが、人がいない静けさも、少し暗い不気味さも、流れる水の音も私にとっては心地いい空間だ。
この流れる水を眺めているとつくづく思うのは、もし自分が水の様に姿形を自由自在に変える事が出来たらどんなに楽しいだろうという事。
或いは空を悠々と飛び回るあの鳥の様になれたら、きっとどこまでも続く限りない空を気持ちよく飛ぶ事ができる。誰にも何も言われずに。
そんな事を考えても何も変わらないのは分かっている。それよりも整形するお金を貯めるためにアルバイトをした方がいいという事も。嫌悪感はあるが、やはり容姿を変える為にはそれしかないだろう、そうする事によって自信がつくかもしれない。
でも何をしようにも容姿の事が引っ掛かって結局行動できない。きっとこれから先もそうやって何もせずに人生が終わるんだ。そう考えて日々を過ごしている。
「ただいま……………誰もいないのかな?」
家に帰って誰も返事をしなかったので、少し家の中を探してみる。
結局誰もいなかった。おそらくお父さんは仕事でお母さんは買い物だろう。
静かな家の中。元々よく喋るのはお父さんくらいだが、それでも少し寂しい気分になる。私は静かで誰もいない場所が好きだが、それは私を待っていてくれる家族という存在がいるからだと思う。なんだかんだ言ってもお母さんの事が好きなのかもしれない。
リビングの椅子に座り、テレビのリモコンをつける。チャンネルは朝私が見ていたニュース番組と同じ番号。お母さんもお父さんもあまりテレビは見ない。そういう情報はネットに載ってるかららしい。
学校帰りに見る夕方のテレビはいつも見ているのだがその日はあまり興味が湧かず、私はテレビの音量を下げてボウッと窓の外を眺めていた。
テレビのコメンテーターが最近の情勢についてああだこうだと解説している。外は日が暮れ始め、空が真っ赤に染まっていた。
「…………ふああ」
そんな風景を眺めていると不意にあくびが出てしまった。そして段々テレビの音が遠くなり始め、視界もぼやけてきた。
「うう、眠い…………くう」
私は目を擦りながらそう呟いた。そして軽く背伸びをすると、その腕をダランと下ろして天井を見上げた。
そうしているとテレビで差別の話題が聞こえてきた。私はそれを聞いて考える。人種や性別によって優劣をつけるのは、やはり誰かを見下したいからだろうか? 美人や不細工も差別と言えばそうだ。でもそれでモデルとして活躍する人もいるし…………。
ニュースを見る限りでは差別によって悲しい出来事も起きている。それならやはり差別は悪い事なのかもしれない。だとすると生き物に差異を作った神様はとんでもない悪者だ。
神を信じるか? と言われたらどちらかと言うと信じないと答えるが、それでもいるかもしれない。そこら辺は分からないからどうとも言えないけど、差別や抑圧にあってる人は何故神様を責めないのだろう。まあそういう人もいるかもしれないけれど。
そういえばどこかで、神様は傲慢でもいい………ってのを聞いた気がする。何だったかな…………? まあいいか。
「見ないなら消しなさい」
その声と同時に聞こえていたテレビの音が消えた。
私は顔を声のした方に向けると、そこにはリモコンを持ったお母さんがこちらを見ながら立っていた。
「なあに?
電気も付けずに」
「ん、ああ…………」
周りを見ると部屋の中は既に真っ暗だった。
私はお母さんが部屋の電気をつけるのを見ながら立ち上がった。
時計を見るといつの間にか結構時間が経っていた。
「暇なら夕飯作るの手伝って」
「ええ」
「ええ、じゃないでしょ」
「はあい………」
しまった、部屋で休めばよかった。
私は少し後悔した。
「ただいま。
お、なんだ? 母さんの手伝いか?」
今日はいつもより早くお父さんが帰ってきた。
その後は家族でご飯を食べ、お風呂に入り、夜の場組を見て、いつも通り十一時前にはベッドに入った。まあ寝る前に漫画を読んでいたら一時になっていたけれど。
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朝はさえずる小鳥の声と共に目が覚めた。起きて暫くはベッドの中で完全に目が覚めるまで待つのが私の朝だ。
そろそろ起きられるかと思い上半身を起き上げると、大きなあくびが出た。
私は目尻の涙をパジャマの袖で拭うと、ベッドから出て身支度をした。
そして一階のリビングに降りると、そこに用意してある朝ごはんを食べ、その後は歯磨きをする。その時に鏡に映る私の髪型を整える。ふと顔が目に入り、少し落ち込む。
玄関の扉近くで靴を履きながら、
「はァ、今日も学校か……」
そう思う。何故学校というものがあるのか。自宅で学習するのではいけないのか。
そんな事を冗談半分に考えた。
「ユウカ、忘れ物はない?」
背後からお母さんがそう聞いてきた。
「うん、大丈夫」
「そ、いってらっしゃい」
それにしても相変わらずスタイルのいいことで。特に胸が。クール美人で巨乳って……設定盛りすぎでしょ、神様。それなのに私は………。
「はァァ、この世に神はいないのか……」
「どうしたの急に?」
「いや……なんでも」
存在しないやつに当たってもしょうがない。それよりも気分を上げていこう。何か気分の上がる言葉は………。
「今日もがんばろ」
私は適当にそう言って外に出た。
今日も憂鬱な学校生活が始まる。そう思い学校までの道を見る。だがそこに違和感を覚えた。なんというか、この先の道はもう続いて無くて、これ以上はいけないような。
「この先は行けませんよ………ユウカ」
一人の少女が私にそう話しかけてきた。
「あの、誰ですか?」
よく見るととても綺麗な顔立ちをしている。まるで人形の様だ。ここで待っていたのだろうか。私を? 何の為に。それになんで私の名前を知っているのだろうか? 私は会った事ないはずだけれど。
「ユウカ、忘れてしまいましたか?
私の名前はエレノアです」
少女はそう言って私の側に近づいてきた。




