十一話 夢見る人形<後編>
私達は森の中を馬で走っていた。
この森に入って、かれこれもう一ヶ月は経過していただろう。
高い木々が立ち並び、日が出ている時に出会うのは弱いモンスターやそれを狩る冒険者。
夜には大量のアンデッド達が襲いかかってくるが、お母さんの魔術で難無く突破できた。
私達がしばらく進んでいると、少し開けた場所に行き着いた。
「うん、ここだ」
そう言うとお母さんは魔術で地面の形状を変化させて拠点を作った。
拠点と言っても地面に穴を開けただけの簡易的なものだ。
空を見るともう日が暮れそうだったので、その日は拠点の中に入って休むことにした。
「ここを拠点にするのですか?」
「ええ、ここが予言で見た場所。今日からここで暮らす」
その日から新しい生活が始まった。
----
次の日、お母さんは自分達の住む場所をもっと快適にする為に、新しい拠点を作ったりした。
その間私は近くにいた生き物を捕まえて食糧を集めたり、植物を採ったりしていた。
日が暮れる頃には拠点も完成していて、辺りに生えている木々の半分くらいの大きさの塔が建っていた。
「家も完成したし、明日からは辺りの探索に向かおう」
「はい、わかりました」
----
その日私達は馬に乗って森の中を探索していた。
かなり深い森の中に来たからなのか、人の気配は無い。
たまに見かけるのは、石造りのおかしな建造物。
お母さんにあれは何かと尋ねてみると、概ね何かの儀式だろうと言っていた。
しばらく進んでいると、不自然にポッカリと穴が空いた地面を見つけた。
「あれは何ですか?」
「さあ……ちょっと見てくる」
そう言ってお母さんは馬から降りて穴に近づき、その中を覗き込んだ。
「これは……」
お母さんは穴の中に突っ込んでいた頭を出して、こっちを見ると手招きをした。
それを見た私は、馬から降りて手綱をもちながらお母さんの元へ近づいた。
中を覗いてみるとそこには横に続く穴があり、その途中からは石造りになった通路があった。
「これは一体」
「これは多分、迷宮。今は遺跡って呼ばれているけど……」
お母さんはそう言って遺跡の中に入っていき、私もつずいた。
遺跡の奥は、先が見えない暗闇が広がっていた。
奥へ進む為にお母さんは手の平に光る球体を魔術で出した。
遺跡をその光が照らすと、通路の奥に分かれ道が見えた。
「行こうか」
私達は二本の分かれ道のうち左側のほうへ行ったが、さらに分かれ道がありお母さんは危なそうだからと戻って右の通路に進んだ。
そして右には今来た通路より少し大きい空間があり、そこで行き止まりだった。
「何も無いか、この遺跡はもう機能していないかな……」
「どうしますか?」
「……ちゃんと準備して」
お母さんが話していた時、突然濃い紫色の光が集まりアンデッドを召喚した。
お母さんは驚きながらも急いで炎を出して、アンデッドを焼き払い私を抱えて逃げた。
そのまま馬のところに戻ってくると、私をおろしてお母さんはため息をついた。
「驚いた」
「あの部屋はなんだったのですか?」
「あの出てきたアンデッド達、そしてこの森にある遺跡……おそらく英雄の作った迷宮、本で読んだことあるでしょ?」
「はい。その本は読みました、有名ですし」
「まさかここにもあったなんて……今日は一旦帰りましょう、エレノア」
そして私達は拠点に戻った。
帰る頃にはもう日が落ちかけていた。
帰ってくるなりお母さんはベッドに横たわり、そのまま寝てしまった。
私はそのあとしばらく家の片付けをして眠りについた。
----
その日はいつも遅起きのお母さんのほうが早く起きていた。
「おはようございます」
「おはようエレノア。今日は昨日見つけた遺跡に行くから、準備して」
「はい、わかりました」
私達は今、遺跡の入り口前にいる。
そこで新たな拠点を魔術で作っていた。
「やはり土を掘るより木を集めて作るほうが楽ね」
「終わりましたか?」
「ええ、こっちはもう。そっちはどう? ちゃんと魔術を扱えてる?」
私はお母さんに魔術を習った。
と言っても炎を出すだけの簡単なものだ。
そしてお母さんが拠点を作っている間、私はこちらに向かって襲ってくるアンデッドからお母さんを守っていた。
「はい、そんなに数はきていませんから私でも楽です」
「そう。それじゃあ今日はこの辺にして帰りましょう」
「はい、わかりました」
私達は遺跡を出て馬で拠点に帰っていた。
するといきなり私達の前になにかが落ちてきた。
「これは……枝ですね。何かの弾みで折れたのかも」
「……エレノア、これからのことで話がある」
お母さんは急に声色を変えて私に話しかけた。
私はその顔に見覚えがあった。
それはこの森に来る前、カーラの預言ではなくお母さんの予言でここに来ると言った時の嬉しそうな表情だ。
「どうか、しましたか?」
「明日、私の望みが叶う。エレノアにはその手伝いをして欲しい」
「……はい……わかりました」
やはりその表情を私は好きになれない。
だけれど私はお母さんを信じている。だから頼みを聞き入れた。
「まず最初に明日出会う子に色々教えてあげて。そして次にあの遺跡を攻略して欲しい」
「待ってください、何故自分でやらないのですか?」
「エレノア……最後に、私の声を覚えておいて。そして呼び掛けにちゃんと答えて。それが私の願い」
お母さんはそう言うと何も話さなくなった。
私もあまり深く考えなかった。
私達は拠点に帰るまで無言のままだった。
----
「うぐあッ!」
突然頭の中に聞いたこともない男の声が響いた。
「これって……もしかして、死んで…………」
次に聞こえてきたのは女の声だ。
そこで私は自分の目が閉じてることに気づき、心なしかいつもより重い瞼を開いた。
目を開けた私が最初に見た光景は、頭に穴が空いた男の死体だった。
私は取り敢えず立ち上がり状況を確認しようとしたが、頭上に違和感を感じてふとそちらを見た。
そこにいたのは、たまに森で見かける霊とは明らかに違う形をした巨大な魔力の塊だった。
私はその霊に問いかける。
だが返事は帰ってこない。
もしお母さんの言う通り魂だけなら体がないので、きっと喋ることはできない。
私はさっき聞こえた女の声が何かの間違いで、これは魂なのだと、淡い期待を持っていた。
だがその霊は私に恐る恐る話しかけてきた。
そこで自分は落胆すると思っていたのだが、私の心は少しだけ高揚していた。
----
私はユウカと名乗る霊を遺跡の拠点に案内した。
住んでいた塔は焼け落ちていた。
お母さんはおそらく死んでいるだろう。
ユウカはお母さんが崇拝した女神カーラの加護を強く受けており、とんでもなく魔力が強い。
だが、私はユウカに少しだけ親近感を抱いていた。
そして私はユウカの為に以前の使っていた体を渡して、その体に宿らせた。
この時にその体が壊れそうなほどの魔力量に驚いた。
私は次に遺跡の攻略をお願いし、ユウカはこれを受けてくれた。
私の魔眼のことについても聞かれたが、遺跡の攻略を急ぎたかった為話さなかった。
だがその後すぐにユウカが眠気を訴えた為、ベッドに案内した。
「この人が代わりだと言うのですか、お母さん……」
ユウカは少しだけお母さんに似ている。
だけれどお母さんの代わりにはなれない。
「私はまた、ひとりぼっち。両親や兄弟、そしてお母さん……もう、何も無くなった」
何故だろう。
お母さんのことを今までとても信頼していたのに、今は何も感じない、何も思わない。
そして思い出す。
死ぬ前の生活。
鬱陶しいと思っていた両親も、抜け出したいと思っていたあの家も、全てがかけがえのないものだったんだ。
もう誰も私を救ってくれない。
寂しい、死にたい。
いや、今の私には死こそが救いなのかもしれない。
そうだ、今まで私は何一つ決めてこなかった。
結局最後まで自分の意見を貫き通せなかった。
「私が望む救いは、死だ」
「ノァ……ノアちゃん!」
暖かい声が聞こえる。
私の意識が、遠のいていく。
----
「はッ」
目が覚めるとそこは遺跡の中だった。
「ここは……そうだミノタウロスが……! 私、どうなっているの……?」
自分の体を見てみると霊体だった。
そしてどこからどう見てもお母さんの作った人形の体そっくりで、元の私の霊体とは似ても似つかなかった。
「これは……私の霊体なの!?」
ふと横を見てみると、バラバラになった人形の体の隣でユウカが倒れていた。
「そうか……私、まだ生きて」




