守る覚悟、守られる覚悟
「……?」
ツキヒはヒノワの声を聞いた瞬間、アタルと二人きりだった空間から解放されるのを感じた。目を開くとそこに映るのは、観覧席から身を乗り出している彼の姿。無音が聴こえそうなほど静かだった会場、そこ張り巡らされた緊張の糸も切れ、ヒノワに向けて好奇の眼差しが注がれる。
「僕は負けない! 君は僕が守るから!!」
突然の宣言に、ツキヒを除くすべての者の思考が追い付かない。言の葉を直接向けられているツキヒだけが身体が火照っていくのを感じる。
「てめぇ、邪魔するんじゃ--」
「だから!!」
アタルの批判を遮り、続ける。
「だから、君は君の戦い方で勝つんだ!!」
「!!」
二人しか理解できない彼の言葉に、ツキヒは思わず顔を綻ばせた。
「あいつ、何言ってんだ……?」
傍らで見ていたヤマトも、疑問の声が口から零れ落ちた。
ツキヒの四肢は縛り上げられ、対峙する相手は色付きの魔法使い。誰が見ても勝ちの目は無いように思えるこの状況で、ヒノワは勝てと言っている。理解が追い付かなくて当然だろう。それはアタル本人も同様であり、彼は急な横槍に対してにらみを利かせていた。
だがヒノワとツキヒの二人だけが、ここからの打開策を知っている。ツキヒはその選択を敢えて選ばなかったのであり、ずっと使わなかった『それ』を使うようにと、彼は言っている。確かに形勢は打ち崩せるだろう。しかし後に己の身に危険が迫り、その火の粉が彼に降りかかるのをツキヒは何よりも恐れていた。
それでも構わないと彼は言った。今後二人に何があろうとも、死なない覚悟と守る覚悟があるのだと。
「ヒノワ君……」
大衆の面前で男の子がそれを宣言しているのだ。正直嬉しくて仕方がなかった。相棒として、一人の女の子として、彼に応えたい。彼の相棒で居られることを自慢に思うと共に、これからも一緒に居たいと改めて感じる。
誰も理解できないヒノワの短い言葉に、ツキヒはこれまでに無い多幸感を覚える。そしてゆっくり目を瞑り、彼の思いを噛みしめた。そして固めた。守られる覚悟を。
「この状況で、本当に勝てると思っているのか?」
明らかに様子が変わったツキヒに向けて、アタルは問いかけた。
「うん、勝つよ。勝ってこれからもヒノワ君と一緒に進むんだ」
「……!」
ツキヒがにぃっと笑う。先ほどまで恐怖に身を震わせた少女とは思えないほどの力強い眼光に、アタルは知らずの内に気圧されていた。彼女の瞳にはもうアタルの姿は映っていない。
「これでもか!」
「……っ!!」
杖を通して樹木に魔力を込め、ツキヒの身体を締め上げる。捕らわれているはずのツキヒは悲鳴を堪え、苦痛に耐えながらも笑ってみせた。
「私は君の物にはならないし、君の想いには応えない! 守りたい物も、進みたい道も、全部私が私自身で決めるんだ!」
「っく!」
樹木に魔力を込めているはずだが、彼女の言葉に集中力を乱されて上手く練り込めていない。そして集中力を欠いている彼は、ツキヒの僅かな指の動きに気付くことができなかった。
「ぐぁっ!」
アタルは左の脇腹に急な痛みを感じた。視線を向けると、ツキヒの短剣が魔法障壁を貫通して身体に僅かだが突き立っている。短剣を良く見ると目視しづらい糸がツキヒに向かって伸びており、先ほど投擲を繰り返した短剣の一本に仕込んでいたのだと、動揺も一瞬に察することができた。
しかしツキヒにとっては、その一瞬で十分だった。ツキヒとヒノワ、二人の作戦。ずっと使わないでいた『それ』を、使う時が来た。
「来たれ土精、纏えよ雷精! 引き合い反り合う大地の力を羊飼いの下に示せ!」
(魔法だと!?)
聞いたことの無い呪文に更に動揺し、動きが止まってしまった。
「『電磁玉』!」
辛うじて動く右手をアタルへと差し向け、磁気を帯びた球体がアタルの魔法障壁に着弾した。
だが、何も起きない。
「……?」
と思った次の瞬間、辺り一面に落ちているツキヒの短剣が、一斉にアタルへと飛んでくる。
「!!」
四方全てから向かってくる短剣に、彼女が使ったのが世にも珍しい限定魔法であることを察し、そして磁気を帯びてしまった自分は短剣から逃げられないことを悟った。
「くそ!」
一旦魔法障壁を解いたが、短剣の勢いは止まらない。逃げ場は上方のみだが今の彼にはその手段が無い。苦肉の策として『蛇の蔓』を周囲に巻き付け身を守る。ツキヒはその隙に、糸で繋がれた短剣を回収し、何とか右腕の自由を取り戻した。
自由に動ける右腕、そのローブの袖からジャラジャラと音を立てながら、鎖に繋がれた小さな鎌がまるで生きているかのようにツキヒの周りを這いながら樹木を切り去っていく。
アタルは巻き付けた『蛇の蛇』の魔法を解いた。桃色の樹木が崩れ落ち、それと共に突き立っていた短剣が足元に散らばる。
「そいつは……なんだ?」
「鎖鎌。私の暗器の一つだよ」
自由を取り戻したツキヒは、またも笑うのだった。




