身体エネルギー
気とは、普段は体を動かす為に使う身体エネルギーのことである。気は身体トレーニングを重ねることにより身体能力の向上を見せる。これを能動的に体外に放出することにより、目視できない拳撃や瞬間移動にも似た移動を可能にする。
「つまり、瞬間移動みたいなこの動きは、足から気を放出して運動エネルギーとして運用」
二回、三回と移動して見せる。なんとか目で追えるが瞬間移動も言っても差し支えのない動きである。
「見えない攻撃は、拳から気を出して相手にぶつける。この時足からも気を放出して、自分も吹き飛ばないようにしつつ威力も高まるってわけ」
ツキヒが手近にあった岩に移動術と組み合わせて殴りかかると、硬そうな岩も簡単に砕け散った。
「気の扱いに長けた人はこれを遠くに飛ばすこともできるんだけど、私にはできないんだ。でもそこそこ戦えるでしょ?」
ツキヒの言う通り、これだけ身体能力が高まれば互いの力量に差が出てくるだろう。集中して呪文を唱えなければならない魔法使いにとって距離を取ることは重要だが、短時間で接近でき且つ速攻で攻撃を仕掛けられるのは大きい。
ヒノワも『爆裂弾』を用いて速攻を行なってきたが、それだけでは猛者たちとの戦いを潜り抜けるには課題が多かった。特に現状では魔力量の少ないヒノワにとって移動の為だけに魔法を使うこと自体が、その場を切り抜けたとしても全体的に見て捨て身の作戦であるのは明らかだった。
ツキヒの見せた気は、その課題を上手くクリアしているように思える。魔力を使っていないこと、二度三度と往復し使っているところを見ると、小回りが利くところも魅力的だ。話しながら使える程度には集中力も必要としないのだろう。更には衝撃も少なく無音に近い。
ツキヒのランキングは現在185位。魔法を使わずにこの成績を残しているのが何よりの証拠だ。
「凄い、けど、物凄い鍛錬が必要なんじゃない? 結構身体鍛えてるつもりだけど、そんなの一回も出たことないよ」
「そりゃあそうだよ。気はまず感じ取るところから始めなくちゃいけないから。血の流れを感じろって言われても無理でしょ?」
確かに、と腕を組み唸る。ツキヒは簡単にやってのけたが、一筋縄ではいかなそうだ。
「大丈夫、私が一から仕込んであげるからさ! その代わり、君は魔法運用とかについて私に教えてよ?」
ツキヒが拳を突き出した。
「それはもちろん! お互いが強くならなきゃ意味ないしね」
その拳に、ヒノワも自分のそれをコツンと合わせる。
「私の指導は厳しいからね?」
悪戯っぽくウインクをした。紅いお下げ髪が揺れる。
「望むところだよ!」
ヒノワも答えるように笑った。
「……ところで、ツキヒはどこでそれを身につけたの?」
彼女は身体エネルギーを極めると使えるようになると言った。つまり、気を自在に扱えるツキヒはその極みに到達しているということになる。簡単には身につかないだろう高度な技術を、独力で身につけたとは到底思えない。
「君はあの『聖母』、つまり本物の魔法使いの下で力をつけたんだよね?」
彼女のいう『本物』とは、幾度となく人界に影響を及ぼした偉大なる者という意味合いである。
「私の場合は魔法使いじゃなくて、仙人の下で修行を積んだんだ」
「仙人だって!?」
仙人とは仙境、すなわち人里離れた辺境の地にて修行を繰り返す者の総称である。彼らは時に極寒の山奥で、時に燃える大地で、時に息もつかぬ海底で己を鍛え上げる。
そのような厳しい修行を目の前の小さな少女が耐えたのだというのだから、ヒノワが驚くのも無理はないだろう。
「と言っても、三年間くらいだけなんだけどね。学校にも通ってたし」
「仙術を身に付けるのってかなりの苦行って聞いてたし、凄いよ!」
彼がここまで興奮しているのも珍しい。まるで少年のように――実際に少年なのだが――目を輝かせているのを初めて見たような気がした。
「君は本当に強くなりたいんだね。初めて見た時と目の色が違うよ」
「あ……ごめん、つい驚いて」
実際のところ、ヒノワはこの学園については魔法大会に参加する為だけの踏み台程度にしか考えていなかった。ところが、いざ入ってみると学園の生徒の中にも中々の強者もおり、授業や研究で学べることも多い。十分な力を付けたつもりではあったが、更に強くなることに越したことはなかった。
それにヒノワは、自己鍛錬が嫌いではなかった。復讐という後ろ向きだが明確な目的に一歩ずつ近づけている感覚が、己を鍛える度に身体に染み渡る。
「いいよ、私も君に強くなってもらいたいし。それに……」
「それに……?」
言葉に一拍おいて、ツキヒがはにかむ。
「それに、女の子は強くてカッコいい男の子に守られたいものだよ!」
(守る……か……)
あの日以前の記憶のないヒノワにとって、復讐は人生のすべてといっても過言ではなかった。誰かを守って生きるという発想など微塵もない。まるでツキヒが光の中にいるようで、眩しかった。




