天国の花
「ちょ、ちょっとヤマト君、勝手に決めないでよぉ……」
「やっと出てきたか」
ようやく姿を現した火砕流ヒメ。腰まである亜麻色で艶やかな髪、まるで赤ん坊のようにすべすべとした肌に整った顔立ち。プロポーションも出るところは出、締まるところは締っている、女性ですら振り向いてしまうまさに絶世の美少女。トップモデルも裸足で逃げ出すその美貌からは、身動ぎ一つで光が溢れた。ように見えた。か細い声と舌っ足らずな話し方で、どうやら抗議しているらしい。
「ということで、授業のカリキュラムも変えるからお前も変えろよ」
「そ、それは構わないけど……魔法大会なんて無理だよぉ……」
(それは構わないんだ?)
類い稀なる美貌に華奢な体つき、つい守りたくなってしまう弱々しいオーラ。これが格差か、とツキヒは静かに目を瞑る。
「確かに無理だろうな、お前とほとんど行動したことねぇし」
「だったら……」
ヒメの顔が僅かに輝いた。ただでさえ毎年出場する生徒の大半が高等部の三年生の中、外部からも強者たちの参加があるとなっては、小心者の彼女からしたら地獄以外の何物でもない。
「まぁこれから一緒にいるんだし、関係ないな!」
「そ、そんなぁ……」
力無く項垂れる。驚いたり喜んだり凹んだり、喜怒哀楽が忙しい。この大会に出る問題点はそんなところでは無いのだが、ヤマトは相当自信があるようだ。
「ちょっと待ってよ!」
「ん? どうした?」
ヒノワが割り込むように声を上げた。
「……さっきも言ったけど、優勝しなくちゃいけなくてさ」
優勝する為には敵はなるべく少ない方が良い。目の前の男は間違いなく強敵だ。できることなら無駄な戦いは避けたい。
「ああ、そうだな。なら……」
にやりと笑うヤマト。闘志の篭った猛々しい笑み。牙を剥き出し、ヒノワとの再戦を望む笑みだった。
「この俺たちを乗り越えて掴み取れ」
「でも……」
「いいから戦ろうぜ、ヒノワ」
「!」
拳を突き出すヤマト。その瞳は笑っていない。
「……わかった--」
ヒノワを拳を突き出し、ヤマトのそれに合わせた。
「--今度こそちゃんと叩きのめすよ」
「! ……っへ、いうじゃねぇか。だが次はそうはいかねぇからな」
そのまま握手を交わし、今度こそお互い笑いあった。そんな二人を見つめながら、ツキヒがヒメの肩に手を置く。
「男の子同士の友情って、なんかいいね」
「そうですね……えっと、朧さん、でしたよねぇ……?」
「ツキヒで良いよ。……ヒメちゃん」
「はい。ツ、ツキヒちゃん……!」
二人も笑いあう。お互い顔こそ知っていたものの、これまで接点はなかったのだ。そこにヒノワが声をかける。
「あの、火砕流さん」
「っ! ……ヒ、ヒメで良いですぅ……」
突然声をかけられたため、思わず肩を竦めた。
「じゃあヒメさん、どうして僕のことを見ていたの?」
先ほどヤマトは、自分だけでなくヒノワのことも見られていると言っていた。編入や決闘の件で自覚はないが有名人になりつつあるヒノワだが、彼女はそんな野次馬感覚で見ているようには思えなかったのだ。
「研究ですぅ……」
「……研究?」
「……私自信が無いから、強い人を観察してればいつかは自分も、ってぇ……」
実際ヤマトの精神力は並みの物ではなかった。それは彼を倒したヒノワ自身が一番感じていたことだが、そのヤマトを倒したヒノワにも、その観察対象として白羽の矢が立ったということだ。精神の強固さで言えば、ヤマトの目に臆しないことや魔法の腕を鑑みると、ヒノワの方に軍配があがるだろう。
「よし、じゃあ今度ヒノワの精神力を鍛える修行にでも付き合うか!」
「ヤマト君がそんなこと言うの、珍しいなぁ……」
ヒメはヤマトの提案に驚いていた。長い付き合いになるが、彼が誰かと行動を共にするところを--ヒメを除いて--見たことが無かったのだ。そんな彼が積極的にヒノワと関係を持とうとしている。いくら対価として友人になったとはいえ、これまでとは考えられない変化だった。
「……俺は別に他人に興味が無いわけじゃねぇ。興味があるやつがいなかったってだけだ」
「ふむふむ、ヤマヤマはツンデレさん、と……」
ツキヒがノートに一生懸命書き込んでいた。見出しには『神山ノ書 其ノ八』とある。
「おい、何書いてんだてめぇ、よこしやがれ! 一から七はどこやった!」
ツキヒの持つ怪しい書物に手を伸ばすが、さっと躱されてしまう。何度も手を出すが全てを避けきられてしまった。
「これは『神山ノ書』と言って、ヤマヤマの観察日記になります。昨日遂に八巻目を迎えました」
丁寧に説明しながら観察日記とやらをローブにしまい込む。ああなっては手の出しようがない。
「くそ……いつか絶対ぶん殴る……」
「女の子にそんなことしちゃ、ダメだよぉ……」
不貞腐れた彼を、ヒメがそっと窘めるのだった。




