イウトオリ
「へー、逃げ出して来たんだ。」
「はい。」
「そんなに死ぬのが怖い?」
「はい、当たり前じゃないですか。」
「そうなんだ。」
「朱音さんは怖くないんですか?」
「そんな訳ないよ。でもね、死ぬ事自体は怖くないよ。」
「それって?」
「あれ、おかしいな。あれだけ麻酔銃受けて、もう起きれるんだ。ちょっと予想外だったな。」
「え、あの、どうしました?」
「こっちの話だよ。『私(わたし』はもう寝るね。くれぐれも私達を間違えないでね。」
「え、何をですか?待って下さい、朱音さん!朱音さん!」
「やめて!綺音ちゃん!!」
ここ声は?
「落ち着いて、綺音ちゃん。」
あ、やね?
「くはっ、はぁ、はぁ…んっ…ぁ」
本当に死ぬかと思った。
今まで感じて来た恐怖の何よりも命の危機を感じた。
「朝子ちゃんも、ごめんね。」
夏七子ちゃん?どうしてこんなところに?
どうやら私を殺そうとしたのは、高崎 綺音。
見覚えがあるわけだ。
こいつのせいで私たちの町は無くなる。
あいつらにとっての重要人物。
感じていた疑問がなんとなく合致した。
そんな事を考えている間に、2人は泣きながら抱き合っていた。
とりあえず自分の身の安全は確保出来たようで安心した。
が、それもまだ一時期だ。
夏七子ちゃんまでも逃げ出したのなら、あいつらは全力で探しにくるだろう。
そんな焦りを抱いている時に、綺音さんが倒れた。
立ちくらみのようだが、それにしては起き上がるのが遅い。
夏七子ちゃんと一緒に覗き込んでいると、スッと手が伸びた。
その手は優しく夏七子ちゃんの頬を撫でた。
「はじめまして、夏七子ちゃん。」
さっきまでと雰囲気が違う。
いや、さっきまでが違ったんだ。
「うん。よろしくね、朱音ちゃん。」
夏七子ちゃんは無表情でこたえた。
「ふふ」
今度は私の頬へ手が伸びる。
「こっちは久しぶりだね。朝子ちゃん。」
「はい。」
なんだろう、今までに感じたことのない、漠然とした?なんて言うんだろう、この一瞬の感情。
「よかった、ちゃんと生きてるみたいだね。」
「はい。」
「私の言う事をちゃんと聞けば、あなたはまだ長生き出来る。どうする?」
朱音さんは起き上がって手を差し出した。
その手に何かを感じながらも、とった。
「うん。それがいい。」
_じゃないとここで…
朱音さんの案内で、今は無人の昔使われていた小屋に来た。
「ここ、つかちゃっていいからさ。」
「ここは?」
「昔、私が全員食べちゃった。」
なんの悪びれもせず言う。
「まあ持って数日だけど、それより更に長生きしたいなら私の言うことを聞いてくれるかな?」
「はい。」
夏七子ちゃんは1人で小屋の中を探索していた。
「次に『私』が目を覚ましたら食料を探しに行くといい。そして、そこで男の人と合流してほしい。」
「その人は?」
「たぶん朝子ちゃんが嫌ってる人。
それでも生きたいのなら彼に従う事。」
「本当、ですか?」
「私は嘘はあまりつかないよ。」
「…」
それでも生きたいのだから、恐らく従うしか無いのだろう。
「それで次に起きるのはいつなんですか?」
「さあ?」
「さあ?って」
「起きるのは私じゃないからね。
1時間かも知れないし、1日、アレだけ打たれたんだからひょっとすると1週間かも。」
「そんな…!じゃあ私たちはそれまでどうすれば?」
「知らないよ、そこは自分達でどうにかしてよ。」
「そんな!」
「落ち着いて。」
いつもよりも冷酷な夏七子ちゃんに肩を叩かれた。
「この人の言う通りだよ。それに元々1人で脱走したでしょ?朝子ちゃんはどうするつもりだったの?」
「あ、え…」
…考えてなかった。
ただ、逃げたくて、生きたくて、
それで、チャンスだと思って、必死だった。
自分1人が助かろうとして…
「そう…だね…。」
「大丈夫、私もいるから。」
「そう言う事。偉そうな事言って力になれなくて悪いとは思うけど。」
「いえ…」
なんとか、するしか。
今さらになって自分の無計画さに呆れ、これからの事が不安でしょうがなくなってきた。
「あ、そうだ、いいものあるよ。
たぶん、持ってきてないでしょ?」
そう言って朱音さんは、長方形の封筒を取り出した。