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ハロウィンの魔女③ ―秘密の一枚―

ハロウィンの魔女シリーズ最終話

エピローグ風です

笑いの中に少しだけ色っぽさと切なさを。


イベントが終わった。

控え室へ戻るなり、咲也は大きく息を吐いた。


長時間のファンサービス。

次々と挑んでくる小さな勇者たち。


最後には、まさかの仮装人気投票第1位。


――疲れた。

野球の試合とは、また違う疲労感だった。


『お疲れ、サクヤ!』

背後から、陽気な声が飛んでくる。


振り返ると、メイド姿のレオンが満面の笑みで立っていた。


『いやあ、楽しかったな!』


『……お前は最初から最後まで楽しそうだったな』


『もちろん! 最高のハロウィンだった!』


レオンはそう言うと、くるりと回ってスカートを翻した。


――まだやるのか。


『おい、レオン。その格好、気に入りすぎだろ』


ドラキュラ姿のマイクが笑いながら近づいてくる。


『だって可愛いだろ?』


『ああ、もう分かった。世界一可愛いメイドさん、だろ?』


『そうそう!』


『否定しろよ、少しは!』


マイクが吹き出した。


咲也は二人のやり取りを聞き流しながら、杖を壁際に立てかけた。


もう、魔女を演じる必要はない。


そう思うと、肩の力が抜けた。


暑い。

室内とはいえ、長い上着にケープまで重ねていたのだ。


そして子ども達との絶え間ないやりとり。

熱がこもるのも当然だった。


咲也は留め具を外し、ケープを肩から滑らせた。

続いて上着も脱ぐ。

途端に、肌を撫でる空気が心地よく感じられた。


――ああ、生き返る。


脱いだ衣装を椅子の背に掛け、ソファに腰を下ろす。


その下に着ていたのは、黒と深い紫を基調とした女性用のドレスだった。


肩から背中にかけて、大きく開いたデザイン。

細いストラップと繊細なレースが、肌の上を渡っている。

裾には深いスリット。


上着を着ていたときには気にならなかったが、こうして座ると、どうにも落ち着かない。


――やっぱり、この衣装はおかしい。


咲也はスカートの裾を軽く整えた。


『サクヤ』


声をかけられて顔を上げる。


狼男姿の神代が、水のボトルを両手に立っていた。


頭には、まだ狼の耳がついている。


『お疲れ』


ボトルの一つを咲也に手渡す。


『ありがとう』


差し出されたボトルを受け取る。


『神代も、お疲れ』


『お前、すごかったな』


『……何が?』


『魔女だよ。子どもたち、大喜びだったじゃないか』


『……そうか』

褒められたことが、妙に嬉しかった。


『お前こそ、大人気だっただろ』


『犬扱いだぞ』


『狼男、だろ?』


『そうだよ!』

神代は不満そうに耳を指差した。


『これ、どう見ても狼だろ?』


――いや。

咲也は返事に困った。


どう見ても、愛嬌のある大型犬だ。


しかし、本人はいたって真剣だった。


『……似合ってると思うけどな』


『本当か?』


『ああ』


『なら、いいけどよ』


神代はそう言って、咲也の隣に腰を下ろした。


ソファがわずかに沈む。


それだけのことなのに、少しだけ意識してしまう。


神代が彼女と別れたのは、少し前のことだ。


その翌日には、いつものように咲也の家へやってきた。


『飯、あるか?』


開口一番、それだった。


彼女と別れたとき、神代が決まって取る行動だった。


呆れた反面、少しだけ安心したのを覚えている。

そして。


――嬉しかった。


神代が今、誰とも付き合っていないこと。


それを喜んでしまう自分が、少し嫌だった。


別れたからといって、何かが変わるわけでもない。


分かっている。

分かっているのに。


『なあ、サクヤ』


『……ん?』


『今日、飯どうする?』


『……またか』


『腹減ったんだよ』


『イベントで散々食べただろ』


『あれはお菓子だろ。飯じゃねえよ』


神代は当然のように言った。


咲也は小さく息を吐く。


『……今日は疲れたから、外で食べよう』


『おっ、いいな!』


嬉しそうに笑う神代。


その顔を見て、咲也は思わず口元を緩めた。


――まったく。


こういうところが、ずるいんだよな。


もちろん、本人に悪気などない。


自分がどんな気持ちでいるかも、きっと知らない。


それでいい。

咲也はそう思うことにした。


『おい、サクヤ』


今度はマイクの声だった。


『……何だ?』

ソファに座ったまま、咲也は振り返った。


大きな帽子のつばが視界を遮る。


――そういえばまだ被ったままだったな。


片手を上げ、指先でそっと持ち上げた。


その拍子に、身体がわずかにひねられる。


背中に触れる黒いレースが、どうにも落ち着かない。

ソファに広がる紫のスカート。露わになった脚も、妙にすうすうする。


落ち着かなさを感じていると。


マイクが、ぴたりと動きを止めた。


『……マイク?』


『お前、ちょっとそのまま。動くなよ』


『は?』


カシャッ。


乾いた音が響いた。


『……おい』

咲也は眉を寄せた。


マイクがスマートフォンをこちらに向けている。


『なんで今、撮った?』


『いや、お前さ。やばいぞ』


マイクがスマホの画面を突き出した。


差し出された画面を覗き込む。


そこには。

魔女の帽子を被り、ソファの上で振り返る自分が写っていた。


上着もケープもない。

背中の大きく開いたドレス。

うっすら上気した肌。


帽子のつばに添えた手。

そして、カメラを見返す気怠い表情が妙に艶めかしい。


――何だ、これは。

いや、自分なのは分かっている。

分かっているが。


顔が熱くなる。

恥ずかしい。


『……マイク、それ消して――』



『おおっ! サクヤ、すっげえ色っぽいな!』


横から、レオンが顔を覗かせた。


画面を覗き込み、感心したように声を上げる。


『綺麗だなあ。女優みたいじゃん』


『なあ、コウタロウ! お前もそう思うだろ?』


『あ?』


神代が顔を上げる。


『何がだよ』


『サクヤの写真! すげえぞ。見てみろ』


レオンが差し出した画面を、神代が覗き込む。

『……へえ』


ほんの一瞬。

咲也の心臓が跳ねた。


『お前、こうして見ると結構似合ってるな』


『いい写真じゃねえか』


何気ない言葉だった。


神代にとっては、きっとそれだけのこと。


それなのに。


『……そうか』


咲也は曖昧に答えた。


顔が更に熱くなる。


『おいおい、サクヤ。照れてんのか?』


マイクがにやりと笑った。


『……うるさい』


『ハハッ! 当たりかよ!』


文句を言おうと口を開きかけた時。


『……よし!』


レオンが大きく両手を広げた。


『次は俺の写真だ! 世界一可愛いメイドさんの記念写真!』


レオンはソファに座っていた神代を引っ張り起こし、その首に腕を回した。


『コウタロウと一緒に撮るぞ!』


『何で俺なんだよ! あと、コウタロウって呼ぶな!』


神代が露骨に嫌そうな顔をした。


『可愛いメイドさんとわんちゃん! 最高の組み合わせじゃないか!』


『狼だっつってんだろ!』


『いいじゃん、可愛いんだから!』


『可愛いって言うな!』


『アッハッハ! ほら、並んで!』


『だから何で俺が――』

神代は抵抗しながらも、結局付き合う羽目になった。


『マイク! 撮ってくれ!』


『おう! 任せろ!』

マイクがスマートフォンを構える。


『よーし、撮るぞ! ……うーん、固いなあ。もっと笑えよ!』


『笑えるか!』


『わんちゃん、こっち向いて!』


『わんちゃん言うな!』

神代がマイクに歯を剥く。


カシャッ。


『おお、いいねえ! ナイス威嚇!!』


マイクが口笛を吹く。


『うるせえ!』

神代が噛みつかんばかりの勢いで、マイクに詰め寄った。


そんなマイクと神代のやりとりをよそに、

レオンが嬉しそうにスマホの画面を覗き込む。


『おー良いじゃん。やっぱり最高に可愛いな』

ご満悦のようだった。


少し離れた場所では、ジェイクとトムがお菓子をつまみながら話していた。


トムは魔法使いのローブを脱ぎ、ズボンとインナーだけの姿になっていた。


よほど暑かったのだろう。上着を脱いだ咲也も共感するものがあった。


反対にジェイクはフランケンシュタインの服をぴっちり着込んだままだった。

汗ひとつかいていないように見える。暑くないのだろうか。不思議だ。


そんな図体のでかい男二人が可愛くラッピングされたお菓子を食べている光景には、妙な愛嬌があった。


『すごかったな。お前の魔法』


『あ? 魔法?』


ジェイクの言葉に、トムは一瞬きょとんとしたあと、にやりと笑った。


『ああ、そうだな。筋肉はすべてを解決するからな!』


おどけて力こぶを作ってみせる。


ジェイクは感心したように拍手を送った。


咲也は呆然と、その光景を眺めていた。


――まったく。

何なんだ、こいつらは。

あまりにもいつも通りで。


思わず、口元が緩んだ。


一人であれこれ思い悩んでいるのが、なんだかバカらしくなってしまった。


ひとしきり騒いだあと。

ようやく帰り支度が始まった。

咲也は魔女の衣装から私服に着替えた。


鏡に映った普段着の自分を見て、なんだかほっとする。


――来年は、絶対に断ろう。


『サクヤ! 飯行こうぜ!』


神代が入口から声をかけてきた。


『……ああ、今行く』

荷物を手に取り、控え室を出ようとする。


すると、背後からマイクの声が飛んできた。


『なあ、サクヤ!』


『……今度は何だ』


『来年も魔女やれよ!』


『断る!』

即答すると、控え室に笑い声が響いた。


『じゃあ、次はお姫様だな!』


レオンが楽しそうに言う。


『それも断る!』


『アッハッハ! 即答かよ!』


『じゃあな。お前らもとっとと帰れよ』


咲也は振り返らず、片手を軽く上げた。


まったく。

ろくでもない一日だった。


控え室を出ると、神代が当然のように隣へ並んだ。


『で、何食う?』


『……お前が決めろよ』


『じゃあ、肉!』


『お前ここんとこ肉しか食ってないじゃないか』


『決めろって言っただろ。肉がいいんだよ!』


呆れながら、咲也は歩き出した。


隣で、神代が楽しそうに笑っている。


その横顔を、ほんの少しだけ見つめた。


そして、何事もなかったように前を向く。


――まあ。

悪くはなかった、かな。


そう思ったことだけは、誰にも言わないでおこう。





挿絵(By みてみん)

お読み頂きありがとうございました。

仲間達とのわちゃわちゃの中にも、咲也の切ない思いが少しだけ覗いたお話になりました。

そして、アストラの夜に の1話に繋がっていきます。

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