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ハロウィンの魔女① ―魔女になるまで―

一話完結のはずの番外編なのに、続き物です

咲也がメジャー選手だったころのお話。

ハロウィンイベントです。


十月の終わり。


シアトル・ノクターンズの球団施設は、いつもとは違う賑わいを見せていた。


廊下にはカボチャの飾り。

天井からはコウモリが吊るされ、壁には蜘蛛の巣が張り巡らされている。


もちろん、本物ではない。ただの飾りだ。


今日は球団主催のハロウィンイベント。

選手たちが仮装してファンを迎え、サイン会や記念撮影を行うことになっていた。

咲也も参加することになっている。


『サクヤ! いいもの持ってきたぞ!』

背後から聞き慣れた大声が響いた。


振り返れば、レオンが大きな紙袋を抱えて立っている。


満面の笑み。


嫌な予感がする。


『……何だよ』


『お前用の衣装だ!

持ってきてやったぞ!』


『衣装?』

べつに自分で取りに行くつもりだったのだが。


『ああ! これ絶対サクヤに似合うと思ってな!』


レオンが得意げに紙袋を差し出す。


中を覗いた。

黒と紫の布地。

細かなレース。

リボン。


どう見ても女性用のドレスだった。


無言で袋を閉じる。


『……断る』


『何でだよ!』


『何でって……お前、これ女物だろ』


『そうだぞ!』


『……そうだぞ、じゃねえよ』


こいつは何を考えているんだ。


『魔女だ! お前に着せたかったんだよ!』


『……他を当たれ』


『サクヤしかいねえだろ!』


『お前の目は節穴か。

どこをどう見てそう思った』


まったく。

よりにもよって、何故俺なんだ。


『だってお前、時々すっげえ悪い顔するだろ!』


『……は?』


『あの、ニヤリって笑う顔! 絶対魔女が似合うぜ!』


『……褒めてるのか、それ』


『もちろん!』


レオンは大きく頷いた。


『いいじゃねえか。ハロウィンなんだから!』


『……それとこれとは別だ。自分の着る物は自分で選ぶ』


レオンはしばらく咲也を見つめていた。


そして、不意に口元をつり上げる。


――嫌な顔だ。

『……さては、怖いんだな?』


『……何?』


『似合わなかったらどうしようって、怖いんだろ?』


下手な挑発だった。


ふうと息を吐く。


『そうだよ。似合わないと思ってるよ。怖いんだよ』


レオンが口を尖らせる。

『えーー。なんだよサクヤ。ノリ悪いなあ』


『悪くて結構』


『じゃあ、勝負しようぜ!』


『……は?』


レオンが勢いよく右手を突き出した。


『ジャンケン! 三回勝負だ!』


『なんでそうなる。話を聞けよ』


『公平だろ?』


『いや。公平もなにも。なんで俺がその勝負に乗ると思っている?』


『俺が勝ったらお前がこの服を着る。

お前が勝ったら俺がメイドさんの服を着る!』

もう一つ用意された紙袋を掲げる。


『……俺に何の得があるんだ、それ』


『勝ったらサクヤが好きな衣装を着られるだろ!』


『最初からそうするつもりだったんだよっ!』


しかし、レオンは聞いちゃいない。


『よし行くぞー、じゃんけん』


『話を聞け!!』


叫びながら、反射的に手を振り出した。

一回目、負け。


『よし、次! ジャンケン!』


『だから話を!』


『ポン!』


二回目も、負け。


『俺は了承してないんだって!』


『最後なー! ジャンケン!』


そして三回目。


またもや反射的に手が出てしまう。


『ポン!』


『アーッハッハッハ! 三連勝だ!』


咲也は自分の手を見下ろした。

見事なまでの三連敗。


――……何だ、これ。


そして何故勝負してしまった。自分。


『約束だぞ、サクヤ!』


『……約束はしてない』


『えー、負けたのに。着ないってずるくないか』


『いや。全くもってズルくない』


だがしかし。


一度受け……たつもりはないが勝負は勝負だ。

大きなため息をついた。


年に一度のお祭りだ。

『しようがねーな。笑いものになってやるよ』

漏れた言葉に、レオンが笑った。


控え室に入ると、球団スタッフが待っていた。


衣装を確認した女性スタッフが、目を丸くする。


『……あなたにしては大胆ね。これを着るの?』


『……そうらしい』


『らしいって?』


『レオンに押し付けられた』


『あらあら』

くすくすと笑う。

『彼らしいわね』


『でも、レオンって意外と見る目があるのね。きっと似合うと思うわ』


『冗談はやめてくれ』


スタッフはにっこりと微笑んだ。


スタッフの手を借りて、衣装を身につける。


黒と紫を基調としたドレス。


腰の辺りが絞られ、繊細なレースがあしらわれている。


ただ、背中や肩の露出が多い。


大人だけのパーティーならともかく、今日のイベントには子どもも来る。


『……これ、上に何か羽織れないか?』


そう尋ねると、スタッフはすぐに頷いた。


『ちょうどいいものがあるわ』


用意してくれたのは、衣装と同じ色合いの上着とケープだった。


上着に袖を通し、その上からケープを羽織る。


肩から流れる布が露出を隠し、魔女らしい威厳も加えてくれる。


『……これならいいな』


『あら、素敵! 想像以上だわ』


『……どうも』 


最後に、大きな魔女帽子を渡された。

『それから、こちらも衣装の一部よ』

スタッフが杖を差し出す。

『……なるほど。本格的だな』


スタッフから杖を受け取り、帽子を頭に載せる。

鏡を見る。


――誰だ、こいつ。

いや、自分なのだが。

黒と紫の衣装に、つばの広い帽子。


普段のユニフォーム姿とは似ても似つかない。


――まいったな。


しかし。

こうして眺めていると、ふと懐かしい記憶が蘇った。


――……ああ、そうだ。


幼い妹が夢中になっていた特撮番組。


夏希は何度も同じ話を見たがった。


そのたびに咲也も付き合わされたものだ。


そこに登場する悪役の魔女が、やたらと印象に残っている。


大きな声で笑い、怒り、悪巧みをする。


子どもが大嫌いだと言いながら、子ども相手に本気になってしまう。


恐ろしい悪役のはずなのに、どこか愛嬌があった。


何より。

あの魔女は、いつだって堂々としていた。


――……そうか。


どうせ着るなら。

中途半端に恥ずかしがる方が、よほど格好悪い。


魔女なら魔女らしく。

いっそ、徹底的に演じてやればいい。


鏡の前で姿勢を正す。


帽子のつばに指を添え、ゆっくりと顎を上げた。

もう片方の手には、魔女の杖。


口元に笑みを浮かべる。


『……フフフ』


……違う。

もう少し、腹の底から笑っていた気がする。

息を吸い込む。


『ハーッハッハッハ!』


控え室が静まり返った。

背後を見ると、スタッフがぽかんと口を開けていた。


『……すまない』


女性スタッフが慌てて首を振る。

そして、笑いをこらえながら尋ねてきた。


『今の、魔女の笑い声?』


『……まあ、そんなところだ』


『ふふっ。いいと思うわ。子どもたちも喜びそう』


『……そうかな』


『ええ!』


……そうか。

ならば、もう少し練習してもいいかもしれない。


『サクヤ! 準備できたか!?』

扉の向こうからレオンの声がした。


『ああ。今行く』

帽子の位置を整え、控え室の扉を開ける。


そして。


目の前に立っていたレオンを見て、思わず固まった。

白いフリル。

ひらひらとしたスカート。

胸元の大きなリボン。

頭にはレースのカチューシャ。


着慣れていないためか、リボンもカチューシャも位置がずれている。

おまけに、髪までボサボサだ。


そんな金髪のガタイのいい男が、満面の笑みでこちらを見ている。


『……レオン』


『おう!』


『……何だ、その格好』


『メイドさんだ!』


『……いや、見れば分かる』


問題はそこじゃない。


『お前、勝っただろ』


『ああ!』


『……何でお前まで着てるんだよ』


『楽しそうだったから!』


――こいつ。

本当に自由だな。


控え室を開けて、スタッフが顔を出す。


『ちょっとレオン。

なにその格好。

整えてあげるからいらっしゃい!』


『はーい。

可愛くしてね』


『はいはい』

スタッフがくすくす笑いながらレオンを控え室に招き入れる。


しばらくして、レオンが控え室から出てきた。

ずれていたカチューシャはきちんと収まり、リボンも綺麗に結び直されている。


髪まで整えられ、先ほどとは見違えるようだった。


『おおっ! サクヤ!』

目を輝かせ、咲也を上から下まで眺める。


『改めてみると、やっぱり似合うな!』


『……そうかよ』


『すっげえ美人だぞ!』


『……やめろ』


『何だよ、褒めてるんだぞ!』


『はいはい。そりゃどーも』

深いため息をつく。

だが。

ふと、思いついた。


――そうだ。


練習の一環だ。

この男にも見せてやろう。


咲也はゆっくりと帽子のつばを持ち上げた。


口元に、不敵な笑みを浮かべる。


『……フフフ。よく来たな、レオン』


『……ん?』


『この私の前に姿を現すとは、いい度胸だ』


杖を掲げる。


『ハーッハッハッハ! 貴様も魔法の餌食にしてくれよう!』


レオンが目を丸くした。

一瞬の沈黙。


そして。

『アーッハッハッハ!』

咲也の高笑いをかき消す勢いで、レオンが笑い出した。


『何だよ、それ!サクヤ!お前、ノリノリじゃねえか!』


急に恥ずかしくなり、咲也はレオンから視線を逸らした。


『……役作りだ』


『いいな、それ! その悪そうな顔だよ! 絶対盛り上がるぞ!』


『そうか』


『ああ! すっげえ楽しみだな!』


レオンは嬉しそうに、咲也に手を差し出した。

『よし! 行こうぜ、サクヤ!』


『……ああ』

差し出された手を軽く小突き、杖を持ち直す。


……まったく。

とんでもない一日になりそうだ。


そう思いながらも。

咲也は少しだけ、これから始まるイベントが楽しみになっていた。




挿絵(By みてみん)

レオンの理不尽さがまさにジャイアン。

なんやかやで、成り切る咲也も楽しそう。

この魔女のモデルは、ジュウレンジャーのあの魔女さんをイメージしてます。

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