七綴目 『藤棚の落とし物』
二六九〇年五月、事務所の付近の街路樹もすっかり緑一色にコーディネートされ、美人教師殺害事件で桜での花見を逃しつつ、辛うじて躑躅で花見は出来た。
さて、立夏を過ぎたこの時期って、何の花を見たらいいのだろうかと、毎年悩んで、結論も毎年同じ、藤棚かネモフィラか。五月の存在感って、あとは衣替えで事務所の『華』である大崎サンの露出がちょっと増えるのが嬉しい、とか、そんなコトを考えながら、人工知能に藤棚が綺麗に見える名所を教わっていた。
「おー、そこも名所だったか。行ったコトないな。どう、大崎さん?」
青山が大崎に問う。
「ええ、とってもステキですね。是非行きましょう!」
「ほな、決まりだな。じゃ、神崎さんに…」
と青山がメッセージアプリで神崎に連絡を取ろうとする途中で、
「所長…」
と、大崎の手が青山の手をスマフォごと包んで、ジッと見つめた。
「…分かりました。」
青山はその圧に押されるままアプリを閉じて、スマフォをポケットに格納しようと思ったその時。。。
◇ ◇ ◇
「どもー、おつかれ様で〜す。」
タブレットに映し出された、汗だく爽やかイケメン。青山は思わずイラッとして、タブレットを睨みつける。
「お久しぶりです。いえ、残念なコトに事件は毎日起きているんですが、青山さんにお渡しする程の難解な案件が…あるにはあったんですが…」
と、桜田警部が言い訳をしている。
「要は、他の警部様に事件を横取りされた、と?」
と、正面から突っ込むと、ヘラヘラしながら頭カキカキ誤魔化した。と云うか、まだ気温が三十度を超えないのか、未だエアーコンディショナーを使わせてもらえないようだ。ちょっと可哀想だなぁと思っていたら、急に真面目な表情に切り替えて本題に突入した。横取りされた件には触れられたくないようだ。
「では、今回は、本人かどうかの確固たる証拠を探して頂きます。」
とある場所で三億円の入ったジュラルミンケースを十代の男性が発見した。翌日、四十代の女性が落とし主として出頭した。この女性が実に怪しく、拾い主と結託しているのではないか?と云う疑念がある。
本人かどうかは青山には簡単に知るコトが出来る。ジュラルミンケースを拾った場所に行って、『場念』をスキャンすれば、『誰が』についてはその念に残るはず。ただ、物的証拠となると、『何を根拠にするか』が非常に難しい。
と云うコトで、、、
◇ ◇ ◇
藤棚の名所に来ている。
因みに、大崎との藤棚デートを優先したワケではないコトを強調しておく。
まさにジュラルミンケースが落ちていたその場所が、大崎と行こうと思っていた名所の藤棚の足下だったので、あくまでも『拾い屋』としての仕事を片付ける為に、やむを得ず来ている。
「とってもいい天気ですわ。お弁当持ってきて大正解ですわ。」
と、大崎が燥いでいるのは放っておこう。但し、ココで余計な『場念』を新規作成されても困るので、青山が注意喚起する。
大崎を10m以上離れた場所に移動させた上で、現場の『場念』をスキャンする。緩やかな空気圧のような波が辺りを舐め回したあと、青山の脳裏に映像と音声が流れ込む。とは云え、音声の方はほぼ無音で、山鳥の鳴き声が微かに聞こえる程度だが、映像の方にハッキリ残っている。拾い主は同じで落とし主は全然違う、御年恐らく七十代のダンディな老紳士だった。と云うコトで、落とし主は『違う人』の物的証拠を探す必要がある。
ココから大変な労力を要するので、すぐにでも行動したいのだが、大崎がふてくされているので、やむなく藤棚での花見を決行した。
青山は花見をしつつ、そこら中の『場念』をスキャンして、老紳士の足跡を追っていた。
◇ ◇ ◇
青山は帰路に於いても『場念』をスキャンし続ける。すると、麓のバス停で老紳士の『念』が途絶えた。つまりこのバス停までバスに乗って来たようだ。バス停で『場念』をスキャンすると、どのバスに乗って来たのか『念』として残っている。かなり強い覚悟でこの場所に来たらしい。覚悟の内容までは不明だが。
ただ、何処『から』乗ったかは不明だ。そこで神崎に助けを求めた。
「あれ、青山さんも藤棚に行ってきたの?」
青山は少々驚いたが、そう云えば、もしものコトを考えて、青山と大崎と神崎のスマフォは、通話する場合に限り、お互いの位置情報が準天頂衛星初号機『みちびき』に送信される。
プライバシー権を考慮して、『お互いが通話の時だけ』と云う仕様にしている。まぁ真っ当なコトを云ってるように聞こえるが、神崎的にはこの二人の恋仲を邪魔しない、と云うお節介からなのは云うまでもない。
それで、恐らく神崎夫妻も時間差で藤棚を訪れたのであろう。青山がタブレットで確認する。神崎夫妻はまだ藤棚の付近に居るようだ。恐らく到着したばかりかと憶測する。
神崎に合流する意思を伝えて、青山と大崎は再び藤棚へ戻る。
◇ ◇ ◇
藤棚に到着するや否や、
「あらー恵実ちゃん、少し太った?」
と、容赦なく陽子が思ったままを口にする。
「いえ、寧ろこの暑さで二キロ痩せましたわ。」
「あら、もうデキちゃったのかと思ったわ。」
ホントに容赦ない陽子サマ。困った顔の青山に神崎が声を掛ける。
「いや、申し訳ない。彼女はすっかり母親気分なんですよ。許して頂けると助かります。」
まぁこれから神崎にお願い事をするので、その程度なら全然許しますが。
…と思ったら、陽子が青山に声を掛けてきた。
「しっかりね!」
と、ニヤッとする。
「重ね重ね、申し訳ない。。。」
神崎が恭しく謝罪を重ねる。
「…それで、ちょっとご相談が。」
青山が話を切り替える。
「お、仲人の件ですか?」
と、全く話の切り替わらない神崎。さっきの謝罪が無駄になってる。
「いえ、そうじゃなくて!」
と、事情を説明した。
「なるほど、つまりその老人の乗車バス停が分かればいいんですね?」
「はい、お手数お掛けしますが、宜しくお願い致します。」
神崎はタブレットからメールを送る。程なくして返信があり、
「分かりましたよ。」
え?さほど特徴的なコトも云ってないのに、ホントかなぁ?と思っていたが、この場所は駐車場も広いしバス停もあるので、あんな所で降りる人は先ず居ない、とのコトで、『七十代男性』と云うキーワードだけで個人を特定出来たらしい。序でに住所まで調べたとのコト。
「ありがとうございます。助かりました!」
と、お礼を言って、
「では、これで失礼し…」
と次の行動に出ようとすると、神崎夫妻と大崎がふてくされたので、仕方なくこの日は藤棚の元で酒宴となった。なお、神崎夫妻は専属の運転手に運転させるのでいいとして、青山のクルマは神崎の方で代行を用意してくれた。
「…どうやっても神崎さんには逆らえないや。」
そう思いつつ、帰路に就く。
◇ ◇ ◇
翌日、老紳士に会いにご自宅を訪問した。
大崎に呼び鈴を押させて話をさせる。青山がやると、住人が出てくる確率四割五分だが、大崎の場合は百発百中出てきてくれる。
で、この老紳士もナチュラルに引き戸を開けて、大崎を迎え入れる。青山も序でに入る形で老紳士宅にお邪魔した。
「初めまして。こちら、つまらない物ですが、どうぞ。」
何処から調べたのか、この老紳士の大好物である『白いういろう』の箱包みを差し出す。
老紳士は大喜びで受け取った。
「アンタもこの店のういろうが好きなのかい?」
と老紳士が質問を投げると、大崎は、
「ええ、このお店の『ういろう』はとっても深い甘みなんですが、かと云って砂糖ではないスッキリとした甘さで、とっても上品なお味なので、よく頂いてますわ。」
と返した。青山は、事務所では一度たりとも見たコトのないこの『白いういろう』について涼しい顔で感想が出てくるこの淑女の凄いハッタリに圧倒されている。すると老紳士は、
「おお、よく話の分かるお嬢さんだ。いい嫁を貰ったな?」
と、老紳士は青山を見た。返答にドギマギしていると、大崎が横から、
「いえ、私のような者とは不釣り合いなお方ですわ。」
と、本気なんだか嘘なんだか謙遜して見せる。大崎の中身を知っている青山としては、寧ろ自分の方が不釣り合いだと思っている。すると老紳士が
「私もあと二十歳若ければ…」
などと、遠い目をして呟いた。青山は老紳士が若いと褒めるキッカケづくりに、
「失礼ですが、おいくつで?」
と年齢を聞いた。老紳士は、
「五十二歳です。」
…え?七十代じゃないの?
つか、どう見ても年下には見えん。安易に褒められなくなった。王手飛車取り。然し、大崎は堂々と
「お若いですね〜!」
と云ってしまった。ヤヴァい!と思ったが、意外と老紳士?は喜んでいる。良かった〜
とまぁそんなこんなで場も和やかになったところで青山が本題に入る。
「単刀直入にお尋ねします。つい最近、あの藤棚に三億円の入ったジュラルミンケースを置かれましたよね?」
ストレートすぎる、ど真ん中の質問に、老紳士は少したじろぎながら、正直に答えた。
「はい、それは私が置きました。」
老紳士が応えると、青山がさらに続ける。
「実はそのジュラルミンケースが警察に届けられたのですが、四十代の女性が自分が落とし主だと主張しておりまして。」
と、真実を伝える。すると、
「ああ、それでいいんですよ。アレは彼女にあげたんです。」
真実は、四十代の女性はこの老紳士の愛人で、そのせいで妻と離婚した。しかし、この女性の浪費癖が酷く、別れを切り出したら三億円を要求されたとのコト。どうやらカネ目的で交際していたようだ。そしてこのカネを引き渡す現場に向かい、彼女を待っていたが一向に現れないので、そのまま放置して帰路に就くことを、メールで伝えたとのコト。
「では、そのメールが証拠になりますね。」
と云って、メール内容をタブレットで写真に撮った。
「では、この拾い主に心当たりは?」
と、一応拾い主の十代男性について聞いてみる。
「全く存じ上げません。」
とのコトで、これ以上の情報は得られないと判断し、ご自宅を後にした。別れ際に、
「お二人とも、お幸せに!」
と声を掛けて送り出してくれた。凄くいい人だなぁと、二人はほっこりした。
◇ ◇ ◇
事務所に戻り、メール内容の写真、勿論、送信元と受信者の情報も入れた状態で、桜田警部に送信した。桜田警部は、
「今回もおつかれ様でした。助かりました。報酬はそのウチ出ますので、政府Payを小まめにご確認下さい。」
そのうちっていつよ!と、毎回思う。
因みに『政府Pay』とは、現在流通している中央の銀行から発行される銀行券とは別に、ブロックチェーンを利用した暗号通貨で、政府の通貨発行権を法的根拠として作られた『法定通貨』であり、国民のみが使うコトを許された、他国の影響を受けにくい新しい通貨だ。
二六八八年の政権交代時から既に政策には掲げられてはいたが、国内の独自技術と立法で困難を極めつつ、漸く本年四月から国債の償還で使われるコトになった。また、『政府Pay利用促進法』が前年の十一月に公布、本年五月に発布され、人とカネの無い警察も予算取り出来ない部分は政府Payを活用するコトにした。
青山はひとまず礼を云いつつ、今回の事件で気になる点を一つ質問した。
「拾い主の十代男性は結局何者だったんですか?」
すると、
「それが、その四十代女性から現金を受け取ったあと、姿を消してしまいまして。」
拾得物を警察に届けると、住所や氏名を書類に記入するルールで、厳重に管理していたのだが、その書類も消えてしまったそうだ。
「それは不祥事では?」
と青山が呆れ顔になっているのを見た桜田警部が
「あっ、ついうっかり。口外しないで下さい!お願いします!」
まぁそうですよね、と、青山は自分のハラの中に収めることにした。
それにしても、あの厳重な警察の書類を、如何にして持ち出したのか。内通者?とか、
◇ ◇ ◇
「所長、乾杯しますか?」
と言って、大崎はアサヒスーパードライを用意する。
いつも青山の考えを先読みしている大崎、もしかするとコレも能力か?
と思いつつ、神崎に聞いてみようかなぁとスマフォを手に取ったが、
すぐにポケットに収めた。
今回の案件は何時になく簡単だったが、最大の功労者はかの老紳士の住所まで調査してくれた神崎だ。
と思っていたら、大崎が、
「神崎会長もこの場にお呼びしたいですわ」
と呟いている。
…マジで怖いわ。
「じゃ、呼びましょうか?」
と問いかけると、
「二次会でお呼びいたしましょう。」
と。ひとまず二人で乾杯して、神崎夫人から頂いた大量のおツマミをチビリチビリ消費して、神崎に連絡入れようと思った。
…………
時間にして三十分程、二人っきりでいい感じにほろ酔いになった頃、青山はスマフォを取り出した。すると、五分前に神崎からの着信があった。折り返し連絡を取ると、
「ちょっと陽子ちゃんと喧嘩になっちゃって…」
…一体、何があった?




