六綴目 『研究所』
「ハッ!所長?私、何かしでかしてましたか?」
突然の来訪者……十一歳の可憐な少女は、大崎恵実だった。
湯気を浴びると十一歳に変化し、『おはぎ』を口にしたら元に戻った。
普段ならその特異体質について考察するところだが、今はそれどころではない。知らなかったとは云え、十一歳の少女相手に、まるでプロポーズのような言葉まで吐いて、抱きついてしまった。青山は罪悪感に苛まれて立ち直れずにいる。
一方、大崎の方は未だポカンとしている。
◇ ◇ ◇
暫くして神崎から着信が入ってきた。青山は気を取り直して着信を取る。開口一番、神崎は、
「先ほどはすみません、中途半端な対応で。」
と謝罪した。そして、本人に口止めされていたコトを前置きに、真相を話した。
――湯気を浴びると十一歳の少女に戻ってしまう――
――お米と小豆の組合せで元に戻る――
そう、思い起こせば、大崎を保護した時、お風呂あがりで陽子さんが赤飯を持っていた。ちょっと食べかけだった。あの時は単に救出・再会の祝いで、少し味見でもしたのかと思っていたが、お風呂で湯気を浴びて十一歳化した大崎に赤飯を食べさせて元に戻していた、そういうコトが。
「もう~最初から教えてくれたらいいのに。焦りましたよ。」
と、腹は立つけど山ほどお世話になっている相手なので、すごく控えめに怒って見せる。すると神崎は、あっけらかんと、
「まぁまぁ、君たちをもっと仲良くしたかったからね。」
だそうで、青山は「はぁ~」とため息をつく。
何はともあれ、真相がちょっとだけ明らかになったので、丁寧に礼を言って連絡を切った。
◇ ◇ ◇
湯気を浴びると十一歳に戻り、米と小豆で元の年齢に戻る。
コレは神崎の説明の通りで、よく分かった。
しかし、まだ解けていない謎がある。コレは本人に聞くしか無い。とは云え、すごく気まずい。どうしよう。
そんな青山の心配をよそに、大崎の方から話しかけてきた。恐らく、青山の心情を読んでのコト。
「所長、今まで黙っていて大変申し訳ございませんでした。出来れば誰にも知られたくなかったので、相当注意は払っていたのですが。。。」
昼間、青山が出かけた時に、帰り時間を逆算して、ヤカンでお湯を沸かしていたが、不意に虻が目の前に飛んできたのを避けた弾みで、うっかりヤカンの湯気を被ってしまった、とのコト。
そうか、なるほど、と、それまでの半日間で起きた出来事を理解した。
大崎が先に口を開いてくれたおかげで青山も話しやすくなった。
すごく聞きにくいが、一番気になっているコトを聞いてみる。
「十一歳になった時に起こったコトは、今も覚えているの?」
大崎が頬を「ポッ」と赤らめて恥ずかしそうに答える。
「はい、覚えておりますわ。所長、十一歳の《わたくし》はとっても喜んでおりました。私はもっと嬉しいです。矢張り私には所長が全てですわ。」
青山は顔から火が出そうだ。こめかみから変な汗がタラ~ッと流れる。とは云え、と、大崎は続ける。
「『十一歳当時の記憶』として覚えているだけなので、どこかセピア色と云うか、明確でなくて実感が湧かないのがとってもホントにとっても残念ですわ。ハッキリと今の記憶に残したいので、もう一度、再現して頂きたいですわ。」
少し安心…かな?つか、ドサクサに紛れて余計な要求すな!と云いたい所だが、オレだって再現したいのは山々なんだよ!と云う気持ちを押し殺しつつ。
ひとまずスルーして、仕事モードで尋ねる。
「で、どうやら十一歳の大崎さんに『千里眼』の能力が発動していたんですが、今の状態ではどうですか?」
「残念ながら、この状態では『千里眼』の発動はありませんの。ちなみに、リアル十二歳の誕生日が来る前の日までは、『千里眼』を発動しておりましたわ。」
成る程、湯気を浴びると、十一歳の大崎がそのまま再現される、つまり、大崎自身はこの時代にいるけど、心身の時間が十一歳にタイムリープする感じなのかな。青山の好奇心をくすぐる。
もう一つ、大崎が大事なコトを伝える。
「今の記憶を十一歳の方に引き継ぐことは出来ません。知能も体力も十一歳になるようです。」
矢張りそうか。ココに居る大崎の時間軸が過去のモノになることによって、精神と身体が引っ張られてしまうのか。この理論、解き明かすのはなかなか難しそうだが、是非とも解明してみたい。本人には迷惑な『機能』だが、十一歳との連絡方法さえあれば、かなり実用的だ。
などと思考していたら、
「十一歳の私に、『めぐみへ』と云う書き出しで手紙を渡していただければ、必ず実行する”お約束”になっています。小学生の頃の私は、留守がちの家族からの頼まれ事は、そのように連絡しておりましたので。」
なるほど、それは便利。助かった。
◇ ◇ ◇
青山の知的好奇心をくすぐる大崎の変化、再度、神崎とタブレット越しに話し合っている。小難しい論理的な話をしている。神崎も流石技術者、かなり解明を進めていたようだ。然し乍ら、その作業は途中で頓挫している模様。
二人の意見、行き着く所は、
「十二歳の誕生日に何があったのか?」。
大崎に聞いても「存じ上げません。」の一点張りで、何か秘密を隠している感じはある。
恐らく、その出来事がこの現象に繋がっているには違いないが、一体何だろう。
「あ~気になる。これじゃ夜も眠れないぞ。」
と独り言のつもりがしっかり大崎の耳に入っている。
「じゃ、私をどうぞ好きにお調べになって構いませんわよ。」
などと、両腕を広げてなんだか嬉しそうに青山にアプローチする。
「ちょ、ちょっとそれは順序がありますので、また今度。」
と、青山は意味不明な言い訳をしてはぐらかす。
「フフフ、『今度』って、私に興味を持って頂いている、と云うコトですわね。嬉し♡」
と悦びながら云う。
「いつまでもお待ちしておりますわ。」
◇ ◇ ◇
後日、青山は神崎に呼び出されて、例の別荘に来ている。
「やぁ、来てくれてありがとう。大崎君は青山さんを落とすことが出来たのかい?」
などと、会社なら間違いなくセクハラ訴訟になりそうな軽口を叩く。
「いえ、なかなか難攻不落でございますわ。私、努力致しますので、所長の好みを教えて下さいませ。」
と大崎も悪ノリして応える。半ば本気ではあるが、一方で『ホントに付き合ったら青山を不幸に巻き込んでしまうかも。』と、そんなネガティブな考えが脳裏に染み込んでいて、このままの関係の方が、いっそ心地いいままで過ごせるのではないか、とも思っている。
「…充分、好みですよ…」
声にならない声で青山が呟く…
…と、その声を、どこからともなく陽子が拾う。
「今、何と仰いましたか?も少し大きな声で云ってあげて!」
などと、楽しそうに悪ノリに参加してきた。
青山は、それはさておき、と、話を戻そうとすると、陽子がちょっとむくれる。そんな陽子を神崎が「むくれた顔もきゃわいい~ん!」と云いながら後ろから抱きしめる。会社では絶対に見せない姿だ。そのギャップに萌えつつ、本題に入る。
「今日、吾々は何故ココに?」
ちょっと残念そうな表情カオをしながら、神崎が応える。
「大崎君の能力について、今まで口止めされていたからね。青山さんにバレてしまった以上、寧ろ隠しておく方がリスクだから。」
と、神崎が纏めたいくつかの論文と詳細な研究データを見せてくれた。
青山は自分の能力については、研究をして理論めいたマニアックな解説は出来るが、神崎のように『論文化』まではしていない。
「神崎社長、やっぱりスゴい人ですね。参りました。」
声にならない声で青山が呟く。
…と、その声を、どこからともなく陽子が拾う。
「今、何と仰いましたか?も少し大きな声で云ってあげて!」
青山は心の底から思いを云う。
「はい、では改めて。神崎社長はスゴい人です!」
何故か陽子が天狗になっている。神崎はちょっと照れながら話を進める。
「ひとまず側の部分を論文化しただけであって、理論的な解明が今ひとつ完璧じゃないので、細かくデーターを取らせて頂きたい。」
と、”青山に”許可を求めた。それは本人に聞いてくれ、と云いたいところだが、既に大崎はノリ気なようで、雇用者である青山に許可を求めた次第らしい。神崎的には、青山は大崎の彼氏だと勝手に位置づけているので、大崎本人がノリ気でも、青山が難色を示すようであれば止めておこう、と云う考えだ。
さらに、と、神崎が続ける。
「青山さんの能力も、調査させて頂けますか?」
「え?何故、私も?」
と、青山は惚ける。が、神崎の人を見る目は斬鉄剣よりも鋭い。
「青山さん、あなたの過去の弊社での振る舞い、その後の調査会社での実績、さらには独立されてからの実績、コレ、単に努力しただけとは思えない、何か特別な能力を発揮しないと、アレだけの実績を上げるコトは不可能です。まだ私に話していないコトがありますよね?」
青山はビクッとしつつ、平静を装っていた。
…が、神崎は既にお見通しか、と考えを改め、お見通しでなくとも、ずっと味方でいてほしいので、信を得るべく、他言無用を条件に、『場念』のスキャンのコトを打ち明けた。
◇ ◇ ◇
「矢張りそうでしたか。あまりにもポンポンとポイント地点に到達なさっておられるので、すごく違和感があったんです。」
「…一体いつからこの人はオレを見ているんだろう。ちょっとキモ。」
と思ったが、打ち明けてちょっと楽になった所為か、前向きに調査に協力したいと思った。
「それで、…」
と神崎が『ある極秘の計画』について語る。
この別荘の地下からアクセス出来る場所に、極秘で個人の『異能研究所(仮称)』を建てようと画策中とのコト。所長兼研究員は神崎一人。まぁ、ほぼ神崎の趣味なので当たり前だが。被験者は今のところ青山と大崎の二人だけ。青山の事務所に『異能』持ちが増えたら、恐らくは被験者として候補に挙がるだろう。
「まぁ簡単に云えば、『秘密基地』かな。」
この一言に、青山がワクワクしている。男の子なら誰もが憧れる『秘密基地』だ。神崎も嬉しそうに話す。神崎としては、この秘密を共有出来る『仲間』が増えて喜んでいるようだ。
そのまま青山と大崎は神崎夫妻と共に、『異能』をツマミに一晩を過ごした。
その後、神崎は数ヶ月間、研究所の設計に没頭し、翌年二六八五年立春にようやく着工まで漕ぎ着けた。
◇ ◇ ◇
二六八六年春、例の別荘へ行く道もすっかり桜花に包まれた頃、いよいよ研究所が落成した。
この先半年後、神崎は還暦を機に、密かに、かの大手IT企業の社長職を辞して会長職に退くコトにしている。ある意味老後の愉しみでこの研究所を建てたようなモノだ。ちなみにこの計画を知っているのは、本人と読者だけだ。青山にも、妻、陽子にすら話していない。
この研究所の目的は、『異能者』の研究だけではない。異能者が必要とする『デバイス』についても研究・製作をするそうだ。今回の神崎仕様のプロジェクションマッピング技術も、その一つに入るのだろう。
勿論、セキュリティーも万全。神崎システムが鋭く見張っているので、鼠一匹入り込むことは出来ない。
…ハズなのだが。。。
二六九〇年元旦、世間ではお屠蘇気分で異世界気分になっている傍ら、研究所に一匹の鼠…もとい小娘が一人、神崎の研究所の廊下をナチュラルに歩いている。
同年八月、大崎によって発見されるまで、誰もその小娘の存在には気が付かなかった。




