十三綴目 『引越し!』
一夜明けての早朝、青山はふと目を覚ます。時計は午前四時。小一時間程度、ボーッとしていたが、何となく、と云うか、何かを察知して外を散歩したくなった。午前五時。時間は二人を朝にするらしいが、外なので鼻先にキスとか出来ないぞ、などと、この世代にしか分からないツッコミを入れながら、砂浜を歩く。と、後ろから大崎もついてきた。寝てるのを起こさないように出たつもりだったが、恐らく青山が部屋に居ないその気配で目を覚ましたようだ。
「おはようございます。こんな朝早く、如何されました?」
「いや、何となくね。」
そう云って、コッソリ『場念』をスキャンする。コッソリやらないと、大崎に余計な『念』を新規作成されて邪魔される。
まだ真新しい、女子高生の残した『念』を感じ取った。彼女の名前やどのように亡くなったか、さらには馬橋との関わりが脳裏に流れ込む。
「なるほど、あのスケベじじい、消されずに済んだのか。人類にとって残念だ。」
と呟きつつ、
「それにしても、なんていい娘なんだ。国宝級の性格の良さ。吾が国にとって大変有能な人材。なんでこんな娘が…非常に残念だ。」
と、残念がる青山に大崎は、
「まだ吾が国には私が居りますわ!」
「そうだね、大崎恵実は建材、間違えた、健在、不滅、優秀、素晴らしい!」
「ですから、私は所長と、この国の希望をしこたま拵えますわ!」
と、この早朝から妄想を膨らませて『念』を新規作成している。先に『場念』のスキャンを終わらせといて良かった~と安堵しつつ、
「待て待て、まだ大きな問題が片付いていない。この壁をクリアしないと、生まれた子供達が可哀想だよ。」
大崎がシュンと肩を落とす。
「待たせてすまない。だけど大丈夫だ。必ず…」
などと、冗談か本気か分からない話をしながら旅館に足を向ける。
◇ ◇ ◇
青山と大崎しかいない砂浜にもう一人、スゴい勢いで駆け抜ける今野に出くわした。
「おはようございます!」
今野が息も切らさず朝の挨拶をしたので、
「おはよう!」
「おはようございます!」
と、二人も挨拶を返した。
「気合い入ってるねぇ~」
と青山。
「ハイ、早朝トレはルーティンなので。」
元気よく今野が返す。すると大崎も話しかける。
「貴予ちゃんはまだ寝てるの?」
「いえ、彼女も早朝トレです。」
「「え!?」」
どちらかと云えば、と云うか、基本的に引き籠もりな横水がトレーニング?と思っていたら、今野が説明する。
「彼女の早朝トレは早朝トレードです。」
「「あ、なるほど。」」
横水は早朝からFXトレードしているようだ。二人は納得した。
「じゃ、また朝食のときに会おう!」
「はい、また後ほど。」
青山と大崎は旅館に向かった。
◇ ◇ ◇
食事までは少々時間がある。青山は今までの事件についてタブレットを眺めている。事件そのものと云うよりも、不思議な『念』について考察している。
先ずは美人教師殺害事件の被害者、高校の社会科の超美人教師、由依遥。彼女のデスクに残された、何かを取りこぼしている感じがした微かな『念』。結局そのまま掴めていない。あれから随分経っているので、既に『念』は消失しているだろう。そういや被害者の親友で同僚だった田部洋子の元の名前って何だろう。まぁいいか。これが桜の季節に起きた事件。
で、次が藤の季節に老紳士がカネ遣いの荒い四十代の愛人と別れる為に三億円を用意したのに、受渡しの待ち合わせに愛人が現れず、そのまま藤棚に置いたジュラルミンケースを警察に届けた十代少年。
同じ頃に発生した資産家別荘空き巣事件の主犯である木地光智依が雇った実行犯の少年。結局、神崎のバームロールを盗んだ犯人と同一犯かは特定出来ず。
梅雨の季節には、横水と行ったスマフォショップで馬橋蔵之介ことスケベじじい…あ、逆か?まぁどっちも同じようなものだ…と出くわしてしまい、ヤツの『拾い屋』案件で、トイレタンクにあった証拠物件から感じた『念』。
そして海の季節の今、この浜辺のテトラポットに挟まっていたカバンにうっすらと残された少年の『念』。
それぞれの『念』が掴みどころが無いが、とは云え、その雰囲気が似ている感じもするので、ほぼ同一人物だと青山は推測している。神崎のバームロールを盗んだ犯人も同じであれば、小一時間程度問い詰めよう。
そんなコトを考えていると、
「所長、たった今朝食の準備が整いましたと、連絡が入りましたわ。」
と大崎に促されて神崎の部屋に向かう。
◇ ◇ ◇
ノック不要、と神崎に云われていたが、何となく恐る恐る引き戸を開けて、
「失礼しま~す。」
と入って行く青山。
「おはよう!お二人さん!」
神崎が挨拶してきたので、
「「おはようございます。」」
と丁寧に返した。すると後ろから陽子が、
「あら、おはよう。今日も仲いいわね。」
と声を掛けてきた。返答に困る青山に代わり、
「はい、いつでも仲良くさせて頂いておりますわ。」
とびっきりのステキな笑顔でナチュラルに返す。変装していてもステキだなぁとか思っていると、
「…大丈夫だって。早く行かないとみんなに迷惑掛けるよ?」
と引き戸の向こうで今野の声がする。
面白そうなので四人で黙って観察する。
「お、おはよござますぅ~」
と横水が緊張しながら入室。したが、敷居の小さな段差に足を取られて転んでしまった。すかさず大崎が抱き留める。
「姉さんありがと。ビックリした!」
恐らく、『神崎様の部屋』が恐れ多くて入室したくも足が止まってもつれてしまったようだ。
今野はその後ろから、
「おはようございます!」
と元気よく挨拶しながら、
「大崎さん、ありがとうございます。」
と、大崎から横水をヒョイッと取り上げて、お姫様抱っこで持ち上げる。
「「「「おはよう!」」」」
四人が挨拶を返す。陽子が、
「ふふ、ごちそうさま。」
と、嬉しそうにニヤけている。
朝食にしては超豪華すぎると思ったら、普段は客に出すことの無い「隠し膳」だそうで、ご飯と味噌汁のほか、魚や海藻は勿論、山菜まで使ってある。そしてデザートとして出て来たのはバームロールとルマンド。それ、デザートか?と青山と今野は思ったが、この『隠し膳』は神崎夫妻の好みにチューニングされているので、神崎夫妻をリスペクトする大崎と横水は何の疑いもなく美味しそうに召し上がっておられる。青山はこの一つ前に来た茶碗蒸しをデザートだと思うコトにした。今野は「甘い物はちょっと控えておりますので…」と、横水に全部あげた。陽子が、
「ふふ、ごちそうさま。」
と、嬉しそうにニヤけている。
◇ ◇ ◇
そんなこんなで食事が済み、このあとの予定を話している。そして横水の一言。
「今日から私の家に柾が住むコトになります。」
一同、シーンとしたあと、
「おお、そうか。進展進展!」
「良かったわねぇ、貴予ちゃん!」
などと神崎夫妻が祝福すると、
「いえいえ、二十四時間常に私のボディガードをしてもらうだけですよ?」
と横水が照れ隠しに云う。
「二十四時間常に、と云うコトはつまり、寝室もご一緒かしら?ああ、入浴時も危険だから、一緒に入らないとね。」
などと陽子が冷やかす。
「ま、まさか、部屋は別です。おフロも別ですよ。ええ。業務ですから、業務。ええ。」
と、今野は慌てて否定する。
「…私は一緒でもいいけどね。」
と云う横水の呟きを陽子は聞き逃さない。
「じゃあ、善は急げ、よ。今野君は今日中に社宅を引き払いなさい!」
今野が住んでいるのは神崎の社宅で、神崎の別荘からほど近い街にある。勿論、コテコテの神崎システムがインストールされている。その最新鋭の設備を備えた社宅を追い出しつつ、陽子は、
「いいわね、あなた。そして貴予ちゃんの家のセキュリティー工事よろしくね。」
と、神崎に依頼する。
「勿論だ。」
と神崎は親指を立てて快諾する。
「い、いいんですかぁ?凄く嬉しいんですケドー!」
と、横水は恐縮しまくっている。
「なぁに、君も既にファミリーだよ。だから、今野君と安心して暮らしてほしい。」
と神崎が横水の緊張を解く。
そんなワケで今現在神崎の社宅に住んでいる今野は、今日中に荷物を移動させなければならなくなった。所謂『引越』を敢行する。
◇ ◇ ◇
午前中は旅館でのんびり過ごしつつ、午後は神崎と横水を除くメンバーが今野の部屋に集合した。今野の指示で荷造りが始まる。青山と大崎、それに神崎の部下三名が陽子の指示で手伝って、小一時間程度で荷造りは完了。荷物をトラックに運ぶ作業も今野の指示…と云うか、ほぼ今野が一人で運びこみ、荷下ろしも今野がその筋肉をフル活用したので、トータルで三時間程度で完了した。ちなみに荷下ろしをした荷物は横水の指示で適所に配置し、三十分足らずで完了した。
一方、神崎の方も大変だ。
---- 貴予ちゃんの家のセキュリティー工事よろしくね。 ----
陽子に頼まれたらすぐに行動する神崎。早速タブレットを開き、部下と施工業者、横水本人を交えてミーティングする。横水は 神崎と同じ会議に参加しているコトに大感動、半泣きしながら、業者の質問に応える。
昼前には神崎と横水が旅館を離れる。激しく緊張する横水を尻目に、神崎は各所との連絡を受け答えしている。運転手がその能力を存分に発揮して、予定よりも早く横水の自宅に到着。すると、工事関係の面々も既に到着していた。
早速、玄関ドアと勝手口と全ての窓を交換。横水の自宅に使われているモノは既製品なので、サイズ的にはピッタリ合う。デザインは好みがあるので、先ほどのミーティングで横水が説明し、スマフォに残っていた自宅写真を見せた。その写真を元に製作。且つ、一つだけだと好みに合うか分からないので、複数パターン製作している。神崎と取引のある業者は全て超一流で、妥協しない。且つ、現場で即時製作可能な設備を持つ業者だ。
その後、ネットワーク回線に着手。あらかじめ引いてあるケーブルを新品に交換、ネットワーク機器は神崎印の超高性能の多層セキュリティーだ。
その後、家の外に監視カメラを設置した。そして家の中は、プライバシーを考慮するとさすがにカメラを設置するワケにはいかないので、人の体温や語調などで『異常を検知する』センサーを設置、セキュリティー装置に接続。このセキュリティー装置は手動でも操作可能。
とまぁ、至れり尽くせりの施工が終わる頃に、今野の『引越組』が到着した。
◇ ◇ ◇
「皆さん、おつかれ様でした。ありがとうございました。ささ、お茶どうぞ!」
横水自慢のお茶を業者含め全員に振る舞う。お茶菓子は勿論バームロールとルマンド。あと、おはぎ。お茶も実は一人一人の希望を訊いて淹れている。神崎夫妻はアメリカンコーヒー、大崎は横水にお任せ、青山は煎茶、作業員の方々には冷たい麦茶、そして今野には横水特製のプロテイン茶!
「ぷはーっ!やっぱり貴予のお茶が一番美味い!」
などと真っ先に今野が横水を褒めると、
「お、同棲初日で早速惚気てるな?」
と神崎がからかう。
「そそそ、そんなんじゃないですよ!ぼ、僕は嘘が吐けないだけです!」
と今野も応戦するが、
「フフフっ、ホントに嘘吐くのが下手なのよね~」
と、陽子が真理を突くと、今野が筋肉ごと赤く染まる。
青山と大崎はコッソリ吹いた。すると横水が、陽子のお言葉を使って、
「嘘でも嬉しいわ。ありがと。」
と今野に感謝を云うと、
「お、おぅ…」
と、大きなガタイが何だかすごく小さく見える。
「間違いなく、彼は嫁の尻に敷かれるタイプだな。」
などと神崎がケラケラと笑いながらからかうと、一同大爆笑で二人を祝福する。
「まぁいいんじゃないの?貴予ちゃん主導の方がうまくいくわ。」
と、陽子のお言葉が再び二人に降りる。
「今野君の知りうる情報と筋肉をうまく使いこなせるのは、世の中に一人しかいないのよ。だから今野柾がその豊富な知識を貴予ちゃんに与えるの。貴予ちゃんがピンチの時は今野柾が守ってあげるのよ!」
陽子様のお言葉が今野に降りかかる。「尻に敷かれる」とからかわれる男が「与える」に置き換わる。なんとも尊い。
今野も幸せそうな面持ちで、
「はい、必ず。」
と、言葉少なめに応える。
「子を産むのは女の役割。」
このような発言をするだけで、女性差別だのセクシャルハラスメントだの云われてしまう、そんな極めて滑稽な世界を生きている人達には信じられないのかもしれないが、これは生物学的事実である。
『ヒトゲノム』が完全解読されたのが二六六三年四月十四日、それから論文が発表されたのが二六八二年の春。染色体の発見は二五四二年に遡り、Y染色体は二五六五年に発見される。それ以前の人類は、男がこのY染色体を先祖代々引き継いでいるなど知る由もない。
然るに、精神性が高かった時代の古代人は、男が女に『与える』コトによって新しい命が誕生する、と云う事実から、男が命の『霊』を持っていると考え、故に神から授かった『霊』を女に『与える』のは男の『役割』であり、よって『家』を継ぐのは男系男子のみと云う当たり前の結論を、既に導き出していた。
陽子が『与える』と云う言葉を使ったのにはそのような意味があるのだが、まだ同棲…いや同居初日の男に云う言葉ではない。然し乍ら、少子化を憂う余り、つい先走ってしまうのは致し方ない。
「じゃ、今夜どう?」
などと神崎が陽子に軽口を叩く。
青山もつられそうになるが、この流れにノってしまうと、間違いなく大崎が悪ノリして騒いでしまうので、スルーする。一瞬、大崎の残念そうなカオが見えたが、スルーした。
その後、作業員を帰したあとに、青山が切り出す。
「そう云えば、今までいろんな場所で感じた『念』、バームロール事件の犯人かもしれません。」
神崎の興味が一気に青山に集中する。
「それはどういうコトですか?」
「まだ確証は持てませんが、何度か出会した、薄くて掴み所のない『念』、逆にその薄さが特徴的で、例の少年のモノかと思っておりまして。まだバームロール犯との繋がりは不明ですが。」
「…なにか気になる、と云うコトですね。」
「そうなんです。この『念』が同一人物だとすると、何故いろんな場所に出没しているのか。最近はそのコトばかり考えてます。」
神崎は顎に手を当てながら、「あ!」と、何か閃いたようで、
「だったら、大崎君に能力を発動してもらっては?」
それを聞いて青山も、
「ああ、確かにそうですね!そこまで思いつかなかったです!」
と、納得した素振りを見せた。
と云うのも、青山は十一歳の大崎は苦手なので、極力使いたくない手段だったが、神崎から云われたら断るワケにもいかない。
「では事務所に戻ったら試してみます。」
「報告待ってますよ!」
その後、何故か話の流れは今野の国際情勢を訊く会になり、全員大変勉強になったところでお開きとなった。
◇ ◇ ◇
皆んなが帰ったあと、横水はあのレジェンドの神崎にお茶を褒められたコトを何度も思い返してニヤついていた。
一方で、今野は洗い物をしている。
「シャワー浴びてきなよ。」
今野が横水に声をかける。
「ああ、ごめんなさい。あとは私がやるわ。柾が先に行って。」
と今野にシャワーを促す。
「いや、いいよ。中途半端だから。ひとまず片付ける。」
「じゃ、私も手伝うよ。」
そんな感じで二人仲良く宴のあとの片付けをする。
片付けが完了して、
「柾が先に入って、と云っておきながら、全然この家の説明してなかったね。」
と云って、各部屋を今野に紹介した。
「じゃ、お風呂入ろう。」
と、今野を風呂に誘う。が、
「と、とんでもない!いいよ、僕は貴予が入ってる間、家を守ってるから。」
と、全身を真っ赤にしながら咄嗟に照れ隠しで云い放つ。
「それだと柾が入っている間は、誰が私を守ってくれるの?」
横水の反論に今野は沈黙しつつ、
「…………分かったよ。」
と、渋々ではあるが、同棲一日目から、お風呂は一緒に過ごすことを認めた。
本心では大喜びなのだが、どうやって理性を保つのか、今野は頭を悩ませていた。
◇ ◇ ◇
一方、事務所に戻った青山は早速、炊飯の準備をする。ご飯が炊けたら、大崎に炊飯器の蓋を開けさせて、湯気を被らせる。十一歳大崎にアクセスして、千里眼を発動してもらった。
「別荘?かなぁ。かわいいお姉さんが居る。」
大崎の千里眼でも苦戦しているようだ。然し乍、『お姉さん』か?今まで感じた『念』は少年のはず。大崎がヤシャママから貰った写真、確かに見事に美しくて中性的で、見方によっては『お姉さん』に見えないコトはない。恐らく、裏側で活動する際には別人に見えるようにメイクやもしかすると整形しているかもしれない。とは云え、矢張り『綺麗なお兄さん』にしか見えない。ちょっと無理がある。
写真を眺めながらそんなコトを考えていると、十一歳大崎が膝の上にチョコンと乗っかってきた。思わず抱きしめたくなったが我慢した。そして青山が眺めている写真を見て、
「あ、このお兄さん、お姉さんソックリ!」
と云って驚いている。わざわざ呼び分けているので、そのお兄さんとお姉さんは同一人物ではないらしい。もしかするとこの少年には姉か妹がいるのか?
兎に角、『場念』をスキャンしようにも、何処に手を付けたら良いものか、非常に悩ましい。
そんな悩ましい時に、さらに悩ましいのは、
「もうお腹いっぱい。」
と云って、饅頭もおはぎも、さらにはお菓子の香梅の武者返しすら口に入れてくれない。
少しお腹空くまで待とうと思ったら、
「眠たいよぉ。」
と云ってそのまま寝落ちしてしまった。
仕方ないので、暫くその可愛い寝顔を見ながら癒されるコトにした。
◇ ◇ ◇
十一歳の大崎が目を覚ます少し前に、陽子から着信が入った。
随分とハイテンションだ。何があったのか、いきなり云ってきた。
「キャンプするわよ!」




