十二綴目 『海!』
「さぁ、水着も買ったし、海の日にみんなで海に行くわよ!」
陽子が叫んだ。なんだか強制的にココにいるメンバー全員が行く羽目になっているらしい。恐らく神崎会長もセットだろう。そして今回、横水と目出度くお友達になった今野も、だ。
青山達が神崎夫妻に振り回されるのは今に始まったことではないので平然としているが、横水は大喜びで、嬉しさのあまり気絶しそうになっている。そして今野は、
「ぼ、僕もですか?マジっスか?マズいんじゃないっスか?ヤバいっスよ!」
と、何か良からぬコトを考えつつ、理性が反発していて、込み上げる笑みを抑えながらの挙動不審な反応が面白い。
「今野君には貴予ちゃんと一緒に来て貰わないと困るわ!」
と陽子が今野に云った。陽子が何を企んでいるか、青山と大崎は察しがついた。然し当の今野があまりにもノリ気にならないコトに業を煮やして、
「来て!お願い!」
と、おねだりモードに入った。その姿が色っぽくてヤバいな。と、思ったか思わないか、今野は諦めて、
「分かりました。僕も参加させて下さい!」
と、思わず本音が出てしまったようで、
「い、いや、参加させて頂きます!」
と慌てて云い直した。陽子が安堵の微笑みを返した。
◇ ◇ ◇
二六九〇年七月二十二日、いよいよ海に集合する日。
本来ならばこの年は七月十五日が海の日だが、陽子が【海の日=七月の第三月曜=だ~いたい二十日前後】と記憶していたので、二十二日だと勘違いしていた。
『本来の』海の日の三日前、つまり七月十二日に、青山が行動スケジュールの確認の為に陽子に連絡したところ、
「随分気が早いわね。まだ十日も先のコトなのに。」
と云ったコトから陽子の勘違いが発覚。
そこで改めて日程をどうしようか?と云う話になり、であれば十五日にしようと全員が了承したが、生憎、台風の影響で海水浴場は軒並み閉鎖せざるを得ない状況になり、結局当初の予定を復活させるカタチで二十二日に決行した。
抑も『海の日』は二六〇一年七月二十日の『海の記念日』を起源としており、歴史的な出来事に端を発している。然し乍ら、二六六三年に制定された”ハッピーマンデー制度”なる奇妙キテレツ君な制度により、毎年強制移動させられるコトになった。今回の陽子のような勘違いが発生してしまうのは、その奇妙な制度の所為である、と強く申し上げておきたい。
それはさておき、海水浴場の目の前には神崎所有の老舗旅館がある。元々は創業者一家で運営していたが、八代目の支配人から直々に頭を下げられて、神崎が個人で譲り受けてリノベーションした、最新鋭の旅館である。
八代目支配人の一人息子は神崎のマブダチだが、別途事業を興していたので旅館を継ぐつもりは全く無く、それで「跡取りがいない。」と相談を受けていた。ところが、海外の不動産債権による大不況に彼の会社も巻き込まれ、閉鎖を余儀なくされ、父親の旅館で一から『修行』するコトになった。その後、一周回った現在、マブダチ君が九代目の支配人を受け継いで、先代の支配人は厨房で未だ現役で働いている。
そのような神崎の老舗旅館に宿泊する運びで、当日はこの旅館のエントランスに各々集合するコトになった。
◇ ◇ ◇
「いらっしゃいませ!」
青山と大崎が神崎の最新鋭の老舗旅館に入ると、神崎のマブダチ君…九代目支配人が張りのある声で出迎えてくれた。神崎夫妻は少し前に到着していて、あとは横水・今野ペアを待つばかり。
神崎はこの旅館のオーナーとして、いろいろ融通が利く。部屋は充分な数が確保されている。青山は荷物を部屋に置いてエントランスに戻ると、支配人に負けない張りのある、ちょっとハスキーな声が聞こえる。
「こんにちは!姉さん、会いたかった!」
たった今到着した横水が、大崎の姿を見るや否や抱きつく。半ば条件反射、パブロフの犬だ。
陽子が思い出したように訊く。
「あれ、貴予ちゃん、彼氏は?」
あれ?まだ彼氏じゃなかろう?とツッコミたかったが、一旦スルーする。
聞いてないフリか聞こえなかったのか、横水はさらっと応える。
「今、車を駐車場に置きに行ってま〜す。」
一緒に来たんだ。なんだか安心した。
神崎夫妻、青山、大崎、横水が談笑しながら寛いでいると、玄関から暑苦しい大男が大荷物を抱えて涼しい顔で入ってくる。
「皆さんこんにちは!」
「おお、来たか来たか。」
神崎が迎える。横水は大崎との話に夢中になって気付かず、寧ろ大崎が先に気付いて挨拶をする。
「こんにちは!貴予ちゃんをお返ししますわ。」
大崎が横水の背中を押して、今野の元に向かわせる。
すかさず陽子が今野と横水を冷やかしに掛かる。
「今日の暑さは異常気象だけではなさそうね。ね、今野君。横水さん。」
例によって今野は必死に照れ隠し。だが、横水はいまいちピンと来ていない。
「あれ、貴方達、お付き合いしているんじゃないの? ね、今野君。言ってなかった?」
と陽子に話を振られ、
「それは誤…」
と応えようとするや否や、横水が横取りして応える。
「はい、仕事上のパートナーとしてお付き合いしていま~す!」
神崎がガクッと椅子から転び落ちそうになる。そういう意味か。横水が続ける。
「だって柾ったら、世界情勢にめっちゃ明るくて、私の投資活動にもめっちゃ役に立つんですよ?使わない手はありませんよね?そして私のような資産家は悪い人に目を付けられやすいんですが、一緒に歩いているとみんな避けるんですよね。だからすごく安心出来るんです。」
「それを云うなら、貴予だって大金を投じて某国の政策に影響を与えたよね?世界情勢ウォッチャー的にはもうワクワクが止まらないよ。しかも料理もマッサージも極上ときたら、もう手放せませんって。」
青山はもうどこから突っ込めば良いものかと思っていると、大崎が察して纏める。
「つまりお二人はあくまでも『仕事上のパートナー』でよろしくって?」
「「はい。」」
「なのに、二人はすっかり名前を呼び捨てで呼び合ってますわね?」
「はい、いちいち敬称なんて面倒ですし、時間の無駄なので。」
「…まぁ、貴予がそう云うなら、ってコトで僕も。」
一同、呆れた顔で二人を見る。名前を呼び捨てで呼び合っている二人が、単に商売だけで繋がっているのはものすごく勿体無い。大崎がもう一つ、訊いてみる。
「で、今野君は貴予ちゃんにマッサージさせてますの?」
「ちょっと語弊があります。僕がこの筋肉達に磨きを掛けたあと、貴予が自主的にマッサージしてくれるんです。」
「本当?」
「あ、はい。この筋肉達も私の宝物だから。ちゃんと育ててあげたいんです。だから栄養バランスを考えた食事も私が考えてます。そして鍛えたらちゃんとほぐしてあげなきゃなんです。」
大崎の卓越した頭脳では、ビジネス上のつき合いでそこまで出来る、その感覚が理解出来ないようだ。
「まぁ、いいじゃないか、二人仲良く仕事が出来るなら。な、青山さん。」
と、何故神崎は自分に振ってきたのか分からないが、ひとまず、
「まぁ、はい、そうですね。」
と苦笑いしながら応えた。
◇ ◇ ◇
とまぁそんな雑談をして、準備を整えつつ、海に向かう。
男性陣が更衣を済ませ、砂浜に出る。今野が、
「この辺でいいっス?」
と、パラソルを立てている。
「ああ、いいよ。」
青山がそう返すと、更衣室辺りから歓声が聞こえる。
「出てきたかな?」
と神崎の声がする。
更衣室から出て来た陽子と横水、そして大崎。ドーンと立ち尽くす三美女の華やかさに、周囲の海水浴客達がざわめいている。
敏腕経営者且つ凄腕技術者の妻であり、夫と共に経済誌に掲載される程の著名人だ。騒がれて然るべき。スチュワーデスの経歴を持つ陽子は、年齢を全く感じさせない年季の入った超絶美人、肌の美しさと抜群のプロポーションで、外を歩けば男女問わず、誰もが二度見してしまう。
一方、著名な投資家である横水はメディアに出ないので、その名を知れども、顔を知らない人は数多い。スレンダーな一重美人。艶のある長い黒髪。矢張り二度見対象だ。
そして大崎は、諸事情で変装しているものの、バスタオルでは隠しきれない抜群のプロポーションと、眼鏡と云うギャップが人を惹きつける。変装を解けば、夏の暑さよりも先に、その輝かしい美貌に海水浴客は全員ノックダウンするだろう。
…と、この作品が漫画かアニメならサーヴィス回ならではの絵で埋め尽くしたいところだが、残念ながら本作は小説である。拙い表現力で大変恐縮だが、この文字の羅列からこの超絶三美人が輝いている姿をご想像(妄想)頂けると幸甚である。
兎に角この浜辺で今一番の輝きを放っている三美人は、もの凄く目立っていて、ほんの数秒でその噂が砂浜全体に広がる。
故に、変な虫も寄ってくる。
◇ ◇ ◇
「キャー!!泥棒!!!!」
と、女性の悲鳴のような叫び声が鳴り響く。そこには見覚えのある姿、赤い海パン一丁で立ち尽くしている。『スケベじじい』こと馬橋蔵之介だ。
パラソルの設置を手伝っていた青山がその馬橋の腐れきった『念』に気付いてすぐに駆けつける。
「このクソじじぃ!こんなトコロで何やってんだ!」
「おお、聞いてくれるか?昨日女子高生の霊がな、この海で亡くなったそうだが、その時に落としたモノをお墓まで持って来い、と言われてな…」
訊く、と言ってないのに勝手に話しやがる。イラっとして、
「そんなクソくだらない嘘を云うな!お前はただ水着泥棒に来ただけだろが!」
確認するまでも無く、その手が多数の水着でカラフルに染まっている。先ほどの女性の悲鳴の原因はコレか。馬橋による迷惑行為、いや、完全に窃盗犯だ。青山は、
「お前、警察に突き出されたくなかったら、持ち主に水着を返して今すぐココを去れ!」
と帰宅を促したが、馬橋は、
「今夜、戌の刻までにお届けしないと、儂が呪いで消されてしまうから、探し出すまでは帰れんのだ!」
必死の形相で訴えるも、青山には通用しない。
「そうやって嘘ついて水着泥棒を正当化するな!お前のやっているコトはただの犯罪だ!お前の担当警部に連絡するぞ!」
と、『拾い屋』馬橋の担当警部に連絡するコトを仄めかし、馬橋を揺さぶった。とは云え、それは諸刃の剣、青山はあの警部が苦手なので、自分からは絶対連絡を取りたくない相手。
そんなやり取りをしながらも、馬橋の目線は大崎に向いていた。条件反射で大崎に襲いかかる。が、大崎は涼しい顔でその攻撃を避ける。そのうち馬橋が心肺耐久力切れで倒れる、と云う例のパターンを繰り返す。馬橋が学習しないおかげで作者は文字数を削減出来る。
すると燦々と輝く陽子がゲテモノを見る目で馬橋を見ると、急に元気を取り戻し、今度は陽子に襲いかかる。が、そこは青山が阻止する。
「バカが!早く帰れよ!」
大崎と陽子に触れられない馬橋。逆ギレしながら、ふと目線を逸らしたそこには…
一重瞼のスレンダー美女、横水の姿が目に飛び込んだ。すぐさま飛びつこうと突進する。
「キャー!」
横水が驚いて悲鳴を上げると、
パシッ!
と、太くて黒い手が馬橋の細腕を掴む。
「ひぃっ!」
馬橋は驚く。グラサンをかけた長身でガタイのいい筋肉ムキムキ、今野だ。前にもこのようなシチュエーションがあったコトを今更思い出す。
そして馬橋に云う。
「前にも云ったよな?自分はとある組織から彼女達に害を成す者を『排除』するように指示されている。さぁ、どうやって排除してやろうかなぁ?」
グラサンの下でニヤッと馬橋を睨み付ける。青山もそこに参戦する。
「女なんてこの海岸にいっぱいいるだろ?態々危険を冒してまでココに留まらなくてもいいだろ?兎に角、この女性達にだけは手を出さないほうが身のためだぞ?」
馬橋はすっかり怯えている。そして今野がトドメを刺す。
「分かったなら、吾々の前に二度と姿を現すな!」
「は、はいぃぃぃぃ〜!」
と、あの時のように、逃げるように足早に立ち去った。
◇ ◇ ◇
今野が「ハッ!」と気付く。
馬橋をビビらせたのは良かったが、横水もかなりビビらせてしまったようだ。今野の別の姿、そうだ、あの時は横水に気付かれないように馬橋を処理したが、たった今初めて見てしまった今野のもう一つの姿。怖い人と思われて嫌われたと思い、振り向き様に思わず呟いてしまう。
「あ〜あ、失敗したかな…」
ところが、横水はその震える腕を今野の背中から回して抱きつく。
「あ、ありがとう。怖かったぁ〜」
その震える両腕の先にあるか細い手に自分の手を重ねて、ギュッと握りしめながら、
「それ、僕のコト、それともあの変態じじぃ?」
と意地悪に返した。横水は今野の背中で微笑む。
笑顔を取り戻した横水は今野の前に出て、
「行こ!」
と、今野の手を引いて海に入った。
青山は、
「やれやれ、ひとまず当分は近付いて来ないだろう。」
と、既に三日分の仕事を片付けたかのような疲労を感じていた。大崎が察して、
「所長のおかげで今日も平和ですわ。私達も存分に楽しみますわよ!」
と、横水を真似して青山の手を引いて海に入った。
残された神崎夫妻は、微笑みながら彼らを眺めた。
「ああ、青春って、いいなぁ。」
神崎が呟くと、陽子は、
「じゃ、私達も青春しましょ!」
と、神崎の手を引いて海に入った。
◇ ◇ ◇
各々が海水浴を楽しみ、先ずは神崎夫妻、その後青山と大崎、そして最後に横水と今野がパラソルに戻ってきた。
その間馬橋は方々で迷惑行為を行ない、数回監視員から指導されていた。スケベ∞%の脳ミソでは、女子高生の霊に消されるよりも、どうしても水着の女性に目が行ってしまうらしい。
馬橋が何を探しているのかは知らないが、青山はコッソリ『場念』をスキャンしていた。そして、テトラポットの隙間にちょっと覚えのある『念』を見つけた。調査しようと思ったが、今野が、
「青山さん、ちょっと勝負しませんか?」
などと声を掛けてきて、
「なになに、何か面白いコトを企んでいるようだね?」
と神崎が割り込んできたので、調査は一旦保留にして、今野の勝負に乗ることにした。
今野が『勝負』を説明する。
「まぁ単純で恐縮ですが、この海水浴場の端っこに浮標があるの見えますか?あそこまで往復して誰が最初に戻ってくるかを勝負しましょう。」
「勝った人には何かあるの?」
「あーそうですね。何も考えてなかったス。なんか案あります?」
「んー、逆に負けた人は西瓜割りってのはどう?」
そこに大崎が横から口を挟む。
「でしたら、この海の家には高価な幻の焼きそばがあるらしいですわ。」
「「それだ!」」
青山と今野が口を揃える。
つまり、勝った人は負けた人達から高級焼きそばを奢ってもらい、負けた人は西瓜りをする。
この西瓜り、意外とキツそう。泳いで疲労した身体をグルグル回して棒を振り回す。西瓜が割れるまで何度もやらされる。罰ゲームには最適だ。
そんなこんなでいよいよ三人がスタート位置に並ぶ。
今野は言わずもがな、青山も意外と鍛えている。そして年長の神崎も、若い頃から様々なスポーツを経験して、今でも鍛えている。三人とも筋力とスタミナには自信がある。
スターターは大崎が務める。そして、大崎が両手を叩いて、
「スタート!」
と号令を掛けると、三人は一斉に海へと走り、飛び込んだ。
浜辺では大崎、陽子、横水が並んで海を見ている。湿気を含んだ海風に三人の髪が靡く。海面に当たる日光の照り返しもあり、三人がとても輝いて見える。
と、その時、三人の背後にまた馬橋が現れる。
「へっへっへ、あの怖いヤツはいないようだな?」
と、三美人に近寄る。
「キャー!」
と横水が悲鳴を上げる。すると、
パシッ!
と、太くて黒い手が馬橋の細腕を掴む。
「ひぃっ!」
馬橋が驚く。
「あ、あれぇ~、う、海で、お、おょ、泳いでらしたのではぁ~」
と、震えながら云う。
「お前を排除する為に引き返してきた。」
引き返す、と軽く云ってるが、青山達は既に百メートル以上向こうにいる。もしかすると今頃今野はもっと先にいたかも知れない。そんな海の中から横水の悲鳴を聞いて一瞬で戻ってきた。変態的な筋肉だ。
そして馬橋の細腕を掴み、馬橋をピューンと沖へと投げ飛ばす。赤い海パンが青い空に弧を描く。
「大丈夫、怪我はないか?」
今野が横水を気遣う。
「う、うん。大丈夫よ。ありがとう!」
「じゃ、ちょっとまだ勝負の途中だから。行くね。」
「うん、頑張って!勝ってね!」
そして今野は再び海へ。
◇ ◇ ◇
そして数分後、驚くべきコトに、馬橋のせいでハンデを負った今野が最初に戻ってきた。横水が嬉しそうに声援を送る。そして青山が続き、暫くして神崎がゴールした。
「はぁはぁ、さすがに若いもんには敵わないな、はぁ、はぁ。」
息を切らしながら神崎が云う。
「いえいえ、そのご年齢を考慮するとメッチャ早いですよ。と云うか、今野君は人間じゃないでしょ?」
青山は神崎を労いつつ、今野にツッコむ。
「いやいや、僕は普通の人間ですよ。これくらいどうってコトないですよ。」
ひょっとして、と青山は訊いてみる。
「もしかして、それって能力かい?今野君は能力者か?」
「確かに僕は能力者ですが、この筋肉は毎日丁寧に鍛え育ててきたモノなので能力じゃないですよ。」
笑いながらそう応えた。
「「!?」」
神崎と青山の好奇心メーターが一気に爆上がりした。
「じゃ訊くが、君の能力とは?」
と云う神崎の質問に今野は応える。
「はい、題名を見ただけで内容が分かる能力です。」
「「?」」
「もう少し砕いてくれ。理解出来ん。」
「失礼しました。例えば一冊の本、この表紙に書いてある題字を見ただけで、内容が全て頭の中に入ってくるんです。だから国際情勢を分析する際も、ネットニュースでそのタイトルを見たらクリックしたあとの記事が頭に流れ込んでくるんです。私は日本語しか喋れませんが、あらゆる国のサイトが理解出来ます。」
「えー、神崎さん、こんな逸材を隠してたなんてズルいですよ。」
と青山が神崎に詰め寄るが、神崎自身も身近にこんな逸材が居るとは思いもよらなかった。
「いや、青山さん、私も今知ったばかりです。とても驚いてます。今野君、何故今まで隠していたのかい?」
「特に訊かれもしなかったから、ですが、何かマズいコトでも?」
と今野は首切りにでも遭うかのようにビビっている。すると神崎はニヤッとして、
「いや、いいんだよ!素晴らしい能力じゃないか!今度じっくり調べさせてくれ!」
と満面の笑みで鼻息を荒くして願い出る。今野はなんだか助かったみたい、と、
「ええ、構いませんよ。」
と応えた。
◇ ◇ ◇
さて、そんなやり取りをしながら、みんなで海の家で食事を摂る。一等賞の今野は青山と神崎から幻の高級焼きそばをご馳走してもらっている。因みに青山と神崎と横水は普通の焼きそばをオーダー。大崎と陽子は幻の焼きそばをオーダーした。
今野がその幻の焼きそばに箸を付ける。大崎が興味津々で、
「お味、如何ですか?」
と訊く。が、今野は、
「サッパリ分かりません。普通の焼きそばと何が違うんでしょう?」
と、ありがたみの無い応え。すると横水の元に普通の焼きそばが来たので、横水が食べ比べをする。
「う~ん、確かに何が違うんでしょうね?」
店員に訊いてみた。
材料の種類に違いはないが、使われている食材がどれも高級品らしい。材料費は倍するらしい。名前に釣られてみたらこんなものだ。抑も焼きそばなんてB級料理、ワイルドでいい、と、全員思った。
焼きそばのあとはデザートの時間。と云う名目での西瓜り。
負けた神崎は、タオルで目隠しをされ、棒を持たされ、青山がグルグル回す。
「こ、コレは老人に対する虐待だぁ~」
と叫ぶ神崎に青山は、
「都合良く老人ぶらないで下さいよぉ~」
と、楽しそうに回している。そして、いざ!西瓜へ向かう。
少し足元フラつきながらも、
「アナタ、もう少し右よ。右。あ、少し左。」
と陽子がナビゲートする。
「そこ!」
陽子の合図で神崎が棒を振り下ろすと見事に真っ二つ。青山が、
「なんか、いいもん見させて頂きました!」
と、その見事な刀?捌きを称える。側で大崎が西瓜を切り分ける。
「ハイ、では皆さんで頂きましょう!」
大崎の号令でそれぞれが西瓜を頬張る。それぞれが「美味い!」と感嘆するが、横水は、
「こ、これがかの敏腕経営者、神崎会長のお割りになったお西瓜、勿体なくて頂けません。どうしましょう…」
と、半ば興奮気味に、西瓜一切れを大事そうに持って悩んでいる。
「そのまま持ってても腐るだけ。早く召し上がらないと蟻の大群に食べられますわ。折角神崎会長が割って下さったお西瓜様ですわ。アナタの中に保存して、この崇高なお西瓜様をお守りすべきですわ。」
と、大崎が巧いこと横水を誘導する。
「姉さん、分かったわ。」
と云って、一口一口大事そうに食べる。種は捨てずに小さな箱に入れている。そして皮も持ち帰ろうとするが、大崎が全力で微笑みながら制止する。
「そこに神崎会長のエネルギーはありませんわ!」
横水は西瓜の皮をしぶしぶ、両手で、とても丁寧に、ごみ箱に入れる。
この横水の行動を神崎夫妻は苦笑いしながら見守った。
今野は、
「…超カワイイ…」
と、小さな声で呟きつつ。
その後、横水は一人分のノルマ…つまり六分の一…を美味しく平らげた。
「ふぅ~美味しかった。やっぱり神崎会長が割って下さった西瓜だから…」
と、とても嬉しそうだった。
青山と大崎が西瓜割りセットの片付けを開始すると、神崎夫妻は旅館へ戻り、今野と横水はさらに海水浴を楽しんでいた。
◇ ◇ ◇
パラソルを片付けたあと、周囲を軽く清掃したあと、青山は先ほどのテトラポットに向かう。大崎も一緒について行く。
現場を確認したあと、一旦旅館に戻り、青山は旅館で熱いお茶を淹れステンレスボトルの水筒に注ぐ。大崎は着替えをして、再び二人でテトラポットに向かう。
「よし、準備はいいか?」
「はい、いつでも大丈夫ですわ。」
それだけの言葉を交わして、青山は水筒の蓋を開けて、湯気を大崎に被せると、大崎は十一歳化する。
「よし!恵実、あのバッグが見えるかい?アレを取ってきてほしいんだ。よろしくね!」
「うん、分かった!」
ジャングルジムのように組み込んであるテトラポットの一部に少し開けている部分がある。そこから幾つかの『念』が発せられている。その中の一つにうっすらと、以前も感じた、あの少年の『念』がある。開口部を随分降りたところにバッグが見える。恐らく『念』の発生源はあのバッグだ。然し、青山が入るには狭すぎる。少し小柄な大崎でもちょっと苦労しそうだ。そこで大崎を十一歳化して取りに行ってもらうコトにした。とは云え、事件性があるかも知れないので、青山も大崎も白手袋で作業する。
問題はもう一つ。開口部からバッグまで割と高さがあり、十一歳の大崎では危険を伴う恐れがある。
そこで青山が精神を集中する。そして十一歳大崎がそのバッグの付近に近付くイメージを頭に描き、『念』を練って『場念』に上書き保存する。すると、大崎の身体がフワリと浮かび、バッグの近くに運ばれた。大崎がバッグを掴むと、今度は大崎が自分の腕の中に戻ってくるイメージで『念』を練る。大崎がフワリと浮いて、青山の腕の中に戻ってきた。
因みにこの能力は、『場念』をスキャンする能力の拡張版で、『場念』を書き換えて上書き保存する、いわば『場念』をライティングする能力だ。二六八九年六月三〇日に受けた依頼中に覚醒したのをキッカケに、神崎と一緒に、半年ほど能力と効果的な訓練法について研究し、三ヶ月間神崎の別荘に住み込んでみっちり訓練し、この春ようやくコントロール出来るようになった。一綴目の『場念』のスキャンが三ヶ月ぶりだったのはこのためだ。
それはさておき、
「取ってきたよ!」
十一歳の大崎が元気よく青山にバッグを渡す。
「ありがとう!よくやった!」
と大崎の頭をワシワシと撫でながら褒める。実は青山は十一歳化した大崎が苦手だ。とても可愛いのはいいのだが、ノーマルな大崎を制御するのも割と大変なのに、十一歳化した大崎は、素直で純粋な気持ちで青山と仲良く接したがる。青山とて全く悪い気はしないのだが、バツ一子供なしの自分が可愛い十一歳の少女とベタベタ仲良くしていると、通報されやしないかとヒヤヒヤするのだ。
「褒めてくれてありがとう、お兄さん!やっぱり恵実はお兄さんが大好き!」
と抱きついてきたので、青山は、
「じゃ、ご褒美をあげる。」
と云って、先ほど旅館で買ってきた温泉饅頭を与えた。
「ありがとう!頂きま~す!」
と、行儀良くキチンとごあいさつをして、温泉饅頭を頬張って、お茶で流し込むと元の大崎に戻った。
「ただいま戻りました。任務完了です。」
「おぅ、お帰り。」
十一歳から大人のテンションになった。と思ったら、
「私もご褒美を頂きたいですわ。温泉饅頭を口移しで……」
などと云って妄想を膨らませながら余計な『念』を新規作成している。
「帰るよ!」
と、苦笑いしながら大崎の意識をこちらに連れ戻し、二人で温泉饅頭を食べながら旅館に戻った。
◇ ◇ ◇
「…と云うワケで、このバッグをそちらに送りますね。」
と、桜田警部に連絡した。そしてバッグを透明なビニール袋に入れて、神崎の部下にお渡しして、桜田警部宛にその日のうちに届けてもらった。小一時間程度経った後、桜田警部からはメール一本、感謝の言葉が届いた。
…と安心していたら、馬橋の担当警部から着信が。着信拒否しようとも思ったら、発信者に女性の名前が表示されたのを見た大崎が、青山のタブレットを取り上げて勝手に出てしまった。
「ハイ、青山の妻でございます。」
「オイ!」
と、青山は速攻でタブレットを取り返して、話を続けた。
「すみません、ちょっとノイズが入ったようです。太陽フレアのせいです。」
「いいのよ、そんなの。いい男に女の二、三人、不思議じゃないわ。」
と、さらっと流しつつ、警部が続ける。
「それよりも、あなたは桜田君の『拾い屋』だったのね?桜田君もイイ男だからお似合いよ!」
何がお似合いなのか全く分からないが、仕方ないので最後まで話を聞いてみる。
「あのバッグ、と云うか、左翼暴力反社組織による女子高生転覆殺人事件に絡んでの証拠を馬(馬橋)に依頼すべきかどうか悩んでたの。馬橋って使い物にならないから。そう思ってたら、アナタが先に見つけてくれて、お姉さんすごく嬉しくて!流石!いい男は仕事が早い!」
…ん?、『お姉さん』?ハテ、どなた?自称代名詞として日常的にお使いなのか?とは云え、ヴィジュアルは明らかに定年退職後に再雇用された感じにしか見えない。ひょっとしたら実年齢は少し若いのか?まぁどーでもいいけど、少し気になるのでちょっと訊いてみた。
「失礼ですが、お姉さんは何年生まれですか?」
すると、
「二六三七年生まれよ!」
!!あっぶね~!!年下かよ!!絶対年上だと思ってた!!なんなら親世代かと思ってた。少し上がった心拍数を抑えつつ、二六三五年生まれの青山が返す。
「それならオレの方がちょっとだけお兄さんですよ。」
と、そこから五分程談笑する。大崎は不機嫌そうに
「で、お話はまだ続きますの?」
と意地悪な質問を投げかけて、青山に電話を切らせた。
◇ ◇ ◇
一方、横水と今野は釣りに出かけていた。漁協の許可も取れたので、思う存分釣りを楽しみつつ、晩飯を調達するコトに。釣った魚は旅館で料理してもらえるように、神崎が根回ししてくれた。六人分の魚を釣るプレッシャーよりも、思う存分釣りを楽しめる!が大きい二人。
堤防の一番端で釣っている。旅館からはかなり遠いが、今野が横水と釣り道具一式を担いであっという間に到着した。
そして釣り始めて数分で大量に釣れてしまった。
「最後の一尾が釣れたら帰ろう!」
と横水が云ったので、今野も少しずつ片付けモードに入りつつ、釣りを続行した。
すると、今野の針に引っかかりがあった。この数分間、今野は釣果の五倍のアタリがあったが、引き上げる力が強すぎて、何度も糸を切ってしまった。故に釣果としては横水に越されていた。なので、最後の一尾は確実に仕留めるべく『糸が切れないように』慎重に引き上げる。海面に赤色の何かが見えてきた。さらに引き上げる。すると、とてもイヤなモノが海面に浮いてきた。
「い、痛い!!た、助けろぉ~」
馬橋が釣れてしまった。しかも海パンの前の方に針を引っ掛けたようだ。今野は憤慨しながら、
「まだ居やがったのか!」
と、そのまま釣り竿をグルグル回し、馬橋を回転運動の軌道上に乗せて、手刀から発する鋭い風でプツリと糸を切った。馬橋は遠心力で遠くへ飛ばされた。
「あー変なモノを見てしまった。キモ。」
最後の一尾を自分が釣って、横水に格好いい所を見せたかった、と今野は思っていたが、とても残念な結果になった。その心の内が見えた横水は、優しく声を掛ける。
「柾、とっても格好よかったよ。旅館に帰ろ。ありがとう。」
横水は今野の手を引きながら、今野を労いつつ、活躍を褒めちぎった。今野に笑顔が戻ってきた。
◇ ◇ ◇
旅館に戻った。神崎達六名のために、露天風呂付きの広い部屋が四部屋用意された。一泊十数万はするだろう。家賃より高い。部屋割りは、神崎夫妻、青山と大崎、横水、今野の四部屋を押さえてある。
この部屋割りは神崎が決めたモノで、青山と大崎を同じ部屋にするのはそれなりの企みがあってのコトであるのは今さら次郎だが、横水と今野も当初は同じ部屋にする予定だった。横水は承諾したが、今野がどうしても、と恥ずかしがって拒否するので、一部屋余計に取ることになった。
「どうせ、同じ部屋で過ごすコトになるだろうに。」
神崎は少し残念がりながらも、その先見の明を発揮する。
温泉に入ったあと、横水と今野が釣った魚を中心にした料理を頂きつつ、食後は温泉卓球、カラオケ大会と、楽しい時間を過ごしたのち、各々は部屋に戻っていく。
そして横水は今野の部屋に転がり込む。
いろんな話をした。いや、友達になって短い期間ではあるが、今までもいろんな話をしてきた。が、お互いの、もっと深い話をした。
横水は他人の心が見える能力がある。その能力をコントロール出来るレヴェルには無いが、少なくとも対象がいい人なのか悪い人なのか、そのくらいは見える。
今野はそのガタイの良さから怖い人に思われがちだが、意外と小学生のような無邪気さがあり、横水を思う心に嘘は無いことは分かっていた。横水は一つ提案する。
「ねぇ、柾、ウチに住んでくんない?」
「!?どういう意味?」
今野が慌てる。急に何だよ、と、嬉しいようなちょっと引きたくなるような。すると、横水も少し慌てて言葉を足す。
「あ、言葉足りなかったね。つまり、ウチに住み込みで私のコト、護ってくれないかなぁ~、と。」
「ああ、そう云うコトか。それなら…」
と、今野は次の言葉が見つからない。いや、本音は嬉しいが、それで横水を護るコトになるのか、下手したら自分のせいで傷つけてしまうコトになりはしないか?そんなコトを考えると躊躇してしまう。
そんな今野の両頬に手を当てて、自分の方に向けさせて、目を見て話す。
「私には柾が必要なの。それだけの話よ。難しく考えないで。」
横水には今野の葛藤も見えたのだろうか。そう云って今野の逃げ道を塞ぐ。
「わ、分かったよ。貴予がそこまで必要としてくれるなら。」
「ありがとう!とても嬉しいわ!必要なモノがあったら何でも云ってね。」
そう云いながら横水は今野に抱きついた。今野もそれに応えるべく、そのか細い腰にそっと手を回す。
◇ ◇ ◇
神崎達が旅館で就寝中、砂浜には人知れず、トボトボと歩き回るヤツがいた。
「ううう、なんで儂はこんな目に遭ってるのだ?」
既に忘れ去られた存在、馬橋だ。
「儂はこのまま呪いで消されるのかなぁ。くわばら、くわばら…」
ブツブツ念仏のように譫言を吐いている。『捜し物』を捜す気力も無く、唯々砂浜をうろついている。
そんな馬橋を、後ろで眺めている『存在』がある。女子高生の霊だ。
「もう、私の姿が見えてるみたいなので期待してたのに、全然使い物にならない!スケベだし最低!」
と、腹を立てつつ、
「でも、あのダンディーなお兄さんが見つけてくれて、まさかダイレクトに警察に届けてくれるとは思ってもみなかったけどね。私のお墓で見つけてもらう演出考えてたけど、とりあえず結果オーライね。」
と、青山に感謝しつつ、
「こんなスケベじじいに呪いをかけるのもバカバカしいわね。ひとまずこの使えないじぃさんは、罰として一晩中ビビっておいて頂こう。明日の晩にでも夢枕に立って赦してあげよう。」
と、『消される』恐怖に怯えさせておこうと云う悪趣味な罰を思いつく。
呪いをかけるとその罪が魂に曇りを作ってしまい大変なコトになるが、何もせず放置するだけなら魂は無傷で済ませられる。霊ならではの『作戦』だ。
「それにしても、あの人はどうやって沖に沈んだバッグを拾ったのか、結局分からなかったなぁ。と云うか、何故わざわざバッグを拾ってくれたのか訊きたかったなぁ。」
と、バッグを拾い上げた存在について物思いにふける。
「不思議な少年だったわ。あ、二十六歳の大人だから『少年』なんて云っちゃ失礼か。でも、スゴい綺麗なお兄さんだったなぁ。また会いたいなぁ。」
そのような未練がましいコトを思いながらも、どこか満足そうな表情で、彼女の霊衣が少しずつ薄くなる。
「まぁいっか。あのバッグの中身から、いろんなコトが表に出るのなら、この世に悔い無し!です!」
そしてとびきりの笑顔で天に向かって、
「ありがとう!」
と感謝のエネルギーを放出したコトにより、そのまま一気に成仏した。
亡くなり方からすると地縛霊になりそうな感じだが、普段から感謝で生活していたのか、抑も霊層界の高い魂なのか、大変稀な最期だった。
…が、成仏する刹那、「あ、夢枕……」と、馬橋に「赦してあげる」と伝えるのを忘れていたコトを思い出したが、時既に遅し。
その『念』だけを残したまま、浜辺の夜は更けてゆく。




