十一綴目 『水着』
「実は、陽子様が『行きたいところがある。』と仰られまして。」
とあるスマフォショップにて、横水を馬橋のスケベな魔の手から救ったその彼は、長身で筋肉隆々だからてっきり神崎の護衛隊のメンバーかと思ったらそうでは無いとのコトで、神崎の元で国際情勢の分析や日本の政治を分析しているそうだ。
「申し遅れました。私、今野柾と申します。」
そう云いながら名刺を青山に渡す。とても律儀にその長身が折れ曲がる。青山は財布に常備している自社の名刺と交換する。普段は世界中のネットニュースをかき集めて分析しているそうで、ほぼ外に出るコトは無く、半ば趣味みたいな感じでPCモニターとにらめっこするのが仕事らしいが、元々趣味がネットニュースを見倒すコトらしく、自宅でもノートPCのLEDモニターを睨みつけているらしい。
であれば、その筋肉ってムダじゃね?と指摘したら、筋肉を『育てる』コトも彼の趣味なのだそうだ。
ただ、ごく稀に現地取材するコトもあるらしい。その時の為の筋肉なんだろうか?
その恵まれた身長と体格の良さだけで相手を威圧出来る。それには自覚があるそうで、だから余計に人前に出るのは避けているとのコト。
そんなワケで、外見は厳ついが、とても腰が低く人当たりは良さげで有るコトが分かった。
そんな話をしつつ、本題を口にする。
「陽子様が今年は皆さんと一緒に海に行きたい!と仰っておられまして、であればその前に水着を買いたいと仰って、大崎さんと横水さんにも一緒に選んで頂きたいとのコトでした。」
現在、スマフォケースを楽しそうに選んでいる二人が、陽子の水着選びを手伝うのか。大崎はどんな水着を選ぶのかな、とか想像してしまう。
それはさておき、ただそれだけのコトを伝える為に今野氏がココに現れた、と云うのがどうにも違和感を覚える。スマフォで連絡すれば済むコト。そう思って、今野氏に質問する。
「何故、貴男がわざわざココにいらっしゃったのですか?スマフォ一本で済む話だと思いますが?」
「そ、それは…陽子様が仰いましたので…」
…何だか歯切れが悪い。横水を呼びつけて心を見てもらおうか、とも思ったが、流石にそれはやり過ぎか。
兎にも角にも、ゆっくり腰を据えて話がしたい。青山は今野氏に、
「このあと私の事務所に帰りますが、ご一緒にお茶でも如何です?」
と提案したが、
「いえ、結構です。私も今日は早く帰宅しないといけないので…」
と、アッサリ断られてしまった。何をそんなに慌てているのか意味不明のまま、今野氏は一人でショップを出た。
「う~ん、何か隠しているような気もするが、よくわからん…。ま、いっか。」
青山がそんなコトを思っていた頃、ようやく横水…と大崎…はスマフォケースを購入出来たようだ。
「何から何までありがとうございます。スゴくカワイいケースが見つかりました!」
横水が喜んでいる。お連れした甲斐があったと安堵していたら、
「私もお気に入りを見つけましたわ。」
と、大崎は美しい白馬がデザインされたケースを見せてくれた。さらに、
「ハイ、コレは所長の分ですわ!気に入って頂けるかしら?」
と、プレゼントしてくれた。こちらは力強い黒馬がデザインされている。
「お、とてもカッコイイですね。ありがとう!」
青山も大喜びだ。
恐らく小一時間程度ショップにいたと思う。そのうち、10分程度は馬橋、5分程度を今野氏と絡んでいたコトになる。馬橋には二度と会いたくない、カオも見たくないが、今野氏とはまた何処かでお会いしたいと思いつつ、ショップを後にした。
◇ ◇ ◇
事務所に戻る頃にはすっかり辺りも暗くなっていた。このあと横水をご自宅に送る予定だが、大崎がお茶を淹れてくれたので、ひとまず青山は自席、横水と大崎はソファーでスマフォケースと一緒に買ったストラップやデコシールを見せ合いながら、キャッキャと寛いでいる。
二分ほど経って、青山は「あ!」と思い出した。そして今野氏からの伝言を伝えた。
「うわー、楽しそう。喜んでご一緒させて頂きますわ。」
「姉さんと一緒なら、私もついて行くー!」
二人ともとても乗り気で助かった。
青山が大崎に尋ねる。
「ところで、このコトを伝えに来た今野氏って、何者かご存じですか?」
「いえ、私は存じ上げませんわ。所長が先ほどお話しになっていたのでは?」
と聞き返す。
「そうなんですよねぇ。話しようと思ったのに、すぐに帰られたので、結局よく分からず仕舞。」
「であれば、陽子さんに直接お尋ねになってみては?」
大崎に促され、
「そうですね。確かに。」
と、青山は新しいケースを身に纏ったスマフォを取り出し、陽子に連絡を入れる。
「あの、先ほど今野氏を通じて伝言をお受けしまして…」
スピーカーフォンにしているので、大崎と横水も会話に参加出来る。
「喜んでご一緒させて頂きますわ!」
「私もー!」
と、二人はキャッキャと陽子に伝える。陽子は、
「ありがとね!二人が一緒なら安心だわ。」
と、とても嬉しそうだ。
そして青山は陽子に訊いてみた。
「で、あの伝書鳩役の今野氏って、何者なんですか?」
陽子は少し苦笑いしながら応える。
「ああ、私が神崎にお二人を誘いたいって話をしていたら、『自分が伝えに行きます!』って、いきなり出ちゃったのよね。ビックリした。」
と、普段なら部屋から出たがらないのに、何故か不要な積極性を発動したとのコト。
ひとまず怪しい者ではない、と云うコトは確定した。が、何が彼を動かしたのか。この時点では、陽子だけが勘づいているようだ。
◇ ◇ ◇
陽子と大崎・横水の水着選び。青山は関係ないので、事務所で留守…と思わせて、陰ながら彼女らを護衛している。青山は大崎を全力で護ると云う使命がある。且つ、超有名IT企業且つ経済界の著名人神崎会長のご夫人様、そして新たな能力者である横水。彼女達だけで外出させるのは非常にリスクが高い、そう思って神崎に相談を持ち掛けたところ、神崎の方からも青山に依頼を投げようと思っていたとのコト。
護衛対象は陽子、大崎、横水の三名で、それぞれに護衛が付く。大崎には青山、陽子には神崎のドライバーで本日の送迎を兼ねている彼。恐らく彼の部下も何名かひっそりと付いてくるハズだ。流石の青山もその姿を見たコトは無い。そしてもう一人、横水の護衛には何故か国際・国内情勢の分析が仕事の今野が付くそうだ。護衛隊ではない彼が何故?
そんなこんなでひとまずこの三名で護衛に当たるコトになり、前日夜にオンラインで打ち合わせをした。
青山の懸念点は二つ。
「水着売り場にオレみたいなオッサンがいたら絶対怪しまれますよね?」
するとドライバー氏が、
「その点は大丈夫です。私の部下に屈強で若い女子が多数おりますので。」
「それは助かります!では売り場はその方にお任せしていいんですね?」
「はい、お任せ下さい。数名を配置して、対象の動きに合わせて移動します。」
「『屈強』と仰いましたが、その方々は売り場にいても違和感ありませんよね?」
「勿論です!屈強と云っても美人でスタイルのいい方々ばかりなので、水着売り場では見事に溶け込むでしょう。彼女らは隠密行動も尾行も格闘も完璧にやってくれる、頼りになる者達です。」
「…まるでくノ一ですね。」
「お褒め頂きありがとうございます。」
…別に褒めてないけど、喜んでるみたいだからスルーしておこう。
で、もう一つ。
「今野さんは横水さんの護衛を担当されるんですか?」
と、分かってはいるが、今野の役割を改めて訊いてみる。
「はい、私が横水さんの護衛を担当します!」
「無礼を承知でお訊きしますが、護衛隊のメンバーじゃないけど、大丈夫なんですか?」
「は、はい!勿論、私が横水さんを全力で護らせて頂きます!」
ちょっと挙動不審な感じもするが、この慌てよう、もしや?と青山も薄々勘づいた。ひとまずそこはスルーしておこう。
ドライバーさんが横から手を差し伸べる。
「今野さんはこのムダにいいガタイしてますから、相手を威圧するには持って来いです。かなり鍛えておられるようなので、あとは実践、OJTでいきましょう。」
まぁ確かに青山自身、護衛隊ではなく個人運営の調査員なので、人のコトをとやかく云える立場ではない。なので、
「承知しました。」
と、この話題を切り上げて、
「明日はよろしくお願いいたします。おつかれ様でした。」
と、打合せを終了する。
◇ ◇ ◇
二六九〇年七月十日朝、一昨日梅雨が明けたばかりでピーカンの下、ドライバーさんが大崎の車で青山の事務所に迎えに来る。
ドライバーさんが後部座席のドアを開けると、そこから上品で年季の入った超絶美人なご婦人が静かにその美脚を地面へ下ろす。
「恵実ちゃん!貴予ちゃん!今日はよろしくね!」
近くに来たらドライバーさんから青山のスマフォに連絡が入るコトになっていたので、既に二人は陽子を出迎える為に外で待っていた。
「おはようございます。陽子さん、こちらこそよろしくお願い致します。」
と大崎が丁寧にご挨拶をする。横水もつられて、
「お、おはよおござます!よ、よろしくお願いいたします!」
と挨拶するが、相変わらずテンパっている。経済界の著名人のご婦人と水着売り場を一緒に歩く日が来るとは想像もしなかった。そう考えると今にも気絶しそう。そんな感受性の高い横水を、大崎は楽しそうに見ている。
青山は三人を見送ったあと、クルマで現地に向かう。恐らく、今野氏も向かっていることだろう。多分。
◇ ◇ ◇
青山は三人を乗せた車の少し後を追うように走っている。三人に見つからないように、とても気を使いながら運転していた。
三人の車から目立たない場所に駐車して、三人が車を降りたのを確認して神崎の車に近寄った…その途中、今野が突っ立っているのを発見。もしや見つかった?
ひとまず今野を連れて大崎の車に乗り込む。
運転席ではドライバーさんが、
「対象が店内に入った。総員、ミッション開始!」
と無線に話しかける。
青山と今野は後部座席に座る。無線機の横に小さなモニターが用意されている。ドライバーさんの部下が隠しカメラで三人を追っている。青山と今野のタブレットでも隠しカメラの映像を見るコトが出来る。カメラ映像はそれぞれの端末で切り替えるコトが出来る。
「ところで、」
青山が今野に話しかける。
「ココにはいつ到着されたんですか?」
「朝の五時頃です。」
そんな前から…青山はまだ起床前。何故そんな早くから?と問う。
「楽し…いえ、護衛と云う慣れない仕事にちょっとテンパってて夜も眠れなくて。」
お、今一瞬だけ本性出たか。ちょっと追求したい気もするが、今は仕事モードなのでやめておこう。
「へぇ~、で、ずーっとさっきの場所で待ってた、と?」
「はい、待ち合わせの時間まで、この周囲をランニングしてました。」
青山は大事なコトを訊く。
「それで、あの三人に姿を見られてないですよね?」
「はい、それは多分大丈夫です。帽子とグラサンとマスク、さらにフードを被ってたので。」
…いや、それはそれで警察に職務質問されそうな気がするが、とは云えこのご時世、スパイ防止法成立後はその取り締まりと入国管理局に警察の人員を吸い取られて『拾い屋』とか抱えてる始末だから大丈夫かな。うん。
と云うか、早朝とは云え、梅雨明けで朝から摂氏三十度を超えそうな空気の中を、よくぞそんな暑苦しい格好で…と半ば呆れつつ、タブレットを監視する。
ふと思った。
「…馬橋がいなくてよかった…」
存在自体がセクハラなので、水着売り場はおろか、婦人服売り場やその他女性が出入りする場所は全て出禁になっている。彼奴は店員さんが処理してくれる。なので、ココではガチな暴漢だけ監視し、現場はドライバーさんの部下に処理を任せていればいい。
◇ ◇ ◇
メインイヴェントは水着売り場だが、三人は未だ到達していない。それは決して事故や事件ではなく、そこに至るまでの道すがら、楽しそうなお店にわざわざ立ち寄ってしまうからだ。
婦人服売り場と甘味屋それぞれ三軒回って、今現在カフェで小休止。水着売り場までの道のりは遠い。
青山はちょっと飽きてきた感があるが、ドライバーさんは全く集中力途切れず涼しい顔してモニターをずっと凝視している。今野も食い入るようにタブレットを見ている。
とは云え、ドライバーさんの部下達は三人にバレないように尾行しているので、少し遠目の映像になる。どんな服を買ったか、何を食べているのか、そういう詳細までは見るコトが出来ない。どんな水着を選ぶのか、試着とかするのか、ちょっと期待したがどうやら無理そうだ。
そんな長い時間を掛けて、お昼前のこの時間に漸く『目的地』に辿り着いたようだ。
矢張り遠目の映像、詳細は見えない。とは云え今は護衛モード、そんな雑念を吹き飛ばしてタブレットを監視する。
ドライバーさんの部下達も水着売り場に入って水着を選ぶフリをしている。中には店員さんに声を掛けられている人もいるが、「大丈夫です。」と断っている。中にはナンパされている人もいる。が、威圧感で男共を散らしている。そして目の端で対象を捉えつつ、不測の事態には速やかに動けるようにしている。
大崎と横水が陽子に次々と水着を試着させる。が、お気に入りが無かったのか、三人は何も買わずに別の水着売り場に移動した。
そこでも大崎と横水が陽子に次々と水着を着せて、漸くお気に入りが見つかったようだ。そして次は横水の番で、大崎と陽子が横水に水着を運ぶ。
ふと、横を見ると、今野がすごい血相でタブレットを凝視している。タブレットの液晶が今にも割れそうな気迫を感じる。実に分かりやすい人だ、と青山は思った。
そして横水も水着を決めて、最後は大崎だ。先ほどの今野の気持ちがよく分かる。とは云え、コレは護衛だ、と自分に云い聞かせながら、クールにタブレットを監視している。すると、チラッと大崎の試着した姿が見えた。画像としてはもの凄く小さくて誰だか分かり辛いハズなのだが、見えない部分を想像力で埋めてしまい、危うく顔がニヤけそうになった。慌てて咳払いをする。
三人は二着ずつ水着を購入したようだ。そしてレストランに入って少し遅めの昼食を摂っている。青山と今野もレタスとベーコンとたまごのサンドイッチを緑茶で流し込む。その間も、ドライバーさんはモニターを監視している。流石プロは違うなぁ~と二人で感心した。
そして無線が入る。
「対象がエレベーターから出ました。そちらに戻られるようです。」
「了解。対象が外に出られたのを確認したら撤収の準備を。」
ドライバーさんは手際よくモニターを片付ける。青山達も速やかに大崎の車を降りた。
青山が自分の車に乗り込もうとすると、今野が声を掛けてきた。
「私もいいですか?」
今野はランニングしながらこの場所に来たとのコトで、帰りもランニングで…と思っていたが、ギラギラと照りつける太陽熱は既にポケットに入れていた一口サイズのチーズをドロドロに溶かしている。この暑さじゃ流石の今野も溶けてしまうと思い、考えを改め、同乗するコトを懇願してきた。青山もじっくり話がしたかったので、ひとまず青山の事務所に連れて行くコトにした。
◇ ◇ ◇
事務所に到着して青山は大事なコトに気が付いた。
「あ、『客人登録』せな…」
そう、この建物は見かけは嘗てのボロマンションだが、セキュリティー『だけ』神崎レヴェルに『勝手に』半ば強引に強制的に引き上げられた特別仕様であるが故に、青山の事務所に入るには『客人登録』が必須となる。
従って、今野も同じコトではあるが、とは云え今野をいきなり『客人』として登録して良いモノか、どの程度の権限にしたら良いモノか、一寸迷いがあり、ひとまずその場しのぎの一時的な権限を今野に与え、認証するコトにした。
大崎と横水が帰ってきたら相談して、了承を得たら改めて『客人登録』するコトにした。
青山は歩きながらスマフォを取り出し登録アプリを起動し、今野と一緒にマンションに入る。エントランスの監視カメラが今野の姿を捉え、登録アプリに表示されたら、アプリの『了承』ボタンの押下を二度ほど繰り返す。事務所の前でも同様の操作を行ない、今野にこのマンションのセキュリティーシステムに気付かれるコト無く事務所に入った。
…つもりでした。
「ゆくゆくは僕も『客人登録』して頂けると嬉しいですね。」
青山はもう一つ大事なコトを思い出した。彼も神崎の手下だ、このセキュリティーシステムを知らない筈が無い。が、青山は冷静に応えた。
「確かに。然し乍ら、大崎にも了承を得る必要がありますので、それは後ほど。」
この事務所は大崎を護衛する役割がある。それを一々今野に云う必要は無いが、業務の流れとして『客人登録』は大崎が取捨選択し、青山が登録する流れになっているコトを伝えた。
「素晴らしい役割分担ですね。羨しいです。」
そんなこんなで青山は今野をソファーに座らせて、紅茶を淹れる。
◇ ◇ ◇
「どうぞ。」
と、青山は紅茶と神崎夫妻から頂いたバームクーヘンとルマンドを出す。
「いただきます。」
と、今野は真っ先にルマンドに手を伸ばす。
そして今野が紅茶を口に含んだタイミングで青山がにこやかに訊いてみる。
「どうです?その紅茶。」
「はい、とっても美味しいですね。」
いきなり訊かれても月並みの応えしか出来ない今野。すると青山は続けた。
「コレ、横水さんから頂いた紅茶なんですよ?」
すると今野が分かりやすく反応する。
「えー!そうなんスか?いやーマジこの香りと云い深みのある味わいがすごく素敵でとっても美味しいです!」
横水の名を出しただけで今野の反応が明らかに違う。青山がニヤリとする。
「…と云うのは冗談ですが。」
今野は「え?」と云う表情で止まってる。青山は続ける。
「今野く〜ん、君、横水さんを先日からずっと追っかけてるよね?」
核心を突く。そしてココからは男同士の会話、青山が珍しくタメ口で話す。今野はドギマギしながら答える。
「そ、それは横水さんがとってもか弱そうで、護衛する必要がある、と思って…」
などと下手な言い訳をするので、青山はさらに続ける。
「好きなんじゃ?彼女のコト。まぁ隠さなくても大丈夫、誰にも云わないから。」
すると今野は観念と云うか諦めたと云うか、寧ろ誰かに話したかったのだろう、胸の内を晒す。
「は、はい。仰る通りです。青山さんが横水さんを神崎会長の別荘にお連れになった時、たまたま彼女を目にしまして、それから…」
一目惚れしたそうで。彼女の笑顔、姿がずっとアタマから離れない。この脳裏に焼きついた映像を消し去る方法を模索したく、今朝も何十キロも離れているのに自宅から現場までランニングで向かったとのコト。
世界情勢の調査と云う本業を一所懸命に頑張るコトもやってみたが、今野の脳裏にガッチリと食い込んだ彼女の映像は消えなかった。お陰で仕事は捗る。が、今野は苦しかった。苦し紛れに今野は青山にその苦しさを吐き出す。
「どうしたらいいでしょうか?」
と今野が青山に問うてきた。すると、
「では、お友達から、ってのは如何でしょう?」
と、少しハスキーな声が口を挟む。声の方を見ると、スラリとした一重瞼の美しい女性がそのロングヘアーを耳に掛けながら立っている。
投資家の横水貴予だ。
刹那、今野の心臓と目玉が五十センチ程飛び出る、そのくらい驚いた。
「ぁわぁわ…」
今野が横水をヒョロヒョロと指差しながら、何か云っているが、泡を食って言葉になってない。
青山がその震える肩を持って落ち着かせる。
「驚かせてゴメンよ。陽子さんの指示なのでお断り出来なくてね。」
そう、コレは全て陽子が仕組んだコトで、水着選びを口実として横水を連れ出せば、今野は間違いなく横水の護衛をやりたがるだろう。であれば、水着組と護衛組で別部隊で並行に動きつつ、護衛組が現地解散し、陽子達は予定通り、青山達より一足先に事務所へ戻っていた。その後、青山が今野を事務所に連れてきて、横水への想いを訊き出す、と云う絡繰だ。それにしても、水着組と護衛組の両方をこなしたドライバーさんも素晴らしい仕事っぷりだ。
大崎もいつの間にか横水と一緒に立っていて、その後ろから首謀者である陽子が出てきた。
「今野君、驚かせて悪かったけど、貴男の想いを確認したかったの。」
陽子は鋭い洞察力をお持ちのようで、ひょっとしたら能力者なのでは?と青山は疑っている。その話は別の回に譲るとして、その洞察力で今野が横水に一目惚れしているコトも当初から見抜いていて、気になって仕方がないので確認したかった、と云うコトだ。
陽子が青山にこの計画を相談したとき、青山は全力で断ろうとした。今野を事務所にどうやって連れてきたらいいものか。一度断られているので、無理なんじゃ?と思っていた。然し陽子は
「大丈夫よ。あの子は必ず貴男と事務所に行きたがるわ。」
と絶対的な自信で仰るその圧に押されてのコトだった。なので、ホントに今野が事務所に来た時、
「陽子さん、スゲー!」
と、内心興奮気味だった。
それはさておき、陽子が今野に訊く。
「で、貴男はどうするつもり?」
陽子としては、今までのストーカー紛いのコトを繰り返すだけなら契約を切るコトも辞さないと云いたいのだろう。そんな陽子の圧に押されて、今野が応える。
「お、お友達にならせて頂きたいです!」
陽子は今野の肩を掴みながら、
「私じゃないでしょ!伝える人間違ってるわよ!」
と、陽子のそのか細い腕が、今野の長身筋肉質な身体を、横水に向けさせる。
今野は横水に初めてちゃんとした言葉で伝える。
「では、僕とお友達になって下さい!」
横水はニコッと微笑んで、
「よろしくお願いします!」
と応えた。
一同、拍手喝采!
◇ ◇ ◇
狭い事務所、ソファーには横水、今野、陽子が座り、青山は自席のデスクに寄り掛かり、その右斜後ろに大崎が立つ。皆で、横水の愛飲する茶葉を使い、大崎が横水の淹れ方を再現した紅茶を堪能する。
横水が絶賛する。
「姉さんのお茶は世界一美味しいです!」
大崎が応える。
「いえ、この淹れ方とお茶は貴女が教えてくれたものだから、貴女のお茶が最高だから美味しいんですわ。」
すると横水が反論する。
「えー、私、何も教えてないですよ。姉さんが勝手に盗んだんですよ?」
一同笑。
「つまり恵実ちゃんも貴予ちゃんも、どちらも素晴らしいのよ!」
と陽子が付け加える。一同納得。
今野はゆっくりと横水風紅茶を堪能している。
「美味い。素晴らしい…。」
呪文のように繰り返している。
「横水さんのお茶、最高デス!」
横水はそんな今野にニコッと微笑みながら云う。
「いや、それは姉さんが淹れたお茶ですから。ま、アイデアは私ですけどね。」
と謙遜しているんだか自慢しているんだか分からないが、横水が続ける、
「それはそうと、折角お友達になったんだから、苗字で呼び合うのは止めません?」
と、名前で呼び合うコトを提案した。
「…貴予さん?」
「貴予『ちゃん』と呼んでくれると嬉しいな?柾兄さん。」
今野はちょっとドキっとした。まさか下の名前で呼ばれるなんて。いや、それよりも、と云い直す。
「貴予ちゃん、これでいい?」
「はい、それでいいです。柾兄さん。」
横水は一人っ娘だから兄弟がいない。その寂しさは学生時代から感じていて、故に大崎を姉のように慕い、今野を兄のように慕いたいのだろう。
今野としては少々外した感ではあるが、まだスタート地点に立ったばかりだ。このあともっと深く『友達』として付き合っていけば、何かのキッカケで恋人に『格上げ』するチャンスもあるだろう。そう思ってたら、意外なところからそのチャンスが飛んできた。
「さぁ、みんなで海に行くわよ!」




