第86話 衝く
まずいな……この状況であの数の亜人にまで入られたら……。
「アラベル、あのウサギとお前で、全部狩れるか?」
「出来るけど……」
「じゃあ頼む。あっちは俺が相手する……」
「お~っと、それはちょっとムチャじゃね~かぁ~?」
そんな時に現れ、そんなふざけた口調で物事を言うのは、一人しかいない。
「……アラン……」
「アラベルちゃ~ん。力、貸すぜぇ?」
「っ……断れない……」
アラベル自身、この量は荷が重いと思っているのだろうか? 前は、こんな数、簡単に制圧出来ただろうに……。
アランは、何やら凶悪な雰囲気を纏った片刃の剣を肩に担いでいる。いかつい。てか、そんな武器、どっから取り出したんだ? 俺達を追ってきたなら、わざわざ『はぴでり』に取りに帰ってる時間はないだろうに……。
まぁ、それはいいか。
そして……少女の口角が上がる。
亜人群の方にハンドサインを送り、
「はははっ、面白くなりそうだな……! お前ら、かか──」
かかれ、と言おうとしたのだろうか?
というか、俺自身ビックリしている。なぜなら、言葉を紡ごうとした少女の左上半身を──
「がっはぁ……!?」
空から注ぐ未知の光線が、包んでいた。
◇◇◇
「なっ!?」
「あっ……!」
驚愕する俺とは別に、アラベルは満面の笑みで空を見上げた。勢いよく、それこそ『待ってました』と言わんばかりに。
俺も急いで上を向く。そして、アラベルの、その視線の先には──
「あらあら……まさか、これでも貫けないなんて。『日天』系統であれば効果は、と思いましたが」
長い白髪が風に靡く。
実に優雅な態度で、浮遊している女性。
その、黄緑色の美しい瞳が射貫くのは、いま、俺の前で血のようなものを吐いている少女。
特徴的な、ドレスのような礼装を着ている、その女性は──
「……オリヴィエさん?」
「遅れてしまってごめんなさい、アヴラージュさん、アラベル。……クリュオテ。こんなに早くまた現れるとは思っていませんでしたわ。しかし、こちらにも頼もしい仲間が増えていますのよ」
そう言って、オリヴィエさんは空から俺を見る。そして、ウインクを一度。
「最近戦えていませんから、腕が鈍ってしまっているやも。ここでそれを正す為にも、クリュオテ。ここで貴女を滅ぼします」
「……アタシの事知ってる感じか。なんだ? 前に対峙した奴か? アタシは覚えてねぇ──なぁっ!」
そう言って、少女──オリヴィエさんに〝クリュオテ〟と呼ばれた存在は、空高く飛び上がる。
「なっ、待て!!」
もちろん俺も飛翔。『人間』の範疇の全速力で、クリュオテを追跡する。
「アヴラージュさん。貴方なら避けられるでしょう? 頑張って、ワタクシの攻撃に合わせてくださいな!」
「え!?」
無茶言いやがる……。まぁ、出来なくはないんだけどね。
その直後、オリヴィエさんは。
「日天系統魔術・四式──重複光子爆弾」
魔法……だろうか? 魔術、と言っているが。
──なんて、悠長に考察している場合でもなくなった。
無詠唱での発動によって、無数の光弾が生み出された。地上のアラベルも目を見開いている。
「久しぶりの全力戦闘ですからね……。血沸く血沸く。それに相手はあのクリュオテ。手加減できるはずも──ありませんわ!」
同時に、その光弾が一斉にクリュオテに襲い掛かる。
「──はあっ!?」
クリュオテも目を見開いている。俺もだ。戦場の全員が驚愕している。
いや──一人違う。アランだけは、意味深にニヤリと笑うだけだった。まぁ、そんな事は、今はどうでもいいだろう。
問題は──
「っわ!?」
コレの合間を縫って攻撃できる気がしない事だ。
「日天系統魔術・四式──重複光子熱線」
空中に幾つもの魔法陣が現れ、それぞれから放射された光線が、空中を縦横無尽に移動するクリュオテを狙う。光線自身も畝り、クリュオテを追う。
──また、
「効果分裂」
光線全てが空中で弾け、無数の光弾に変貌。追加で光弾も生み出され、飽和した攻撃がクリュオテを焼く。
……こうなると、俺に介入する余地はないように思える。
《……ボクも、そう思うよ。……これほどとは……》
ルディアが絶句するほどなのだから、凄まじいのだろう。
「姉ちゃんが頑張ってるなら、アタシも! 行くよ、アトロス!」
いつの間にか、地上で〝戦用獣機召喚〟を終えて、あの機械ウサギを召喚したアラベルが張り切っている。
「張り切ってんなぁ~」
ふざけた口調で、アランも亜人を狩っているようだ。
さて、視点をオリヴィエさんに戻して。
オリヴィエさんは、また、何か魔術の準備をしているようだ。準備と言えど、俺が観測しているのは、魔術(魔法)が魔術として世界に出力されるその刹那の『揺らぎ』なわけだが。
物理法則を歪めて、本来起こり得ない現象を世界に出力する。その性質上、発動前のその刹那に空間が『揺らぐ』ものなのだ。
「クッ……うう……ガハッ……」
クリュオテがまた血を吐いた。
「再生は、させませんよ。日天系統魔術・五式──」
次の瞬間、俺はまた、目を見開く事になる。
オリヴィエさんが『詠唱』した次の瞬間に、クリュオテを囲うように、先ほどの重複発動の時とは比べ物にならないほど大きな魔法陣が八つ展開された。
そこから放たれるのは──
「なっ……クソ、逃げ──」
「させません──重複光子極大熱線」
八つの、極大光線。極太な魔力光子レーザーが、一斉にクリュオテに襲い掛かる。
「ガッ……アア……ッ!!」
レーザーの集中砲火がクリュオテを焼く。ただ……。
「殺せてない……」
「わかっていますわ。……貴方、飛べるんですのね? でしたら、即死級の魔法などありませんの?」
「アハハ……ご生憎様、ないんですよねそれが」
あっても使わねーけど。
──と、その時。地上でも。
「はぁ~~っ……はぁ~~~っ……第四軍団副団長……イヴ・オベール…………げ、現着……」
「だらしないですわよ、イヴ!」
「ひゃいっ! ……そ、そりゃいるよね、だんちょ…………」
「聞こえていますわよ。さっさとアラベルに加わりなさい」
「あいあ~~~いっ」
「返事はハイ!」
「キレキレですね、オリヴィエさん」
「貴方も叱ってほしいんですの?」
「まさか……」
なんだか、ついさっきまで切迫した雰囲気だった気がするのに、オリヴィエさんが来てからは少しだけ余裕が出来たように感じる。それほど頼もしいんだろうな。
「それじゃあ、前衛は任せましたよ、お姉サマ」
「援護は任せましたわ、アヴラージュさん」
その遣り取りが終わると同時に、俺とオリヴィエさんによる猛攻が始まる。
「オリヴィエさん、特定の分子だけを正確に操作する事は出来ますか?」
「え? ええ、まあ……多分?」
「多分じゃダメなんです。出来るか出来ないか──」
「善処します」
「ああ、はい……」
それで押し通すタイプね。そういえば、深罪討伐の時も俺が同じ事をしたっけなぁ……。
この世界は科学文明。というより近未来科学文明だ。超SF的な世界なので、分子で指定してもわかるはず。
「水素と酸素を2:1の割合で混合して集めて!」
「……! お任せを」
察したみたいだな。やっぱり、発展した科学文明っていいね。前の世界じゃ、たぶん誰もわかんなかった。ルディア辺りはわかったかも?
いや、今考えても仕方ない……。
「──分子集束」
お、考えている内に発動したようだ。
というか、詠唱をしていない……。ルディアの話をそのまま飲み込むなら、この世界にも詠唱というモノは存在するはずだが……。省いている? あの極大光線とか、結構えげつなそうな術式の詠唱を?
答えは一つ、オリヴィエさんがとんでもない実力者って事だ。それこそ、前の世界で見た勇者パーティに匹敵するかもしれない。
さて、俺も準備しなければ。
俺の場合はちょっと特殊だ。まずは『詠唱』の意義について話さなければいけないが、基本的に魔法というものはざっくり言えば「借り物」なのである。世界に設定された物理法則の一部を借りて、顕現させる。そのための自己申告、またはアピールのようなものが詠唱であり、それを省けるという事はそのアピールを欠かしてもなお力を借りられるという事。
なのでどんな魔法でも詠唱は基本的に必要なのだ。省ける場合は省くから、時によって無いように見えるだけで。
俺の場合というのは、その力の貸し借りの話だ。さっき話した通りなので、『精霊の力を借りて物理法則を再現する』という性質の精霊魔法や、『特異な世界に住まう悪魔や天使を、または不可視化して身を潜めている精霊を呼び出す』という性質の召喚魔法には詠唱が必須。
もうわかっただろうか。過去にもルディアに言われたが、俺の場合は俺自身が精霊となっている。俺の力を行使する事に力の貸し借り、その許可申告も必要ない。なので、俺の場合は詠唱という概念自体が不要なのだ。
しかし怪しまれるので、偽装しておく。
「炎熱大魔球」
まず火炎球を生成し、その密度・温度を高めていく。
それが上昇すると共に炎色も変わる。標準温度であろう赤色から、朱色、緋色、黄色、橙色。青く変化し、紫色に。体積こそ変わらないが、想像を絶する温度だろう。
いわゆる、完全燃焼。摂氏にして約千八百度と言ったところか。
これを──
「っぐ……あ゙ア……!! 何、企んでやがる……!!」
おっと、もう復活してきやがった!
ちょっと手の内見せる事になるが、やるしかない。そう、深罪討伐の時にも使った──
「対衝撃結界!!」
ちゃっかり、内向性に。
これで、クリュオテと言えども破壊には時間がかかるだろう。というより、観察する事でタイミングを合わせる事も出来そうだ。
「オリヴィエさん、タイミングを合わせて。合図はします」
「…………わかりましたわ」
ん? 何の間だ?
……まぁ、いいか。
結界の内部でクリュオテが暴れている。何やら未確認のエネルギーを振りかざし──って、もう対衝撃結界にヒビが……。
クリュオテ、思っている以上に厄介っぽいな。自画自賛にはなるが、俺の魔力量はえげつない。そんな魔力量から出力される内向性対衝撃結界に、この短時間でヒビを入れるとは……。
《想定外だね。というより、やはりあれは能力関係によるものだろう》
だろうな。
さて、そろそろ結界も破られる。タイミングの予測を付けとかないとな。
そんな事を考えた矢先に──
「ッハアッ!! クソが、小賢しい事ばっかしやがって! アタシの力をもってして、ここまで手こずるなんて……」
パリンッ──と音を立て、俺が張った対衝撃結界が崩れた。だが、俺はこれを待っていたのだ。待っていたのだから、わざわざこの時を見逃す事もしない。
「今!」
「わかりましたわっ!」
オリヴィエさんが、さっき指定した通りの比率と思われる、魔力によって固められた混合気をオリヴィエに近づける。
そして、俺もまた。
超高温にまで高めた火炎球を、オリヴィエさんとは別方向から近づける。
「名付けて──水熱爆裂弾頭!!」
発動、つまり火炎球と混合気の衝突・反応と同時に、『対衝撃結界』と『耐熱結界』を混ぜた〝対熱衝撃結界〟というオリジナル魔法を発動。ありったけの魔力を込め、その魔力は範囲ではなく強度のリソースに回し、クリュオテを覆う。
結果として──展開した結界内部、エリア:23の上空で、凄まじい、太陽光にも勝りそうなほどに凄絶な光と爆発が引き起こされた。
三話前ぐらいに短くしますって言ったのに、結局この長さ。
どうしてもきりが悪くなっちゃうんです。




