第84話 荒れる
そんな、平和な時間を過ごしている時だった。
「…………」
アランさんが唐突に、はぴでりの出入口に向かい始めた。
「ちょちょ、アラン?」
流石にラヴィさんも呼び止めている。
「え? あ~……ちょっと外の空気でも」
「そう……珍しーね」
「ま~な」
それだけ言って、出て行ってしまった。
なんだろう、何か不吉な予感がする。ただ、追いかけても不審がられるだけか。
ルディアがいれば行動の分析なんかもしてくれたんだろうが……ついさっき、サポートは必要ないって言っちまったのが痛い。言わなくてよかったとか、そういうわけじゃあないんだがね。
……やはり追うべきだろうか? この〝予感〟は、無視してはいけないものな気がする……。
「なぁ、アラベル?」
「うん? あー……だよ、ね」
「……ああ。ちょっと怪しいな」
さて、どうするべきか。まぁ、とりあえず。
「なぁ、ラヴィさん」
「ん? どしたの、アヴラージュちゃん」
「アランさんって、いつもあんな感じ?」
ミステリアスで胡散臭さはあるがな。
「ん~……突拍子もなく、ヘンな行動起こす事はたま~にあるんだケド……今日みたいに、ちょっと強引なのはあんまないかなぁ」
「そうですか」
って事は、アランさんからしても強引に行動せざるを得ない火急の事態って事かな?
やはり何かありそうだ……。
「……怪しいよねぇ」
「ですね」
「追いかけるの、ラヴィちゃん?」
問題はそこだ。追いかけるメリットがなぁ……。
「アタシが行くよ! アヴラージュも着いてきて!」
「え?」
「あ~……任せた、アヴラージュ」
イヴさんから『面倒事は任せた』というオーラを感じる……。どころか俺の方を向いてサムズアップする始末。ちくしょう、俺の方がアラベルの対処に慣れてるからって……。
◇◇◇
というわけもあり、アラベルと共にアランさんを尾行していた。
アラベルも少し成長しているようで、そう、リアンさんの戦闘を覗いていた時よりも気配を消すのが上手くなっている。
アランさんは、はぴでりを出てから結構な距離を移動している。入り組んだ道を進み、薄暗い路地裏を抜け……。
アランさんはどこに向かっているんだろう?
どうしてアランさんから距離が空いても尾行出来るのかというと、それは新レアスキル『気配探知』という能力によるものだ。これは魔力感知・俯瞰と似た性質を持ったモノ。この世界でも、魔力は存在するらしい。どう呼称されているかは知らないが、存在する。
魔力感知・俯瞰は自身を起点とした魔力探知だったが、気配探知は他者を起点とした探知。つまるところ、アランさんが持ち、発する魔力の量・性質を覚えていれば、捕捉は可能だ。
アラベルは納得している。というか、考えるのをやめているそうだ。彼女からすれば『アヴラージュってそういうもん』らしい。
──と、アランさんがもう一度、別の路地裏に入り込んだ時。
「な~ぁ」
結構進んで、アランさんが振り返らずに声を発した。
「尾行けてんだろぉ? かくれんぼは終わりだぞぉ~」
……どうやらバレてるらしい。
「二人ともいるなぁ。ははっ……隠れてるつもりかぁ?」
「なんでわかった? アラベルはともかく、俺は完全に気配を消してただろ」
「あぁ、そうだな。でもわかるんだよぉ」
イマイチ説明になっていない気もするが、気にするのはそこじゃないかな。
「どうして急にこんな事を?」
「……あ~、それがなぁ。アラベルちゃんは、軍の団長さんなんだろぉ? じゃあまぁ、話してもいいかぁ~……」
アランさんの中にも葛藤がありそうだ。
「なんでアタシが軍関係の場所にいるって……口外はしてないはずなのに……!」
「バレバレだぜぇ? あ~、まぁ、俺以外は知らねーだろうけどなぁ~」
「まぁまぁ。それで、話す事って?」
「……来ちまうんだよ、ヤベーのが」
ヤベーの? ……なんだ?
「思ったより……あ~、早いな。近づいてきてる……」
「おい、ちょっと着いていけてないぞ。何の話なんだ?」
「アヴラージュちゃん……あ~、〝くん〟かな? お前も、知ってんだろぉ? アラベルちゃんもなぁ」
「……勿体ぶるなよ」
嫌な言い方しやがる。呼び方変えたって事は、コイツは俺が元々俺じゃない事に気づいてる……。転生云々は知らないだろうから、つまるところコイツは〝魂を視れる〟って事だ。
アラベルの能力はチートじみたモノだったが……別ベクトルだな。この世界に、そんな、ルディアレベルの超能力が存在するのだろうか?
「あ~、すまね~な。亜人だよ。お前らは、そう呼んでんだろぉ? そん中でもヤベーのが……もうすぐ来るんだよ」
衝撃の一言だ。
亜人に関して、一般人には公開されていない筈だ。確かに、その筈だ。アラベルの話が間違いじゃないという前提だが、アラベルが民間人関係の事でやらかすのは考えにくい。
つまり、コイツが知っている事そのものがオカシイってわけで……。
「ちゃんと話せ、アラ──」
と、言いかけた時の事だ。全てが、始まったのは。
遠くで破壊音が響く。
「あ~~、来ちまったか」
アランさんが言う。
「……言ってる場合じゃないだろ……。アラベル、行くぞ!」
「あいあいさ~~!」
声はかけるがアラベルの事なんて気にも留めず、俺は走り出す。
奔っている最中に、色々と俺の耳が情報を拾う。
何かが破壊される轟音。
逃げ惑う人々の悲鳴。
そして、その中に混じる嗤い声。邪悪だ。邪悪極まりない。そんな声だが……そう、ヴァルネリで戦った黒仙のような、頭の切れる邪悪さじゃない。もっと無邪気で……言うなればアラベルの邪悪版のような、そんな嗤い声だ。
「ねぇ、何なの、アヴラージュ! アイツ、亜人って言ってたけど!」
「知るか! とりあえず走れ!! 何だか……ヤバそうなんだ」
その一言でアラベルも察したのか、口を噤んだ。
少し走って、音の発信源と思われる場所まで辿り着いた。
……そこは──
「……なんだよ、これ……」
大量の瓦礫。
炎。
悲鳴を上げる人。
倒れている人。
泣いている子供。
人、人、人──。
これを地獄絵図と呼ばずして、何と呼ぶ?
それに──被害の真ん中と思われる場所に、一人の少女が立っていた。恐ろしい程に滑らかな黒い長髪を持ち、瞳は、シュトルツか、『反転』したリーベを想わせるような、殺意が籠った鈍い輝き。だが、やはり黒仙やツォーンのようなメラメラと燃えるような輝きではない。むしろ無邪気で……。
着ている物も異質だ。黒いドレスを着ているが……炎と瓦礫だらけのここに、全く馴染んでいない。そこだけが別世界かのように、浮いている。
雰囲気からして違う。生命を脅かされそうな、チクチクとした気配を轟々と発して、一目で、この異常事態の犯人が〝それ〟だとわかる。
それに、それは……人間ではないようだ。どちらかというと、亜人──。アランが言っている事は正しかった。確かに、俺の目の前にいるソイツは──
「きゃはははは……うん? なんか……ただの人間じゃあ、なさそうだな!!」
──メルヘンで可愛らしい、異質な少女はそう叫んだ。




