第81話 過ごす
列車を使って、エリア21に戻ってきた。
なんだか、どっと疲れたような気がする。
「……戦ったりしたわけじゃないのに、疲れた気がする」
「お前は何もしてないだろ! ほぼ俺がやってんのにさ……」
「アハハ……」
しかし、やはりアラベルも疲れているようだ。
いつものような破天荒さの裏に、少しの疲労感を感じる。
「……報告書、やっぱり付き合ってやろうか?」
「えっ?」
「疲れてんだろ? 自分で言ったんだろが」
「え? あ~……いい、の?」
「いいも何も、半ばシュトルツに押し付けられた世話係だからな。とりあえずは、手伝ってやんよ」
そう言うと、アラベルは、僅かに瞳を輝かせて。
「────っ、やっっっったぁ~! これでちょっとラクになるぞ~~~!」
「お気楽なヤツ~」
軽口を叩き合いながら、中央都市にある北方執務館に向かう俺達。
この世界に飛ばされて数日だというのに、なぜか、アラベルとは打ち解けるのが早かったな。なんというか……中学生の頃に戻ったみたいな感じだ。状況とか、立場とか、自分の姿とか。色々違うものはあるけど、それでも、なんだか……その頃に戻れたみたいで、楽しかったな。
どうせこれからも厄介事とか、色んな事に巻き込まれるんだろうが……。
《何、ノスタルジックになってんのさ。ボクら、まだまだこれからじゃないのかい? この世界で満足してちゃいけない。元の世界に戻って、ボクの母さんを止めなきゃ》
……そう、だったな。
危うく忘れかけてた。
《まったく……。でも、今までにないくらい楽しそうだよ、キミ》
そう?
……やっぱり、こんな感じのテンションだからかな。
お前にはわかんないだろうな、異世界の住人には。この、今の、楽しさは。
《……キミを見ていれば、きっといつかわかるよ》
ホントかなぁ?
──ルディアとも、そんな事を話して。時刻は、午後七時を過ぎていた。そんな時間にようやく、俺達は北方執務館に到着したのだった。
◇◇◇
「……! ……おかえりなさい」
扉を開けて早々に、オリヴィエさんに出迎えられた。
怒っている様子はない。それよりも、心配が勝っているようだ。俺達が館内に足を踏み入れたその時は怒りが少し見えていたが、オリヴィエさんがアラベルを見た瞬間、怒りが嘘のように消えて、心配に挿げ変わった。
やはりわかるのか。お姉さんらしいし。姉妹と言うのは、そういう事に敏いと聞くし。
「……何か、ありましたの?」
「いやいや。俺達、ちょっと疲れてるだけなんで。色々報告する事はありますが、報告書にまとめて提出しますから」
「……そう、ですか」
明らかに心配が拭えていないな……。
まぁでも、俺に出来るのはそれくらいだろうし……スマン、オリヴィエさん。
手早く夕食を済ませて、風呂に入って、二人でアラベルの部屋へ。オリヴィエさんの視線がちょっと痛かった。
まぁ、やましい事など何もないし、する気もないのだ。
《させないよ、あっても》
……。
何をするかと言うと、もちろん報告書作りだ。付き合うって言っちゃったしな。俺がしたくてしようとしている事なので、別に不平不満もない。
……というか。
「……」
チラっと、背後のベッドを見る。そこには、すやすやと眠るアラベルが。
……手伝うとは言ったが、俺がやるとは言ってないんだが?
「…………」
しかし、起こす気にもなれない。というか、起こさないであげたい寝顔してるな、コイツ……。やはり妹属性があるという事なのか、どうしても美羽を思い出す。こんな顔して寝てたな~とか、考えてしまう。
報告書作りに戻ろう……。仕方ないから、過去のオリヴィエさんの報告書を頼りに進めるしかない。……アラベルの報告書が頼りになるわけがない。
亜人対策報告書……。さて、まずは日時を書いて……現着状況。他の報告書には……『事前現着』だったり、『現着直後に発生』だったり。
この場合、どうなるのだろう。今回、俺達は戦闘していないし……それっぽく言うなら、『制圧後現着』とか? でもこれだけじゃダメな気がするな。『(後述)』とかつけとくか。
次に……亜人総数……。まぁ、不明と。
最上亜人等級……? ……これもまぁ、不明だな。俺はそもそもわからないが、今回は諸々の確認のしようがない。
んで最後……『報告事項』。ここだな、書くべき場所は。
ふむ……名前は伏せるか……? 一応俺は軍に所属している人間なわけでもないし、どっちかっていうとまだ認識的には不審者のはず。情報は武器になるし、名前は伏せておくか……。
『アラベルと同行の下、未確認の人物が亜人と交戦・撃破、制圧している場面に遭遇。そのため、諸々の情報が確認不可。人物は男性、黒髪に黒い目、ブラウンのレザーコートを着用しており、歳は背格好から二十代前半と思われる。』……と。こんなもんでいいかな。
「ふーーーーーー……」
こんな書類書いたの、超久しぶりだ。いや、初めてだっけか? もう忘却の彼方だが……とりあえず疲れた。
《お疲れ様。状況が状況じゃないなら、外に出てキミを持て成してあげたいところなんだけどね》
コッソリ出ればバレないとかない? アラベルはぐっすり熟睡っぽいしさ。
《幾ら何でもリスクが大きすぎるよ……》
少し呆れ気味だが、声色からは笑顔が感じられる。この感じのルディアの声が一番落ち着くんだよな……。
どんどんと異世界に染まってきている~~~~~……。
《まぁ〝天音龍我〟としてのキミはもう死んでるんだし、異世界を堪能しなよ》
自分でまだやる事があるって言った後にそれかよ……。ま、そうだなぁ~……。
………………。
《? どうしたんだい?》
…………眠い……。
──精神内でのそんな呟きを最後に、俺の意識は暗転した。
◆◆◆
場面は移り、オリヴィエ。
少しソワソワしているようだ。アラベルがあんなに疲れた顔など久しぶりに見るものなので、流石に心配しているのだ。
その心配も我慢の限界を迎え、オリヴィエはアラベルの部屋に向かって進み始める。
部屋の扉を開けて、オリヴィエは──
「…………!」
──優しく微笑んだ。
彼女が部屋で見たものは、ベッドで幸せそうに眠るアラベルと、机に突っ伏して眠っているアヴラージュの姿。
なんだか、弟が一人増えたように感じたオリヴィエは、アヴラージュにそっと、毛布をかけた。
そして、アヴラージュが顔の下に敷いていた報告書をそっと取り出す。記述は、ところどころ抜けがあるものの、十分と言って差し支えない出来だった。
二人して本当に疲れていたのか、オリヴィエが部屋にいるのに、アラベルはともかく、アヴラージュが起きる気配は微塵もない。
「……ありがとう。ご苦労様です」
アヴラージュに向けてそう、そっと呟いて……オリヴィエは報告書を持って、部屋を後にした。
──どこから来たのかもわからない異邦人は、オリヴィエ達に、確かな変化を与えていた。
◆◆◆
………………んん?
……いつの間にか寝てたのか……。気絶するみたいに寝たのはいつ以来か……。
そう思って、欠伸と共に重い体を起こす。すると、俺の背中から何かがぽとっと落ちた。身を捻って確認すると、それは。
「……毛布……?」
毛布だった。
……ほんのり、部屋からオリヴィエさんの匂いがする。来てたのか、寝てる間に……。どおりで、俺が書いた報告書もないし。
……ちゃんと出来てたのかな? そこは心配だが……とりあえずアラベルを起こそう……。
のろのろとアラベルが寝ているベッドに近づいて、アラベルの肩を揺らす。
「お~い、アラベル~。起きろ~、朝だぞ~」
中々起きないので、少し頬を叩いてみる。
「起きろ~~~」
「わっ!?」
あ、起きた。
起きただけじゃない。飛び起きたな。
「え、えっ? あ、ええっ? 何でアヴラージュがアタシの部屋に……!?」
あ、コイツ……。忘れてやがる。
「ま、まさかアタシを襲おうと……?」
「んなわきゃねーだろバカ。お前が寝ちまったから、俺が報告書全部書く破目になったんだからな!」
「アヴラージュのエッチ──って、ああ、そっか」
コイツマジで……一回オリヴィエさんに叱られてほしい。
「……とりあえず、部屋から出よう。オリヴィエさんは、下で朝食を作っているだろうし」
「う~~ん……そうだねぇ……」
欠伸をして、眠そうに目を擦りながら答えられた。明らかにまだ眠そうだ。
しかしこれ以上寝かせたら世話係の俺が怒られそうなので二度寝は許さない。
アラベルを強制的に起こしてやってきたのは、執務館内のプライベートスペース。……と言ったらわかりにくいと思うが、まぁリビングだ。格式高い感じはなく、実家のような、どこにでもありそうな部屋だ。
他にも政治関係者はいるのだろうが、見てみるとオリヴィエさんだけだった。知事関係……というより、ロワイヨーム姉妹たち専用の部屋だろうか。
「あ、二人とも。おはようございます」
「おはよ~」
「おはようございます」
ちょうど朝食の準備が出来たところのようだ。机の上には、どこの家にもありそうな、目玉焼きとかサラダとかトーストとか。知事とか言ってても、こういうところは普通なんだなと思った。
てっきり、そういう政治関係の上位者はもっと豪華なもんかと。
「ちょうどいいタイミングですわね。呼びに行こうと思っていたところです」
「そうでしたか。……あの」
「はい?」
「報告書……どうでしたかね? 終わらせてから寝たつもりなんですけど……」
俺が少し不安げにそう聞くと、オリヴィエさんは微笑んで。
「バッチリでしたわ。まぁ、アラベルにやらせたらめちゃくちゃな報告書を寄越してきて書き直しになるので、手間が省けましたわ」
あ、うん。
相変わらず苦労していそうだ。
なんとも触れずらい。
「苦労が多そうですね……」
「それはまぁ、妹ですから。姉の責務というか、そういうものですしね」
あ、そういう感情でアラベルの世話をしていたのね……。
苦労こそしていそうだが、嫌とも思っていなそうなのがなんか良いな。やっぱり、〝姉〟だからか。
「それより、早く朝食を頂きましょう。せっかく用意しましたし、冷めないうちに」
「姉ちゃんお手製の朝ご飯って珍しいねぇ〜」
「いつもは業務が忙しくて用意出来ていませんが……まぁ、気分のようなものですわ」
「そっかぁ」
どうやら、オリヴィエさんが朝食を用意するのは珍しい事らしい。
「では、頂きましょう」
オリヴィエさんのその声で、世にも平和な朝食の時間が始まった。
◇◇◇
特に何かあるわけでもなく、朝食時間は終了した。
いやはや、満足出来る朝食だった。なんというか、和やかな気持ちになったというか。
「あ、そうですわ」
「はい?」
「アヴラージュさん、お一人だと随分とお疲れになるご様子でしょう?」
「え? あ、はい……」
「もう一人の方は中央政府に戻ってしまいましたしね。なので、今日からはもう一人世話役を付けますわ。その子も一人だとサボってしまうのですが……まぁ二人ですので、大丈夫でしょう」
なんか俺の苦労が増えそうじゃない……?
聞く限りさ、サボり魔なんざんしょ?
……。
首輪役の俺の苦労が増えるだけなのでは……。
てか、シュトルツ!! アイツ、何自分だけ戻ってんだよ! 世話役、押し付けるだけ押し付けて……!!
怒りは治まらないが……言ってる場合じゃないか。
「イヴ、います?」
オリヴィエさんがそう言うと──
ギギギギ……と不気味な音を立て、リビングの扉が開いた。
一瞬にして、リビング内が不気味な雰囲気に晒される。二人とも別に動じていないようだ。なんだか悪い予感がしているのは俺だけ。
一体何が現れるんだ──と、唾を飲む俺。
すると──
「いるよ~ん」
そんな事を言いながら現れたのは、金髪に碧眼の少女だった。ドア枠の側面からヒョコっと顔を出し、少し気だるげな瞳でこちらを見ていた。
……って、え?




