第74話 兆す
「早速、君にしてあげたい事があるんだよね」
「……してあげたい事?」
「人体改造」
「は?」
またまた飛び出た予想だにしない答えに言葉を失うリアンである。
「強くなりたいんだろう?」
「……俺の体に何する気だよ?」
「亜人の細胞を埋め込む」
「はあ!?」
「〝毒を以て毒を制す〟じゃあないけど、亜人の力で以て亜人を葬る。それが出来ればいいだろう? 一番の近道だ」
「そりゃ……そうだろうけど……」
「何、今更覚悟が揺らいだの?」
フォリルにそれを言われて、はっとするリアンである。
そうだ。覚悟ならとっくに決めた──と、思い直す。
「……やってくれ」
「よぉし! そう来なくっちゃ。着いておいで~」
「…………」
フォリルに言われるまま、部屋を移動する。
辿り着いたのは、手術台──ではなく、それ代わりの検死台と、様々な医療器具・機器がある部屋。
「予想はしてたが……」
「ん?」
「人体改造ってのは……手術か……」
「そうだよ。あ、うち麻酔無いから。ごめんね」
「はあっ!?」
流石のリアンもそれは看過出来ないのだ。
麻酔なしで手術など……死んでしまうだろうと。
「頑張って耐えて。今更ノーってのはナシでしょ?」
「……」
一度覚悟を決めてしまった事を言われると何も言い返せなくなるリアンである。
結局はイエスと、そう言ってしまうのだった。
◆◆◆
「ふわぁあぁ……」
久しぶりだな、こんな大きな欠伸をしたのは。
昨日どっと疲れた所為かお陰か、ぐっすり熟睡出来たのだ。夢すら見なかった。
それに、最高の目覚めである。結局、用意されていた部屋にも監視カメラらしきものはなかったしな。
オリヴィエさんが手配してくれた部屋は、一人にとってはかなり広い部屋だった。イメージとしてはそうだなぁ……修学旅行で手配されるような、あんな部屋だ。ちょっと懐かしくて落ち着く広さだな。
さて、今日はどんな一日に──
「おっはよ〜う!!」
ドカンッ──と、爆発でもしたのかと疑ってしまうような音と共に、俺の部屋の扉を蹴破って現れたのはもちろん──
「アラベル!?」
お察しの通りアラベルである。
どういう事だろうか? 朝っぱらから他人の部屋のドアを蹴破って入ってくるとは、破天荒以前に常識を学び直した方がいいのではなかろうか。
ともかく酷い。どうしてこんな事を……。
そう聞くと──
「え? だって、その方がアヴラージュがビックリするかなって」
ドッキリ気分で人の部屋の扉を蹴破りやがったのか、この破天荒ガールは?
なんて事だろう。信じられない。
「とりあえず正座しろ」
昨晩、正座の辛さは痛い程理解したというのに、それをさせる俺である。まぁ、仕方ない。説教といえば正座だからな。
俺が言うと、アラベルは素直に正座した。少しぐらい罪悪感があったんだろうか?
「ごめんなさい……」
「素直に謝れたのは偉い。だが、問題は次も同じ事をしないかどうかだ。もし明日も同じ事をした暁には、もう二度と遊んでやらない」
「なぁっ!?」
「……何も、俺の部屋に入るなとは言わないよ。けど、ドア蹴破るのはやめような。ノックしてくれたら、多分出るから」
多分。そう、多分。今日はタイミングが良かったが、何せアラベルに付き合うのは大量の体力と気力を消費する。今日みたいに熟睡していたら、もしやもすると出られないかもしれない。
だから保険を張った。それだけである。
「てか、今日はシュトルツがお前の担当だろ? 昨日は俺が面倒見たんだし」
「えぇえええっ!? やだやだ、今日もアヴラージュがいい!!」
「ワガママ言わないでくれ……。俺の苦労も考えろ! 昨日なぁ、俺はかなり疲れたんだぞ!?」
「ゔっ……でもぉ……あのシュトルツっての堅苦しそうでイヤだも~~~んっ!!」
それはわかる。わかるよ、わかるとも。
でもなあ、俺の苦労も考えてはくれませんかね?
──と、その時。
「堅苦しそうで悪かったな」
唐突に、俺の部屋に低い声が響いた。
どこか呆れを醸し出すこの声は、そう、間違いなく──
「おっ、シュトルツ」
「出たな」
「そんな反応しないの」
まったくコイツは……。
「で、何で来た?」
「話し声がしたんでな。それが何と、オレにとって都合のいい話だったもんで」
「は?」
「アラベル本人が〝アヴラージュがいい〟と言っているんだ、決まりだろ」
「ちょーーーーーーっと待て待て、俺の意見と意思はどうなる?」
「知った事か」
「その結論には大きすぎる欠陥があるだろうが!!」
「知るか」
コイツ……のらりくらり躱す気だな……?
凄まじい理論武装……。アラベルがいいならいいじゃないか。そして、オレはアラベルの世話役はゴメンだ、と。俺の意思を意に介さない暴論……ながら、ちょっと筋通ってるのがヤだな。
確かに、全ては当事者であるアラベルの意思による……それが「俺がいい」と言っているのだから、それに従うべき……とな。
見てみると、アラベルも俺の方を潤んだ瞳で見つめてくる……。その目をやめろ、断りづらいだろ!!
俺の頭の中で、そんな絶叫が木霊した。
◇◇◇
……で、結局受けちゃったわけだ。
断れなかった。
と言っても、まだ大丈夫。まだ朝食を食べる段階だ。特段、振り回される事はない。この時ばかりは、オリヴィエさんも安らかそうな顔だ。いやそれだと死んでいるか。
まぁ何にせよ、安心した顔をしている。つまり、この時間は安全なのだ。
朝食も終わり、さあ地獄の始まりだ──と思ったのだが。
何という事だろう。アラベルは自室で漫画を読んでいるではないか。ちなみに俺は来てくれと強制的に連行された。
というか、あるのか、漫画!! 前の世界には絵本こそあれど漫画は一冊もなかったからな!
流石は進歩した世界。科学力が俺がいた世界の多分数十倍は進歩しているのだから、そりゃあ娯楽も充実しているよな。
アラベルに言って、何冊か貸してもらって読んでもみた。どれも、読んだ事あるようで無い内容だった。
まぁ、内容はぶっちゃけ、どうでもよかったのだ。楽しめれば。
俺にとって重要なのは、『漫画という文化に触れる事が出来た』事、このただ一点のみだったから。
久しぶりに読む漫画は痛いほど新鮮で、懐かしくて、感動出来るものだった。それは、女子とは思えない腕力で俺を引っ張って強制的に連行したアラベルに、少しだけ感謝の念が湧いてしまう程に。
で、漫画を楽しんでいるとあっという間に昼食の時間が来てしまった。
アラベルは、毎日こんな生活を送っているのだと。確かに、オリヴィエさんとかシュトルツとか、暇な時何してんだろう選手権に出れそうな人達もいるが、かといってこれは……。
そう言うと、アラベルはこう返した。
「いいじゃんいいじゃん、漫画って、何度読んでもいいし、尽きるものじゃないし! アタシからしてみれば、楽しければいいんだよ~」
──と。
こんな自堕落に過ごしたのはいつぶりだろう。本格的に病んで、学校そのものがイヤになった中学三年生の秋ぶりじゃなかろうか。
俺はチャッチャと切り替えて家事を手伝ったりしていたので、自堕落に過ごす事はあまりなかったのだ。良い子だろう? そうだろうそうだろう。
まあ、そんな話はいいとして。
昼食中も、特段アラベルに振り回される事はなかった。後にオリヴィエさんが教えてくれたが、アラベルは、食事時は大人しいらしい。好きな物ばかり出るからとかでもなく、食事中は絶対に大人しくなるらしい。
それを聞いて、また少し見直した。ただの破天荒娘ってわけじゃなく、食事中のマナーとかはちゃんと教育されているのだな、と。
となると、基本的な教育も施されているだろう。そんな教育を施された上であの破天荒さという事なので……うーん……嬉しいのだが、何とも言えない。
そして、何事もなく昼食が終わり……。
「よぉ~しっ! 本腰入れて遊ぶぞ~!」
来てしまった、地獄の時間。
また振り回されるのか、俺は……。
◆◆◆
「あ゙ぁ゙あぁぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙っ!!!!」
リアンとフォリル、二人の手術室に絶叫が響き渡る。
当たり前だ。本来ならば全身麻酔──最低でも局所麻酔をして行うような大手術を、麻酔なしで行っているのだから。それに伴う痛みは、想像を絶するモノだろう。
「ほら暴れないの。失敗したらどうするの」
「あ゙っ……で……出来っか……ンなもん……ッ!!」
痛い。
痛い痛い。
痛い痛い痛い。
痛い──を、何度頭の中で反芻させただろう。
麻酔による痛覚緩和を伴わぬ、腹部切開及び胸部切開。
体内に通る管を切られ、その中にナニカを入れられ。体全体を、血管を伝って異物が巡る感覚に、肉体が全力で拒否反応を起こしている。
それに伴う激痛と不快感は筆舌に尽くし難いものだ。
リアンの口から漏れる絶叫は、次第に言葉という形を失っていく。声という色を失っていく。次第にそれは声ですらなくなる。
ただ擦り切れ掠れた呼吸音のみになり、そして──。
そして────。
そして………………………。
信じ難い激痛を感じたと思えば、リアンの意識は、まるで機械のコンセントを抜いたようにプツリと暗闇に堕ちてしまった。
目蓋が上がる。
その隙間から入り込んでくる光は妙に眩しく激しかったが、すぐにその感覚もなくなった。
部屋は薄暗かった。
「俺は……」
リアンはポツリと、そう呟く。
「君、丸一日寝てたんだよ。後は傷を縫うだけってところで気絶しちゃってさぁ」
リアンはソファに寝かされていた。目覚めたばかりのリアンの視界に、椅子に座ってパソコンを眺めているフォリルが映し出されていた。
リアンに向かって言っているのだろうが──そもそも二人しかいない──、フォリルがリアンの方を見る事はなかった。
──のだが。
パソコンの画面が暗転したと思ったらフォリルは急に立ち上がり、リアンが寝ているソファの前まで歩いてきた。
「はい、ちょっと傷見るね」
「おいっ、急に何──」
それだけ言って、フォリルはリアンが来ているシャツをたくし上げる。
そこに色気は全くない。どころか──
「……驚いた。もうほぼ傷が塞がってる」
「はぁ?」
「君の腹と胸を切ったでしょ? その傷が、もう治りかけてるの」
それを聞いたリアンは内心で思った。
誰でも抱くであろうその感想──「有り得ない」を。
しかし、当人も自身の傷を見て驚愕する事になったのだ。
「なっ──ッ!?」
フォリルの言う通りだった。
リアンが手術によって負った傷は、既に治りかけていた。もう、縫合糸を抜いても大丈夫だろうというところまで。
「糸抜いちゃうね」
「ちょ、おい!?」
フォリルは、何の躊躇いもなくリアンの腹部から胸部にかけて傷口を留めていた縫合糸を引き抜いた。
「痛ッ──……、たくない……?」
驚愕は続く。何と、無理やり糸を引き抜いたというのに痛みはなかったのだ。
それどころか、流血すらしなかった。血は完全に止まっている。
「嘘だろ……? おいっ、フォリル! 俺の体に何入れやがったんだよ!!」
「亜人の細胞だよ」
「……は?」
「毒を以て毒を制すじゃないけどさ、それが一番強くなれるんじゃない? 亜人を倒す力なら、亜人の力が一番ピッタリじゃないの」
「いっ、いや、そうだけど……いや、そうだとしてもだろ! 大体、どうなんだよそれ。人体に、亜人の細胞って……」
「わかんないねぇ」
リアンは耳を疑った。
自ら自身に手術しておいて、結果がわからない。それはつまり、副作用や後遺症があるのかどうかもわからないという事だ。
「どんな効果があるのか、後遺症があるのかどうか。何もわからない。だから、君の今後を見ながら考えるよ。君を、観察しながら」
「…………」
「君には、俺の実験材料になってもらった」
今更後悔し始めたリアンである。
「……てか、どう戦うんだよ」
必死に絞り出した言葉がこれとは、リアンも内心で自分に失望する。もっと言いたい事はあるはずだ、と。
「あ、そうか。亜人の力とか言っても、そりゃ使えるわけないよね。ちょっと待ってて」
そう言って、フォリルは別の部屋に行ってしまった。
それを見届け、全身から脱力するリアン。思わず、ソファの上でぐったりしてしまう。
頭の中を巡るのは「俺は一体これからどうなるんだ」という果てしない疑問と不安。
それもそのはず。リアンの肉体は今、人知を超えた進化を起こそうとしていたのだ。一人の、胡散臭い男によって。
「俺の体……どうなっちまうんだ」
フォリルがいなくなり一人きりになった部屋のソファの上で、リアンはそう、独り言ちるのだった。




