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竜として異世界に転ず  作者: 暁悠
第4章 魔界動乱編
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第73話 蠢く

「なぁ、アラベル、なんで……俺に、そこまで尽くしてくれる?」


 これだけがどうしても気になる。

 アラベルとは、会ってまだ一日にも満たない関係のはずだ。

 そんなアラベルがどうして、こんなに尽くしてくれるのか。協力してくれるのか。聞いてしまった事でこの恩恵が得られなくなったら台無しだが、確かめないわけにもいかない。

 はてさて、気になるアラベルの答えは──?


「アタシはね、ただ……それじゃ勿体ないと思っちゃったんだよ」

「は?」

「そりゃ……あそこで事実をそのまま言う事だって出来たよ?『アヴラージュが何か不思議な力で私の権能を無効化してたよ』……そう言うだけで、アヴラージュ、君は一巻の終わり」

「……俺が()きたいのは、何でそれをしなかったのかだ」

「言っちゃってたら、君と離れ離れになっていたかもしれない。アタシはそれがヤだったんだよ」


 ……。

 どういう事だ?

 俺を傍に残しておいて……何のメリットがある? いやまぁ、目に見えて有るが、そうじゃない。


「もっと……深い理由はないのか? こう……腹の内というか……」

「え? 無いよ? ただ単に、君ともう少し一緒にいたかっただけ」


 …………?

 イマイチ思惑が掴めないな……。


《あの……アヴ? 多分ね……彼女に思惑なんてないんだと思うよ》


 は?

 どういう事?


《だから……彼女は単純に、君と別れるのが惜しかったってだけなんだよ。そこには、利害も、理屈も、介在していないんだ》


 ……は?

 そんな事……あるな、このチョロベルなら……。

 待てよ……じゃあコイツ、そのためだけに嘘まで吐いたってのか!?


《う、うん……多分ね……》


 マジかよ……。


「……狙いとかは、ないんだな?」

「うん? 特には……?」

「そうか、わかった。それ以上いい。とりあえず、執務館に戻らね? どっと疲れた気ぃする……」

「アタシも~! 全力バトルにポーカーフェイスした後だかんね~」


 ポーカーフェイス?

 この世界にもあるのか、ポーカー? まぁ、俺が元居た……今は懐かしきあの世界より数倍は科学的に発展していそうなこの世界だ。娯楽の一つや二つ、同じものがあってもおかしくないだろう。


「お腹空いたかも……」

「あらら、印象と違う言葉遣い。『お腹空いた』なんて言う人だったんだ、君?」

「普通に言うだろ……」

「それもそっか」


 アラベルと二人で歩いている。

 戦場を抜け、商店街を抜け、街を歩いている。

 二人ともヘトヘトだったからか、全力で走って帰る……とか、執務館で競争……なんて展開は起こらなかった。

 ただ、世間話や馬鹿みたいな話をしながらゆっくりと帰ったのだ。



   ◇◇◇



「今まで何処で何してたんですか!?」


 ノール北方政府の執務館、その一室一杯に響き渡るのは、オリヴィエさんの声。

 ……それも、飛び切り怒った声。

 色々寄り道とかしながら帰ったせいで、想定より大分遅くなってしまったのだ。


「どうすんのよ」

「あぁ?」

「君が色々寄り道したくなったって言ったんでしょ」

「お前もノリノリだったろうが!! まるで全部俺が悪いみてーな言い方はやめやがれこの問題児!」

「はぁあ!? 問題児なのは認めるけど、そんな言い方は──」

「静かになさい!」

「「はいっ」」


 正座で座らされて説教を受ける……漫画やアニメ、小説で何度も見たありがちな展開(シチュエーション)。にしたってこれは……。


「「相当辛い……」」


 そう、つらい。足も痛くなるし、何より……罪悪感がもの凄い。

 やらかしてしまったんだなと、嫌でも実感させられる体勢だった。


「でも……アタシは慣れたもんかな……アハハ…………」


 名誉な事では全然ない。

 ちなみに笑い事でもない。

 ……抜け出す方法もないので、俺達はお叱りを素直に受けるしかないのだった。


 ………

 ……

 …


 軽く一時間は説教を受けた。

 辛かった。これに尽きる。

 罪悪感もあったし、久しぶりの正座は膝に堪えた。

 実際には多分、強靭な竜の体の事なので長時間の正座程度で苦痛を感じるはずもないのだろうが……幻肢痛? とはまた違うだろうけど、正座というだけで何というかこう……。

 金的されている動画を見ていると、自分も痛くなってくる感覚に近いかもしれない。そんな感じだ。


 説教も終わり、夕食を食べ、もう夜である。

 今日はなんだか、一日がもの凄く長く感じた。アラベルのせいか、それとも亜人のせいか。定かじゃないが、そう感じた事は事実だ。

 ぐったりである。だが疲労に比例して、今日はぐっすり眠れそうであった。オリヴィエさんが執務館にある宿泊室を手配してくれるそうなので、その中……特にベッドのふかふかさはとても気になる。


「監視カメラなどは仕掛けたりしませんから、どうかごゆっくり寛いでください」


 オリヴィエさんは笑いながらそんな事を言っていたが……言われるまでそんな考えはなかったとも。逆に言われた事で、その恐怖が芽生えてしまった。

 もし室内に監視カメラなどあろうものなら……。


《…………室内こそ、十二分に気を付けるべき場所のようだね》


 ああ、そうだ。そうだとも。

 というか、ルディアが冷や汗をかいている気がする。いや、全ては俺の精神世界内の話ではあるのだが。

 ルディアが冷や汗を流すほどとは……オリヴィエさん、恐ろしや。



   ◆◆◆



 一人の青年が、独りの男の後を尾行()けていた。

 どこで身につけたのか、青年から足音は一切発せられない。抜き足、差し足でつけている。見た目から推測できる年齢は十七歳ほど。戦場上がりでもないというのに、どうしてそんな事が出来るのか。


 青年は、アヴラージュとシュトルツがいた戦場に来ていた。全ては、亜人に関しての事を探るため。

 だがどうだ。そこで目にしたのは、超弩級の戦闘。凄まじい力の二人組が、軍単位で対処すべき亜人達をあった二人だけで全て殺した。

 その後に来たのは、もう見慣れたノールの鑑識達。

 ──だけでは、なかった。

 一人、見知らぬ人物がいた。少しぼさぼさの髪が帽子から覗く、眼鏡をかけた男。アヴラージュも違和感を感じた、あの男。


(……おかしい。あんな奴、鑑識にはいないはずだ。ここ数日、結構な頻度で亜人が出てやがるみたいだけど……この数日で、急に一人増えるなんて事、有り得るか? それに……新人が入るってんなら、春じゃ?)


 青年の考えはこうである。

 こんな、立て込んで何度も亜人が発生しているというのに、その最中(さなか)に新人が入るわけがない。そもそも、時期もズレている……と。


「ねぇ」

「っ!?」


 青年がつけていた男が、急にそんな言葉を発した。

 突拍子もなく、突然に。何の脈絡もなく。

 まだ、知り合いを見つけて話しかけただけかもしれない。何せ青年は男が声を発した瞬間に電柱に隠れたので、状況の確認のしようがないのだ。

 そして──


「ねぇってば。さっきから俺を尾行()けてるそこの君だよ。電柱の後ろの」


 んだよ、バレてんじゃねーか──と、青年は考えた。

 それに、尾行している内に人気のないところに誘導されたようだった。途中から車の音や人の足音が聞こえなくなっていたが、尾行優先で引き返さなかったのである。


「……いつから気づいてた?」

「ずっとだよずっと。だってさぁ、なんか……ピリピリしてるじゃん? すっごい分かりやすいよ」

「……はあ?」

「とりあえず、俺に用があるんでしょ? ついてきなよ。別に、取って食うためにこんな人気のない場所に誘い込んだわけじゃないからさ。この近くにあんのよ、俺の家は」

「……そうかよ」

「君さ、あの亜人の戦場から尾行()けてきてるでしょ? 料簡(りょうけん)するに……君は、亜人と亜獣について色々聞きたいんじゃない? 推し量るに、俺が鑑識の中じゃ見知らぬ顔だから尾行()けてきた……とかでしょ」


 どこまでバレてんだよ──と、内心冷や汗ダラダラの青年である。


 それから、男の言う通り着いていった。

 それから到着したのは……古びたオンボロ屋敷。

 中までボロボロで、本などの色々なものが散乱している。

 その中では少し綺麗な一室に机と椅子、机の端や部屋中に積まれた資料と思わしきファイルや冊子の数々があり、その椅子に男が座った。


「座りたけりゃ好きなとこ座って。どこ座っても汚いけどね」

「お、おう……」


 青年は、内心困惑している。状況や環境が目まぐるしく変わりすぎているせいだ。

 ただ、本来の目的を見失う事はない。


「……なぁ、あの化け物……亜人について、何か知ってんのか?」


 元々、それを聞くために尾行していたのだ。聞かないにしても、調べるために。


「ふむ……まず基本情報から行こうか」

「ああ……」

「亜人は、こことは違う別の空間から壁を突き破って出てくる化け物だ。その正体は──」

「正体は──?」

「人の悪意だ」

「は?」


 突拍子もない、飛躍した、予想だにしない答えを聞いて、青年は面食らっていた。慌てふためいてこそいないものの、思考が停滞していた。


「人の……悪意?」

「そうさ。妬み、怒り、憎しみ、その他諸々。人の心から吹き出る悪意こそ、亜人達の根幹を成す要素の一つだ」

「悪意が亜人を形作ってる……って事か?」

「そう! そうだよ。飲み込みが早いねぇ君。この研究所向いてるよ。向いてるったって、俺一人しかいないけどさ」


 変な奴だな──と、青年は内心で訝しむ。当たり前である。こんな胡散臭い男を前にすれば、どんな存在だろうと同じ感想を抱く。

 しかし……青年は少し違った。


(コイツに着いて行きゃ……亜人の謎も色々解けるかもしれねぇ。そしたら──)


「ねぇ、君はさ、どうして亜人なんかを追ってるの? あんな危ないの、関わらないに越した事ないでしょ?」

「は? お、俺の勝手だろ。じゃ、じゃあアンタこそ、なんでそんな危ねぇもんを……?」


 調子狂うな、と青年は思った。この男の胡散臭く……そしておちゃらけた雰囲気の前には、どうも調子が乱される。

 だが……それでも、青年は気になった。男に理由を問われて、問い返して、初めて気になった。

 男が、なぜ亜人を追うのか? 鑑識達に紛れ込むという、どう考えてもリスクの高い方法を取ってまで、どうして?


 男は、語る。


「俺にはね、夢があるんだ」

「ゆ、夢?」

「そう、夢。壮大で……革新的で……気の遠くなるような永い夢を見ているんだよ」

「は、はあ……。……、参考までに? 聞かせてみろよ、その夢」

「最強の人間を造りたいんだ」

「は?」


 また、想定もしていない、出来るはずもない答えが返ってきた。

 最強の人間──。その言葉を、青年は心の中で反芻させる。


「最強の、人間?」

「ああ、そうさ。寿命もない、病に倒れない、傷を負わない──死なない。そんな、最強の人間を。そのために俺は、亜人を研究してる。亜人を見てみろ。病に(かか)った様子もない、傷を負っても即座に再生、解析の結果、年月の経過による細胞の劣化なんかも無い事が判明した。それに加え、頭部や心臓を潰されない限り即座に再生するその不死性……俺の理想、そのままだ。俺はそのために、二十年以上も亜人の研究を進めてきた」

「二十年!? 二十年も……そう、か……。それが実現して……どうする気だよ?」

「情報提供はここまで。俺は目的と夢を語った。次に情報を出すのは君の方だよ」


 最初から罠仕掛けてやがったな!? ──と、青年は今になって気づいた。考えてみれば。この夢とやらは話しても特段デメリットのない話。妄言と言ってしまえばそうだし、そこに何か別の思惑が介在するとも思えない。

 青年と男にとって大事なのは「話した」事。真偽は不明としても、情報を与えた。目的、動向。


「君さぁ、その感じだと……君、亜人の被害に遭った人?」

「えっ」

「おっ、図星? 察し良いよねぇ俺。ま、亜人なんかの事調べる奴なんて、亜人に殺されかけたか……亜人に肉親とか、兄弟とか。家族でも殺されたの?」


 青年は一瞬の葛藤を見せた。

 こんな怪しい男に、全てを話してしまっていいものか。いいものなのか。


「あっ、また図星? ダメじゃん、そんなわかりやすい反応しちゃ」

「……ああ、そうだよ。俺は元々母子家庭で……んで、母親が……」

「殺されちゃったわけか、亜人に」

「…………ああ」

「そりゃ、災難だったね」


 男から帰ってきた、そんな適当な返事に内心カチンとくる青年である。


(ありかよ、てめぇが聞いといてんな適当な返事……。やっぱ話すんじゃなかったか……)


 同時に、そう、後悔した。

 こんな胡散臭い男に、自分の運命の分岐点(ターニングポイント)とも言える出来事を話してしまわなければよかったと。


「亜人に復讐したい?」

「当たり前だ。そりゃあ……俺が、俺の手で、お袋の仇を──」

「なら、俺と組まない?」

「……は?」

「君は亜人達に復讐したい……復讐って名の、八つ当たりかな?」

「復讐でいいんだよ」

「……君は、亜人達に復讐したい。俺は、最強の人間──最高最強の生物を造りたい。利害、一致してるよね」


 青年はまだ、この男を信用出来ない。

 当たり前だ、こんな胡散臭い男。

 それに、どれだけの技術を持つのか……『二十年以上研究を進めていた』というのが事実であるならば、『最強の生物』を作るに値する技術や情報は持っているだろうが……。

 そうであれば、この男に着いていけば、或いは──


「……アンタに着いて行きゃ、俺は、亜人の奴らに復讐出来んだな?」


 その答えを聞き、男は。


「そうだね、保証するよ。俺が君を、亜人を倒せるように造り出し(プロデュースし)てあげよう」


 もう後戻りは出来ないぞ──と、青年は自分に言い聞かせる。

 そして、答えを出す。


「組んでやるよ、アンタと。ただ、条件がある。俺はアンタの〝モノ〟にはならねぇ。それが条件だ」

「上等。FOLIERE(フォリル)=LABORATORY(ラボラトリー)所長、フォリルだ。よろしく」


 男──フォリルは、青年に手を差し伸べた。


「……リアンだ。リアン・ペルセヴェランス」


 青年──リアンもまた、フォリルの手を掴んだ。

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