第72話 これが恋でなければ何なのか
「…………何が起きたの……?」
《主導権を返すよ》
ん、おう。
後の言い訳は俺に任せろ……。
《ふふ、任せるよ》
「何って、俺が止めたんだよ、魔術で。だってお前、周り見ずに最大威力ぶっ放したろ? 敵も問題なく殲滅出来るだろうが、あれじゃ街も壊してたぞ……」
ちょっと呆れ気味に説教してみた。
ちょっとは反省してくれるといいんだが……。
ところがどっこい、なんとアラベルは。
「アヴラージュ……ねぇ……ねぇねぇ! すごい、すごいすごいっ! アタシの最大出力止めれるなんて! ほんとっ、すごいよ!」
なぜか喜んでいる。
「姉ちゃん兄ちゃん達もさ、み~んな、最後には諦めちゃうんだよね。面倒だったり、出来なかったり。だからさ、いっつも街壊しちゃってる。最大火力で撃たなきゃいいっていうのはそうなんだけど、アタシ、戦うと熱くなって沸いちゃう性格だし? 抑えらんないっていうかね……?」
なんだか凄い言い訳をされている気がする。
俺が言い訳する側だったはずが、いつの間にか逆転していた。
「……俺が止めろと? アラベルが暴走しそうな、その度に?」
「えっ? え……いいの? オリヴィエ姉ちゃんの反応、見たでしょ! ちょっとどころじゃなく大変なんだぜ~?」
あ、強がってる顔だ。
美羽もこんな事あったな。大丈夫大丈夫って言ってるけど、顔はそうではないのだ。目は口程に物を言うとはよく言ったもので、目は、口から出る言葉よりも鮮明に、鮮烈に、感情を語るものだ。
アラベルも同じである。
口ではこんな事言って、さもアタシは問題児なんだぜ~と、そんな感じを振る舞っているが──
◆◆◆
遊びじゃないんだ。これでもし死んでしまったら──と、アラベルは考える。
今更、迷惑をかけたくないからなんて理由で断りはしない。迷惑なら、もう数えきれないほどかけているから。
如何に自由奔放なアラベルとはいえ、自覚はしているのだ。自分が、多大なる迷惑をかけているのだと。
だからこそ、それを理由にはしない。これは、アヴラージュもわかっている事。
ただ一つ。ただ一つの理由があるとすれば──
(最大火力だよ? 今回は出来たからいいとしても、もし、もし何か一つがズレて、全部が台無しになったら? もし、止めれなかったら……アヴラージュ、確実に死んじゃう……。これは多分、姉ちゃん兄ちゃん達も同じだ)
死なせたくない。
失う事を毛嫌いするから、全力で断るのだ。
普段の無邪気さも、子供っぽさもかなぐり捨て、ただ死なせないために。死ぬという事が起こってしまう確率を、出来る限り、〇コンマ一パーセントでも減らすために。
「大丈夫だよ! そんな……」
「いいぜ、やってやんよ」
「え?」
「見たろ? 止めれんだよ、俺なら。面倒とも思わない」
──あろう事か、アヴラージュはそう言ったのだ。
「百パーセントな、止めてやんよ」
何の気負いもせず、そう言ったのだ。
何を考えているのかわからない。
なぜそうしてくれるのか、なぜそう言い切れるのか。確かにアヴラージュは、目の前で確かに、止めてくれた。しかし、それをしてくれる理由が見えない。
見えない、にしろ。
(何だろう……この気持ち……戦ってる時の、最高に沸いてる時と違う高鳴り……?)
未だ感じた事のなかった感情が、アラベルの脳を埋め尽くす。
憧れ? それはもう感じた。
期待? そんなもの何度も感じている。
では、この感情は何なのか。
野暮ったいが、敢えて言うなら──
(──かっこいい……)
これが恋でないなら、アラベルは、これが何なのか理解できなかった。
◆◆◆
とは言ってみたが、一応は当たり前の事なんだよな。
だって俺、今回の戦いで特段何かしたわけでもないし。突っ立って戦況を分析していただけだ。
そんな何もしないままだと、逆に俺が怒られかねない。お節介な原初の竜とかに。
《…………》
というわけで、アラベルの最大火力を止めて被害を無くすぐらいしなきゃ俺が罪悪感を感じてしまう。なので、面倒というか、戦うより楽なので別にいいって感じなのだ。
これからもずっとアラベルと行動を共にするというわけではないが、流石に今日だけって感じでもないだろう。その間に起きる戦闘はアラベルの必勝戦法でどうとでもなるっぽいので、俺はその尻拭いだけでいいというわけ。
アラベルは好きに戦える、俺は戦わなくて済む。Win-Winじゃないか。
それに、こんなの朝飯前なのだ。今回はルディアにやってもらったが──
《うん。ボクの〝零虚竜杵〟の所有権の一時譲渡も可能だろうし、コツさえ掴めば幾らでも出来るだろうね》
というわけだ。
「……ね、ねえ」
「うん?」
「あの──」
アラベルが何か言おうとしたところ、何と間が悪く──
「アラベル、無事!?」
オリヴィエさんが駆け付けてしまった。
その声を聞いて、何か言葉を飲み込むような表情をした後に、アラベルは振り返った。
「無事だよ! ちゃんと、亜人と亜獣も全部倒せたし!」
「そうなのね……というか! 凄いエネルギー反応があったけど、もし
かしてアナタまた最大火力をぶっ放したんじゃないでしょうね!? その後の復旧がどれだけ大変だと──」
おっと、これは誤解の匂いがするぞ?
仕方ないなぁ、オリヴィエさんは。まあ、常習的にそんな事しているアラベルも悪いとは思うのだが。今回に関してはひと味違う。
「オリヴィエさん」
「ん、はい?」
俺は無言で、戦場跡を指差した。
戦場跡。あんな極大光線が放たれたので、流石に道路や地面に敷かれたタイルなんかには焦げ跡がついている。
しかし特段、建造物が破壊された様子はない。路上と同じく、焦げ跡程度である。
ルディアの〝零虚竜杵〟が発動する『終響剣閃』及び『終響結界』は、その時消したエネルギーや物質と同質かつ一定範囲内のそれを収束させる効果がある。
本来ならフラウンホーファーの回折理論に従って光線は拡散し、周囲にも少なからず被害が出ていただろう。しかし、ルディアのそれが持つ収束効果によって被害は減少。バッチリ結界で受け止め消す事が出来、建築物の破壊は完全に防げたと言っても過言ではない結果となったのだ。
「これ……は……?」
「アヴラージュがね、止めてくれたんだ。受け止めて、くれたんだ」
「アナタの最大火力を? アヴラージュさん、が……? どうやって?」
「姉ちゃん達の魔術と同じ感じだよ。結界っていうのかな? そう、言ってた気がする!」
一応、魔術で結界も作れるらしいぞ。
アラベル、じゃんじゃん情報くれるな。オリヴィエさんだったらそんなヘマはしないんだろうが……有難い限りである。それにしても警戒心無さすぎじゃないか?
「そんな……アラベルの権能を、どうやって?」
「権能?」
「あっ」
あ、ヘマした。
意外とチョロいのかもしれない。この場でチョロベルの次くらいに……。
「姉ちゃんの間抜け~」
あの……あなたにだけは言われたくないと思います。
ちょこちょことはいえ、結構なヒントを幾つもくれてるあなたにだけは……。
別に言わないけど。
「……権能というのは、一部の者だけが持つ特殊能力の事です。別に、ワタクシ達が特別というわけでもなく、持っている者は持っているし持っていない者は等しく持っていません」
へえ。何となく、俺達の〝スキル〟と似ているような……。
《実際、同質のモノだろうね。考えてもみなよ、隔てられた別の世界ってだけで、世界の根幹原理が覆ると?》
確かに……。
仮に創造主というものが存在するとして、それぞれの世界が独自法則で成り立っているなんてあるわけないか。
《いるよ、創造主。だからこそ、ボクがそれを断言出来るんじゃないか》
え?
いるんだ、創造主。てか、それとお前に何の因果関係が──
……まさか?
《うん。察しの通り、母さん……プリヴァシオンこそ、この世界含む数多の世界の創造主にしてボク達概念竜及び世界を廻る〝概念〟の産みの親だね》
…………。
俺の魂、そんな人の夫だったの?
《そうだね。信じられないかもしれないけれど》
信じられるわけねーだろ! 逆にどうやったら信じられるのか教えてもらいたいぜ……。
まあ、この話はもういい。とりあえず今はオリヴィエさん達だ。
「これを明かすのもどうかと思いますが……いいですか?」
「ん? アタシは全然! アヴラージュの事、もう信用してっから!」
「だそうなので、お教えしますね。アラベルの権能は『強行突破』。『自身が放った攻撃は、如何なる権能や魔術の効果を受け付けなくなる』……という、効果を持ちます。アラベルが自覚した上で説明したものを意訳したものになりますが、こういう事ですね」
……は?
どういう事?
「……え?」
「ですから、『自身が放った攻撃は──」
「もっかい言えってそういう『え?』じゃねーよ! 無法すぎんだろがその権能ォ!!」
「ですよね、ワタクシもそう思います」
「にしては冷静だなおい……」
「聞き慣れ、感じ慣れていますから」
「ああそうですかい」
強すぎんだろその権能……。
ってか待てよ、じゃあ何でルディアの『終響結界』が通じたんだ?
《単純に能力の〝格〟だろうね。アラベルのそれは確かに超強力だけど、ボクのそれは神話級の代物だぜ? たった一人の権能一つで無効化なんて出来ないよ》
強すぎんのはこっちだったわ。
「それも踏まえて、なぜ止められたのかわかりませんわね。相殺や無効化は不可能ですし、力業で受け止めたにしては周囲への被害が小さすぎます。それにそもそも、魔術も無効なので結界で止められるわけないのですが……」
威力が強すぎて止められないというわけでもないっぽいので、多層的に結界を展開したから~という言い訳も利かなそうだ。
はてさて、どう言い訳したものか……。
「それで、どうしてでしょうね?」
「あ、えと……それは──」
「止めれるに決まってるじゃん! だってアタシ、権能使ってないもん!」
──え?
「その〝止めれる止めれない〟問題って、アタシの権能あってこそでしょ? でもね、アタシ権能使ってなかったから!」
……そんなわけない。
自分で言っていたじゃないか。戦闘になると抑えられなくなって、つい全力で撃ってしまうって、自分で……。
「こう……器? みたいな形の結界出して、ビームが逃げないようにこうっ……受け止めて! 器用だったよ~」
「そう、なの……?」
「そうだよ!」
「……抑えられるようになったの? 戦闘になっても」
「うん! アタシだってさ、ずっと迷惑かけ続けるわけにはいかないからね! アヴラージュも戦って、アタシの出番も減ったから! 気分沸かずに済んだからね!」
「ああ……そういう事ね。感謝しますわ、アヴラージュさん」
な、なんか……解決……した?
というか、凄いな、アラベル。顔色一つ変えずに嘘を吐くとは。
なんか、アラベルの動きが俺にとって都合よすぎないか? 偶然、偶然だぞ? 偶然、一緒に行動する事になって、一緒に戦っただけなのにだ。
しかも、戦闘に於いちゃ俺は特に何もしてない。被害を抑えただけだ。
アラベル……不思議なヤツだ。
「アタシ達、もうちょっと外で過ごすからさ! あ、でも、転移災害を受けた~って通報が何件も入るだろうから、その処理はお願い!」
「はあ……何かあったわけじゃなさそうだわね。その図々しさは何があっても変わらない、アラベルって感じだわ。……くれぐれも、無茶はしないでちょうだい。今も、これからも……」
それだけ言って、オリヴィエさんはさっさと飛んで行ってしまった。
俺達の世界にもある、飛行系の魔法だろうか? この世界風に言うなら魔術か。
対して驚いていない。魔術で結界的なものが扱える事も、アラベルを介して判明している。浮遊程度、出来るだろう。
俺が今、意識を引かれているのは──
「なぁ、アラベル、なんで──」
◆◆◆
これでよし──と、アラベルは内心得意げになる。
あそこで全ての真実を話してしまっていれば、アヴラージュはかなり面倒な事態に陥っていただろう。最悪、同行者だったシュトルツごと牢屋に入れられ尋問される事だってあり得る。
アラベルは、なぜそんな事をしなかったのか。
可哀想だから? それは違う。それも少しあったかもしれないが、本質は別にある。
(アヴラージュとは……まだ一緒にいたい。いてみたい)
──そう思ったから、何も言わなかった。それどころか、嘘を言った。
無邪気で無知、故に名前を知らない。興味すらもなかった。だからこその困惑と高揚感。
彼女は、アラベルは。
(この感情は、この感じは、何だろう……? 名前を付けるなら何だろう?)
知らなかった。
(でも……これは、多分ね、多分。アタシ自身、感じる事になるとは思ってなかったんだけど──)
アラベルは──、これが、恋でなければ何と呼ぶのか──
──知らなかった。




