第70話 一縷の閃き
「それで……どうしてあなた達はそこで整列しているのです?」
オリヴィエさんが指摘した通り、鑑識の人達が俺達の背後に音もなく整列していた。何とも速い行動であるが……。
「いっ、いえ! ただ、オリヴィエ様とアラベル様が現場に来られるとは聞かされておらず……!!」
「だから何ですか? 緊張してそんな事をしている暇があるのなら、早く業務に戻りなさい」
「「「はっ、はいっ!!」」」
おお、見事に統制しているな、これだけの数を。
鑑識の人達は大体二十人ほど。よく纏められるものだ。俺は確実に全員を把握できずに失敗する。
《ビックリするほどリーダーに向いていないからね、アヴは。ボクとシュトルツ、あとはリーベくらいの少数精鋭部隊内なら飛びぬけてリーダー適正が高いのに》
よく見てんな、人の事を。俺は自分の事をそう思った事はないぞ……。
《客観的に見ないとわからない事もままあるんだよ》
そうか……。ま、何にせよありがとな。自己理解は大切だからな!
《うんうん、キミの役に立ててうれしいよ、ボクも!》
ああ、いつもありがとな。
っと、長々話している場合じゃないな……。
「それで、お姉さま。この方を北方執務館に連れて行っても?」
「ん? ああ、構わない。メイズには連絡しておこう。何、ヤツの許可はいらん」
「メイズお姉さまに相談すると平気で数時間かかりますからね。優柔不断だし……」
あ、そうなんだ。
あの人、優柔不断なんだ。
メイズさんもメイズさんで政治に向いて無くないか? 首脳が優柔不断とか言語道断じゃあ……。
「それじゃあ、私は早急に帰る。後の面倒事は任せたぞ~」
そんな事を言いながら、リリスさんは再召喚したブルータルに跨ってビルの向こうに消えて行ってしまった。
「……これは、ついでに擦り付けられましたかね?」
「後は任せるってよ姉ちゃん」
「……ああ、頭痛がしてきます。面倒事が増えてしまった……」
なんだか居た堪れない……。
これはどうするべきだ?
《ふむ……試しに、アラベルちゃんの管理係を代わりに引き受けてみたら?》
どうしてそうなった?
《だって、大変そうじゃないか。不慮とは言え、ボク達の存在でオリヴィエさんの苦労が増えてしまったんだろう? だったら、それくらいしてあげたっていいじゃないか。……っていうのは建前。アラベルちゃんチョロそうだから、彼女の口からこの世界の情勢なんかを聞けるかもしれないしね》
おま、お前、悪魔みたいなやつだな……。
《悪魔だなんて人聞きの悪い。これも、この世界で生き残るための立派な戦略だぜ?》
それはそうなんだろうが……それにしてもだろ。
ま、もう何も言うまい。
「それじゃあ、俺達がいる間はアラベルさんの世話を引き受けましょうか?」
「俺、達? オレもか……?」
「当たり前だ。迷惑をかけているのは俺達なんだからな」
「……世話って……余計だよ!」
「あら、有難いお話ですね。ワタクシも疲れ切っていますし……任せても良いやも」
「まるでアタシが日常的に迷惑かけてるみたいな言い方はよしてよね、姉ちゃん!!」
反応的に絶対、日常的に迷惑かけてるだろ……。
オリヴィエさんを見ろ。このテンションで『迷惑かけてない』は無理があるって。
「むぅうう……」
「では、任せますわ。かなり手を焼くでしょうけど、言い出しっぺはそっちですものね」
あ、これはヤバイ。
裏とか考えずともわかってしまう。
そしてどうせ、数時間後には嫌というほどわかってしまうのだろう。アラベルさんの破天荒さは、俺達の予想を遥かに上回るなんてものではないのだと…………。
◇◇◇
元の世界の時間感覚的に言うのであれば、現在は午後十七時。日が沈み始める頃だが、この世界でも同じようだ。元々暁色なので違いはわからないが、太陽が移動している。そろそろ日没だろう。
こんな冷静に時間を確認しているが、現実の俺は──
「ほらほら、もっとあっち! もしかしたら美味しいものあるかもよ~~~っ!!」
「ちょ、ちょっと休めないかなぁ!?」
俺が世話係になる=俺と遊べる……と解釈したアラベルに振り回されていた。
今俺達がいるのは、転生前世界で言う商店街。エリア23にあり、様々な店が並ぶ、北方都市のメインストリート。
「あっ、クレープ! まだ食べた事ないお店だ! 入ろ!」
「ちょっと……待っ……」
店内からアラベルと店員さんの会話が聞こえる。
「この一番おいしそうなヤツ二つ!」
「まいどあり~。少しだけ待ってね~」
「は~い」
そう聞こえたかと思えば、アラベルが店内から出てきた。
「待ってってさ~。楽しみだね!」
「やっと休めるのか……」
流石は概念竜というもので、肉体的疲労は皆無に等しい。しかし、精神的疲労は凄まじい。体力はあるというのに、気力はもう底を尽きかけている。ヘトヘトだ。
買い物はあまりしていない。食べ物やスイーツこそ沢山買っているが、衣類や日用品はあまりだ。色んな場所に連れ回された。
オリヴィエさん……。日常的にこれか……。
ちなみに、シュトルツは「パス」だそうだ。今思えば、シュトルツの判断は英断だったな。
少し待つと、俺達の番号が呼ばれた。俺が動く前にアラベルが駆け出し、出されたクレープを二つとも受け取って俺の方に駆け寄ってくる。
「はいっ!」
「ああ、ありがとう……」
美味そうだがめちゃくちゃデカいクレープだった。バナナ、イチゴ等の果物が何種類か……カラースプレーやチョコチップ等のトッピングはほぼ全種類制覇……。
「高かったんじゃないか、これ?」
「ん~? 普通に一般市民感覚で行くとそうかもね~。でもね、アタシこれでも軍団長だから」
後で店員さんに聞いてみたが、別にアラベルを知らないわけではないそうだ。それどころか、慣れ親しんでいると。アラベルが誰かを連れ回して駆け回っているのはかなり日常茶飯事らしく、普通に微笑ましい光景なのだとか。
連れ回される方は地獄だろうがね──とも、笑って付け加えていた。
本当に地獄だよ……。冗談抜きに、マジで。美羽も破天荒な時期はあったが、これほどではない……。
それはそれとして、クレープはめちゃくちゃ美味い。とにかく甘い。甘党な俺からすれば天国の食べ物だ。
クレープを食べていると、周りがざわつき始めた。
少し周りを見渡すと、人だかりが出来ている場所を見つけた。
「んぐっ……見に行こ!」
精霊食いの俺もびっくりな早食いを披露したアラベルがそんな事を言い出した。こうなるともう止められないので、仕方なく俺もクレープを早食い。人だかりの方へ走っていった。
◇◇◇
見ると、ひとりの少女が楽器等の機材を用意していた。
眩い金糸の長髪と深く澄み切った空色の瞳を持つ、少女。
「こんなとこで〝シャル〟に会えるなんて奇跡だな!」
「生で歌声を聞くのは初めてだ!」
シャル……ほう。多分偽名だな。
転生前の世界で言う……ストリートミュージシャン? 的な、そういう存在っぽい。
ギターを手に、マイクを前に、彼女は──
「────♪」
聴く者を魅了する歌声を、この場に曝し始めた。
普段、そういうのに興味がなかった俺でも、思わず聴き入ってしまう。ギターの音色は優しく、暖かい。それに乗った歌声は、感情を直接揺さぶられているようで、それでいて、優しく包み込まれているような、そんな歌声。
あんなに破天荒で、制御の利かなかったアラベルでさえも、ぴたりと静止して聴き入ってしまっている。
そう、聴き入らない筈がないのだ。
言うなればこれは、神をも魅了する──
「~~~~~♪」
──聖なる歌声。の、ようなものなのかもしれない。
謎のストリートミュージシャン〝シャル〟の演奏を聴いていたその時、俺の耳がその歌に似つかわしくない〝異音〟を検知した。
パキンッ──という、ガラスが割れるような音。この場の全員を魅了する優しい歌声とは正反対の、破壊音。
聴き入っている住民達がざわめく様子はない。俺以外に聞こえてはいないのか……?
《竜に転生したんだ。キミは、自身の五感が人類のそれを大幅に上回るって事を、ちゃんと認識した方がいい》
おっと、思わず厳しめの意見をもらってしまった。
オーケー、気を付けるよ。
それはそれとしても……なんだ、事故でも起こったか?
実はこの世界、科学技術が大幅に発展しているのだ。車や自動二輪車……つまりバイクなんかは当たり前だ。それこそ、トゥールカピタルの昇降機だってそうなのだ。
俺にとっては、遥かに遠い前世の話とはいえ見慣れた景色。特にツッコむ事もなかったのだが──。
自動車がある。というところで注意すべき点は、やはり事故。この世界にそれを防げる技術──つまり、バグらない完璧な人工知能による自動運転技術。これが発展しているならば、まず事故など起こらない。しかしまあ、それがあるのかはわからん。
もしかしたら事故かもしれないが──、俺の深層意識的なものは、激しく警鐘を鳴らしている。
前世では、勘とかは参考程度に、だった。だが、異世界に竜として転生して、巻き込まれる形で沢山戦って……勘ってのも信じれるようになってきた。
《わざわざ『超速思考』まで使って、急に何を?》
──肉体がないお前には、今はわかるまい。
体全体をチクチク刺されてるような感覚がするんだよ。そんで、こういうのは大抵──、何かを予感した結果の現象だ。
「んっ……」
隣に立っていたアラベルが、ショートパンツのポケットから何かデバイス的なものを取り出した。警官もリリスさんもつけていた、あれである。
「はいはい、どったの姉ちゃん? ……ふむふむ、わかったよ」
「どうした、アラベル?」
「困ったね。アタシたち、今、こんな人混みの中じゃん? それ踏まえた上で言っちゃうんだけど……この近くに、亜人出るって」
……ほらな、ほらなほらな!!
そんな気はしたよ! 魔獣なんかもいなさそうなこの世界で、予感する何かっていえばそれぐらいしかないさ!!
てか、どうするんだ? 俺達の力は十分規格外だ。こんなところで使用しようものなら、周りの人間を巻き込みかねない。それは避けねばならない事だ。
故に、手詰まりなわけで──
「しかもさ、亜人とかの存在って民間人には秘匿されてるんだよね。霊子振動災害が起こるって言って、みんなを避難させてはいるんだけど……もうすぐ現れそうっていうし、避難も間に合わなそうだよね……」
やはり、これこそ真の〝詰み〟──って、あれ?
霊子振動災害?
霊子振動ってさ……。
《ああ。確か、ボク達が〝霊子振動反応の中心にいた〟と言っていたね》
都合よく考えるなら、〝転移〟と〝霊子振動〟は結びついていると、そう考えられるよな?
だったら、それで誤魔化せそうじゃないか?
「なぁ、アラベル」
「ん?」
「霊子振動災害の中に、〝転移災害〟はあるか?」
「あるにはあるけど──」
「一人づつの転移とかじゃなく、一定範囲が転移する災害か?」
「ええっと、それも──」
「霊子振動災害の中でも、起こるのは高確率か?」
「ちょっと待ってちょっと待って! ゆっくり答えるから!!」
それから、出来るだけ短く詳細を聞いた。
曰く。
霊子振動災害の中に、転移系の災害は存在する。発生する霊子振動災害の中でも、転移災害は別に珍しいものではない。
一人だけが急に転移するのではなく、一定範囲内の生命体が別の地点に転移する事が大抵。
そして、移動する距離は完全にランダムである。
──と。
これは……!!
《うん、イケるね、十分に》
俺達の『空間転移』が転移型霊子振動災害と同質だと分かった。というか、それを偶発的に起こせる事が。
だったらば、この状況を違和感なく切り抜けた上で亜人・亜獣に対処・討伐し、尚且つ人死にを出さない策など如何様にも立てられるのだ。
希望が見えてきたぞ。
「えっ? え、えっ? どういう事……?」
「あれ、二人は?」
「ノールの執務館」
「ええっ!?」




