最終楽章 悪魔の微笑
最終楽章 悪魔の微笑
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「任務完了~」
やけに間延びした声がする。
白い雪の上に、赤いものが舞っていて、場違いながらもきれいだなんて思ってしまった。
「……うぅ……」
うめく声しか出せない。
それもそのはず、シーラハンド王子が殺され、わたしを庇ったシダさまが殺され、そして嘆く暇も与えられず、わたし自身も出てきた男に腹部を刺されたのだから。
うまく呼吸ができない。涙が出てくる。
悔しくて。悲しくて。残酷で。
「うーん」
さきほどから頭上でなにやら唸る男。わたしを刺した男。
ああ、どうせならひと思いに殺してくれればいいのに。
どうせ助からないなら、殺せばいい。苦しみたくなんてない。
「お嬢サン? あなた、死にたいデスカ?」
ばっちりと目があった。きれいな、コバルトブルーの瞳。
男は、かがんでわたしと目を合わせると、ずいっと二輪の花を差し出す。
顔を歪めながらそれを見れば、赤い薔薇とアネモネであることがわかった。
「どうなんデスカ?」
さらに男はニヤリと笑う。
ええ、そうよ。わたしは、死にたい。死んで、彼らとともに。
「生かしてあげまショウカ?」
コバルトブルーの瞳が、光った。
いいえ、わたしは――。
「死にたく、ない」
口をついて出たことばは、正直だ。涙がぼろぼろとこぼれてゆく。
「い、生きた……い……死ぬの、は、怖……い……」
必死で言葉を紡ぐ。
すると男は、さらに満足そうに笑った。
「貪欲ですね。彼らとは大違い……」
ぐしゃりと二輪の花をつぶし、その赤い花弁をわたしへ振りかける。
白い雪が天から降ってきた。赤い、血のような花びらとともに。
「いいでしょう。では、お嬢サンの瞳をくださいな」
「え……」
「代わりに、きれいな海のような、そんな瞳をさしあげます」
男はからりと笑う。
なんだか、安心した。徐々に身体から痛みや苦しみが消えていくのがわかる。
「彼らの生命を、あなたにあげましょう。そうして生きながらえて、ワタシの駒になってください」
こくん、と頷く。『彼ら』を示すのが『双子の王子』であると知っていながら。
「彼らを……どうするの?」
黒い翼と白い翼をもった、天使のような王子たち。わたしが彼らをぼんやりとながめながら尋ねると、男は目を細める。
「第二王子の死因は事故死ということになります。亡骸はきちんと城まで運びますので、平気ですよ」
男はつづける。
「ああ、それから、あなたも死んだことになります。いいですよね?」
わたしは、魔法にかかったかのように、すぐに頷いた。
「それから、あなたはエナーシャの妹として、国へ帰る。お父上たちには、ワタシの魔術でそう錯覚させますけれど?」
「構わないわ」
彼は、くつくつと笑った。
「ああ、実にスバラシイ! あなたはワタシの人形にふさわしい!」
笑い声が、耳につく。
身体はもう動かせる。嘘のようだ。先ほどまでの苦しみもない。腹部からの血はきれいにとまっていた。
彼らのいない世界で、彼らの命を糧として。
わたしは、生きていくんだわ。
だって死ぬのが怖い。暗闇に堕ちていきそうになったとき、たまらなく怖かった。
ひとりだと、そう思った。
怖い、死にたくはない。
わたしは、ずるいでしょうか?
ふと、彼らの倒れる亡骸へと目を向けると、その傍らに転がる、黒みがかった紅い本が落ちていた。赤い血でぬれた、その、本。
わたしは手にとり、ページをめくることなく抱きしめる。
滅びの唄、リタレンティア――わたしはそれに魅入られていた。残酷なものが、うつくしいと思って。
だから、惹かれたのよ。
はじめて“彼ら”を見たとき、うつくしいと思ったの。朝日を浴びた、黒い髪。葡萄色の神秘的な瞳。
その背にはえて見えた色違いの翼すら、悪魔のようで天使のようだと、目を離すことができなかった。
ぼんやりとした意識のなかで、わたしはこの本を燃やそうと、そう、思った。
* * *
悲しみは、消えないの。
生きていても、苦しくて。
庭に咲いた薔薇とアネモネ。
いつも思い出すのは、白い雪が赤く染まる、うつくしくも残酷な光景。
心はいつも、悲鳴をあげていた。
「さあ、エナーシャ……いや――」
いったん言葉を切り、男はわたしの手をとる。そうして、ゆっくりと口をひらく。
彼の瞳が、ワインレッドの色を帯びた気がした。
「おいで、シャルロ」
今、行くわ。
あなたのもとへ。
あなたたちの、もとへ。
わたしは、ゆっくりと。
ゆっくりと、微笑った――。
おつかれさまでした!
まずはここまで読んでいただき、本当にありがとうございました!
こちら、【王国の花名】の外伝となるわけですが、いかがでしたでしょう。
今回はドロドロを目指しつつ……ちょっと恋愛っぽくしたんですけれど。(汗
本当は、エナーシャはもっと嫌な性格の女になる予定でした。笑
でも、なんだか……愛くるしさを求めてしまいました。。
それにやっぱり、シーラハンドとシダを殺害するのは苦しかったです。
はじめから決めていましたけれど、やっぱり、すごく、つらかった。
当初の予定よりちがった風になったところも多々あります。
特に、『謎の男』については笑
彼がどうして『シダ』と名付けたのか、どうでもいいような理由もあるのですが、それはまた別のお話。
このあと、また本編の第三部とリンクしていくと思うので、
どうぞ【王国の花名】もよろしくお願いいたします。^^
他に関連作品として他の外伝などもございます。
またちがった視点・時制から、リタレンティアの世界を楽しめるのではないでしょうか?^^
では、長くなりました。
ここまでお付き合いくださり、誠にありがとうございました!
(2010/09/20:書き終わり)