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 ガラガラと音を立てて、岩山が崩れ去る。


 黒く染まったメテオ、紅の闇を纏うキャロ、薄笑いを浮かべるハート。


 彼女達がオレを見据え取り囲む。


 黒雲が雨を降らせ、周囲の空気が冷え込んでいく。


「おやおやぁ〜? 今さらこんな事で惑わされないと聞こえましたが〜。その様子だと、心。折れちゃいましたかぁ〜?」


 ハートが嘲笑と共にオレを見下す。


 ふざけやがって……! 何度同じ事をするつもりだ……!


「わんわん(どうやった!? メテオの側にいた筈のお前が! いつの間にキャロを誑かした!!)」


 叫びと共にハートへと飛び掛かる。


 九水狐の体。全身が輝き光を纏う、九尾の先から剣が生まれる。


 オレの想いに呼応して、魔法が神聖獣へと姿を変える。


 だがそれによる攻撃も、闇の力を得たメテオに容易く受け止められる。


「ハート様に近づかせはしない」


 邪魔だメテオ!! お前が、お前が洗脳されたせいでキャロまで!!


 大地から生える巨大な杭、水の奔流、風の刃でメテオを襲わせる。


「その程度で我にーー」


「わんわん!!(どけっつってんだろ!!)」


 尾から伸びる聖なる剣撃がメテオの体を吹き飛ばす。


 そしてその勢いのままハートへと突進する。


「あらあらぁ? キャロは良いんですかぁ〜」


 刹那、背後から殺気を感じる。


 いや、殺気なんてオレにはわからねえ。魔力の流れを感じて反応する。そして予想だ。

 今の操られたキャロが、ハートに襲い掛かるオレを放っとく筈が無え。


 そう思えば、振り向かなくても対処は可能!


 大地から木の蔓を生み出す。それらは蛇の様にキャロへと絡みつき、拘束させる。


 キャロの体を、手足を縛り、大地へとひれ伏せさせる。


 すまない、キャロ……。今は耐えてくれ!


「おやおやぁ〜、中々やりますねえ〜」


「わんわん!(うるせえ! お前を倒して二人を正気に戻す!!)」


 ハートへと斬りかかる剣戟の嵐。


 そうだ。嵐の如く聖剣を振るう。尾の剣九本だけなんかじゃねえ。


 空中に無数の剣を生み出し、その一つ一つに意思を持たせて操っていく。


「何故キャロを操れたのか……、と聞きましたねぇ〜」


 原因になんか興味ねえ! お前を倒せば元に戻るんだろうが!!


「本当ですかぁ〜?」


 うるせえ!! メテオが起き上がる前にさっさと斬られろ!


 瞬間。奴の胴体がガラ空きになる。


 勝った……!


 奴が見せた隙に向けて聖剣による刺突を放つ。


「おやぁ? 私の娘が原因でもですかぁ〜?」


 奴の口元が三日月に歪む。幾度となく見せつけられる余裕の表情。


 刹那、オレの体が地に叩きつけられる。上から浴びせられる圧力に、身体の自由を奪われる。


 くそ! キャロか? メテオか!? なんでこのタイミングで……!!


 そう思うオレへと声が浴びせられる。


「アリス〜。私のお母さんに手を出しちゃダメだよぉ〜」


 ハートと同じ雰囲気を纏った声。しかし奴とは違う少女の声。


 嘘だろ……? だってこの声は……。


「アリス聞いてるの〜? ハートは私のお母さんなんだから攻撃しちゃダメ〜」


 声の主が地に伏すオレの顔を覗き込む。


 ハートと同じ青の瞳、輝く金色の髪、間延びした喋り方。

 エリスの無垢な瞳が、オレを見ていた。


 あぁ……、どうしてだ……? どうしてこんな事になるんだ……?


 こんなにも似通った特徴を持っていながら、どうしてオレはエリスに対し、何の疑問も持たなかったんだ?


 少女だったから? エルフと魔族は相反するって勝手な先入観か?


 いや、エリスは魔族とのハーフエルフだと聞いていた。なのに何故?


 同じ世界出身の転生者だったからか? オレが知る唯一の同郷の人間に会えて、舞い上がってたってか?


「アリス喋れないの〜? 私の重力魔法強すぎた〜?」


 エリスが変わらぬ口調で話しかける。悪いことなど一切していない風な態度で接してくる。


 重力魔法だと……? オレを縛り付ける力はそれなのか? 魔法は苦手と言っていたエリスがどうして……。


「うふふ〜。ワンちゃんはエリスが私の娘と知ってショックなんですよ〜」


 くそ……、元々敵だったエリスが、キャロの心を惑わしたってのか?

 最初からオレを騙す為に仲良くしてたのか……?


 エリスの魔法が、オレの体を縛る力を増していく。


「そっか〜。私も貴方がお母さんだって知らなかったもんね〜」


 エリスがハートを見つめ、心酔しきった表情を浮かべる。


 纏う結界の魔力が底を尽き、大地に身体がめり込んでいく。全身を苛む苦痛。


「えぇ、えぇ〜。私もまさかこんな感動的な再会をするとは〜。けど一目見た瞬間に気付きましたよ〜。親子の絆ですねぇ」


 ハートが笑みを浮かべる。母性に溢れた笑顔。見る者に安らぎを与える微笑み。


 だがそれが本心とは、オレには思えない。


 ……違う。何かがおかしい。この違和感は何だ? 痛みなんか無視しろ、考えろ。


 オレはこんなところで終われねえ。ハピアを救い出すまで諦める訳にはいかねえんだ……!


 だから考えろ。


 エリスはハートの事を知らなかった? 何故? エリスは知らない奴の話を鵜呑みにする様な奴だったのか?


 …………ダメだ。それがわかったからなんだってんだ。


 会ったばかりのエリスの事なんて、オレが全部知ってる訳無えだろ。


 わかったところで、今の状況を打開する手段なんて無え。


 オレの仲間は全員、ハートに操られちまった。


 クーはメテオの中で、操られてんだかメテオに使われてんだか知らねえが……。現状メテオは敵になっちまってる。


 もう、終わるのか……。


「おやおやぁ〜。どうやら諦めてしまった様ですねぇ〜」


 ハートの笑みを見つめる。どうしてコイツは、オレだけは操らねえんだ。

 操って仲間にして貰うのは、さぞ楽だろうな……。


 最初に敵対した時も、オレ以外は全員敵だったな。


「仕方ないよ〜。私たちの平和な故郷じゃ、こんな辛い事無いもん」


 あぁ、イジメにしたってやり過ぎだ。エリスとの思い出話、楽しかったんだけどな……。

 一緒に寝てくれたの、嬉しかったよ。ハピアが無事か不安で、眠れなかったんだ……。


「では我がトドメを刺してやりましょう」


 メテオ、戻ってきたのか。認めるよ、お前は強い。初めて会った時もメチャクチャ苦戦した。ハピアとクーの三人でやっと倒したくらいだもんな。


 人と魔族の共存を願った竜。お前の昔話なんてロクに聞いた事無かったけど、もっと聞いてやれば良かったな。


 お前が仲間になってくれたから、ココまで頑張れたよ。


「ふふふ〜。国の方々も目を覚ましましたねぇ。キャロの拘束を解いて差し上げなさいな〜」


 ハートが高らかに声を上げる。


 国民全部が敵か……。オレが回復魔法かけた奴らもいるってのに、薄情な奴らだな……。


 仕方ないか……。ハートは、この魔族の力は強大だ。誰も逆らえやしないさ。むしろ喜んで手下にしてくださいってなるのも、仕方ないんだ。


「キャロもアリスに言うことがあるのでは無いか?」


 メテオがキャロに問う声。オレたちとダラダラ過ごした時と変わらない声。


 おいおい、操られた者同士だと普通に話すのかよ。オレも混ぜてくれよ?


 無理か……。諦めて尚、オレはハートの事が嫌いだもんな……。


「アリス……、アリス……」


 蔓による拘束を解かれ、立ち上がったキャロが近付いてくる。


 あぁ、キャロ……。この世界で初めて会った、人間の女の子。


 死ぬほど弱かったオレを、いじめっ子から守った彼女。


 オレにこの世界での名前を与えてくれた。


 バロウ、森の仲間達と別れたオレの心を埋めてくれたのが彼女……。


 キャロ……。一度ハートの洗脳から目を覚ましたキャロなら、大丈夫だと思ってたんだけどな……。


 ……今、お婆ちゃんいないもんな。シャドウに取られちゃったもんな。


 あぁ、シャドウ。オレが死んだら、お前がアリスとして頑張ってくれ。ハピアを頼んだ。


 オレは、ココで死ぬ。


「キャロは何も喋れないみたいだね〜」

「キャロは強情ですからねぇ〜、まだ心が定まって無いのでしょう」


 キャロは、まだ諦めて無いのか……? ごめんな。オレ、一人じゃ何にも出来なかったみたいだ。


「そうか。アリスをコレ以上悲しませてはいかんし、そろそろ殺してやるとしよう」


 メテオが告げ、剣を振りかぶる。


 嬉しくない気遣いありがとうよ。


 あぁ、死ぬ前にもう一度だけ、ハピアの声が聞きたかったな。


 もう、ずっと聞いてないな。この世界に来てから、ずっと応援してくれてたのに……。


 もう、死んじまったのかな……。


 後悔ばかりだ……。オレがダラけて無かったら、ハピアが拐われる事なんて無かったかも知れねえ。


 ごめんな、ハピア。虹の橋で待ってるよ、シャドウと一緒に長生きしてくれ。


 目を閉じ、剣撃への覚悟を決める。


 刹那、風を切る音。瞬間、響く声。


 ーーまた、諦めるんですの?ーー


 聞きたいと願った声。それが耳に、いや、心に届く。


 ハピア……? あぁ、お前の声を聞いたら心残りなんて……。


 そう思った瞬間、鳴り響く金属音。剣が弾かれる音。


 違う。オレが剣を弾いた音だ。


「わんわんわん!!(こんな終わり方で納得出来るかああぁ!!)」


 生み出す衝撃波、周囲の奴らに向けてじゃない。自分に向けて突風を吹かせ、身体をぶっ飛ばす。


「わんわん!!(こんなところで殺されるくらいなら、逃げ回ってでも! 生き延びてやるわ!!)」


 風を纏い、小さな、体を薄く包む程度の獣化を果たす。


 一度死んでんだぞオレは! なんで二回目の方が悲惨な死に方しなきゃなんねーんだ! まだ4年も生きてねーんだぞ!!


 死に際にハピアの声聞いて! 諦められる訳無えだろうがぁ!!

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