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エルフ、砂に生きる  作者: 初荷(ウイニィ)
砂エルフ、旅情篇

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200/202

バルボーザの沈黙






「依頼の品じゃ。確認してくれ」


 マルレーヌの私室に招き入れられたバルボーザは、テーブルの上の薄い木箱を彼女へ押し滑らす。


「これ、お借りしていた鏡。使った後に綺麗に拭いたつもりだけど、確認しておいてくださいね」


 彼女もドワーフに向けて鏡を返す。


 同席しているヴァネッサは微笑むばかりだが、この後のマルレーヌの反応が楽しみで仕方ない。バルボーザは返却された鏡を手に取り、二度三度と角度を変えて鏡面を確認すると軽く頷いて仕舞いこむ。どうやらマルレーヌの手入れに問題はなかったようだ。


 マルレーヌが木箱の蓋を開けると、勿体をつけたように鏡の裏が姿を現した。当然だが裏の手入れもバルボーザは怠らない。装飾が施された銅鏡の裏面も、綺麗に磨き上げられて見る者を楽しませる。マルレーヌは自身の鼓動が高鳴るのを感じていた。


 鏡を手に取りそっと表に返した瞬間、マルレーヌは漏れそうになった呼気が、鏡にかからないようにグッと我慢した。

そして鏡を左手に、右へ左へと自分の顔を角度を変えて映し出すのだが、映し出された自身の顔を見ているのか、はたまた綺麗に映し出している鏡面を見ているのか最早わからない。


「磨き上げた鏡面は限りなく凹凸が無くなる。つまり凹みに汚れが溜まりにくくなり、曇りにくくなる」


「へぇ~綺麗に映し出すだけじゃないのね」


 つまり特別なことをしなくとも、日々使用後の手入れをしていれば良いという事らしい。


 仕上がりを十分堪能したマルレーヌは、鏡を木箱に納め、蓋を閉めてからようやっと深く息を吐いた。


「はい、これお金」


 小さな巾着をテーブルの上に置くと”チャリ”と小さく鳴る。ヴァネッサは手に取って中身を検めると、スゥと目を細める。


「ちょっと多いわよ」


「それだけの仕事だったからよ。わたし、モノと技術にお金は惜しまない主義なの。でね……」


 マルレーヌはずいと身を乗り出す。


「ヴァネッサ姐さん、こないだのアレでお店出さない?なんなら私、出資するわ」


「アレって……顔剃りの事?ちょっと待って。ここ界隈でも顔剃りとか髪結いとか、その手の店とか沢山あるでしょ。そこへ新たに参入するのはあれこれ大変だし、お客の取り合いになるって」


「姐さんらしくないわね。美容系小間物屋を始める為に店を辞めて、あっという間に軌道に乗せた行商人が何言ってるのよ。いくらでもやりようはあるでしょ?」


(確かに金持ちとか上流階級に顧客を絞ればやりようはあるし、使う備品や化粧品のあてが無い訳じゃないけど)


 ヴァネッサは言葉にしたら付けこまれると口にはしなかったが───


「姐さん?」


 百戦錬磨のマルレーヌも無言の裏を読み、無言の睨み合いが始まったのだが、そこへ水を差す言葉が。


「お邪魔のようだから、儂は先に戻っているぞ」


 さも自分は関係ないとばかりに席を立ったバルボーザであったが、マルレーヌがすかさずその太い手首を掴んだ。


「なぁ~にいっっちゃっているのかしら、オジサマ。アナタの腕も込みでの話じゃない」


 そのマルレーヌ笑みは妖艶な迫力があり、彼が経験した戦場とは違う戦歴のそれに、バルボーザの背に悪寒が走る。


「っ!何を言っておる!あれはたまたまで、それを仕事にする気はさらさらないわい!」


 ガタガタっと椅子を鳴らして立ち上がったと思ったら、あっという間に扉の向こうへ逃げ去ってしまう。


「ヴァネッサ、金は後で持ってくてくれればいいわい。それじゃあな!」


 扉の向こうで顔だけを出して言い捨てると、どたどたと彼らしくもない足音を立てて逃げ去ってしまう。


「「……ぷっ」」


 一瞬の沈黙の後、おもわず吹き出してしまう二人。


「「あははははは!」」


 目に涙を浮かべながら爆笑してしまう。


「はあっ、はあっ……」


「ふぅ、逃げられちゃったわ……姐さん、前向きに検討して頂戴。けど彼がいないと始まらないと思うわ」


 ヴァネッサはマルレーヌの提案に困った表情を浮かべるのであった。




★☆★☆




 開拓最前線と聞いて訪れたが、オルターボットは結構な発展を遂げていた。イメージとしては自然の脅威にさらされた、もう少し殺伐とした土地と勝手に想像していたのだ。


 確かに街の外壁からは、麦畑の向こうに鬱蒼とした森が広がり、事実先日もゴブリンの襲撃があったばかりであるし、いつまた同様の事件が起きるかもしれない。


(なんか思っていたのと違う)


 砂漠を南へ縦断して港町ギルギットを往復した時は充実感があった。


 王都に戻るか、それとも新たな街を目指すかと悩んでいた所に、彼女たちの来訪だ。


 なんだかんだ言ってエステルは面倒見がいいし、ナスリーンと言えば何でもギルド長が知己だったようで、久しぶりの再会に話題が尽きない。


 となると自ずと俺もオルターボットの滞在を伸ばさざるを得ない訳で……今日もギルドで講習をしている。




”どっ”


 振り下ろした鈍器は当たらず地面を強く叩く。


「はい、隙あり~」


 狼の頭を模して低い位置に構えた盾で、ルイシーナ弟の棍棒を持った腕を回り込みながら叩く。


「はい、腕を噛まれた、減点」


 これは四つ脚相手の訓練だ。構えた盾に攻撃を当てられれば加点、ただしこちらは当たらぬように避ける。こちらは盾突撃(シールドチャージ)を仕掛け、それに当たると減点になる。


 一対一だと大変だが、二対一になれば難易度は下がる。そして得物を鈍器ではなく槍に変えればさらに下がる。


「外したら即体勢を整える。お前たちはパーティ組んでいるならお互いにカバーし合えばいい。実際やっているだろう?棍棒でも槍でも、上から叩きつけて外したら素早く引いて構えろ。それだけでも相手は攻めるのを躊躇する。もし掛かって来るなら、引いた得物で突けばいい。やってみろ」


 講習に参加している若い奴らが、言われた通りに得物を振るい始める。


 上から振り下ろし、素早く引いて構え、鋭く突く。持っている武器はまちまちだが、これも一つの型だ。一つ覚えればがむしゃらに振り回すよりよっぽどいい。


「百回済んだら終了だ。回数こなすことが目的じゃないからな~一回一回相手がいると思ってやるんだぞ~」


 手本として一回やってみせる。


 踏み込み抜刀打ち下ろし、半身になり後退しつつ構え、踏み込み突き刺す。残心から音を立てずに納刀。……ん?折角の手本なのに、なにを固まってる。


「手が止まってるぞー。ほら、始め」


 固まっていた参加者たちが動き出し、再び武器を振るい始めた。ん、気合いが入ったようでなによりである。


(すげぇすげぇ)

(ゆるゆると思ったら何だよあれ)

(おれもあんな風に出来たら!)

(ゆるエルフ、パネぇ!)




 講習も終わりギルドのラウンジでお茶を一服。


 ラウンジから受付カウンターをボーっと眺めていると、エステルとナスリーンが吹き抜けの二階の扉から出て来るのが見え、それに続いて若い連中がぞろぞろと出てくる。


 彼女たちも連中の講習を受け持っている、というか彼女達が面倒を見始めたので、それに連なって俺もやることになったというのが正しい。


 エステルとナスリーンは二人で読み書き計算を教えているらしい。男も女も年齢も関係ない。希望すれば受講できる。


 読み書き計算への参加は幅広い年齢層が受講しており、受講者数も結構な数らしい。


 ……エステルとナスリーン目当てか?俺のところへは未熟な若いのばかりなのに、ひょっとしたらひょっとするかもしれない。もし何かあったりしたら……


 何かあっても彼女らなら何とかしそうだ。


 階段を下りる途中でエステルが俺に気付き、ブンブンと手を振ってよこすのでこちらもひらひらと手を振り返してやると、気付いたナスリーンも胸元で小さく手を振って来る。


 この辺りは性格が出るな。


 二人もお茶を貰ってきて同じテーブルを囲んでくる。


「ヴィリューク、そっちはどう?」


「基礎の型をやらせているが、まずまずだ。適当に振り回すより余程いい。そっちは?」


「それなりの人数だから回せているけど、これ以上人数が増えたらクラス分けしないと大変ね」


 ナスリーンはこともなげに言うが、それはギルドの仕事だぞ。


「少なくとも依頼票をすらすら読めるレベルまでにしたいわね」


「生活に沿った文例でないと、役立った感がでないから。でないと通ってくれなくなっちゃう」


 繰り返し通ってもらうには達成感が必要という事らしい。座学は大変だな。


 などと話していると、入り口に珍しい者の姿が見える。相手もこちらに気付いたようで、片手で合図をしてやってきた。


「こんにちは、ヴィリュークさん。歓談中失礼するわ」


「ああ」


”今よろしいかしら?”と声をかけてきたのは、いつぞやの女商人だ。


”ついつい”とエステルが袖口を引っ張って来る。ナスリーンも俺を見て微笑んだ。


 以心伝心、”だあれ?この女”ってことだろう。


オルターボット(このまち)まで来るのに隊商に参加してきたのだが、その時に一緒だった女商人だ。名前は───」


 紹介しようとして言葉に詰まる。名前……教えてもらったか?


「ヴァネッサです。小間物、美容系も商っています。お二人には……あまり必要は無さそうね。化粧品とか切らしたら力になれるわよ。お二人ともお綺麗ね……彼のイイ人たちかしら?」


 ”いやぁ……”と照れて身をよじるエステル。ナスリーンは笑みを崩さない。


「あら、ヴィリュークさんも隅に置けないわね。私にもお茶いいかしら」


 然程待つこともなくお茶が供されると、ヴァネッサはまずひと口含むが、すぐさまテーブルに戻してしまう。


「ギルドのラウンジじゃこの程度よね」

「私は嫌いじゃないわ」

「値段に見合っていると思うわ」


 彼女たちの評価もまちまちである。


「エルフ───のヒトたちって、お肌のお手入れって何を使っているのかしら?よかったら教えてくださらない?」


「洗顔と保湿が基本かしら?ハーブとか植物由来のものね。樹脂系も使うわ」


「たまに植物性オイルもつかうかしら。なんでも毎晩使った方がいいらしいのだけど、そんなことをしたらお金がいくらあっても足りないしね」


 当たり障りのない返答をした二人であったが、その実エステルは実家の母を頼れば原材料の植物をいくらでも育ててもらえるし、ナスリーンなら手紙を一枚書けば王室御用達の商会からいくらでも購入できるのだ。


 しかしそんなことをしなくとも、何でも作ってしまうエルフと元王立緑化研究所のトップが組めば、市場の物で大概のモノは作れてしまう。


(つまり基本の洗顔と保湿なのね。目的は同じみたいだけど、使っているモノが違うのかしら)


 二人のエルフの顔を、失礼にならない程度に窺がっていくヴァネッサであったが、”すぅ”と目が細まった。


「ねぇ、眉、綺麗に整ってるわね。それに顔の産毛も見当たらないけど、エルフって産毛はほとんど生えないのかしら」


 普人であるヴァネッサにとって、彼女らの肌の整え方は大変興味深いものである。それが人種によるものなのか、それとも彼女らの努力の成果なのか、努力なのであれば是非とも教えを請いたいレベルのものであった。


「んー気付いたときに整えるくらいよ」


「とか言うけどね、あなたのやっている手間暇ってブルジョアクラスよ」


(それが分かるほどナスリーンさんは上流階級の出か、それを経験している……ギルド長の師匠筋らしいから間違いない)


「っとと、話が尽きそうにないわ。また機会があったらお話しましょ。こんな街でも美味しい甘味処があるのよ───っと、目的を忘れて帰っちゃうところだったわ」


 そうだった。ヴァネッサは俺に声をかけてきたのだ。


「バルボーザさんを見かけたら”ヴァネッサが話がある”って伝えてくださらない?」


「ん?鍛冶屋を巡れば見つかりそうなものだが?」


「……避けられているのよ。足取りは辿れるのだけれども、行ってみると一歩遅かったり、すれ違いとかで捕まんないの、もう!」


 そう言い残して彼女はカップのお茶をぐいと飲み干し去っていった。






 数日後いつぞやと同じように、三人でギルドのラウンジでお茶をしていると、今日はバルボーザが振り返りながら中に入ってきた。


 三人そろって彼に手を振って合図をすると、慌てたようにこちらに走って来る。


「ワシの事は知らない、見ていない。いいな!」


 一体何を言い始めるかと思いきや、ハッと息をのんだバルボーザはキョロキョロと見渡し、素早く物陰に隠れる。


 なんとも大した隠形だ。見ていなければそこにいるとは気付けない見事さである。


 何事かと三人で顔を見合わせていると、間を置かずにヴァネッサが飛び込んできた。彼女は何かを探すようにぐるりと見渡すと、こちらに気付いて足早にやってきた。


「バルボーザさん、来なかった?」


 走ってきたのか、息を整えながら予想通りの問いをかけてくるヴァネッサ。


 背後の物陰に隠れているのだが、再び三人で顔を見合わせると、先んじてエステルが問いかけてしまう。


「ん?どうしたの」


 その問いかけを”来なかった”と受け取ってしまったヴァネッサは、荒いため息をついて俺たちのテーブルに着く。


「やっと見つけたと思ったら見失っちゃって。ここに逃げ込んだと思ったら……あ゛あ゛あ゛、もう!」


「まあまあ一息ついて」


 きれいなカップを出して水を注いで渡してやると、ヴァネッサは一息の飲み干した。


「こないだからなんで捜しているの?」


 ナスリーンの問いかけは俺も気になっていたことだ。


「……先日バルボーザさんに仕事を手伝ってもらったの。仕事は順調に進んでね、細かい経緯は省くけど彼にお客の顔剃りをやってもらってね、それも満足してもらえたのはよかったんだけど」


 髭剃りではなく顔剃りってことは、相手は女性か?その細かい経緯を知りたいのだが……ヴァネッサは構わず話を続ける。


「しばらくして、そのお客がいつも依頼してる顔剃りに施術してもらったら、彼の方が良いって言い出して……」


「専門家の施術なんでしょ?技術の差とか考えにくいから、道具の差じゃないの?」


「道具が問題なら、刃物の一本くらい頼めば打ってくれるだろう」


「けどね、その顔剃りのヒトが使っている刃物、ドワーフ謹製で手入れも欠かしていないんだって」


となると微妙な差異が好みと合致したのだろうか。


「え?てことはつまり?」


「そう、彼にもう一度、彼女の顔剃りをやってほしいの」


「「「あー……」」」


三度(みたび)俺たちは顔を見合わせてしまう。


 バルボーザの気持ちも分からなくもない。自身の専門技術を評価・依頼されるならまだしも、たまたま好意でやってやった専門外の仕事を再度頼まれたのだ。


「ん?髭剃りの延長でって事にはならないのか?」


「逃げ回っているってことは、ならないんじゃないのかな。こればかりはバルボーザの気持ち一つだと思うわ」


「ん~バルボーザっていう先例があるんじゃ、私のとっておき出して引き受けちゃうと拗れそうね」


「とっておきって……ああ、ダイアンの結婚式でやってやった化粧(アレ)か?あれは花婿も惚れ直していた程だから……やったら拗れるな」


「え?なに?エルフのとっておき?なにそれ興味あるわ!ぜひおしえ……、……」


 ヴァネッサは一瞬興奮の声を上げたが、すぐに消沈してしまった。その反応に俺たちも彼女の次の言葉を静かに窺う。


「それを教えてもらったとして、たぶん凄い評判になるとは思う。儲けも上がるでしょう。でもね……」


「「「……」」」


 彼女は両手の指と指ををもじもじと擦りながら続ける。


「でも、私は……彼と組みたいの。細かい気遣いのできる彼と、この商いを始めたいの」


 ヴァネッサは薄く頬を染めながら、そう宣言した。


「お邪魔しちゃったわね。彼に会ったら”捜していた”って伝えて」


最後にそれだけ依頼すると、足早に立ち去っていった。




 取り残された俺たち三人であったが、集まった視線の先からバルボーザが”のそり”と姿を現すと、先程までヴァネッサが座っていた椅子に腰掛ける。


「……」


「「……」」


「頼まれた通り、何も言わなかったぞ」


「……」


 そのバルボーザの沈黙は、ヴァネッサから引き継いだような沈黙であった。


「聞こえていたんだろう?」


「……」


「彼女、真剣よ」


「……」


「検討してあげたら?」


「……」


 バルボーザは席を立ち俺たちをぐるりと見渡すと、”じゃあな”と一言告げてゆっくりと立ち去った。


そして四度(よたび)俺たちは視線を交わす。


「あれ、脈ありよね」


何の事かを特定はしなかったが、エステルはそう宣言した。







ブクマ、イイねボタン、★★★★★、一言感想お待ちしております。


お読みいただきありがとうございました。



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