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子安貝の数え方

鳥籠館からはるばると来た道を戻る。


「燕の巣、お土産にもらいましたけど、帰ったらアルニカさんに料理してもらいますか?」

「君が作ればいいだろ?」

「美味しさのあまり昏倒する隠し味でも入れておきましょうか。意図せず混入する可能性もありますけどね」

「むぅ。ならすべて研究用に保管しておくか。君が研究してくれると助かるのだが」

「どうでしょうね。高貴薬とまでは言いませんが、果たして費用対効果が望めるのか」

「ツバメの唾液と海藻が混ざり合ってできたものだという。特別な薬理活性が見つかるかも知れん」

「それって干からびた鼻水とかと同じ類じゃないですか。食べる気なくしました」

「夢がないなぁ」

香雪邸の玄関前でアルニカが出迎えていた。朝の光が白衣の袖を透かして、彼女の影を長く引き伸ばしている。


「待っテマーした。あなータ宛ニ、小包ガ四つ。ドれも至急ダそうデース」


差し出された封書は、揃いも揃って同じ文面だった。

――つばくらめの子安貝か否か、鑑定を乞う。

署名はそれぞれ異なるが、要件は一字一句違わない。


「何だこれは?」


吾輩は古物商ではないと不満を漏らしながら押し付けようとした封書をホミカは手で払った。


「引き受けるも何も、結果の報告は今日の正午まで。しかも依頼人がここに来るみたいですよ」


教授は深い溜息を吐いた。



中身は四様だった。


「一つ目を開けますよ」


20センチ立方の桐箱を開封する。


「タカラガイ、ですね」


そこにあるのは拳よりも大きな卵形の貝殻だった。鋳造硬貨が誕生する前、人類はこれを貨幣として利用してきたと言われている。開口部が女性器に似るために別名を子安貝という。

「文字通りの子安貝が出てきたな。全部貝殻だと吾輩には違いが分からんぞ」


「次、開けますよ」


不思議な形状の石が入っていた。千鳥紋を模ったようにも見える。


「これは石燕だな」


「スピリファー?」

ホミカはこの生き物のような形の石について、先生が知っていることに驚いた。


「ドイツ留学中に見たことがある。太古の生物の化石らしい。日本だとシャミセンガイに近い生き物だったようだ。鳥の形をした石はヨーロッパでは縁起物として重宝される」


「確かに飛んでいる燕に見えなくもないです」

つばくらめの子安貝が燕によく似た貝というのならこれも本物っぽい。

宝貝の次は化石か。手紙と現物を見比べても真贋はよく分からない。だが、この依頼、どちらかが本物となれば、他方は贋物ということになるような……


「次開けます」

「よろしく頼む」


今度の包みが一番大きくて重たい。これじゃ中身は子安貝というよりは法螺貝ではないか。


「これは……箱?」


中身の正体は箱自身だった。漆塗り、金銀粉とともに銀河を思わせるような渦巻き模様が散りばめられている。


「こんな高そうなもの送るなんてどういう神経ですかね」


肩書きには『名物 すがいの蒔絵香箱』とある。


「すがい?」

人名か地名だろうか。菅井、菅生、須ヶ井?


「それはこうだろう」

教授は紙の上に『酢貝』と書いてみせた。


(貝の酢の物みたいな料理のことだろうか?)


ホミカが首を傾げていると、

「そうか、若者はもう知らんかなぁ。箱の渦巻き模様をよく見なさい」


「サザエの蓋のように見えます。小さいですけど。あぁ、貝の名称ですか」


「左様。小さな巻貝の仲間で、この蓋を酢に入れると動き出す遊びがある」


「炭酸カルシウムと酸の反応ですね。発生した炭酸ガスがこの小さな貝殻を動かすというわけですか」


しかし疑問は消えない。確かにお宝のようだが、これが子安貝と何の関係があるというのか。


「南方熊楠の『燕石考』という論文では、つばくらめの子安貝の正体はこの酢貝ではないかと考察している。だから酢貝で拵えたこの宝箱が本物だと言いたいのだろう」


天然物の次は加工品が出てきた。こうなるともはや貝しか共通項がない。


「最後のはかなり小さいですね」


包みというよりは封筒に綴じられた小さなものだ。重さもほとんど感じない。中からぱらぱらと砂が入ったような音がする。


「小石……ですよね?」

何の変哲もない爪よりも小さな石が二、三片入っていた。


燕の巣から出てきた石と書いてある。貝ですらない。


「馬鹿にしてはならんぞ。ヨーロッパでは燕が巣に持ち帰った石には魔力が宿ると信じられている。それに熊楠の『燕石考』では、洋の東西双方の逸話は石と貝の違いはあるが、その起源は同一であると論じている。本物の可能性がある」


もしこれがつばくらめの子安石と書かれていれば、由緒書きだけ見ればこれ以上の本物はない。

(でも子安『貝』ではないのよね)


巨大な宝貝、燕に似た貝の化石、螺鈿の宝箱、巣にあったただの小石。珍妙なラインナップである。


「これだけだとどう判断すれば分かりませんね」

「うむ。弱ったな」


そうするうちに、依頼人らが現れる時間となった。



玄関の方で、来客を告げる音が重なった。


「一人じゃなさそうですね」


アルニカが小声で言う。


ほどなくして応接間に通されたのは、四人の男だった。


顔、背丈はよく似ている。だが装いも気配も揃っていない。軍人風の八木、商家風の樽使、華族然とした菅井。代議士風の石上。共通点を挙げるなら――互いに視線を合わせないことくらいだ。


「お待たせした」


教授が前に出る。


「依頼を受けた小山だ。……しかし、四名同時とは珍しいな」


四人のうちの一人、八木が一歩進み出た。


「我々はそれぞれ別に依頼を出したはずですが」


「うむ、確かに別件として受理している」


教授は机上の四つを軽く示した。


「だが要件は同一。――つばくらめの子安貝の真贋の鑑定。みなさん無関係のように思えないが、どのような関係かな?」


一瞬だけ、空気が揃う。


次いで、樽使が口を開く。


「それは、結果に関係あるのですか?」


「困ったことに、どれも“子安貝”たりうる理由を持っている。このうち一つを本物とすれば、他はどうなる?」


互いに顔を見合わせる男たち。


「「当家の子安貝が本物であればそれで良い」」


「ちょっと待ってください。似たようなものが二つ以上あるのなら、どちらが本物らしいかを区別することも可能でしょう。しかし、あなた方が持ち込まれた品はあまりに違いすぎます。これは現品を調査するより由緒を調べる方が有意義だと考えます。持ち込んだ品がどういう由来であなた方の元に渡ったのか教えてきただきたい。そして、こちらの方が核心だと思われますが、あなた方が持つ燕の子安貝の真贋を今確かめる必要性とは何でしょうか?」


男たちは一瞬固い顔をしたが、観念したかのように口を開いた。


「それがですね、我々にも由緒が分からないんです」


(なるほど、どれが由緒正しいものかをはっきりさせたいというのか)


「実は我々、別々の家を継いでいますが兄弟でして、故人となった父から鑑定の品を授かりました。由緒書きはあるのですが、父はもっと重大なことを我々に伝えそびれてしまっていたのです」


そこにアルニカが入室する。

「あなーた、お客様デース」


「今は取り込み中だ」


「取り込み中のことナのデース。フィアンセ、来まシタ」


「誰だ?」

状況を飲み込めない先生に代わって、四兄弟が口を開いた。


「その方はこの件の関係者です。案内していただいてもよろしいでしょうか?」


応接間に現れたのは、二十歳ぐらいの麗しい娘だった。和装にブーツ。真珠と銀の輪の帯飾り。


「この方は、我々の婚約者、讃岐さんです。この鑑定結果を見届けてもらうために来てもらいました」


「我々?」

ホミカの怪訝な顔を見て、八木は補足を加えた。

「あぁ、我々のうちの誰かの婚約者です」

「どういうわけか説明してくれたまえ」

「もちろんです。讃岐さんの父と我々の父は、生前にある約束をしておりまして、我ら兄弟の誰かと讃岐さんを結婚させるというものです」


「許婚か。よくある話だな」


「はい。ですが、問題は誰が讃岐さんと結婚するのか父は決めていたようなのですが、それが誰だか分からなくなってしまいました」

「燕の子安貝を持つ者と結婚するようにと、父からは聞かされております」

「で、鑑定の話になるわけだ」

「そうなのです」

「なら、あなたの父は子安貝の正体が何か知っているはずですよね? 尋ねてみればよろしいのでは?」

「父ももう鬼籍で、我が家にも燕の子安貝が何か知る者はいないのです」


(それでもなおそれでもなお婚約破棄しないとは律儀なものだ)


「それは困りましたな。なら讃岐さんがこの中から誰かを選ぶのではいけないのですか?」


(先生、それは直接言い過ぎだ)


「私にはとても。荷が勝ちすぎますわ」

伏し目がちに兄弟を見渡す讃岐。

(誰かを選べば角が立つ、というのだろう)


「なら兄弟の中で我こそと思う方に全ての子安貝を譲り渡しては?」


「「それはなりません!!」」

兄弟は同時に答えた。


「私は讃岐さんとの結婚を望んでいるのです」と八木。

「我らのうち抜きん出た者がいれば諦めるかも知れませんが」と樽使。

「中立な第三者がこの謎を解くに越したことはない」と菅井。

「だから先生に鑑定を依頼したのです」と石上。


(当事者たちの希望でもある。鑑定するしかなさそうだ。婚姻は一人としかできないし)


「皆さんの考えがよく分かりました。なら今からいくつか整理をして結論を出すことにしましょう。まず燕の子安貝が何かをはっきりさせてから、持ち込んだ品物が当て嵌まるかどうか確認してみましょう」


「では、“燕の子安貝”そのものの話をしようか」


教授は椅子に腰を下ろし、指先で机を軽く叩いた。


「出典は竹取物語。かぐや姫が求婚者に課した五つの難題、その一つだ」


「仏の御石の鉢、蓬莱の玉の枝……でしたか」


菅井が口にする。


「うむ。いずれも到底手に入れることが無理そうな品ばかりだ」


「なら、燕の子安貝も同じでは?」


石上が言う。


「“存在しないもの”ということになりますが」


「そこが少し違う」


教授は首を横に振った。


「他の品は、いかにも“作り話”めいている。仏の鉢にせよ、蓬莱にせよ、最初から現実の外にある」


一拍置く。


「だが燕の子安貝だけは、妙に現実に近い」


樽使が眉をひそめる。


確かに燕の巣の中で宝貝を見出せば、それはまさしくかぐや姫の要求に沿うものだ。そんな場所に宝貝があるかはさておき、龍玉やら宝枝に比べれば実在可能性がある。


「燕もいる、子安貝もある。だからこそ、探せばありそうに思えてしまう」


教授は机上の宝貝を指で示す。


「つまり、燕の子安貝は特に竹取物語の難題の中で特別な意味合いがあると考えられてきた」


「それは何でしょうか?」


「竹取物語の結末は知っているな?」


「かぐや姫は誰とも結婚せずに月に帰る」


「そのとおり。そのことを踏まえると、燕の子安貝はほかの財宝と違ってかぐや姫本人のメタファーという説もある」

「燕の巣は仮住まい。いつかは去るもの。子安貝は得られない。子供はつくらない」

それにホミカが応える。


「つまり、燕の子安貝とは?」


「分からん」


「は?」


「所詮は物語、作り話だ。あなた方とて、依頼品が伝説上の子安貝とは思ってないだろう。さしずめ竹取物語に肖って作られた何か。あとは個々の品物の検証をするしかない」


讃岐は懐中時計を開き、またすぐにしまった。妙にそわそわしている。


「では私のものから」

八木氏が名乗りを上げる。

「これだけ大きな宝貝はこの世にありますまい」


「確かに立派だ。ちなみにお聞きしますが、この宝貝はどのような経緯であなたの元へ?」


「それは、父が讃岐家にお金を貸した際の担保として」

「金額はいくらですか?」

「およそ50円程度」

兄弟らは等しく首肯した。

「ふーむ。確かにこの品が子安貝と呼ばれるものに相違ない」

「おぉ、それでは」

「しかし、『燕の』という部分の説明は不足しているようにみえる。しかも、価値としてはせいぜい一円か二円ぐらいで50円の担保としては釣り合わないな」


(こんなに大きいと燕の巣に入りそうもないし、小さな燕が運ぶことも不可能だ)


「なら私の石燕はどうでしょう?」

「これは貝であることと、燕という要素は満たしている。しかし、子安の要素と担保たりえるかの疑問は宝貝同様に残る」


「なら宝箱は?」

「確かに担保としての価値はある。熊楠の燕の子安貝=酢貝説をとれば本当のようにみえる」


「で、では……」


「ちょっと待ったーー!!」

入館を告げる鈴が鳴り一人の男が乱入してきた。

依頼人らは顔を顰め、讃岐さんは口元を隠して目を見開いていた。


「何者だ?」

先生は侵入者を睨む。


「これは失礼教授。私も燕の子安貝の鑑定の依頼をしに参った者で、蓬莱と申します」


「君も持っているのか?」


「いいえ、ここには」


「状況が見えん。説明したまえ」


「もちろん。私もまた讃岐さんと結婚する権利があると主張します」

讃岐さんはまたしても口元を手で覆って赤面している。


「だが、持っていないのですよね?」


「はい。家に伝わっているはずですが、家を差し押さえられちゃいまして」

屈託ない笑顔でホミカに応える。

自身の汚点を気軽に語る人だなとホミカは思った。途端、ホミカは彼に対する違和感を感じていた。

「ダメですよ。そいつの話を聞いては」

石上の声が響いた。


「そいつはあろうことか、父の遺言に背いて、分配した資産を換金してーー」


石上が言いかけて、言葉を止めた。


「今までどこに行っていたのだ!!」


「少し外国に……」

(あぁ、持っている旅行鞄は透子のと同じだ)


「少しじゃないだろう。教授、そいつは信用ならない人物ですが、我らの弟であることは保証します」


「なら、君らは彼を婚約者の候補として認めるということかね?」


「認めるもなにも、そいつは子安貝を持っていない」


「ちょっと質入れしていまいまして」


「この馬鹿者が!」



「順番に話してください。全員、条件を満たしていない可能性があります」



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