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十姉妹の鳥籠館 解決編2

「性別? お嬢さん妙なことを気にするなぁ。実際に包丁を入れたのは俺だから覚えているよ。雄二匹、その他は雌だった……」

ハッと何かに気づいた料理人。

「お気づきになりましたか。ウズラは雌より雄の方が大きいのです。華族社会は序列社会。爵位の順で格が決まるなら、肉も大きさの順で配膳される。使用人は配膳の際に肉の大きさを比べていたのです。つまり、今回は虹村、蓮目の両氏の皿が毒入りだった。ご存知のとおり蓮目男爵は料理に手を付けなかったために計画は失敗しましたが」

「だが、ウズラの雄が毒化するってどんな理屈だ。俺は何度も調理したことがあるがこんなことは一度もなかった」

「そうでしょうとも。毒化は意図的に仕組んだものですから」

「毒化させる方法を知っているかのような言い方だな」

「はい。これが教えてくれました」

私は捕虫瓶を一本取り出してみせる。こに到着した際に捕獲したマメハンミョウである。

「これは、虫か? こんなものが何を教えてくれるっていうんだ?」

「なら、一つ実験を示しましょう」


ホミカは鶉の丸焼きを取り出した。

「これで一体何が分かるというのだ?」

「これは虹村氏の食べ残しです。片付けられないままになっていたものので間違いありませんね?」

羽虫の集る肉片を見て怪訝な顔の一同。静まり返ったホールに不快な羽音だけが残る。ホミカは気にせずに話を続ける。

「ヌカカが集っています」

「そりゃそうだろ。鳥が好きだって話だ」

「そうなるとちょっと話がおかしくなるのです。ならこちらはどうでしょうか?」

脂でベトつく皿、晩餐で丸鶏が乗っていた皿を取り出した。

「蓮目男爵が手を付けなかった鶏肉が乗っていました。厨房にそのまま残っていたものをお借りしました」

ヌカカは食べられていない鶏肉にも集っている。

「特段変わりないようだが……」

「ならこちらは?」

別の肉片を取り出してテーブルに置く。ヌカカは群がってこない。

「これはゴミ箱から取りました昨晩の残りです。誰かの食べ残しなのですが、同じ鶉肉でもヌカカが寄ってくるものとそうでないものがあるのです」

「確かに不思議だが、それだけでカンタリジンが含まれていると分かるのか?」

「ならもう一つ追加実験です」

ホミカはマメハンミョウのサンプルをテーブルに置く。するとヌカカはこの死体にも群がり始めた。

「このマメハンミョウにはカンタリジンがおよそ重量の一割強含まれています。どうやらこのヌカカたちは鳥に群がっているのではなく、カンタリジンに引き寄せられているようなのです」

「そんなことが……」

「カンタリジン中毒であれば、虹村伯爵の遺体の状況も説明できるな」と先生は言う。

「そうです。トイレの血痕は泌尿器からだったのです。だから外傷が見当たらなかった。大量のカンタリジンの内服による急性腎不全だったと思われます」

「そうなると、ウズラにそのマメハンミョウだかを与えたわけになるが、その犯人はまさか?」

「餌やりをしていた人物ですね」

「……」

皆下を向いていた。誰もが知るその名を誰もすぐには口にしなかった。

「待て待て。ちどり様がこうなることを分かってやったと? まだ五歳だぞ」

「少なくとも有毒であることは知っていたのではないでしょうか。でないと自身も毒で手が荒れますし。もちろん子どものやることに罪は問えませんが」

「誰かが吹き込んだのか」

「そうかも知れませんし、そうでないかも知れない」

「むぅ。にわかには信じ難いが、これがウズラ中毒の正体ってわけか」

「鴨の仲間には脂肪にカンタリジンを含むものがいます。しかも繁殖期の雄のみが毒虫を捕食するからだと言われています。食卓で話題に出たツメバガンやノガンがそうですよね。ウズラ中毒の正体がカンタリジン中毒かは不明ですが、少なくとも今回はカンタリジンでした」

「じゃあ、先日病死した九重子爵もカンタリジンで?」

「そうかも知れませんが、私はそうでない可能性を推します。ここなら毒入りの鶏肉を用意するのは簡単ですが、東京だとそうもいきませんよね。憶測になりますが、盛られた毒はフルオロ酢酸」

「何だそれは?」

「酢酸の水素の一つがフッ素に置換した化合物で、青酸に匹敵する猛毒です」

「なぜ分かる?」

「鳩豆でしょうか」

「さっぱり意味が分からんな」

「晩餐の際に、先生が鳩に豆鉄砲の話をしましたよね。その際に有塚家の方々がピリついたでしょう。そのときは鳩が何かしらの禁句かと思いましたが、禁句なのは豆の方だったのです。豆というのは、我々の食料として重要な地位を占めるものではありますが、通常食用となる豆でも生食は危険とされています。豆は普通毒性のある凝集タンパク質を含み、加熱する必要があるためです。タンパク質なので加熱することで毒性は失われるわけですね。それだけでなく、豆は毒性タンパク質以外にも有毒化合物を含むものが多いです。ですが、ハトはそれでも豆類を食べるのはご存知かと思います。さて、南洋のイギリス領にガスストロビウムという、現地で毒豆と呼ばれる植物があります。この豆には猛毒のフルオロ酢酸が含まれており、が生息する一帯は他の植物や虫もいないらしいのですが、ハトはこの豆を食べ、かつ外敵から身を守るための防御とするそうです。鳥類学者であった先代がイギリスから譲ってもらったのではありませんか。無論全てが憶測ですから事実とは異なるところも多いとは思いますが」

「ご明察ですわ、式見さん。いや、これは指導している小山博士の考えでしょうか」と最年長の一沙が答えた。

「九女、心乃に代わって私から言わせていただきますわ。あなたの推理どおり。私たちは共謀のうえ、九重子爵に毒を盛ったのです」

「お姉様!!」

「いいのです。八女が認めた以上、我々の関与について追及されるのも時間の問題です。まさかいとも容易く私たちの秘密が暴かれるとは夢にも思いませんでしたのよ。瀬波州の殺害方法についても当然見破っておりますのでしょう? お聞かせ願えませんか」

「先程、あなたは早贄と表現しましたが、これは百舌鳥の仕業ではなく、やはり鳩の仕業なのです。限られた時間で双塔に綱を渡し、家令を吊り上げるのは不可能。しかし、綱を渡すのを鳩に手伝って貰えれば可能となります」

「そんなに上手くいくものかね」

「綱は重いのでピアノ線を使ったのでしょう。細い線を束ねて人一人を殺したのです」

私は鳩の巣を取り出して見せた。

「窓にありました。ご覧ください、巣の材料にピアノ線があります。さらに西塔三階の部屋の中には鳩小屋がありました。鳩小屋とは鳩を沢山飼育するためのもので、伝書鳩を飼うのに使うのです。鳩小屋の存在は使用人らも知っていました」

使用人らはゆっくりと頷いた。

「伝書鳩とは、鳩の帰巣本能を利用して、文書等を運搬させるものです。西塔の鳩を予め東塔に移し、足にピアノ線を括りつけます。ピアノ線は被害者の衣服の袖から裾へと通す。家令は手当てを受けたのにもかかわらず、鉤爪の穴と自らの血で汚れた衣服を着ていたのは、ピアノ線を通すためにわざわざ犯人が着せたのです。おそらくワインに睡眠薬を混ぜて眠らせた状態で細工を仕込んだのでしょう。続いて鳩を外へと放ち、西塔の窓から鳩を回収、ピアノ線の両端を固定します。あとは位置を調節した後にピアノ線を切れば、被害者は鉄柵の上に落下するというわけです」

「だが、なぜそんなまどろっこしいことをしたんだ。殺すだけなら刃物でサクッとやってしまえば速いじゃないか」

「刺してしまえば、部屋の主である一沙さんの犯行と疑われてしまいます。だから不可能犯罪にすることにしたのです」

「それは納得するけどよ、そうなると犯人は西塔と東塔両方に同時にいたことになる。まさか複数犯とは言わねぇだろ?」

誰も一瞬息をしなかった。

「そのまさかです。ピアノ線を固定するまでの間、成人男性一人の体重を支えるとなると、最低でも両塔に二人、合計四人は必要でしょう。八女さんは私たちとずっといたのでアリバイがある。ですが……他の方々はどうでしょうか?」

「そう言えば……」

使用人の一人が答える。

「小山博士が蓮目様の部屋へと向かった頃、我々は次女の次実様に申し付けられて、お茶を厨房で探しておりました」

「なかなか見つからなくて俺まで一緒に探させられたな。結局見つからなかったが」

「三女の満様は、我々が見付けられないことに痺れを切らして、厨房の入口で待っておられましたね」

「となると次実さん、満さんと、使用人らにもアリバイがある。ないのは他の姉妹らということになりますね。むしろ、使用人らが邪魔しないように二人が見張っていたとも考えられます。最早、私が指摘することではありませんが、あなた方十姉妹は共謀して一連の殺人計画を企てたのです」

「なぜだ、なぜそんなことをする必要がある。後継者を皆殺してしまったらお家は断絶してしまうんだぞ」

「そうでもないんですよ。私はずっとこの館の名前がなぜ十姉妹なのか考えていたのです。十人姉妹だからではありません。だって十姉妹が生まれる前からこの館は十姉妹亭だったのですから。鳥好きの侯爵ですから鳥の十姉妹に因んだものに違いありません。では、十姉妹とはどういう意味なのか」

一瞬しんと静まり返ったのちに、料理人が口を開いた。

「どういう意味なんだ?」

「十姉妹はそう名のつく前から十姉妹だったのです」

一同は首を傾げる。

「十姉妹の語源は、この鳥が姉妹のように寄り添い合って十羽程度の群れをつくることに因むとか言われていますが、元々は十姉妹という言葉が先に存在しておりました。十とは数字のことではなくて数が多いという意味で、姉妹は血縁上の姉妹のことではありません。義兄弟という言葉に近いかも知れません。義兄弟とは、外戚にあたる兄弟のみならず、何らかの契りを結んだ男同士のような、兄弟同然の間柄のことを指すことがあります。なので十姉妹の本来の意味は、相互協定を結んだ女たちのことを指すのです。これがなぜ鳥の名になるのかと申しますと、この鳥は、真雁などの鳥類にも見られる習性ですが、仔の養育に夫婦のみならず、仔の兄、姉も参加する習性があります。ときには血縁のない仔や、別種の鳥の養育まで引き受けてしまう。兄姉が弟妹を慮る姿勢や、血縁でないものを家族同然に介助する性質から十姉妹と名付けられたのではないかと思います」

「して、それが有塚家とどんな関係が?」

「有塚姉妹が守る誓約とは何か。それはちどりちゃんを次期当主にすることなのです。それが有塚家の家範だからです。当主の実子以外の後嗣は認めない、そうではありませんか?」

「そのとおりです。華族令では男子以外の後継者に爵位を認めていません。ですから、瀬波州は家範を曲げてでも後嗣をと我らの嫁ぎ先に養子を出すように求めました。私たちは憤りを覚えるとともに、家範に違反した家令への罰と計画の阻止に動いたのです」

一沙が声だけは落ち着いたトーンでホミカの推論に補足を入れる。理屈の上では降伏を認めても、小娘ごときが分かった口をきくなと言いたげな熱を帯びていた。

「だけどよ、家範を守ったところで、懲戒処分を免れたとして、肝心な家そのものがなくなってしまっては元も子も――」

「平民風情がお黙りなさい!!」

一沙は顔を真赤にして激高する。料理人は目を丸くして押し黙る。

「処罰を恐れて家範を守るわけではありません。家範とは、単に華族令にそう定められているから守るのではなく、家が代々受け継ぎ守り続けてきたものだから、家族の一員として、家長を尊重し、助けたいから、祖霊を敬う気持ちがあるから守るのです。爵位程度で軽々に破ることはできないのです。これを軽んじる者は有塚家の家族でも、使用人でもありません!!」

「家の掟は法を超えるというのですね」

「そうですよ。鳥が容易く国境を越えるように、それは私たちにとって極めて自然なことです。たとえ同じ墓に入れずとも我々は有塚家の一員ですから。ちどりが家を継げば他のことはどうだって良いのです」

ホミカにもこの感覚は複雑ではあるが理解できた。と言うよりも、既に知っていた。代々の当主がなぜ家名の存続に腐心するのか。それは単に名を残すという表面上の意味に留まらず、その家が代々受け継いできたものを次の世代に繋ぐ。逃れようとする発想自体が、初めから与えられていない何か。抗うでもなく、従うでもなく、ただそういうものとして在るしかないということを。

「出頭なさいますか?」

「ええ、もちろん。有塚家を継ぐ者がちゃんとおりますから。私達のことなぞどうなっても良いのです。願わくば、我らの幼い姪の後見を教授にお頼みしたく思いますが……」

先生は頭を搔いて数瞬の逡巡ののち答える。

「残念ながらご婦人、私には資産管理の才覚がありません。先代へのご恩をことを思えば引き受けるべきなのかも知れませんが、私には荷が勝ちすぎる」

ちどりの後見はともかくとして、有塚家の莫大な資産の管理は難しい問題がある。資産管理は財政に明るい者でなくては務まらないが、そういった者は怏々にして金力への執着がある。財産の着服、横領のリスクが付き纏う。封建領主時代であればまだしも、適当な人材を得るというのはとかくに難しい。

「残念ですわ。なら仕方ありませんね、これも我らが選んだ結果なのですから」

「私からも以上です。どなたか反証があればどうぞ」


その後、有塚家は爵位返上、姉妹らの画策通りちどりが次期当主となった。華族特権がなくなった有塚家は、都内の資産を売却し、負債を返済、旧領地に戻ったということだ。ちどりの家は当然今のままである。


有塚十姉妹亭を立ち去る直前、馬車の迎えが到着するまでの間、私と先生は敷地際の崖から海を見ていた。先生は浮かない顔をしていたが、有塚家の依頼を断ったことを気にしている風ではない。

「帰りの船酔いのことを考えているのでしょうか?」

「それもあるんだがな……君はどうしてボードと潮汐力を使って壁を壊すトリックを思いついたのかとふと考えていた」

「あぁ、そのことですか。ハンミョウの道教えですよ」

「ハンミョウ? 確かにこの敷地にマメハンミョウは沢山いたが……」

先生は先程からサンプル採取として一升瓶ほどのマメハンミョウを捕獲していた。

「はい。ハンミョウは命名に混乱がありましたでしょう。なので普通のハンミョウのことを敢えてナミハンミョウと呼び習わすことを思い出したのです」

「並から波を連想したわけか」

「そんなとこです。この屋敷は海がこんなにも近いのです。海の特性を利用することもあるかなって。で、昨日は大潮だったのを思い出して、壁が壊された時間は引き潮だなと」

「なるほどなぁ。では、十郷男爵の事件のことももう分かっているのだろう?」

「これも憶測の範囲でしかありませんが……」

「おお、こんなところにカモメが」

先生は、傍まで近づいても微動だにしない灰色の鳥を見て、それに手を伸ばそうとする。

「いけません」

「わわっ! 何なんだ!?」

私の制止も虚しく、先生は鳥の逆鱗に触れたようだ。

「ゲゲゲ」

鳥は吐瀉物を先生目掛け吹き付けた。

「く、くっさ。何だこれは」

フルマカモメ。外敵に襲われると臭い油を吐きつける。カモメに似た海鳥である。

「そいつが十郷男爵焼死の共犯者ですよ。十郷男爵の死因は焼死でしたね。なのに、火種も油も所持してなかった。波に攫われたという話でしたけども。なので何者かが彼に油を浴びせ、火をつけた可能性も可能性としてはあるわけです。食べられない鳥の話がありましたけども、ツメバガンは肉に含まれる毒のために、ツメバケイは肉の酷い臭いのためということでした。なら、フルマカモメはなぜなのかと考えました。この鳥もやはり臭いからということを教えてもらいました。カモメと名が付きますが、ミズナギドリの仲間で、陸上では営巣地を除いて滅多に見つからない海上生活をする鳥です。加えてこの鳥は外敵に襲われると臭いのある油を口から吐いて攻撃することが知られています。姉妹らはフルマカモメを食べたことがあると言ったので営巣地がどこにあるのか知っていたのでしょう。まさか敷地内にあるとは思いませんでしたが。そこに十郷男爵を相続の件でと誘き寄せてフルマカモメに襲わせた。油まみれにった男爵に煙草を一服勧める形で火をつけたのではないでしょうか。警察が当初死後数日経過していると考えたのは、男爵に付着した臭いを腐敗臭だと判断したのでしょう。憶測ですから真偽のほどは分かりませんが……」

「そういうのは先に言ってくれ」

「先生に講釈を垂れるのは憚れると思いまして。それに、私は、人間以外の脅威に対しては女学生並みの防衛力しかありませんから。先生は私がいるからって油断しすぎです」

「こんなときに上手いこと言ったふうな口をきくな。と、とりあえず馬車には待ってもらって、着替えさせてもらおう」

先生は引き攣った顔のまま慌てて屋敷へと戻っていく。

「では、私も屋敷で待機しましょうか」

ホミカは考える。この一連の犯行は、家に対する認識の違いが引き起こした悲劇と言えるだろう。嫡子が女子でも家を継がせたい身内とそれに異議を唱える外野。だけど、本当にそれだけなのだろうか? 否、犯行は身内の共謀によるもので間違いないのだが、いずれこうなることを予見していた……いや、違うな。こうなることを期待していた何者かがいたのではないだろうか。華族令と家範を同時に守ろうとするならば、有塚家は代々直系男子を産み続けなければ存続できない。だが、それはいつか破綻する。有塚家家範はいずれ自らを滅ぼす時限爆弾のようにみえる。なぜ自身に不都合な家範を拵えたのか。待てよ……なぜ先代侯爵は後嗣が生まれないのに悠長にことを構えていたのか。なぜ家範原本が東京ではなく十姉妹亭にあるのか。もしかして……

そうしてるうちに先生が着替えて戻って来た。

「全く最難だったよ」

「先生!」

「む、どうしたのかね」

「先生は有塚家の家範を以前ご覧になられたことは?」

「いや、ないな。態々人前に見せるものでもないだろうし」

「先生、家範の原本が二つあるという可能性はありませんか?」

「何だ急に」

「十姉妹亭には家範がありましたが、それは元々ここにあったものでしたよね?」

「それに何か問題があるというのかね?」

「その場合、東京ではどうやって家範を確認するのでしょうか?」

「原本が二つあるとは考えにくいから、普通は書写したものをだな……まさか!」

「東京と十姉妹亭にある家範の内容が違っていたら。具体的には、直系男子しか後嗣として認めないという文言が東京にはなかったとしたら」

「まさか、あり得ない」

「後継ぎはこの屋敷に住まず、東京の屋敷で生活するということです。有塚家待望の男子だった先代は、十姉妹亭の家範を見たことがあったでしょうか?」

「いや、考えすぎだ」

教授は否定するが、ホミカの弁を止めることはできない。

「先代侯爵がこのこのを知っていたらもっと前から積極的に後継者問題に取り組んでいたのではないでしょうか」

「というと?」

「養子が襲爵できる条件は六親等以内でしたが、もっと簡単に後継者を用意する方法があるのです。末期養子の場合に時々あることですが、家臣の子を認知すればいい。実の子ということにしておけば難しいことは考えなくて済みます。なのに先代はそれをしなかった」

「家範の制限で後嗣問題が詰むことを先代は本当に知らなかったのか」

「あくまで仮説ですよ」

「よもやそれを知っていた者がいたなどとは言うなよ……」

ホミカは後味の悪いままに十姉妹亭を後にした。


馬車に乗り込む直前、背後で何かが鳴いた。

低く濁ったその声は、鳩のようでもあり、ヒクイドリのようでもある。


振り返ったときには、もう何もいない。

ただ、鳥小屋の影だけが、妙に濃く地面に落ちていた。磯の香が風に運ばれる。


あの屋敷で起きたことは、すべて説明したつもりだ。

鳥の習性、毒の性質、人の思惑。


——だが。


気がつけば、皆どこかへ“導かれて”いたようにも思える。


——ミチオシエ。


鳥は本能に従って動く。

人は家に従って動く。


違いがあるとすれば、

それを自覚しているかどうかだけなのかもしれない。


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