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十姉妹の鳥籠館 解決編1

「もう沢山だ。俺はこの屋敷から出ていくッ!!」

猟銃を持った料理人が捲し立てる。

「お待ちください。そんなことをしては相続に差し障りが……」

「それはそっちの都合だろ。このままじゃ、有塚家は断絶。そうなればどのみち俺はクビだ。今クビにしても同じこと。俺はやるぞ。俺だって山鳥の一つや二つ撃ち殺したことがあるんだッ!!」

「小山博士、どうにかなりませんか?」

八女な目を潤ませて言う。

「残念ながら、ご婦人。今、この状況ならば、相続の協議は中止せざるをえません。屋敷の外が安全ではないことから、避難できずにおりましたが、犠牲者が三人も出て、かつ、救助も見込めない以上は危険を排除するより他ありません」と先生は首を横に振って答えた。

「そんな……」

「私も協力しましょう。ヒクイドリは全部で五頭でしたな」

「お待ちを……」

「ご婦人、ご心配なく。我々は元より相続に関与しないわけですから、ヒクイドリの射殺も独断でのこと。有塚家の所有物を無断で毀損することをお詫びします」

先生が窓をそっと開けると、料理人は銃を構えた。月に照らされ、力強くも神秘的な巨鳥がその宝玉のように光る双眸をこちらに向けた。

料理人は照準を定めようとぐっと肩に力を入れるが、ガチガチと震えるさいで、なかなか銃口が据わらない。

すると、それを遮るように蓮目夫人が立ちはだかった。

「どいてくれ。でないとあなたに当たってしまう」

「退きません。あれは我が子同然。その子に何かあれば、全て無意味になってしまいます」

八女は声を震わせながらなお食い下がる。

「我が子同然って言ってもなぁ、ご婦人。あれは既にあんたの主人を殺したんだぞ」

「殺してなんかいません。もちろん瀬波州は怪我を負いましたが。それを見て、私はあの子にこんな非道いことをさせるわけにはいかないと」

「なら犠牲者が出る前に一思いに処分するべきだ。親同然ならそうだろう」

「あの子たちは襲いません。私が襲わせません」

八女はきゅっと口を結んで料理人を睨み返す。

「ならどうするって言うんだ。あのバケモノが親の言うことなら聞くとでも言うのか? 檻の中に入れと言えば入るような賢さがあの鳥頭にあるとでも」

「……聞きます。檻の中に帰りますとも。小山博士、屋敷の外に出ても構いませんか?」

「いいですよ」

先生は制止する素振りも、身を案じる言葉の一つも掛けずに、そっと玄関扉を開けた。八女は静かに屋敷から外に出た。姉妹らは立ち上がることはせずにただじっと事の成り行きを見守る。料理人と使用人らは八女がどうなるのか気掛かりで、窓から外の様子を窺っていた。

八女の姿に気付いた鳥たちは、すっと静かに彼女の方へと近づいていった。

「ほら、いい子ね。もう大丈夫。さあ、お家に帰りましょう」

彼女はヒクイドリの首を優しく撫でる。鳥は視線がどこを向いているか判然としないが、ゴロゴロと喉を鳴らし、ホミカにはそれが信頼の態度だと感じた。

するとヒクイドリは一匹また一匹と集まり、彼女の後ろをついて行く。しまいには、壊された鳥小屋の壁を通って、別の檻へと大人しく入っていった。さながらハーメルンの笛吹きのように。

「どういうことだ?」

事情が飲み込めない料理人は呆然とする。

「この一連の事件は、さながらセミラミスの謀略とも言うべきで、鳥の特性そのもの——すなわち、人とは異なる行動や性質を利用したものです。それではまず、ヒクイドリがなぜ八女さんの言う事をきくのかの疑問にお答えしましょう。それは、刷り込みです。鳥は生まれて初めて見たものを親と見做す習性があります。ここにいるヒクイドリは南方から取り寄せたものではなく、この屋敷で生まれた個体なのでしょう。姉妹のうちの誰か一人、または複数が親として刷り込まれているものと推察しましたが、どうやら蓮目夫人単独でしたか」

「言っていることの意味が分からん」

料理人はまだ納得できない様子。

「現場は扉に鍵がかかっていましたが、窓は空いていました。犯人の思惑としては、窓から侵入したヒクイドリが蓮目男爵に致命傷を追わせたというシナリオを考えていたのでしょう。部屋の鍵は簡単なことです。予めすり替えておいたのです」

「そんな馬鹿な」

「部屋の内側から鍵を掛けられるのに、態々鍵が使えるのか確認することってありますか? つまり、どこかのタイミングで鍵を取り去った、若しくは自分のものと交換したのです」

「だが、まだ分からないことがあるぞ。どうやってヒクイドリの檻を破壊したというのだ?」

「おそらくは月の力を使ったのです」

「意味の分かるように教えてくれ。ここから遠く離れた月がどうやって檻を破壊できるというのか」

「潮汐力、つまり潮の満ち干きを利用したのです。私は昨日、ヒクイドリの壁一面に夥しい傷跡を見ました。最初はヒクイドリが蹴った跡かと思いましたが、飛べないヒクイドリが天井付近を傷つけるのは不可能です。これは、ロープでの壁破壊の試行錯誤を何度もしたために生じた擦過痕だったのです。ロープも崖付近にありましたよ。今日は満月、大潮で海の干満の差が最も大きい。破壊された壁の先には海岸がありますので、壁に綱をくくりつけて、その先に舟のような水に浮くものを取り付ける。そのうち潮が引けば、舟は宙吊りとなり、その舟の重みの分だけ檻を引っ張る力が生まれる。引っ張りに耐えられなくなった壁はそのまま引き抜かれてしまうというわけです。自然の力を利用した時限装置ですね。これならその場にいなくても壁を壊すことができます」

「なぜ、そんなことをする必要がある?」

「なぜか? 犯人の意図までは分かりかねます。夕方以降に玄関を出ようとすれば、全員に目撃されますからアリバイを作るためとかそんな感じではないですか」

「式見さん、あなたは本当に勘が鋭いのですね。聞いておりましたよ。いかにも、私がヒクイドリたちの育ての親です。私が温めて孵した子たちが殺されるのを黙って見てられますか。そしてあなたの推理どおりの方法で檻を壊したのも私です」

戻ってきた八女が言った。

「だが、待ってくれ。鳥を操れるからといっても、どうしてわざわざ鳥を蓮目様の部屋に連れてくる必要があったんだ? 彼を殺すためか?」

「殺す必要はありません。なぜならそのとき彼は既に亡くなっていたからです。もちろん、まだ亡くなっていなかった場合の保険でもあったかも知れませんが。目論見どおり蓮目男爵は亡くなっていましたが、誤算が一つありました。この食べかけの果実です」

私は蓮目男爵の部屋から見つかった果実の食べ残しを取り出した。

「これはマンゴー……色が青いからまだ未熟か。いや、違うな。見た目はよく似ているけどこれは違う」

「ご明察、果実の形状はよく似ていますが注目すべきは種子です。マンゴーの種は小判型ですが、こちらの種子は毛糸玉のような形、つまり球体です」

「あぁ、なるほど。ミフクラギか……」

先生は呟いた。

「そうです。別名をウミマンゴーとも言いますが、マンゴーのように美味でもなければ、口にすれば有毒成分ケルベリンによって、心臓発作を起こして死に至ります。差し当たって、夕餉を食べなかった男爵に、マンゴーと偽って届けたのでしょう」

ジギタリス、キョウチクトウ、蝦蟇の油と同じタイプの毒である。

「だが、なぜ鳥を部屋に連れ込む必要があったのか? 部屋に入れるなら、その実を窓から捨ててしまえば良かったじゃないか」


「なるほど。その質問にはこの質問で返しましょう。八女さんが鳥を主人の部屋に連れてこれた時間、私たちはどこにいたか」

「あ!」


「ちょうどこの下の階にあるトイレでした。彼女が鳥を引き入れることができたのは私たちがトイレで倒れている伯爵を移動させているとき。このときに窓からものを投げ棄てれば、音で異変を察知されてしまいます。だから鳥に証拠の隠滅を託したのですよ」

「鳥が隠蔽? 鳥がその実を咥えて外へ脱出するとでもいうのか? そんな芸当ができるわけないだろ」

「ミフクラギの実はですね、ヒクイドリの好物なのです。この鳥はヒトと違ってケルベリン中毒にならないのですよ。ちどりちゃんの言葉を借りるならヒトと代謝が異なるから」

「なるほど……」

「ですが、誤算も発生した。蓮目男爵がミフクラギをほとんど食べてしまっていたのです。ヒクイドリは果実を丸呑みにするけれども、種子は食べない。だから部屋に残ってしまった」


「じゃあ、虹村伯爵もミフクラギを食べたから亡くなったのか?」

「いえ、彼の場合は違います。確かに食卓にマンゴーはありましたが、あれは本物でした。彼はウズラ中毒によって亡くなったのです」

「ウズラ中毒だって!? それはさっき小山博士がおっしゃったように、日本のウズラとは種として別物で、ずっと被害がないという話だった。それに、毒ウズラを調理した俺は大丈夫なのか?」

「おそらく今こうして生きているということは問題ないのだと思います」

「だが、どうやって伯爵の皿に毒ウズラが行くというのだ。どれも調理してしまえば違いなど分かるはずもない」

「では一つ質問です。食卓に登ったウズラ十三羽の性別を教えてください」

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