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十姉妹の鳥籠館 事件編3

「!?」

一瞬息が止まる。ヒクイドリは前傾姿勢だったのをぐった首を擡げてホミカたちを見下ろす。途端、こっちに向かって来るかと思いきや、鳥は窓から身を屈めて飛び出していった。窓は元から開いていたようだ。鳥は無理なく着地したらしく、夜陰に紛れてどこかへと去って行ってしまった。

心臓が強く脈打つのを感じた。

全員が再びものを言えるようになるまで時間を要したのは言うまでもない。

「あー、びっくりした。今のヒクイドリでしたよね」

「ああ、そうだろう」

興奮した様子で先生は返事する。

「一体どうやってここに?」

窓は開いていたが、地面から三メートルある。飛べない鳥のヒクイドリでは窓から侵入するのは難しそうだ。部屋は獣臭と微かに甘い果実のような香りが漂っていた。というか、蓮目男爵は?

「蓮目様? 起きてください」

一沙は、机に突っ伏している蓮目男爵の肩を擦るが、男爵に反応はない。そればかりか、揺らされた拍子に、そのまま床の上に倒れ込んでしまった。

「駄目だ、息がない」

先生は瞳孔が開ききっている男爵の顔を確認して言った。

「鳥に殺されたのでしょうか?」と一沙。

「どうでしょうな。確かに鳥に攻撃されて傷だらけですが、出血多量というほどには見えません。鉤爪ではなく、嘴で突かれたようですな。致命傷と言うべき傷がないわけで、しかも襲われたのであれば、このように綺麗に椅子に座ってなどいないでしょう。これは鳥が来る前にはすでに亡くなっていたと見るべきです」

私も先生の考えに同意する。

「外傷がないとなれば中毒だろう。だが虹村伯爵のような明らかな出血はない。彼は何か口にしただろうか」

「食事にはあまり手を付けていなかったようでしたが……あれは?」

部屋の角、床の上に何かの果実、いや、正確には果実の食べ残しがあった。拳よりやや小さい毛糸玉のような形の種。少し残った薄緑色の果実片が妙に艶やかだった。

(アボカドか?)

「マンゴーではありませんか。私の妹が持ってきたものでしょう」

「実がまだ熟していないようですが」

ホミカが疑念の声を漏らす。

「マンゴーには青酸配糖体のような毒は含まれていないはずだ。東南アジアでは、マンゴーやパパイヤ、バナナの未熟な果実を野菜炒めのような味付けで焼いて食べると聞く」

「鳥は偽装工作でしょうか。ですが猛獣をどうやって二階に運んだのか謎です。しかもこんなにも杜撰。刃物で刺したのであれば分かるのですが、リスクに対して得られる利益が低すぎます」

「鍵が閉まっていたのも謎だな。鳥が鍵を開けてかけるとは思えん」

「やはりハーストイーグルの仕業ではないでしょうか? ヒクイドリの跳躍では窓から入るのは不可能ですし、玄関からの侵入は論外。鍵も掛けれるはずがない。ですが怪鳥ならヒクイドリを持ち上げて窓へ放り込むことができます」

「なぜそんなことを?」

「分かりませんわ。生き物が考えることですし、この怪鳥はダチョウの仲間を襲うと聞いています。ヒクイドリの武器も上空の敵には無力ですから」

「た、大変です」

そこに三女が駆け込む。

「どうされましたか?」

「瀬波州が早贄に……」

「はやにえ? 一体どういう意味だ?」

先生は困惑顔。しかし、早贄という響きに、不穏な状況が発生していることだけは理解した。

「屋上の鉄柵に瀬波州が突き刺さって亡くなっていたのです」

「何ですと?」

「とにかく、急いで現場に向かいましょう」

姉妹らに案内され、一先ずホミカと先生は部屋を後にする。ヒクイドリが逃げた窓からは、ごおと温い風が吹き込んだ。


「あぁ、なんてこと!!」

家令が空を仰ぐように鉄柵に突き刺さって事切れていた。さながら百舌鳥の早贄のように。

使用人の一人は目を覆い、蹲ってえずく者もいた。

「取り敢えず、彼を鉄柵から抜こうか」

先生と料理人が2人がかりで遺体を持ち上げ引き抜こうとするが、なにぶん成人男性一人の重さと、足場の悪さが相まって上手くいかない。

「私も手伝いましょう」

馬鹿力を発揮してひょいと背広を摘みあげて床へと置いた。改めて遺体の状況を見る。死因は鉄柵が内臓を貫いたことによる失血死で間違いない。服装はヒクイドリに襲われたときに着ていたもののまま。上着を脱がすと肩に包帯を巻いている。手当てをしたと聞いていたのでその際のものだろう。

「どうやってここに突き刺さったのでしょう?」

被害者の遺体はちょうど建物の両側から中間の鉄柵にあった。屋上から担いで突き刺すのが単純な方法だが、さっき取り外しに苦労したようにかなりの腕力を要する。なら、両側の塔のどちらかから突き落とす方法が考えられるが、窓から遺体のあった場所までは十メートル離れているため人間の腕力で投げるのは難しいだろう。道具を使っても窓のサイズから考えるに投擲による方法は不可能だ。

「こんな芸当ができるのは先代様が探していたハーストイーグルとかいう化け物しかいないと思うぜ」

料理人が喚く。


「流石に大人を持ち上げるのは無理がある。両塔の窓から綱を渡して被害者を吊り上げたらどうだ? 実際に家令は東塔の三階にいたのだろう」

教授の冷静な分析が入る。

「それは不可能です。どうやって綱を渡すのですか? 日中にそのような怪しいものがあれば気付きます。視認しにくいピアノ線では強度に不安があります。束ねれば視認されますし。つまり犯人は夜間に綱を渡したことになりますが、そんな時間はありますか?」

ここにいる全員がずっとホールにいたのだ。全員にアリバイがある。部屋で休んでいた家令がこの間何をしていたかは不明だが、少なくとも家令殺害の容疑者はここにはいないことになる。一時間前の見廻りで屋敷の中、窓の外、異常がないことは全て調べた。先般のように予め綱を渡す行為はなかったのだ。そして、アリバイの空白を挙げるなら、私たちが男爵の部屋を見に行った五分の間。だが、その間に、双塔に綱を渡して家令を吊り、外へ投げ出す芸当は、何人いたところで無理だ。綱を渡すだけで五分が過ぎるだろう。不可能犯罪だ。もちろん次女なら家令の手当てをするついでに仕掛けを用意することもできただろうが、その後の見廻りで屋上に異常がなかったことから、次女の可能性も低い。それに、殺すだけならもっと簡単な方法があるはずだ。

「言いたいことは分かる。だが、それ以外に考えられないだろう」

「綱を使ったのなら、その綱はどこにいったのでしょうか?」

「分からないな」

「先生は馬鹿にするかも知れないが、巨大な鳥がいないという証明はできないのだろう。よく思い出してくれ、鳥小屋の壁も相当に大きいが、それを取っ払うだけでなく。どこかへ持っていかれた。鳥が持って飛んで逃げたなら説明がつく」

料理人が言うように、鳥小屋の壁を消し去ることも、家令を殺害するのにも相当な腕力を要する。巨大な鳥が実在すれば可能かも知れないが、そんな馬鹿な話、誰が信じるというのか。しかし、家令を吊り上げることができるのなら、鳥小屋の壁も同じ要領で吊り上げることも可能なのではないか。そう思って反対側の鉄柵から鳥小屋を見下ろす。無理だ。家令を吊り上げるならともかく、小屋の壁はそれを吊り上げようにも軒に引っかかる。見る限り小屋の軒に損傷はなさそうなので上階から壁を吊り上げる方法では上手くいかないだろう。

「取り敢えず、瀬波州さんをホールまで運びましょう」

西の塔の最上階からは十羽近い鳩が寄り添ってじっとこちらに視線を浴びせているようだった。




「蓮目氏を運ばねばな……」

家令をホールまで降ろした後、先生は力なく零した。

「現場の検証も不十分でしたし、私もお供します」

ホミカたちは、先生を先頭に先程も通った東塔の階段を登る。さっきはヒクイドリがいたが、窓は閉めたはずなのでもう出会すこともないだろう。

不安になり窓が施錠されているか見る。

(鳥類に私の毒が通用するか試したことがないな。ぶっつけで実験して失敗したら待ち受けるのは死だ。とてもできやしない)

「おや?」

窓の外に何かがある。何がとも形容し難い、いわゆるゴミ屑である。

(動物の毛? 鳥の羽根? 木の枝? 埃?)

それらがぐるぐるに丸められたような、人工物とも言えない何か。

(何だろう)

窓を開けて、落ちないようにそっと手に取る。形らしい形に作ったとも思えない。ゴミをまとめてそこに置いたみたいだ。何でこんな場所に?

その中にキラリと光るものを見つけ手に取る。

これは……ピアノ線?


「おぉ」

唐突に先生は驚嘆の声を漏らし立ち止まる。

「なんですか、また出ましたか」

「いや、ハンミョウが」

「ツチハンミョウですか? 普通のハンミョウですか?」

「普通だ」

「なら探しているものではありませんね、残念でした」

ハンミョウの毒というのはよく知られているが、実のところハンミョウに毒はない。ハンミョウは漢字で斑猫と書くが、元々は斑蝥であった。蝥の意味には諸説あり、顎のある虫、刺す虫、斑はそのまままだら模様ことだ。中国では有毒のキオビゲンセイのことを指すが、日本には生息せず、江戸時代に中国の文献を翻訳する過程で国内で特徴の当て嵌まる昆虫、ハンミョウにその名が当てられたのだ。なお、日本では芫青の代わりにマメハンミョウが使われる。

「ハンミョウの異称を知っているか?」

「いえ、薬にならないので、実物を見たのは初めてですし、よく知りません」

「ミチオシエと言うんだ。ほら、我々が近づくとニメートルほど飛んでこちらに頭を向けるだろう。道を案内しているように見えるわけだ」

「へぇ」

「トカゲなどの捕食者を最小の労力で撒くにはこの動きが最適らしい。ナミハンミョウの習性だ」

「ナミハンミョウの習性……」

(習性!?)

直後、ホミカの額の痣が熱を帯び始めた。

「……なるほど」

手のひらでそれに触れたあとの呟きはごく平坦だった。触れた、と言うよりは、そこに在ることを確かめるだけの仕草。

熱はもう、引いていた。

「先生!!」

「なんだ急に」

「先生は先代侯爵と会ったことがあるんですよね? ならそのときからヒクイドリは飼われていたのですか?」

「あぁ、いたよ。何でもこの鳥の寿命はヒトと同じぐらい長生きらしい。それがどうしたと?」

「大事なことです。ヒクイドリは野生ではないのですから」

「檻の中にいるのだから野生ではないのは当然だ」

「そういう意味ではありません。あの鳥の親は誰なのかという話です」

「君は何を言っているのかね。ヒクイドリの親はヒクイドリに決まっている」

「違います。育ての親のことを言っているのです」

「あ!」

驚愕の表情の先生。私は話を続ける。

「刷り込みですよ。獰猛な動物とはいえ、鳥であるならば、ヒトを親と思い込ませることができるはず」

「であれば親はヒクイドリに襲われない、屋敷の外に自由に出ることが出来るというわけか。なら親を探せば事件解決の糸口になるな!」

「それだけじゃないですよ。私に案があります。私も準備がありますから、先生は料理人に頼み事をして貰えませんか?」

「何を頼めというのだね?」

「それはですね――」

ホミカは先生に耳打ちする。

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