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1945年、あの日のそよかぜ  作者: 乃土雨


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45 そよかぜ

 1948年11月12日金曜日


 1946年5月に開廷した極東国際軍事裁判が判決に至る。

 

 4日後の16日火曜日

 山中家に中村から手紙が届く。

 裁判の判決に際し、中村の無念が記されたものだった。

 ご存知のとおり、松井石根大将は死刑判決となった。

 無罪を主張することも十分できたのだが、松井本人が全ての責任は自分にあると言って聞かなかったそうだ。最後まで、立派な人だと中村は書いていた。

 そして、731の石井中将については罪に問われることなく、篠山黒龍については行方をくらまし、とうとう見つけられず仕舞いとなった。今となっては、その存在自体あやふやなのだと言うことだった。

 結局中村の計画は、全てうまくいかなかったのだ。

 

 1948年12月23日木曜日

 巣鴨プリズンにて戦犯者7名

 東條英機

 板垣征四郎

 土肥原賢二

 木村兵太郎

 武藤章

 松井石根

 広田弘毅

 の絞首刑が執行された。


 太平洋戦争は、この日をもって真の終結を迎えた。



 1948年12月25日土曜日

 4時30分

 ミカは布団から起き出した。まだ外は暗く、シンと静まった家の中にはエルの寝息だけが聞こえる。

 枕元に置いておいた半纏に素早く袖を通す。吐く息は白く、布団で温まった体温をどんどん奪われていくのを感じる。

 でもこの感覚。

 ミカは嫌いではない。

 どちらかといえば、冬が好きなのだ。

 

 焚き木を竈門に入れ、古新聞を軽く丸めて焚き木の間に差し込む。マッチを擦って着けた火を古新聞に移す。火は一気に大きくなったかと思うと、すっと小さくなり、少しずつ焚き木に移る。パチパチと木がはぜる音。立ち上る煙。ミカは火に手のひらをあてる。


──あったかい

 

 これも冬の特権。

 しばらくゆらめく竈門の火を見つめる。


 ──さ。今日もがんばろ


 気持ちを引き締めて立ち上がり、朝食の準備に取り掛かる。

 ここは宮崎県国富町木脇。

 南国宮崎と侮るなかれ。冬はしっかりと寒い。

 


 湯が沸き、飯が炊け、ようやく朝日で外の景色が見え始める。

 朝食の準備がひと段落ついたところで、ミカはまだ寝ているエルの枕元に風呂敷包みをそっと置いた。

 中身はブリキのペンケースと鉛筆、消しゴム。

 今日はクリスマス。

 来年から小学生になるエルにプレゼントを用意したのだ。

 そうするものなのだと、平太の手紙で知った。西洋の風習を知ってエルは絶対プレゼントが欲しいと言って聞かなかった。

 生活にあまり余裕はないが、なんとか工面して準備したものだ。


 そろそろ年の瀬の準備に取り掛からねばならない。

 山仕事も畑仕事も、今年のうちにやっておかねばならないことはたくさんある。

 こうやって少し先の予定を考えると、ミカは決まって

 

 ──平太がおったらな 

  

 と思うのだった。

 

 「ん・・・」


 エルが起きたようだ。


 「おはようエル。ご飯にしよう」


 朝食

 ご飯(白米)

 みそ汁(わかめ、豆腐)

 卵焼き

 漬物


 こうして朝日の照らす家の外を眺めながら、囲炉裏の火にあたり、二人で摂る朝食も当たり前の光景となった。


 ご飯を食べたところで、エルはようやく枕元にあった風呂敷に気づいた。包みを解いて、大いに喜んだ。


 朝食の片付けを済ませ、前日の衣服をカゴに入れて外の洗濯場に向かった。

 エルは棒切れを振り回しながら家の周りをうろうろしている。


 洗濯板に昨日来た作業着を擦り付ける。水が冷たい。


 「あ、へーたや」

 少し離れたところからエルの声。


 「エル。あんまり遠くに行ったらいかんよ」

 洗濯物から目を離さずにミカが言う。

 冷たさが痛みに変わる。

 これしきの手の痛み。姉の痛みに比べたらなんでもない。


 ──お姉ちゃん、痛かったやろうな


 「ねえみか。へーた」


 「はいはい。わかったが」

 エルがいてくれることがありがたい。目が離せない存在がいると気が紛れる。

 エルがミカに駆け寄り


 「みぃかぁ。へーた!」

 と肩を揺らした。

 さすがにミカも堪えきれずに立ち上がり、後方にいるエルの方を向いて


 「もうエル。そういう冗談はタチがわる・・・」

 


 平太と目が合った。



 5メートル程離れたところに平太が立っており、背中には大きなリュックを背負い、少し汚れたシャツの腕を捲っている。


 ミカは表情を変えずに家に入って行った。

 自分が取っている行動にすら、ミカは理解が追いつかない。

 平太が帰って来たらなんと声をかけるか、毎日のように考えていたのに。

 

 こんなはずではなかった。

 

 全く現実味がない。


 「みか?」


 エルが不安そうに家の中のミカに声をかける。

 ミカが家から出てくると、男性物の半纏を手にしていた。


 「そんな格好じゃ寒いやろ」


 ミカが平太に歩いて近づき、半纏を差し出した。



 「ただいま、ミカ」

 半纏を受け取った平太が、ミカに声をかける。


 ミカは手を後ろに回して、右下に視線を落とした。

 「ん。おかえり。ご飯食べた?その・・・まだなら朝の残りが」


 平太がミカを抱きしめた。

 ミカの言葉を最後まで聞かないうちに。


 「会いたかった。ずっと会いたかったよ」

 平太の声がみるみる涙声になる。


 「23日の刑執行までは東京にいようと思った」


 「ん」


 「終わってすぐ、その足で南行きの列車に飛び乗って」


 「・・・ん」


 「ここまで帰ってきた」


 ミカの目にも涙が溢れてきた。


 「・・・うん。

 ばか平太。帰ってくるんなら連絡くらいよこさんね。出迎えは、平太がくれたスカート着とこうとおもっちょったのに・・・」


 「ごめん」

 抱きしめられていると、心地よい反面段々と恥ずかしくなってきた。

 照れ隠しに


 「洗濯しちょったかい、前掛け濡れちょるよ」

 と言ってみたが


 「構わないよ」

 とあっさり返された。


 ──ああ、この返答の仕方は間違いなく平太や。


 ミカも平太の背中に腕を回そうとしたが背負っているリュックに邪魔をされ


 「リュックでか」

 と言って笑った。


 平太がミカから離れて

 「ああ、お土産!たくさん買ってきたよ」

 そう言って平太は鼻を啜り、涙を手拭いで拭いてリュックを開けた。

 中には、エルのランドセルが詰め込まれており、それを引っ張り出してエルに渡した。


 「らぁぁぁ!らんどせるやぁぁぁぁ」

 エルが大喜びしてランドセルを持って駆け回った。

 その様子を見て、ミカも涙を手の甲で拭った。


 「ほらエル、ありがとうやろ?走るとケガするよ。平太、大丈夫?あれ高かったやろ?」


 「あれは僕の姉夫婦から。入学祝いだって。それから」

 平太は立ち上がってミカに封筒を渡した。

 開けてみてと平太に言われ、ミカが中身を確認した。


 「戸籍表」


 「うん。名前見て」


 「家長・妻山中ミカ。同居人・夫山中平太。子エル・・・・」


 ミカは涙と喜びの感情を堪えきれず平太に抱きついた。


 平太も優しくミカを抱きしめた。


 「これで僕たち、正式に家族になったね」


 「・・・うん。・・・ごめん言葉が出てこんわ。・・・ありがとう、平太」


 「中村が動いてくれて。戸籍はあった方がいいだろって。その・・・夫婦になっちゃった」


 「あはは、おんだすかんって言ってみたかったわ」


 「あ、ごめん。やり直す?」


 「いい。しばらくこのまま抱きしめさせて。最高のクリスマスプレゼントやわ」


 落葉樹の葉が落ち草木は枯れた山の野に、一束の麦の緑がそよかぜに揺れていた。



 ◇◇◇


 ここに、ある新聞記事の切り抜きがある。


 「市民に愛された食堂閉店」の見出し。


 宮崎市にあるミカエル食堂の閉店を伝える地元紙の記事だ。


 家族で経営していたその食堂は1955年のオープン以来、店主の素朴な味付けと絶品のみそ汁が評判となり、2015年閉店までの60年間市民に愛された。


 店主の女性が調理を、その補助を娘が行い、給仕全般を夫が担うスタイルで、夫の温かい人柄や家族の軽妙な会話にファンも多かった。


 閉店のきっかけは、店主の夫の死去によるものだった。


 事業継承の話もあったが、店主とその娘も継承はせずに店をたたむ道を選んだ。


 店内には店をオープンした時の家族写真や、娘が結婚した時、孫が生まれた時の写真などがさりげなく飾られていた。中にはもっと古い写真もあり、娘が小学校に入学した時の写真も飾られてあった。


 スーツ姿の夫。ランドセルを背負っている娘。

 当時としては珍しかったフレアスカートとコートを着た若かりし店主。店主の顔には斜めに大きな傷跡。

 家族写真であろうに、3人とも大笑いをしている一枚だ。



 2025年11月28日付けの朝刊

 おくやみの欄に、


 山中ミカ(97)


 の名が載った。

 葬儀は盛大に執り行われ、その立派な人生を物語るように、いつまでも弔問者が絶えなかったそうだ。



参考文献

鉱脈社 阿万鯱人作品集第2分冊第四巻「戦争と人間」

国富町、国富町老人クラブ連合会、国富町農業改良普及所 土とともに生きた人々の生活誌「いろりばた」

鉱脈社 滝一郎著 宮崎の山菜 滝一郎の山野草教室 

社団法人 農山漁村文化協会 日本の食生活全集45 聞き書宮崎の食事

廣瀬嘉昭写真集 昭和の残像

みやざき文庫146 木城町教育委員会編 高城合戦 二度にわたる合戦はどのように戦われたか

NHK宮崎放送局 NHK宮崎WEB特集 平和を祈る夏 宮崎市は空襲で焼け野原に 証言と神社の日誌

Yahoo!JAPAN 宮崎県の空襲被害 -未来に残す戦争の記憶

永岡書店 今井國勝、今井万岐子著 よくわかる山菜大図鑑

渡邉一弘著 宮崎神宮「日誌」に見る昭和二十年

鉱脈者 うどん

宮崎市史編纂委員会 宮崎市制施行満三十年記念 宮崎市の回顧と展望

鉱脈社 みやざき文庫74 福田鉄文著 宮崎の戦争遺跡 旧陸・海軍の飛行場跡を歩く

河出書房新社 太平洋戦争研究会編 平塚柾緒著 図解写真で見る満州全史

朝日新聞社 本多勝一著 南京への道

日本文芸社 太平洋戦争研究会編著 人物・事件でわかる太平洋戦争 重要人物から解き明かす日米決戦の真相

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