44 スカート
1948年10月
平太が宮崎を離れて2年5ヶ月が経った。
ミカは先月20歳を迎え、田代家でささやかな祝いを行ってもらった。
エルも6歳10ヶ月となり、来年の春からは木脇村立木脇小学校2年への入学が予定されていた。
「俺の見立てによれば、もうすぐ判決になると思う」
よれたネイビーのスーツを着た中村が山中家の居間にあぐらをかいて言った。
このネイビーのスーツ、1年ほど前に新調したものだが、中村のヘビーローテーションが祟り、3ヶ月ほどでくたり始め、現在では以前着ていたものと殆ど変わらない程よれてしまった。
「そうですか。ていうかなんでまだ居るんですか?もう用は済んだでしょうに」
ミカは土間で昼食の準備をしながら中村に言った。
実は中村。平太が家を離れて以降、2〜3ヶ月に1回はこうして山中家を訪れている。その名目としては、平太との約束であったミカとエルの生活費を届けるというものであったが、毎回届けた後はちゃっかり昼食をご馳走になって帰るのが定番になっていた。
今回の訪問は、それに加えて平太から預かったミカの20歳の祝いの品を届けに来た。
「ただいま。お、なかむら」
外出先からエルが帰宅した。
「よおエルちゃん。また大きくなったな」
中村が土間のエルに声をかけた。
エルは流し台で手を洗いながら
「そらもうすぐしょうがくせいになるとよ?せぐらいのびるわ」
「こらエル。中村『さん』やろ?帰ってきて直ぐ手を洗ったのは偉いけど」
「なんだ?普段は洗わねんのか?」
「うるさいわなかむら。ん?これなん?」
居間に移動したエルが、囲炉裏端に置かれた風呂敷包みに気がついた。
「ああ、平太からのお祝いやって」
「え、へーたから!?」
エルは目を輝かせて包みを解いた。
中身はフレアのスカートとコートだった。
「なんや。ようふくか」
食べ物であってほしかったエルはがっかりした表情になった。
平太の実家は市ヶ谷の呉服店。東京に行った平太はもちろん実家に顔を出し、姉夫婦に迎えられた。それ以降親交があるようで、時折ミカやエル宛に洋服が送られてくるのであった。
今回は、もちろん普段よりも気合が入った贈り物でミカは非常に喜んだ。
「ほら。エルにはこれと」
ミカが土間の戸棚から板チョコを2枚取り出してエルに見せた。
「やっば!へーたさいこうやわ」
一気に笑顔になったエルがミカからチョコレートを取ろうとすると、ミカはそれをひょいと高く持ち上げ
「ダメ、もう昼やかい。おやつの時に食べない。ちょっとずつ割ってやるかい」
と言ってもとの戸棚にチョコレートを戻した。
「いやや。いまたべるのはあきらめるかい、おやつでいちまいぜんぶたべたい!」
「なん言っちょるとや!そんなことしたら鼻血が出て止まらんなるわ」
「そんなことないもん!このまえくまじくん、いちまいたべたっていいよったもん!はなぢでらんかったっていいよったもん!」
「熊治くんは中学生やろ?一枚全部はダメ」
「みかのけち!」
「ケチよ。当たり前やわ」
そんな二人のやり取りを中村は笑顔で眺めており
「食べさせてやれよお嬢さん」
と口を挟んだ。
「なんですか中村さんまで。ダメです。別に食べさせんとは言ってないんやから」
どこの家庭でも見られるようなこの当たり前の光景が、中村には無性に喜ばしく思えたのだった。
「平太ならなんて言うかな」
中村がそうミカに聞いた。
「平太なら・・・?」
ミカは考えた。
「平太なら、やっぱり一枚食べさせてあげようよって言うやろうな・・・」
ミカの気持ちが一瞬揺らいだように見え、エルは中村に向かって親指を立てた。
「で、私がダメに決まっちょるやろって怒りますわ」
と言って昼食の準備に戻った。エルは中村を睨みつけた。
「はい、できましたよ」
今日の昼食
ご飯(白米)
みそ汁(具はアキノノゲシ)
セリの卵和え
セリの一夜漬け
「いただきます」
エルと中村が声を揃えて言った。
ミカがどうぞと言うと、二人ともご飯を掻き込んだ。
「ああ、うまい!東京の米とすると甘味が違うんだよなあ」
中村が飯を飲み込むより前にそう言った。
「どこでも米は一緒でしょうが」
ミカが呆れたように言う。
「じゃあ水だ。水が違うんだ」
中村はそう言って引き下がらない。
「むはあ。みそしるうまあ」
変な声でエルがみそ汁を飲んで感想を言う。中村もそうだなぁと続く。
「セリの卵和えもうまい!一夜漬けも、セリの香りが癖になる」
「それはどうも。みそ汁にはアキノノゲシ、別名チチグサを使いました」
「ああ、葉を千切ると白い汁が出てくるやつか」
チシャ、いわゆるレタスに近い食感で、生で食することもできる。
「セリは、この辺の水辺じゃ年中取れます。卵で和えるとエルはなんでも食べますかい」
ミカがエルを見て言った。当のエルは聞こえていない様子で食事に夢中だ。
「正直よ。こんな飯東京じゃとても食えねえぜ。平太のやつも、早くこの飯食いてえだろうな。よく言ってるよ。この時期はどんな山菜が取れるとか、どう調理するとうまいとか」
「東京に戻ったら平太に伝えてください。もう顔を忘れかけてるって」
セリの一夜漬けを口に運んで、ミカが嫌味を込めて中村に言った。
「すまねえなお嬢さん。本当にもう直ぐだからよ」
中村も、まさかここまで長くなるとは思っていなかったようで、平太を山中家から引き離してしまっていることに罪悪感があった。
「さいばんおわってもなかむらはごはんたべにくる?」
エルが中村に聞く。
「平太が良いって言ったらね。もう2年もこうやって様子見に来てくれてて、今更他人でもないし」
とミカがエルに言った。
「この飯が食えるならな。金払ってでも食いに来るさ」
中村は本心からそう言って白飯を口いっぱいにかき込んだ。
参考文献
鉱脈社 阿万鯱人作品集第2分冊第四巻「戦争と人間」
国富町、国富町老人クラブ連合会、国富町農業改良普及所 土とともに生きた人々の生活誌「いろりばた」
鉱脈社 滝一郎著 宮崎の山菜 滝一郎の山野草教室
社団法人 農山漁村文化協会 日本の食生活全集45 聞き書宮崎の食事
廣瀬嘉昭写真集 昭和の残像
みやざき文庫146 木城町教育委員会編 高城合戦 二度にわたる合戦はどのように戦われたか
NHK宮崎放送局 NHK宮崎WEB特集 平和を祈る夏 宮崎市は空襲で焼け野原に 証言と神社の日誌
Yahoo!JAPAN 宮崎県の空襲被害 -未来に残す戦争の記憶
永岡書店 今井國勝、今井万岐子著 よくわかる山菜大図鑑
渡邉一弘著 宮崎神宮「日誌」に見る昭和二十年
鉱脈者 うどん
宮崎市史編纂委員会 宮崎市制施行満三十年記念 宮崎市の回顧と展望
鉱脈社 みやざき文庫74 福田鉄文著 宮崎の戦争遺跡 旧陸・海軍の飛行場跡を歩く
河出書房新社 太平洋戦争研究会編 平塚柾緒著 図解写真で見る満州全史
朝日新聞社 本多勝一著 南京への道
日本文芸社 太平洋戦争研究会編著 人物・事件でわかる太平洋戦争 重要人物から解き明かす日米決戦の真相




