46 あれから、これから
「夜羽、遅れるよ」
母からそう声をかけられ
「んー」
と夜羽は気のない返事をした。
昨年の夏から少しづつ書き続けた自作小説「1945年、あの日に吹いた風」をとうとう書き終えようとしている。
曽祖母である山中ミカの話を元に書いた小説で、今日はその曽祖母の50日祭であった。
──ひいばあちゃんに最後のほう読んでもらえんかったな
ノートを閉じ、自室を出た制服姿の夜羽は車庫に停めてある車に向かった。
これから国富町木脇にある祖母エルの家に向かうのだ。
◇◇◇
50日祭は無事に終わり、山中家の客間で親戚一同昼食を摂った。
お酒も振る舞われ、親戚の親連中はほろ酔い気分でスポーツや政治の話をしている。当分帰りそうにない。
夜羽はそっと客間を抜け出し、縁側に座った。
季節は1月。縁側の板は冷たかったが、日差しの暖かさが心地よい。
──お腹いっぱいやし、こりゃ寝ちゃいそうや
夜羽は体を横にした。
──あ、縁側で横になったら朝子さんに怒られるわ
自作の小説に登場させた人物。曽祖母ミカの姉で、ミカ(小夜)の躾に厳しい姉のことだ。
「こらよっちゃん。縁側で横になったらいかん」
その声に夜羽は驚いて身を起こした。声の方を見ると和服姿で端正な顔立ちの女性が、和室から縁側に歩いてくるところであった。
「あ・・・朝子さん!?」
「はあ。ここはあったかくて気持ちがいいなぁ」
知らないうちに学生帽を被った男性が夜羽の横でごろごろと寝転がっている。
「兄さんまで。はしたない」
と言って朝子は夜羽の横に腰を下ろした。
「え、ってことは将吾さん!?」
夜羽は朝子が兄さんと呼ぶその人物も知っていた。
「外はさみいとに。小夜は大丈夫やろうか」
ガラス戸の向こうを見ながら朝子が言った。夜羽が外を見ると
「あ、ひいばあちゃんや」
17歳の見た目のミカがいた。隣の長身の男性と笑っている。
「ひいじいちゃん」
平太の後ろにはドテラを着こんんだ小太りの男性。
「親方」
平太と親方に茶を持ってきた老夫婦。
「田代のおじさん、おばさん」
ミカに声をかける男女
「下園久男さん、スミ子さん」
小柄な老婆が地面をあちこち指差している。
「クラさんや!」
クラが指差したところを棒切れで叩いてまわる幼女。
「エル!あはは、おぐらとんしよる」
日の当たる庭に、夜羽の書いた小説の登場人物が次々と現れた。
「小夜は幸せな人生を歩んだみたいやね」
朝子がそう夜羽に聞いた。
「ああ、見ればわかるさ」
その問いには将吾が答えた。
「朝子の躾は間違ってなかったな。えらいぞ朝子」
「・・・別に。私一人で躾けたわけやないかい」
朝子が照れ隠しに少し膨れて言った。
「私」
と夜羽。
「私、この家族の一員でよかった。本当によかった」
夜羽の言葉に朝子も将吾も優しい笑みを浮かべた。
エルがこちらに気づいて駆け寄ってくる。
「よっちゃん!よっちゃん!」
◇◇◇
「よっちゃん」
その声に夜羽が目を開けると
「・・・ばあちゃん」
エルが夜羽の肩を揺らしているところだった。
身を起こして外の庭を見たが誰もおらず、夜羽は先ほどまでの映像は夢だったのかとすぐに理解した。
「こんなところで寝たら風邪ひくが」
「うん。今、ひいばあちゃんの夢見ちょった。・・・ばあちゃん。あれからどうなったと?」
「あれから?」
「ひいばあちゃんから聞いた話の続き。ひいじいちゃんが戸籍表持って帰ったところまでやった」
「ああ。夏に聞いた話の。あれからね・・・」
ミカはエルの小学校入学を機に井戸川に挨拶へ行った。
そして、家族経営を重んじていた父に成り変わり、現在の代表である叔父に、その事業の全てを一任するという書面にサインしたのだった。
最後まで親不孝もんでごめんと、後にミカがこぼしていた。
それから、年に2回は必ず井戸川から挨拶の品が届くので、ご近所に配って回るのが大変だったそうだ。
平太の記憶は完全には戻らなかった。
特に戦地での記憶は全くと言って良いほど戻らず、裁判においても平太の記憶の状況から、証言はあまり重要視されなかったそうだ。
クラは1949年に他界した。
中村は終連解散とともに警視庁に入庁。
警察になりたかったわけではなかったが、元憲兵の経験を買われてのことだった。
実は、戦犯にまでは処されなかったものの、軍の上層部はほとんどが公職追放の罰を背負うこととなった。公務員、教職員、医者等の職業には就けないというものであったが、中には偽名を使って公職に就くものもおり、中村が警察組織に身を置くことでそう言った要注意人物の監視も担っていたのだ。
勤務態度は極めて悪かったそうだが、元731部隊という特殊な経歴もあって、上役にも多少無理が言えたらしく、定年まで勤め上げた。
宿敵である篠山の捜索を定年後も続けたが、その足取りは掴めず仕舞いだった。
山中家が1955年に開業させるミカエル食堂の発起人は言わずと知れた中村だった。
2016年他界。
「ひいばあちゃん達3人が住んでた家は?」
「家?」
「ほら、土間と居間しかないあの家」
「ああ、あの家。あれからしばらく住んだけど、田代のじいさんが亡くなってから引っ越したとよ。今は高速道路が通っちょるやろ?あれに引っかかって、取り壊されたわ。もうない」
「そっかあ」
夜羽は少しあの家が見てみたかった。
「あ、田代のおじさんの家は?まだある?」
「ここよ」
「へ?」
「この家。ここが田代さんの家やったつよ。ほら、そこに見えちょる牛舎が平太と親方が立てたもんやわ。今は物置やけんどん。田代のじいさん。クラさんが亡くなってすぐ亡くなったとよ。それから長男さん家族と田代のばあちゃんがしばらく住みよったけど、ばあちゃんが亡くなった時にこの家をミカが譲り受けたと」
「そうやったんや。ここが田代さんの家やったんか。私知らんうちに聖地巡礼しよった」
「よっちゃんは、これからどうするとね。来年受験やろ」
「私は・・・」
夜羽が目線を下げる。
エルが立ち上がってガラス戸を少し開ける。
「分からん。何がしたいか、何になりたいか。何が向いてるのか。・・・だから、もう少し考えたい・・・かな」
開けた窓からすっと冷気が入ってくる。
日を受けてポカポカし始めた頬に当たって気持ちがいい。
「そよかぜやね」
夜羽がそう言うとエルも
「そよかぜや」
と続けた。
「よっちゃんの後ろには、ミカも平太も私もおる。家族も親戚もおる。あの1945年を生き抜いたご先祖がついちょるっちゃかい。安心して好きな未来を選んだらいい」
そよかぜを受けながら、目を閉じてエルが言った。
「うん」
夜羽は顔を上げて安心したように、少し笑って答えた。
1945年、あの日に吹いたそよかぜも。
今、こうして吹いているそよかぜも。
いつも変わらず人の頬を掠めてきたのだろう。
人も、このそよかぜのように変わらず平和を求め続けねばならない。
いつかこの世界から「戦争」という言葉すらなくなるその日まで。
参考文献
鉱脈社 阿万鯱人作品集第2分冊第四巻「戦争と人間」
国富町、国富町老人クラブ連合会、国富町農業改良普及所 土とともに生きた人々の生活誌「いろりばた」
鉱脈社 滝一郎著 宮崎の山菜 滝一郎の山野草教室
社団法人 農山漁村文化協会 日本の食生活全集45 聞き書宮崎の食事
廣瀬嘉昭写真集 昭和の残像
みやざき文庫146 木城町教育委員会編 高城合戦 二度にわたる合戦はどのように戦われたか
NHK宮崎放送局 NHK宮崎WEB特集 平和を祈る夏 宮崎市は空襲で焼け野原に 証言と神社の日誌
Yahoo!JAPAN 宮崎県の空襲被害 -未来に残す戦争の記憶
永岡書店 今井國勝、今井万岐子著 よくわかる山菜大図鑑
渡邉一弘著 宮崎神宮「日誌」に見る昭和二十年
鉱脈者 うどん
宮崎市史編纂委員会 宮崎市制施行満三十年記念 宮崎市の回顧と展望
鉱脈社 みやざき文庫74 福田鉄文著 宮崎の戦争遺跡 旧陸・海軍の飛行場跡を歩く
河出書房新社 太平洋戦争研究会編 平塚柾緒著 図解写真で見る満州全史
朝日新聞社 本多勝一著 南京への道
日本文芸社 太平洋戦争研究会編著 人物・事件でわかる太平洋戦争 重要人物から解き明かす日米決戦の真相
乃土雨より
最終話、読んでいただきありがとございました!
途中2ヶ月ほどお休みをいただきましたが、ここに無事完結を迎えることができました。
分かってます!
45話の麦の場面で終わっとけばスマートでしたよね・・・
どうしてもその後の逞しく生きた山中家を描きたかったんです。
46話で興醒めってなる方もいるかもしれません。
でも、現在は過去から繋がっています。現在を生きている私たちには必ず1945年を生きたご先祖が存在します。
そのすべての方に敬意を込めて
乃土雨のスペシャルサンクスは、すべての読者様です。
ありがとうございました。




