第99話:『あなたを、想って』
――窓を叩きつける様な強い雨の中
レナードは、言葉に詰まって居た――
『伝えれば、救われるのか』
『伝えれば、赦されるのか』
『伝えれば、報われるのか』
――その、どれもが
彼には違って見えて居て――
……
「私はずっと、君を……
君を――深く、傷つける様な嘘を吐き続けていた」
「嘘?……どう言う事ですか?」
「……君が居ると言う安堵と、君の優しさに甘え
私は、気付かないフリをしていた。
アイナ……君の『退職願』には
一度、書いて消した跡があった。
アイナ……私は、君の『記念日』を
忘れて居た訳では無いんだ……アイナ。
……今更、何を言っても信じては貰えないだろう。
だが……それでもどうか
私の言い訳を聞いて欲しい。
どうか……頼む……」
……沈黙の後、静かに頷いたアイナ。
直後、レナードは今日に至るまでの『全て』を
詳らかに語った――
……
「……あの日、私は
屋敷の者達にも悟られぬ様、屋敷を出ていた。
君の経歴書……その備考欄に書かれた文言に
『憶え』があったから……それを叶える為
私は、秘密裏に準備を進めていたのだ。
……だが、皮肉な話だ。
あの日、秘密裏に向かった店の中で
こうして、寝かされていると言うのは……」
「へ……それって、まさか……」
「……ああ。
私は、君の思い出を大切に扱いたかった。
君がメイドを目指したと言う、その『切っ掛け』を。
……その一端をも祝いたかった。
君の誕生日と言う記念の日に
最大の賛辞として、フリューゲル殿に
当家でパンを焼いて貰おうとしたんだ。
だが……断られてしまった。
……無論、彼が悪いなどとは言っていない。
唯、彼の職人としての矜持が
私には理解出来ていなかっただけだ――
『俺の窯で焼いた物が、俺のパンだ』
――そう聞かされた後、私は絶望した。
唯、買って帰るだけでは
それだけでは不足だと思えてならなかったから。
『では、布に包み持ち帰るか?』
……そうも考えたが
直ぐにそれは誤りだと知った――
『思い出を軽んじて居るかの様に映る』
――と。
それでも、どうにか祝おうと考え
君の経歴書に書かれていた
『純白のメイド』という言葉に注目し
私は、最良の形を考え……そして。
『記憶』に阻まれ、身動きさえ取れなくなった。
……仕立て屋の店の前、私は
『純白のメイド』が去った日を思い出した。
君に純白のメイド服を渡してしまったら
あの日のセシリアの様に、君が
何処かへと消え去ってしまうのでは無いか――
『これでは祝いでは無く、呪いでは無いか』
――そんな考えに支配されたんだ。
君と言う存在の誕生を祝う日に
別れの記憶を過ぎらせるなど
私は、激しく自らを嫌悪した。
そして、気付けば……君に渡せる物を
何一つ用意出来ぬまま、時間だけが
徒に過ぎて居た。
……唯、忘れていたのなら
どれだけ良かった事か……私は。
君と言う存在を……深く傷つけたのだ」
「忘れて、なかった……?」
……アイナの声は、震え
その顔は、呆然としていた。
「……それなら。
どうして……どうして、何も
言ってくれなかったんですか……!」
「言おうとした……だが。
君は既に……泣いていたんだ」
「へっ……?」
「……盗み聞きするつもりはなかった。
唯、謝罪を伝えた上で――
『せめて後日、確りと祝わせて貰いたい』
――そう、伝える為。
君の誕生日を祝えなかった日
君の部屋の前まで向かった私は。
君の、泣き声を聞いたんだ――
『最低……最低……』
――繰り返されたその言葉が
胸に刺さって……抜けなかった。
私は、なんと愚かな約束をしたのだと
なんと愚かな人間なのだと……自分を深く責めた。
そして……その末に私は
一つずつ、自らの思いを見つめ直そうと考えた。
母の遺してくれた人形も……バラ園も。
全てを、一つずつ……自ら変えねばと。
……君を、今度こそ確りと祝える様に
約束を破った愚かな私を、二度と慢心させぬ様に。
私は……自らを強く律するつもりだった」
「そ、それじゃあ……あの日
人形を直してたのって……」
「……ああ。
だが、君が部屋に来た時は
その……正直、慌てた」
――その、抜けた様な口振りに
アイナは思わず笑みを零し
そんな彼女の様子が故か
僅かに安堵しつつも、レナードは更に続けた。
「……君が人形を縫ってくれた時
私の失敗を取り返し、私に仕上げを託してくれたあの時。
私は……君から目が離せなくなって居た。
このメイドを……いや、この女性を。
“離したくない”……そう、思ってしまった。
……誤った感情だとは分かって居た。
だが、私は……自分の心を
何一切、誤魔化せなかったんだ」
「レナード、様……」
「……噂をされぬ様、奇異の目で見られぬ様
“特別手当”と言う名目で、君に少し多めに渡した。
……渡した後に少し悩んだが
特に誰からもお咎めは無く、安堵した一方
何かが不足している様に思えてならなかった。
そして、色々と思案した結果……誕生日でなくとも
理由をつけてプレゼントをすれば良いと考えた。
だが……それらはどれも
時間が掛かってしまった。
とは言え、焦った所で早まる訳でも無い。
だが、そうこうする間に
今度は自らの誕生日が近づき
私は……更に慌てた。
そして、思案した結果――
『僅かでも華やかな気分に浸って貰えたなら』
――そう考えた。
それが……私が君を『夜会』に誘った理由だ。
全ては、君を笑顔にさせる為
君を楽しませる為の行動……その、筈だった。
……だが。
私が夜会に連れて行った所為で
君は深く傷つき、そして
要らぬ騒動に巻き込んでしまった。
全ては私の思慮不足だった……だが。
それでも君は、ずっと傍に居てくれた。
だからこそ、君を幸せにしたいと考え続け
再び、近付き始めた君の誕生日を
今度は、深く祝いたい……共に祝いたい。
……そう、考えた」
「レナード……様……」
「君が遠くに行った二週間と少しの間
私は……君の事を考え続けていた。
……だが、私の想いが伝わらなければ
君は私のもとを去るかも知れない。
そう考えただけで、私は
言葉というものに恐怖を覚えた。
『失いたくない』
その想いが強まれば強まるほど
私は、選ぶべき言葉を誤り続け……そして。
……伝え方をも、誤ったのだ」
「レナード様っ!!!」
「ああ、不快かも知れない……だが。
これが私の、君への……」
「待って……下さい。
それ以上、言わないで……下さい」
「だが……」
「私の言葉もッ!……聞いて……下さい……っ」
「ああ……すまない」
「まず……“それ”止めて下さい」
「アイナ、すまない……君の言う“それ”とは……」
「それです、それ!……その『すまない』って言う言葉。
暫くで良いので、止めて下さい……って言うか。
レナード様は悪くないです……いえ。
少しは悪いです、けど……全部じゃ……ないです」
……アイナは、少し呼吸を整え
ゆっくりと続けた――
……
「……私は、メイドです。
それから……仕える家を選んだのは私です。
誕生日の件で『裏切られた』って感じたのは確かですけど
でも……レナード様は、私に対して
何一つケアをしなかった訳じゃありません。
ちゃんと悩んで、ちゃんと計画してくれてました。
唯、結果として。
それが『上手く行かなかった』ってだけです。
でも……そんな事はもう良いんです。
私が言いたいのは――
『言ってくれないと分からない』
――って事です。
私だって、言いたいことは沢山ありますし
レナード様は無理ばかりする方ですから
お仕えする身としても
胃がキリキリする様なことが多々あります。
でも……言っちゃ駄目なことと
言わなきゃ駄目なことの判別は
レナード様ならつけられると思ってました。
だから……私は、怒ってたんです。
沢山、私のことを考えてくれてたのに
ちゃんと伝えないから、怒ってるんです。
……私の想いが、勘違いだったら怖いなって。
私だって、ずっと想ってました。
私だってレナード様の……」
「……待ってくれアイナ。
その『先』は……その先だけは。
私が、言わなければならない言葉だ」
「はい……ど、どうぞ」
……
……
……
「君が傍に居てくれると言うのなら
私は、公爵家の立場など要らない。
アイナ……いや。
アイナ・リーネル……私は。
私は君を――心から愛している」
いよいよ明日で完結です!
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※最終話は10月09日の20:10投稿話数
第100話にて、完結となりますッ!




