第98話:『向き合って』
――雨脚が強まる。
叫ぶ声さえ掻き消されるほどに。
街からは、いつしか人の影も消えていた。
それでも、レナードは尚もアイナを探し続けていた。
「アイナ……ッ!」
呼び掛けた声は雨音に呑まれ
返事は疎か、振り返る者さえ……もう、居ない。
それでも、彼は足を止めなかった。
……止めてしまえば、二度と逢えないと思ったから。
だが――その時だった。
雨音を裂く様に石畳を蹴る蹄の音――
「なッ――!?」
「――坊ちゃまッ!
坊ちゃま、あまり時間がありません。
貴方は早く、フリューゲルの店に」
「フ、フリューゲル?……パン職人のですか?」
「ええ、彼の店であの子が待っています……だから、早く」
「い、一体どうやって……そもそも
セシリアさん、貴女はどうやって私の居場所を……」
「……何れの説明も後に為さって下さい。
それよりも……坊ちゃま。
今度こそ向き合って下さい、貴方自身の言葉で。
貴方の、本当の思いを伝えるのです……良いですね?」
「……セシリアさん」
「何です?……乗馬なら得意な筈でしょう?」
「そうでは無く……私は。
……伝えても、良いのだろうか?」
「良いか悪いかではありません――
『伝えなければ成らぬ時がある』
――そう、お伝えした筈です」
「……だが」
「坊ちゃま……貴方はアイナを、どうしたいのです?」
「そ、それは……ッ」
「……言葉を違えたのなら
過ちを認め、伝え直せば良い。
……行動を違えたのなら
過ちを認め、動き直せば良い。
……怖いのなら。
怖いまま……向き合いなさい」
「セシリアさん……」
「坊ちゃま……いいえ、レナード・アストラル。
この馬を貴方に託します……向かいなさい、早く」
「セシリアさん……ああ、分かった。
だが、一つ頼みがある……」
「ええ……どうぞ」
「アイナの着替えを、用意してやっててくれ」
「承知致しました。
それでは、行ってらっしゃいませ。
ご当主様――」
雨の中、深々と膝折礼をしたセシリア。
そんな彼女を背に、レナードは馬を走らせた――
◆
「……はいよ、アイナの嬢ちゃん。
……しかし、何だってこんな雨の日に
うちのパンの焼き立てなんざ……」
「ご、ご迷惑をおかけしてしまって……1」
「いやいや!責めてるわけじゃねえって!
嬉しいんだぜ?……唯。
……不思議な注文もあったもんだと
そう、思っただけなんだが……」
「あ、有難うございますっ!……そ、その。
さっきもお伝えした様に、何故かセシリアさんが
『此処の焼き立てを買ってきて欲しい』……と。
……でも、詳しい理由は話されず
馬で走り去って行かれて……」
『ヒヒーンッ!!!』
「……ん?
『噂をすれば』ってやつか……いや、待てよ?
あ、ありゃあ……レナード公爵ッ!?」
「へっ……レ、レナード様?」
――焼き立てのバゲットを受け取ったアイナの手は
僅かに震えて居た。
直後、店の扉が開く……雨音が店内へと流れ込み
レナードは勇み足でアイナに近づく。
……アイナは、僅かに怯えた様に身を竦めた。
だが――
「アイ……ナ……ッ……」
『バタッ』
――瞬間
糸が切れた様に、その場へ崩れ落ちたレナード。
彼の額は、酷い高熱を帯びていて――
「なっ……レ、レナード様?!
フリューゲルさんっ!……お、水っ!
そっ、それと布を……!」
「お……おうっ!」
◆
――どれほどの時間が経ったのか。
雨音と、荒い呼吸だけが店の奥に響く中
看病の甲斐もあり、漸く目覚めたレナード。
彼は――
「……んん……っ……ッ?!」
「レナード様っ!……って。
へっ……?」
――目覚めるや否や
アイナの手を弱々しく握った。
そして――
「アイナ……無事か……?」
「なッ……そ、それはこっちのセリフですっ!!!
っていうか……何してたんですか!
こんな熱で、そんな薄着でっ!
こんな大雨の中をっ!……」
「君を、探していたんだ……っ……」
「そ、それは……分かってます……けど……っ!」
「……アイナ。
私は……君に謝らなければ成らない
例え君が……もう、戻らないのだとしても。
私は……君をこんな形で失いたくない。
私は君を……悲しませた……」
……レナードの言葉に、アイナは息を呑んだ。
沈黙が二人を包み……そして、雨音だけが
叩きつける様に響き渡っていた。
「……私、辞めようとしてたんです」
「ああ……知って居る」
「……へ?」
「少し前……君の部屋に掃除をしに入ったメイドから
くずカゴから出て来た……『退職願』を渡された」
「うそ……ッ……そんな……」
「聞いてくれ、アイナ……私は、君の決めた思いを
どうこう出来るとも、しようとも思っていない。
上手くは言えない……だが、何れにしろ
それからも君は、ずっと傍に居てくれた。
そして私は……慢心していたのだ」
「へっ……?」
「……君が『退職願』を捨てたと言う事実を
私はずっと、都合良く受け取っていた。
……君は、ずっと此処に居てくれるのだと。
だが……それは違う。
君は唯、何度も選び直してくれていただけなんだ。
そして、君の優しさをも忘れていた……きっと私は
その事実を見つめようともしていなかったのだ。
……アイナ。
私はずっと、君を……
君を――」
――雨音が強まる。
それは、彼の言葉を掻き消す程に強く
半端な覚悟では届かない程に――強く。
いよいよ残り2話で完結です!
ぜひページ下部の★評価で応援をお願いします!




