第95話:『上手く言えなくて』
――セシリアの言葉は、とても重かった。
無論、それは『鬱陶しさ』などでは無く、
向き合う為の勇気と言う、純然たる『重量』だった。
……セシリアの去った後、レナードは
執務室に山積みとなった王都からの書類を見つめ、
そして……再び『動いた』
だが――
◆
「ジョセフ……アイナは居るか?」
「居ねえだよ?」
「……何処に行った?」
「何処って……買い物に出てるだよ?
この所、お客様が多いから
思ったよりパンが直ぐ無くなって困るみたいだ」
「……いつ帰ってくる?」
「う~ん、アイナ様――
『他にも買い物を済ませておきたい』
――って言ってただよ。
だから、結構掛かると思うだよ?
何か用事だっただか?
そう言えばさっきも……って、若様!?」
――瞬間、レナードは自らの太腿を強く殴りつけた。
当然、その行動にジョセフは慌てた。
だが――
「……ジョセフ。
私は、いつも彼女に頼り切っている。
彼女の優しさに、つい甘え……私自身は
彼女に何一つとして返せていない。
……今日だってそうだ。
私は、彼女に問う事さえ出来ていない。
卑怯にも、君を始めとする周りの者達に訊いて回った。
そんな事で、本当に解決する訳など無いのに。
その事実に気付きもせず……私は、余りにも愚かだ」
……拳を握り締め、尚も
自らの大腿に押し当て続けていたレナード。
だが……この直後、ジョセフは
気が抜けた様に息を吐き――
「成程……そういう事だっただな。
それなら心配はいらねえみてぇだ。
……にしても、若様は時々あぶねえだよ!
そんなに押さえたら……足、痛くなるだよ?」
「そんな事は分かって居る、だが……」
「若様……おら、一応庭師だから
よく、分かるんだ。
……鍬や、軍手、鋏
道具にはいろんな種類があるだ……でも、使うのは『人間』だ。
いざって時、動かねえと困るのは道具じゃ無ぇだ。
……『替えが効かないもの』は、
ちゃんと、大切にしねえと駄目だよ?」
「……ああ。
済まなかったジョセフ……ありがとう」
「構わねぇだよ!その代わり夕飯はお肉が良いだ!」
「ふっ……ああ、料理長にそう伝えておくとしよう」
「おぉっ!言ってみるもんだ~♪」
「ふふっ、肉程度で構わないなら毎日でも出させよう。
では、私は執務室に戻るが……」
「……分かってるだ!
アイナ様が帰って来たらそれとなく
執務室に誘導するだよ~!」
「ああ、助かる……では、後でな」
この瞬間、僅かに安堵した様子で
ジョセフのもとを去ったレナード。
そして、夕暮れ時――
◆
『コン、コン、コン、コン』
「失礼しますっ!アイナです」
――入れ違いを恐れ
昼食さえ執務室に運ばせて居たレナード。
そんな彼のもとへ現れたアイナは
彼の異質な様子に、すぐ気付き――
「あ……あの、どうしたんですか?」
――開口一番、そう問うた。
だが、レナードは僅かに答えを濁し……
「寝不足ではあるが……そんな事より、アイナ。
君に訊ねるべき事がある」
「……な、何ですか?いきなり」
「仕事の話……と言うべきかは分からないが、
話は、君が得た『白の継承者』と言う立場についてだ。
……現在、君宛てに
王都からの依頼が大量に舞い込んでいる。
見る必要はないが、此処に積まれている
『書類の山』は……全てその件だ。
だが……この中の何れも、君を縛るものでは無い。
第一、この量を全て引き受けていたら
君が一〇人居ても間に合わないだろう」
「そ、そうですね……セシリアさんに手伝って貰っても
ちょっと無理そうな感じがしますけど……って。
それで、私に訊ねたいことって何ですか?」
「……強制では無い以上、
君が望まないのならば、全てを断る事も可能だ。
そうでなくても、今日……君は帰りが遅かった。
幾ら慣れた道であろうとも、
女性の一人歩きは安全ではないし……」
「あっ!それなら大丈夫でした!
一人歩きじゃなくて、
皆さんに手伝って頂いて居たので!……」
「そういう事じゃないッ!!」
瞬間――レナードは、思わず声を張り上げてしまった。
怒鳴るつもりなど微塵も無かった……無論
アイナを怒った訳でも無い……唯。
……自らの拙さに、言い様の無い
強い苛立ちを感じて居ただけだった――
「……すまない」
「だ、大丈夫です……けど……っ」
――言葉とは裏腹に、僅かに怯えた様子のアイナ。
だが、レナードはそれに気付けなかった。
だからこそ、フォローさえ出来ず
そのままの熱を以て“続けて”しまった――
「……君は優しく、誰にでも分け隔てをしない。
だが、それが恐ろしいんだ……私は。
『強制ではない』という言葉が
君の分け隔ての無さにつけ入り、君を
ボロボロにしてしまうのでは無いかと。
漸く……漸く帰って来た筈の君が。
私には、王都から帰っていない様に見えているんだ」
……拳を握り締め、そう不安を口にしたレナード。
だが、そんな彼の言葉に――
「あ、あの……私って、レナード様から見ると
帰って来てない様に見えるんですか?」
――僅かに震え、発せられたアイナの声。
それは……怒りと、悲しさの混じった震えだった。
「……そういう意味では無い。
私は君が、王都の身勝手さに……!」
「私はッ!!!……私は……っ!
『白の継承者』になんてなりたくなかった……っ!」
「ア、アイナ……?」
「……セシリアさんには憧れていますし
今も昔も、ずっと尊敬して居て……目標です。
でも……本人さえ嫌がって
恐れてさえ居る物を受け継ぐなんて
逃げ出したいほど怖かったです……なのに。
なのに、どうして受け継いだと思ってるんですか?
私の……私の『選択』は、レナード様の目には
見えていないんですかッ!?」
……アイナの叫ぶようなその問いに
レナードは何も答えられなかった。
それは……漸く気付いた彼女の思いに
答える為の『資格を失った』様に
感じていたから――
「……失礼します。
買い出しの荷物、皆さんに任せっぱなしなので」
『バタン……ッ』
――勢い良く、だが静かに閉じられた扉。
レナードは、暫くの間
扉から目を逸らす事さえ出来なかった――
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