第88話:『ただいま』
――アイナとセシリアの帰還後。
ジョセフを始めとする使用人たちは
皆、浮き足立って居た――
……
「……お茶ですだ!
確か……ミルクティと、ミルクティですだ!」
「ざっくりしてるわねぇぇぇッ?!
って……何で一人に二カップもあるの?」
「……それは勿論!
この間の、リディアお嬢様の
『利き紅茶』を思い出したからで~すだ!」
「で~すだ!……じゃないわよぉぉッ!
全く……帰ってきて早々に、こんな難問を……」
「……成程、アッサムとセイロンですか」
「え゛ッ?!……セ、セシリアさん。
見ただけで分かるんですか……?!」
「ええ、ミルクを混ぜていても水色に違いは出ますから」
「さ、流石ですね……私も覚えないとですね……」
「貴女なら直ぐに習得出来るでしょう……所で。
ジョセフさん、レナード様はもうお上がりに?」
「そう言えば遅いだなぁ……ちょっと様子見てくるだよ!」
……そう言って浴場へと走ったジョセフ。
そして、暫くの後……彼が大慌てで舞い戻った瞬間
誰よりも早く動いたのは、セシリアだった――
◆
――ジョセフによって
湯船から引き上げられたレナード。
一方、意識の無い彼を前に
セシリアは、一瞬で状況を見極め――
「……ジョセフさんは厨房から
『氷水を入れたボウル』を。
直ぐに用意出来ない様なら
出来るだけ冷たい水で構いません。
……アイナ、貴女はジョセフさんと共に
塩とレモン、蜂蜜と大きめのグラスを」
「は、はいっ!」「わかっただ!」
――熱を帯びたレナードの身体を前に
セシリアは何よりも先に浴場の換気を行い
空間そのものの熱を下げ――
「……坊ちゃま、貴方を失いは致しません。
お母様の、エレノア様の宝物を失いは――」
――静かなる決意の後。
懐から、幾つかの小瓶とハンカチ
数枚の布巾と匙を取り出し
アイナとジョセフの到着を待ったセシリア。
……程なくして、冷水の入ったボウルと
塩、レモン、蜂蜜、大きめのグラスが揃えられ――
「ありがとう、では――」
直後、セシリアはボウルから
冷水をグラスへと取り分け
残ったボウルの水に布巾を浸けると――
「――ジョセフさん、この布巾を
レナード様の大腿の付け根、脇、首筋、額などに。
布巾が温もったら、もう一度冷やして同じ事を――」
――そう、指示を出しながら
匙で塩、レモン、蜂蜜を計り
グラスの水に溶かし――
「――アイナ、これを混ぜていて。
私は『気付け』の用意をしますから」
――そう言うと
ハンカチに先程の小瓶の液体を染み込ませ、
それをレナードの鼻先へと近付けた。
すると――
……
「――ッ!?」
――目を見開き、焦点の合わぬ中
慌てて起き上がろうとしたレナードは
直ぐに、自身の置かれた状況を理解し――
「嗚呼……私は、倒れたのか。
……ッ!?
セ、セシリア……さん……?!」
――瞬間
バランスを崩したレナードを抱き留めたセシリア。
「……良くぞご無事で。
ですが、まだ安心は出来ません……アイナ。
……その飲み物をレナード様に。
少しずつ、無理のない範囲で」
「は、はいっ!……レ、レナード様……どうぞっ……」
「ああ、済まないアイナ……セシリアさんも
帰還早々に無様な姿を……」
「何を言うのです、レナード様……公爵家当主とは
音に聞く程、優雅な暮らしではありません。
……日々の苦労、私共への配慮、様々な外圧の中
それでも、懸命に働きかけ動かれている貴方を
無様と嘲り笑う様な者は
私達の中に一人としておりません。
普段から気苦労の多いお立場なのです。
せめて、今は気を静かに穏やかに」
レナードを抱き留めたまま、温かく
だが、少し厳しくそう言ったセシリア。
……暫しの静寂の後
レナードはアイナからグラスを受け取ると
僅かに喉をつまらせながらも、それを半分ほど飲み――
……
「……おかえりなさい、セシリアさん。
おかえり――アイナ」
――痩せ我慢とも思える様子でそう言った。




