第85話:『白を護るための黒』
「本当に、全て……終わったのですね?」
――歓声轟く中
突如として発せられたセシリアの一言。
それは、他の誰でも無い
国王へと向けられたもので――
……
「うむ……その者を縛る故は全て消えた。
だが……その様な事を問う心算では無かろう?
セシリア・ヴァレンティアよ……」
「流石は国王陛下……では。
その御威光の下、私からも一つ。
願い出る事をお許し頂けますでしょうか?」
「……申すが良い」
「では、失礼を――」
瞬間『ベールを外した』セシリアは
国王を真っ直ぐに見つめ――
「――私、セシリア・ヴァレンティアは
本日、この瞬間を以て……正式に
家政管理院・最高責任者の地位を辞す所存です。
国王陛下……お認め、頂けますか?」
――そう、問うた。
静まり返る会場の空気……そして。
「認めぬ……と申せば
自害しかねぬ程の目をした者に対し
引き留める様な無様は見せぬ……良かろう。
だが、一つ問う……お主の余生は何処に置く?」
「白を見つめ直し、そして……護るための黒として」
「……戻ると言うか」
「はい……お許し、頂けますか?」
「良かろう……だが。
再び家政院に舞い戻る事は許さん……良いな?」
「国王陛下……感謝申し上げます」
――直後
深々と膝折礼をしたセシリア。
一方で……国王は、瞬きさえせず
彼女の姿を目に焼き付けんと
真っ直ぐに見つめ続けたのだった――
◆
「セ、セシリアさん……辞めちゃうんですか?」
――唖然としたアイナの問いに
セシリアは優しく微笑み――
「ええ……言ったはずですよ?
“貴女を見守りたい”……と」
「は……ッ?!
あ、ありがとう……ごっ……ございますっ!」
「ふふっ♪……昔から代わりませんね、貴女は」
「いや、セシリアさんだって……っていうか
ベール外してると当時のままですっ!」
「そうでも……無いのですよ?
一〇年も経てば人は変わるものです。
髪の色も、纏う色さえ……」
「えっと……良く分かりませんけど
それって、単に『大人の色気』なのでは?」
「……変わらず優しいのですね、貴女は。
さて……帰りましょうか。
あまり遅くなると、皆様心配するでしょうから」
「へっ?……は、はいっ!」
……直後、セシリアに手を引かれ
審理会館を後にしたアイナは
興奮覚めやらぬ群衆の中を通り過ぎ
馬車へと乗り込んだ。
◆
「……アストラル公爵邸へお願いしますっ!」
――乗り込むや否や、御者に対し
満面の笑みでそう求めたアイナの様子に
セシリアは再び笑みを浮かべて居た。
「当時の私も、貴女の様に輝いていたのでしょうか?」
「へ?……いやいやいやッ!
私、そんなに神々しくは……!」
「……何を言っているのです?
アイナ……貴女はもう
とっくに私の白など超えているのですよ?」
「は……?
いやいやいや!セシリアさんは私の憧れで……!」
「では……言い方を変えましょう。
たとえ、完璧では無くとも……無自覚で在ろうとも。
私と言う人間に“白を戻す”道を与えた貴女は
他者から憧れを向けられるに足る存在なのです。
今後は……お互いを認め合える関係で在れたなら
私は、とても嬉しく思います。
……アイナ、貴女のお陰で
私は再び、道を得られたのです……ありがとう」
「そ、そんな……お礼なんて!
お礼すべきは私で……で、でもっ!
あ、ありがとうございますッ!――」
『ゴンッ!』
「――って、痛ぁっ!?」
狭い馬車の中で、必死に頭を下げたアイナは
勢い余り、頭をぶつけて居た。
一方、そんな彼女の純粋で真っ直ぐな姿に
セシリアは三度微笑み
膝の上に置いて居たベールをそっと脇に置いた。
それは、これまで遠ざけて居た
思いに近付く為かの様に、微かに……だが、確りと。
……この日。
セシリアの決意と共に、馬車は
王都の喧騒から遠ざかり、二人の帰る場所
『アストラル公爵邸』に向け、静かに
走り出した――




