第84話:『真理』
「では、開封を致します――」
確認を取るような執行官の発言に
書記官はペンを走らせた。
『パキッ』……封蝋を割る音が
静まり返る会場に響き渡る中、執行官は
静かに手紙を取り出し――
……
「では、読み上げます――」
その声は、決して大きなものでは無く
その文面もまた、大仰なものでは無かった。
だが……誰一人として聞き逃す者は居なかった。
【アイゼンドルフ伯爵家】
……その名が持つ重みと
長らく公の場に姿を見せなかったご子息。
【ユリウス・アイゼンドルフ】の言葉は
この瞬間、執行官の落ち着いた声で
代読される事と成った――
「――『暴走メイドとの、不可思議で有用な二週間』
なっ……ぼ、暴走ッ?!
いや……失礼。
つ、続けます――
『其奴は……現れた日から煩かった。
騒がしいのが苦手な僕に取って、苦痛でしか無かった。
と言うか、騒がしいだけじゃ無く
僕の食事にまで口を出し始め
其奴の所為で、毎日の様に
使用人たちが大声で話し始めた。
……正直、早く居なく成ってほしかった。
けど、騒がしさの原因はすぐに分かった。
それは、其奴の仕事への向き合い方だった。
煩いし、距離感も可怪しいし、
立場を弁えるなんて事は微塵も出来ないメイドだ。
だけど……誰一人として、指摘出来なかった
僕自身さえ護れなかった僕と言う一人の人間を
其奴は、間違いなく護ってくれた。
……僕だけじゃ無く、僕が大切にしている思い出も
僕のこれからも……屋敷の未来さえも護ろうと。
其奴は、自分の立場なんて二の次にして
最後まで、僕たちを助けようとしてくれた。
そりゃあ……“煩くて当然だ”と思った。
……今、僕は自分の髪を撫でている。
アイナが護ってくれた思い出を。
……今、僕は自分の顔を見つめている。
アイナが開け放ってくれた僕の心の鍵を。
……今、僕は自分の思いを見つめ直している。
アイナが、白の継承者として……いや。
……たとえ、そうじゃなくても。
アイナが、開け放ってくれた窓から
全ての恐怖を投げ捨て、アイナが切り拓いてくれた
僕と言う存在の目に映る景色の中に。
アイナ・リーネルと言う名の
偉大なメイドが存在する世界を、見つめる為に。
……アイナ・リーネルは、誰がなんと言おうと
アイゼンドルフ伯爵家、次期当主である
僕の信頼する最高のメイドだ。
――ユリウス・アイゼンドルフ』
な、内容は以上で……ん?
暫しお待ちを……こ、これはッ?!」
――読み上げた手紙を封筒に戻そうとした執行官。
瞬間、持ち上げた封筒から落ちた
厚めの包み紙に首を傾げつつも
これを、恐る恐る開き……驚愕の声を上げた。
「し、書記官……記録をッ!!!
こ、これは……恐らく、
ユリウス・アイゼンドルフ様の毛髪と
そして……こ、これは……血の誓約……!?」
――開かれた包み紙。
執行官の眼前に広げられたその包みには
ユリウスの物と思しき銀色に輝く髪と
包み紙自体に記された、ある『誓約文』があった――
【我、ユリウス・アイゼンドルフは
アイナ・リーネルを
アイゼンドルフ伯爵家の恩人と認める。
……彼女の意思に反し、その身柄、
職務、或いは居場所を奪わんとする者在らば、
その者の家名、地位、権限の如何を問わず、
アイゼンドルフ伯爵家は、これを看過しない。
この誓いに偽り無きことを、我が血を以て証する。
――ユリウス・アイゼンドルフ】
其処に記された全文を読み上げ終えた瞬間
この場に集った者達の顔が凍りついて居た。
『血の誓約』
別名――
【血判状】
――それは、貴族家の名と血を懸けた
不退転の『意思表示』なのだから――
……
「……こ、これより最終審理を行います。
アイナ・リーネル……着席を」
――僅かに強張った執行官の表情。
そんな彼に促され、椅子へと座ったアイナ。
一方、此処までの状況を見つめていた観衆たちは
いつしか、アイナを責め立てる事を止め
王都側への疑念を深め始めていた。
『外宮にまで招いておきながら、
嘲笑を差し向けたのは何故か』
『審理会と言いながら、
一方的に責め立てていたのは何故か』
『伯爵家次期当主が血判状で牽制をする程、
異質な判断を下そうとしているのは何故か』
『そもそも、アイナの扱いは正当なものなのか』
――審理中にさえ
『席』の垣根を超えて交わされ始めた疑念と疑問は
王都側の立場を危うくさせていた。
一方……そんな『声』を背に受けながら、
冷や汗を流し、聞こえぬフリを続けていたクラウス。
自らが審理する立場で在ることさえ忘れ
椅子に座ったまま、微動だに出来ずいた。
そして『我慢』さえも――
……
「年端も行かぬ小僧の血判など……伯爵家程度が
我らが王都に……ッ?!」
――その『失言』は、取り消せる類の物では無かった。
それは、一人の少年への罵倒に留まらず
『選民思想』と言う、不快な臭気と共に
クラウス・エーレンベルクという
一人の男の内側にあった『歪み』を……自ら、
白日の下へと晒してしまうものだったのだから――
「ほう……クラウス・エーレンベルクよ。
我が招いた客人をも罵倒とは。
随分と……偉くなったものだな?」
――低く、響き渡る声。
それは、貴賓席から発せられた
短く、鋭い『雷鎚』の様で――
国王:ヴォルティアス・レグナード。
――別名『雷撃王』とも呼ばれる彼の一声は
以降、全ての雑言を完全に封じ込めた。
「……審理を続けよ。
但し、王都の名を我が物に用いる者は容赦せぬ……」
……
「全員、起立――審理の結果を申し渡します。
……当審理会は、白の継承者候補
アイナ・リーネルを……正式に
『白の継承者』として認めます。
但し『白の継承者』とは、あくまで
その技量と功績を称える名誉称号です。
依って、王都が本人の身柄、職務、居場所、
或いは自由意志を制限するものではありません。
本人の意思は、最大限尊重され
決して侵される事はありません。
ですが……家政技術や判断力、並びに
貴女の人を支える在り方は、次代の家政従事者にとって
学ぶべき価値が極めて高いものと判断します。
その為、当審理会は今後
家政管理院が認めた使用人に対し
貴女の下で研修を受ける機会を設けることを希望します。
尚、これはあくまで提案であり
アイナ・リーネル本人、並びに
アストラル公爵家の了承を得た場合に限り、
王都より見習い、或いは研修者を派遣するものとします。
――審理会からの申し渡しは、以上です」
硬く、読み上げられた審理結果。
その意味を理解するのに、静止していたアイナに対し
セシリアはほんの一瞬、優しく微笑み――
「……何をほうけているのです、アイナ・リーネル。
返事をなさい」
「へっ?!……あ、いえその……つ、つまり
どういう事なんでしょうか?」
――そう問うたアイナの言葉に
会場は笑いに包まれ――
「――静粛にッ!!
つ、つまりッ!……貴女を『白の継承者』と認めた上で、
貴女の権利を認めると言う事ですッ!
理解致しましたか!?」
「……と、言う事はつまり。
私、アストラル家に帰っても良いって……事ですか?」
「その通りです!……アイナ・リーネルさん。
審理結果をお認めに成りますか?」
――僅かに『興奮した様子』の執行官から
そう問われたアイナは――
「……はいッ!
私、アイナ・リーネルは
そのご命令を謹んでお受けしますッ!」
「め、命令では無いのですが……兎に角。
本人の承諾も取れましたので、こっ……これにて閉廷ッ!」
瞬間――打ち鳴らされた『法槌』
会場には割れんばかりの拍手が鳴り響き
アイナは漸く自らが解放された事実を噛み締めて居た。
だが……その拍手の中で
セシリアは静かに目を伏せていた。
……それは、アイナの未来を案じてでは無く。
自らの中に宿った、ある『決意』が故に――




