第82話:『論理』
――クラウスの言葉が
静まり返った中央審理会館に響き渡る。
だが……そんな中。
アイナは、静かに言葉を紡いだ――
……
「……私は、メイドです。
聖女でもなければ、天使なんかじゃ絶対にありません。
強く否定して来なかったのは、皆さんが楽しそうに
笑っていたから……それに、水を差したく無かったから。
私は、仕えるべき家が……其処に務める同僚たちが
皆さんが笑顔なら、それだけで幸せなんです。
……美味しいご飯を食べて、清潔な環境で
おひさまの香りを感じながら、庭園で安らぐ。
それは、貴族と言う……私を含め、平民から見れば
『栄耀栄華の生活をして居る羨ましい存在』
と言う、光の側面では無く……
……夜遅くまで書類の山に頭を悩ませ
目の下に隈を作り、食事すら満足に取らず
それでも、毅然と振る舞う
責任の重さと矜持の苦しみを少しでも和らげる為。
私は、メイドで在ろうと……誰かを
支えられる存在であろうとして居るだけです」
瞬間、会場にどよめきが起きた。
……それは、尚も疑いの目で
アイナを見つめて居る者たちからでは無く。
歪められた情報に依って、彼女を
正しく見つめられなかった者たちから発せられた
好意的なものだった。
「……成程。
それは、良い心がけですねぇ。
……ですが。
幾ら綺麗事を並べた所で
貴女と言う存在が王都に騒ぎを起こした事。
一人の公爵家当主を
『誑かした』事実は変わりません。
さて……貴女の発言や、考え方は兎も角。
……此方には、様々な証拠と
各位から寄せられた苦情と報告が
幾つも届いています。
貴女には、それを理解して頂いた上で
それでも、尚『言い訳』を発する余裕があるのかを
今一度、ご判断頂きたいところです」
そう言って、クラウスが指し示した書類の山。
……直後、彼はその中から
数枚の『報告書』を取り出し
それらを得意げに読み上げ始めた――
「さて、時系列はバラバラですが
先ずは、前菜代わりに一つ。
外宮・白亜宮に勤める
使用人から寄せられた、本日の朝の出来事について。
【アイナ・リーネル様は寝台では無く
クローゼット前、白大理石の上で
いびきをかきながら眠っていた】
……いやはや。
幾ら『白の継承者候補』とはいえ
白亜の床に頬をこすりつけるとは。
其処まで白に縋らずとも宜しいものを。
……クククっ」
この瞬間『貴賓席』からは笑いが起き
『傍聴席』側からも困惑した様な声が上がった。
だが――
「……言わないでって言ったのに。
守秘義務が守れない使用人なんて最低ですっ!」
――この、反論とは言い難いアイナの発言に
セシリアが動いた――
「成程……つまり、王都側は
白亜宮を監視に用いたのですね?
……ましてや、候補者の疲弊を確認しながら
寝台へ移すでもなく、容態を確認するでもなく。
嘲笑を添えて報告した――
『王都の家政は地に落ちている』
――その『報告書』は
それを立証する為に提出したのですか?」
「か、監視では無く……異質な行為の報告であり……」
「成程……『異質な行為』ですか。
そう仰るのであれば問いましょう。
……あれはなんです?エーレンベルク卿」
「あれ、とは……?」
「私と……候補者、アイナ・リーネル歓迎の為。
白亜宮では『儀仗之剣門』が用意されていました」
「ん?……あぁ!あれは歓迎の証でございますよ!
王都の華やかさとおもてなしを御理解いただける様、
私がお願いした特別待遇で!……」
「成程……では、背後で
『振り下ろされた』件も貴方の指示だったのですね」
「なッ?!……そ、それは……」
……この瞬間。
『貴賓席』から、低いどよめきが広がった――
『儀仗之剣門』は客人への最大限の歓迎の証。
――間違っても背後に振り下ろす類のものでは無い。
それは、貴族社会に生きる者たちならば
誰の目にも明らかな非礼であった――
「そ、それは……恐らく
私の指示を勘違いした愚か者達が居たのでしょう!」
「……そうですか。
では、次を読み上げては如何ですか?
クラウス・エーレンベルク卿」
セシリアは、冷たく……だが、真っ直ぐに
クラウスを見つめ、そう言った――




