第79話:『見つめ、なおして』
――アイゼンドルフ伯爵邸での別れ。
それは、余りにも『予定通り』で
余りにも……想定を超えて居た。
……王都に向け、ゆっくりと進み始めた馬車。
遠ざかる伯爵邸に、振り向くこともしなかったアイナは
声を押し殺し……泣いていた。
……一方、そんな彼女の真横に座っていたセシリアは
出発前、執事エルンストから預かっていた二通の封筒を
封を切らず、見比べていた。
そして――
「アイナ」
「は、はい……すみません、
泣き止み……ますから……っ……」
「そうではありません。
今は……泣けるだけ、泣いておきなさい。
王都での最終審理には、私と貴女……そして。
王都側として、エーレンベルク卿。
場合に依っては国王までもが現れる可能性が高い。
……その様な場所で
万が一にも貴女の弱さを見せてしまえば
それは、彼らの思う壺です。
アイナ……帰りたい場所を護るのは
貴女の強さだけなのです……強くありなさい」
「……はいっ!」
この後、馬車は幾度かの休憩を挟みながら
夕暮れ時、王都へと到着し――
◆
――其処から更に暫くの後
【王都・中央審理会館】へと到着して居た二人。
だが――
「……セシリア・ヴァレンティア様。
アイナ・リーネル様……お待ちしておりました。
審理会は明日の正午を予定しておりますので
本日は、宿の方へお泊まり下さい。
それでは、案内致します」
――嫌味なほどに豪勢な馬車の扉を開き
そう言った案内役の男。
直後、二人を乗せ静かに走り出した馬車は
暫くの後……宿と言うには
余りにも豪勢な建物の前に到着した。
だが――
◆
「全く……あまり嬉しい状況ではありませんね」
――到着するや否や
そう言って溜息を吐いたセシリア。
「た、確かに凄く豪華な建物ですけど……」
「……当たり前です。
此処は『宿』などでは無いのですから」
「へっ……?それって一体……」
「此処は――
【外宮・白亜宮】
――宿としては、余りにも『威圧的』過ぎるのです」
「げ、外宮!?……と、泊まって良いんですか!?
わ……私、メイドですよ!?」
「泊まらない訳にも行かないでしょうね……全く。
この様な事であれば、私の自宅に招くべきでしたね」
「セ、セシリアさんの家ですか?
何か凄そうですね……」
「どう言う意味です?」
「へっ……?
手入れとか凄く行き届いてそうだなって……」
「……そうでもありませんよ?
さて、仕方ありません……入りましょうか」
「は……はいっ!」
……
「お待ちしておりました。
それでは、どうぞ――」
――言葉数少なく、そう言って最敬礼をした門兵。
直後、門兵に依って
【白亜宮】の扉が開かれた瞬間
『歓迎のファンファーレ』と共に
仰々しく読み上げられた二人の名前――
「家政管理院・最高責任者
セシリア・ヴァレンティア監査官殿。
ならびに、白の継承者候補アイナ・リーネル様。
外宮・白亜宮御入宮ーッ!!」
――等間隔に並んだ外宮守護兵。
『儀仗之剣門』を用いた出迎えは
アイナを明らかに恐縮させた……だが。
セシリアはそんな彼女に対し、小さく呟いた――
「背筋を伸ばし『当たり前』と言う表情をしなさい」
――セシリアからの指示。
一方、そんな二人の背後では
通り過ぎる度に、儀仗剣が振り下ろされて居た。
……それはまるで
『戻らせない』とでも言って居るかの様に――
「全く……随分と、態度の大きい『歓迎』ですね」
そして、暫くの後。
それぞれに……五名ずつの使用人が付き
それぞれに……白亜宮の名を
誇示するかの様な部屋が割り当てられた頃――
……
「ユリウス様、大丈夫かな……」
――最高級の白大理石が敷き詰められた、煌めく白い部屋の端。
クローゼットの傍にトランクを置き
其処にもたれ掛かったまま、アイナはそう呟いた――
「……手紙、読んでくれてると良いな」
――自らのしたためた手紙。
その内容に思いを馳せながら、彼女は
そのまま浅い眠りに就いたのだった――




