第78話:『さよならじゃ、なくて』
アイゼンドルフ邸での
二週間に渡る『臨時家政』……その、最終日前日。
アイナは……荷造りをしていた。
……
「明日で終わり、喜ばなきゃ駄目なはずなのに……」
前日――
『もう、分かったから……下がってくれ』
――そう言って、力無くアイナを押したユリウス。
彼の態度が『拒絶』では無い事など、アイナも気付いていた。
アイナ自身も……『寂しい』と、感じていたから。
「……お昼までで終わり。
なら……最後にちゃんと美味しい物作ったりとか
ユリウス様が笑ってくれるように……あっ!
そうだッ!!――」
この瞬間、何かを思いついたかの様に
トランクを開き、紙と万年筆……そして。
裁縫道具を取り出したアイナ。
彼女は……寝る間を惜しみ何かを書き、
何かを、作り始めていた――
◆
「おはようございま~す!
今日も頑張って……って、あれ?」
……朝、食堂へ到着したアイナは
沈み込んだ使用人たちの態度に違和感を覚えて居た。
「……み、皆さん?
ど、どうされたんですか?……も、もしかして
朝ごはん出来てない……とかですか?!」
「いえ……確りとご用意しております。
それよりも、アイナ様……今日は、試験最終日で御座います。
……最後まで、気を抜かれぬ様」
そんな中、エルンストは
妙に他人行儀な様子で、そう言った。
「は、はい……そ、それで。
その……ユリウス様はあれからどうですか?」
「どう……とは?」
「いえ、その……お食事とか、ちょっとずつでも
食べて頂けてるので、後は皆さんと一緒に……」
「……その件でしたらご安心を。
ユリウスお坊ちゃま直々に――
『晩餐には出てみる、でも
部屋からは出たくないから、皆が来て欲しい』
――と、お達しが御座いましたので」
瞬間、アイナの表情は明るくなった。
だが――
「ほ……本当ですかッ!?
良かった~ッ……って。
……ちょっと、待って下さい。
じゃあ、何で皆さん落ち込んでるんですか?」
――本来。
ユリウスとの食事を心待ちにして居た筈の使用人たちは
何故か皆、俯き……喜びらしい感情を見せようとはしない。
……アイナの問いに、静寂が訪れ
そして、暫くの後……遂に
耐えきれなく成ったかの様に口を開いた、若きメイド。
『メランダ』――
「……さ、寂しいんですっ!!
せめてアイナ様が一緒の時にご一緒したかったのに。
ユリウス様……アイナ様の臨時家政終了日を
何度もお訊ねになられたかと思ったら
食事会はその日の夜に、だなんて……」
「そ、そうだったんですね……確かに、私も寂しいです。
でも……良いんです。
無理をして、私のためにユリウス様が苦しむ位なら
仲間はずれみたいに見えても、少しずつこのお屋敷が
時間を取り戻して、ゆっくりでも進めていけるのなら。
私は……『仲間はずれ』でも良い。
此処での二週間に誇りを持って生きられますから!」
「駄目ですッ!!……アイナ様、皆さんもっ!!
今から、みんなでパンと牛乳を持って
ユリウス様のお部屋に訪ねていきましょうッ!
形だけでも良いから、一緒にッ……!」
「それは……駄目です、メランダさん。
お気持ちは、とても嬉しいんですけど……でも。
それだけは駄目です……私は、お客さんだったんです。
唯……皆さんが優しくて
沢山、関らせて頂けたから……だから。
家族みたいに思えてるだけなんです……でも。
……別れは、最初から決まってました。
私は、幸運にも……その期間中に
このお屋敷の悲しみを取るお手伝いが出来たんです。
それだけで……私は、嬉しいんです」
……アイナは、一切迷う事無く言い切った。
それは、彼女のメイドとしての矜持であり
一人の少女が、傷ついた存在を
僅かにでも癒せたと言う、安堵でもあった。
「……お昼になったら、さよならしなきゃですけど
それまでは、私……アイゼンドルフ邸のメイドなので!
お掃除とか、お食事の用意とか
何でも押し付けてくださいね!」
明るく振る舞うアイナの姿に、使用人たちは皆
目頭を押さえ、他所を向き……嗚咽を漏らした。
そして……その思いに気づけない程
既にアイナは遠くなかった。
直後……自らも目尻を拭い
最後の仕事に移ろうとした。
だが、その時――
……
「や、やっぱり……怖い……な……」
――階段の方から微かに聞こえた声。
「なッ?!……ユ、ユリウスお坊ちゃまッ?!」
直後、慌てて駆け寄ったエルンストに対し
ユリウスは、少し照れたように――
「朝ご飯が……た、足りなかった。
だから……食堂に……食べに行く……」
――そう、言った。
「それは……いえ。
至らぬ使用人ばかりで申し訳ありません、
ユリウスお坊ちゃま……お席は用意してございます。
……さぁ、参りましょう」
「あ、ああ……」
……
「ユ、ユリウス様……」
「お坊ちゃま……」
「へ?……って、はわわわわわ!?
使用人用にお越しになられるとは!!
どっ、どの椅子でもどうぞッ!!
ユリウスお坊ちゃま殿下っ!」
「……いや、メランダさん慌て過ぎ!
敬称が可愛い感じに成ってますからァァァッ!
って、それよりも!……ユリウス様。
おはようございますっ!」
メランダを始めとする使用人たちの大慌てと
アイナの変わらぬ様子に、一瞬
顔を背けたユリウスは――
「朝から……煩い。
それよりも……スープがもうちょっと欲しい。
今日のは、ちょっと……足りなかったんだ」
――そう言って、用意された椅子へと座った。
直後、満面の笑みで彼の要望に応えた料理人は
『ちょっと』どころではなく……
……特大サイズのマグカップに
並々とスープを注ぎ、ユリウスへと提供し――
「……さぁ!ユリウス様っ!
寸胴鍋ごとでも構いません!
この世の全てを飲み干す位に
ぐいっと行ってやってください!」
「そ……そんなに多くは……飲めない。
け、けど……ありがとう」
「あ、ありがとうだなんてそんな滅相もねぇですよ!!
ユリウス様が美味しいって思って頂けるなら
あっしらは何千リットルでもスープを作りますんで!」
「……き、気持ちだけでいい」
――料理人の圧に押されつつも
反面、何処か嬉しげなユリウス……そして、この直後。
既に朝食を終えた筈の使用人たちは
『ユリウス様と同じ物を』……と言う注文と共に
大きめのマグカップで……それぞれに胃を
『タップンタップン』にしたのだった――
……
「の、飲みすぎましたぁ……っ」
「メランダ、使用人としてあるまじ……きッ?!
失礼……私めも、少々調子に乗ってしまった様です」
――口元を抑え
苦しげにそう言ったエルンストの姿に
食堂では笑いが起きていた。
一方、そんな中……ユリウスは小さな声で
アイナ……では、無く。
『セシリア』に声を掛け――
「……これ、受け取ってくれ」
「封蝋済みの封筒……何でしょうか?これは」
「かっ、監査官なんだろ……?
なら、然るべき時に開ければ……良い。
い……今じゃないからな?!」
「成程……で、あれば。
試験の補足情報として受け取っておきましょう」
「う、うん……それで良い」
僅かに不安げなユリウス。
一方のセシリアは、特に何を言うでも無く
懐深くに封筒をしまい込んだのだった。
……
「はぁ~っ……あと三〇分もすれば
アイナ様が居なく成るんですね……寂しいです、私」
「う、煩いぞメランダ……き、客が帰るだけだ」
……食事後、部屋に帰る事無く
何故か、まだ食堂に居たユリウス。
彼は……その口振りとは裏腹に
アイナを視線の端に入れ続けていて――
「……あっ!!!」
「なっ!?……何だ暴走メイドっ!
び、びっくりするだろっ……?!」
「す、すみません!……でも、直接お渡し出来る内に
お渡ししなきゃって思って……!」
「わ、渡すって……何をだ?」
「えっと……その……ユリウス様が
ちゃんと『維持』出来る様にって思って!
ま、間に合わせとしてでも良いので
使って頂けたらって思って、その……作ったんです」
……僅かに緊張した様子で
アイナが懐から取り出したのは
『青い髪留め』だった。
「……ユリウス様の綺麗な御髪を
ちゃんと纏められるように、
護れるようにって思って……」
「……その紐、どうやって括るんだ?」
「へ?……えっと、此処を持ってこうやって……」
「わ、分かんないから!……括って、くれ」
「へっ?……は、はいっ!」
……直後。
懐から取り出した携帯用の櫛で
ユリウスの髪を優しく整えたアイナは
優しく、撫でる様な手つきで
ユリウスの髪をそっと纏め……毛束を
彼の小さな背中にそっと置いた。
……
「お坊ちゃま……美しくも凛々しく御座いますっ!」
「本当です……ユリウス様カッコイイ……」
「エルンスト、メランダっ!……う、煩いぞっ!
そ、それよりも……アイナ。
僕が、もし……これを結べなく成ったら
お前はまた、結びに来てくれるのか……?」
……ユリウスの問いに
アイナは、ほんの一瞬言葉を詰まらせた。
だが、直後――
「……たとえ、どんな立場であっても。
呼ばれたら、来ます!……必ず!
……それと、このお手紙をお渡ししておきます。
その……お暇のある時にでも読んでくださいね!」
「て、手紙っ!?……な、なんだ?」
「内容は、読んでからのお楽しみですっ!」
「なっ……そんな雑な渡し方っ!――」
『ゴーンッ……ゴーンッ……ゴーンッ……』
……終止符を打つかの様に発せられた
正午を告げる鐘の音。
瞬間――セシリアは、
全てを穿つように声を上げた――
「……唯今を以て。
アイナ・リーネルに対する
『白の継承者』試験を終了します。
……ユリウス・アイゼンドルフ卿
二週間の長きに渡る協力、感謝申し上げます」
――深々と膝折礼をしたセシリア。
そして彼女は、無機質とさえ言うべき様子で
更に、続けた――
「……アイナ・リーネル。
試験の結果は、王都での発表と成ります。
……今日までに至る、全ての状況を精査し
貴女と言う一人のメイドの行く末に
一つの結果が出される事でしょう。
では……早速、王都に向かいますよ」
――僅かに冷たく発せられた言葉に
アイナは……唯、静かに頷く事しか出来なかった。




