第74話:『いやされて』
月明かりに照らされた儚げな少年、ユリウス。
彼は、未だ残る痛々しい腕の怪我を抑えながら
不満げな言葉を発した……だが。
そんな中、執事エルンストは彼に対し
深々と頭を下げ――
「お坊ちゃま……どうか、私めをお叱り下さい。
お坊ちゃまのお怪我一つ気付けず
剰え治療さえ行わなかった
愚かな私めを……っ……」
――そう、後悔を吐露した。
だが――
「……僕が自分で切った怪我だ。
お前が詫びる様な事じゃない……けど。
流石に痛いから……包帯を巻き直してくれ」
……目を逸らし、腕だけを差し出したユリウス。
対するエルンストは、慌てて救急箱を探し――
「エルンストさん……部屋の中にあるはずですよ?」
「あぁ!そうでした……アイナ様、有難うございます。
そ、それでユリウスお坊ちゃま……お、お部屋に入っても
その……宜しいでしょうか……?
お嫌であれば、すぐに退出致しますので……」
「ああ……それと、暴走メイド。
お、お前も入って……良い」
「な゛っ?!……私の呼び名それで固定ですか?!
って言うか……メランダさんは駄目なんですか?
一人だけ省いたら可哀想ですよ?」
そう言ってメランダを探したアイナ。
だが、其処にメランダの姿はなく――
「ん?……メランダは、バルト様の御使いの為
屋敷を出ておりますが……」
――エルンストは首を傾げそう答え
「で、でもさっき……私の部屋に……」
『ニャーッ……』
「ひぃっ?!……って、猫……?」
「暴走メイド……入らないなら、扉閉めるぞ?」
「へ?……い、嫌です!
い、今は一人にしないで下さいッ!……『絶対にッ!』」
……この後、怯えるアイナと共に
ユリウスの部屋へと入ったエルンストは
直ぐに救急箱を見つけ、ユリウスの傷の手当てを始めた。
一方、アイナは……震えていた。
……
(何なのよ……何で猫の声がしたのよ?!
メランダさんって実在するわよね?!
……でも『違います』って言ってたってことは
もしかして、猫の霊じゃ……?)
「……い。
おい!……聞いてるのか暴走メイド!
僕の部屋で座ったまま寝るなっ!」
「ひぇあぁぃ?!」
「それより……何の用だ?
こんな夜中に訪ねてくるなんて、非常識だぞ」
「そ、それは……」
「……」
ユリウスの問いに、アイナは勿論
エルンストさえも口籠ったこの瞬間
アイナは、思い切ったように口を開いた――
「そ……その、スープ美味しかったですか?」
「……は?」
「い、いえその……
……もしまた、食べて頂けるなら作りたいなって。
ち、因みに……今日の晩ご飯に出た方は
私じゃなくてお屋敷の料理人の方たちが
作ったやつでして!……」
「あれは……の、飲みやすかった。
でも……毎日は要らない」
「で、ですよね~……すみません……」
「ま……毎日出すなら、種類を変えて欲しい……」
「へッ……!?
な、なら!ちょっとずつお肉増やしてみたりしますね!」
「に……肉だけじゃなくて味を変えろっ!味をっ!」
「分かりましたっ!……でも
毎回聞きに来るのは効率が悪いので
出来たら、ユリウス様も食堂に来て下さい!
きっと、ユリウス様が直接――
『美味かった』『こうした方が好みだ』
――って、言ってくださる方が作り手は嬉しいので!」
「そ……そうなのか?」
「ええ!だって、料理人は料理がお仕事ですから!
お仕事を褒めてもらえたり、更に上手くなる為の
ヒントを頂けるんですから、嬉しいに決まってますっ!」
「そんな事で……嬉しいのか?」
「はいっ!……何だったら練習代わりに
今、私たちを褒めてくれても良いんですよ?」
「なっ……ほ、褒めるかバカッ!」
「あ~酷いです……バカは酷いですっ!」
「い……良いからもう帰れよ、暴走メイドっ!」
「むぅ~……あっ!じゃあ、一つ約束して下さい!」
「な、なんだ……?」
「毎日じゃなくても良いので、こうやって
お部屋にお邪魔させて下さい!……勿論、私じゃ無くても
エルンストさんとか、メランダさんとか!
ユリウス様が嫌じゃない人で大丈夫なので!
お部屋も、お掃除したいですし……あと。
……やっぱり、お怪我が心配ですから!」
そう言って、真っ直ぐにユリウスを見つめたアイナ。
一方のユリウスは、そっぽを向き
口を尖らせながら、言葉に成らない何かを
ブツブツと呟き……そして。
……
「……なら、今度はもっと普通の時間に来い。
そ、掃除くらいならして……良いから」
……小さく、呟くように許可を出したユリウス。
一方、満面の笑みを浮かべ
満足げに自室へと帰っていったアイナだったのだが……
◆
「……って、帰って来ちゃったけど。
ユリウス様……大丈夫かな?
眠れるのかな?……ううん。
もし、また魘されてたら会いに行けば良い。
ちゃんと、眠れるように……って。
よ、良く考えたら……この部屋に『出た』んだった。
でっ、でも……確かに
腕を掴んだ感覚はあったし……」
「お~か~え~り~な~さ~い~っ……」
「わ゛ーーーッ!」
「ふふっ♪……驚きすぎです、アイナさん」
「メ、メランダ……さん?……ですよね?!
で、でも……エルンストさんは確かに
『メランダさんは御使いに出てる』って……
でっ、でも……」
――背筋を凍らせ
冷や汗を垂らし、仰け反りながらも
必死に状況を把握しようとしていたアイナ。
だが――
「怖かったの……です……よ……」
「ひっ……!?怖かったって、やっぱり……」
「エルンストさんが居たので
怒られちゃうって思って……だから
途中でアイナ様を置いて逃げて……私……」
「へ……?」
「……御使いから帰って来たら
アイナ様のお部屋が明るくて、それで
ご報告しておかなきゃって思って……」
「え……っ?
じ、じゃあ……さっきのもメランダさん?」
「はい……帰って来て、着替えてから
アイナ様に報告をと……」
「……な、成程。
す~ッ――」
この瞬間、アイナは深く息を吸い込み――そして。
「――『報連相』はメイドの基本ですぅぅぅッ!!!」
この日、深夜のアイゼンドルフ邸に響き渡ったアイナの絶叫。
一方……そんな彼女に充てがわれた部屋の壁には
美しい女性と、白い『猫』の肖像画が掛けられていた――




