第72話:『あたためて』
犠牲と成った小さな命を弔う為
準備を整えたセシリアとアイナ。
そして……夕暮れ時、白い花と共に捧げられた
彼女たちの祈り――
……
「……安らかに……眠ってね……」
「どうか、安らかに……」
この日……白と黒
二人の『聖女』が祈りを捧げた姿は
後に、アイゼンドルフ伯爵家に仕える
使用人たちに依って語り継がれたと言う。
……
「……さて。
今日のところは凡その状態を理解した。
後は……雑木林の周辺。
少なくとも、屋敷側に侵入させねえ為に
忌避剤は撒いとくが……過信はするなよ?
お守り程度の効果しか無ぇからな。
……唯、一つだけ確かなのは、
この忌避剤は纏わりつく性質を持ってる。
つまり、万が一蛇の野郎が屋敷側に向かったら
雑木林側から屋敷側に『矢印が向く』って事だ。
見かけたやつは、報告を怠るな。
そして俺は……泊まり込みだ。
荷物置き場で構わんから、寝泊まり出来る場所を頼むぜ」
「いえ……お客様に対し、
その様な扱いをしたとなれば、当家の名折れで御座います。
……お部屋は勿論、食事や、
その他、必要な物は出来る限り早急に用意させて頂きます。
それと……アイナ様。
貴女にとっては『試験開始日』である筈の
今日と言う一日を、当家の不手際により
消費させてしまった事、使用人を代表し
深く、お詫びさせて頂きます。
申し訳ありませんでした……」
……アイナに対し、深々と頭を下げたエルンスト。
一方のアイナは、キョトンとしていて――
「あ……そうだった……試験、今日からだった。
……お、思い出させてくれてありがとうございますっ!
そ、それと……エルンストさん。
……私は、私が遣るべきだって思ってる事に
勝手に挑んでるだけです!……なので。
エルンストさんが謝る事じゃ無いんだと思います!
って!……晩ごはん、作らないとですよ!?」
急激に暗くなり始めた空を見上げながら
慌てたようにそう言ったアイナ。
一方、そんな彼女の
何処か気の抜けた雰囲気のせいか
先程までの恐れが嘘のように
使用人たちは笑みをこぼし――
「ふふっ……安心して下さいアイナさん!
当家には料理人がいますから!……ほら!あそこ!
あの煙突から湯気が上がってるって事は
つまり『大丈夫』って事です!」
メランダが、口元を抑えながらそう説明をした瞬間。
図ったようにアイナのお腹は
『グゥーッ』……と、鳴った。
……使用人たちから起こった笑いの渦。
一方のアイナは、顔を真赤にしながら――
「は、恥ずかしいぃ……って、もうっ!
笑わないで下さいよ皆さ~んっ!!」
――そう言って、照れ隠しのつもりか
少し早足で屋敷へと戻って行ったのだった。
◆
暫くの後……夕食の準備に忙しい
調理場へと向かったアイナは……其処で
ある、喜ばしい光景を目にした。
それは――
「……早速、アイナ様のレシピを再現してみたのですが
味見して頂いても宜しいでしょうか?」
「あっ!!……『ミネストローネ』じゃないですか!
すごい、ちゃんとみじん切りだし……」
「はい!腕は疲れますが、疲れた胃には優しいので
現実に、我々もなんだか調子が良くて……
……お恥ずかしながら
誰かに提供したいと言うよりは――
『もう一回飲みたい』
――そう思ってしまいまして。
気付くと……具材を切り始めておりました」
……すこし、照れたようにそう言った料理人。
そして、この直後……バルトはボソっと。
「そりゃあ……『ニドメ・ミネストローネ』だな」
……密かに気に入っていたのだろう『オヤジギャグ』を
誰にも聞こえない様な声で呟いていた。
だが……
「成程、共食いの次は兄弟ですか」
納得したように頷きながら、冷静にそう言ったアイナに
バルトは再び上機嫌となり――
「あっはっは!!!やっぱり面白え嬢ちゃんだなアンタ!
って、それよりも……随分と使い古された厨房だな。
……職人は呼ばねえのか?
知り合いなら腐るほど居るが……」
――恐らくは、気遣いとして発したのだろうその言葉に
エルンストは僅かに声を落とし――
「ええ……ですが。
当家の恥を、これ以上露見させるわけには……」
――そう言って答えを濁した。
だが――
「あ~……良く分からねえが、道具は使えば汚れるし
壊れもする……それを恥だって言うんなら
人間が年を取るのも、食事をするのも、息する事さえ。
全部『恥』なんじゃねえのか?エルンストさんよ。
……それと、職人の善し悪しを見分ける方法は一つだ。
其奴がもし、使い込まれた厨房を見て
『笑う』ような職人ならお引き取り願えば良い。
だが、此処を見て――
『おぉ!腕が鳴りますな!』
――と笑みを浮かべるやつは、絶対に雇うべきだ」
和気あいあいとした空気の中
僅かに顔を出した積年の『呪い』……だが。
それらはまるで空気を入れ替えるかの様に
アイナを始めとする外からの風に依って、
少しずつ……『換気』されて行くことと成る。




